「オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分」:光流れる夜の高速、仕事と妻を失いながらもひた走る男の想いを電話の会話で描く即時サスペンス
「オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分」(原題: Locke)は、2013年公開のイギリスのドラマ映画です。スティーヴン・ナイト監督・脚本、トム・ハーディら出演で、バーミンガムからロンドンに向かう美しい夜のハイウェイを舞台に、二時間足らずの間に仕事と妻の両方を失う男の信念と精神的危機を、車中で交わす電話の会話を通してサスペンスフルに描いています。
「オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分」のDVD(Amazon)
目次
スタッフ・キャスト
監督:スティーヴン・ナイト
脚本:スティーヴン・ナイト
出演:トム・ハーディ(アイヴァン・ロック)
オリヴィア・コールマン(ベッサン、声の出演)
ルース・ウィルソン(カトリーナ、声の出演)
アンドリュー・スコット(ドナル、声の出演)
ベン・ダニエルズ(ガレス、声の出演 )
トム・ホランド(エディ、声の出演)
ビル・ミルナー(ショーン、声の出演)
あらすじ
- バーミンガムで建設工事の現場監督を務めるアイヴァン・ロック(トム・ハーディ)は、7か月前に一夜限りの関係を持ったベッサン(声:オリヴィア・コールマン)が早期分娩の危機にあることを知ります。自宅では妻カトリーナ(声:ルース・ウィルソン)と二人の息子たちがサッカー観戦のために彼の帰宅を待ちわびており、翌日には現場にコンクリートの大量搬入が予定されていますが、子供の頃に父に見捨てられ、いまだに父を許していないロックは、自分は父と同じ過ちを犯すまいと、自宅から遠く離れたロンドンへと向かうハイウェイに向けて、迷いを振り払うようにハンドルを切ります。
- ロンドンへ向かう2時間足らずのドライブの最中、ロックは時折、後部座席の父の幻影に話しかけます。作業員のドナルに翌日の仕事の手順を電話で教えますが、上司からはロックの解雇を告げる電話がかかってきます。さらに、ロックの不倫を知った妻は彼を家から追い出すと言い、ロンドンに近づくにつれ、アイヴァンを取り巻く状況は悪化の一途を辿ります・・・。
レビュー・解説
光が流れる夜のハイウェイを舞台に、仕事と妻の両方を失いながらもひた走る男の信念と危機を、車中の電話による会話でスリリングに描き出す脚本と、トム・ハーディのパフォーマンスが見事な、リアルタイム・サスペンス・ドラマです。
深く掘り下げられた夜の建築工事現場をカメラがパンし、次に長靴で歩く足元が映し出され、長靴を脱いだ男がBMWに乗り込んで走り出します。ハイウェイに乗ると男は電話をかけ、ウェールズ訛の優しい口調でメッセージを残します。夜のハイウェイを流れる美しい光を背景に映し出される人物は運転するハーディのみという密室劇ですが、ハーディのパフォーマンスのみならず、電話のやりとりの豊かな声の表情、会話による劇的なストーリー展開が際立つ作品です。
トム・ハーディ(アイヴァン・ロック)
トム・ハーディ(1977年〜)はロンドン出身のイギリスの俳優。父は広告作家・コメディ作家、母は画家。演劇を学び、映画「ブラックホーク・ダウン」(2001年)でハリウッドデビュー、舞台俳優としても活動し、2004年に舞台でローレンス・オリヴィエ賞にノミネートされる。「インセプション」(2010年)で国際的に名を知られ、「ダークナイト ライジング」(2012年)で悪役のベインに抜擢される。本作及び「マッドマックス 怒りのデス・ロード」(2015年)で主役を務める。「レヴェナント: 蘇えりし者」(2016年)でも悪役を演じ、アカデミー助演男優賞にノミネートされる。役によって別人かと思うほど印象が変わる、役作りの幅の広い俳優である。
監督デビュー作の「ハミングバード」(2013年)の編集をしながら夜の都会の美しさに感じ入ったスティーヴン・ナイト監督は、これがひとつの芸術空間、即ち舞台になるのではないか、そこで演じられる劇を映画にできるのではないかと考えました。それは一人の役者が引っ張る必要があり、トム・ハーディが適役と考えたナイト監督は、テレビのミニシリーズ「Taboo」(2017年)の脚本の依頼を受けた際にハーディに会い、本作の構想を話しました。彼が興味を持ったことから、ナイト監督は彼が出演すると確信、脚本を一気に書き上げます。かなり変った作品ですが、トム・ハーディのネームバリューと低予算であることから、制作会社の承認も難なく得られました。11月にハーディに会い、クリスマスまでに脚本を書き上げ、2月に撮影と、とんとん拍子で進んだと言います。
夜のハイウェイを舞台空間に、車中の電話で展開する会話劇
「堕天使のパスポート」(2002年)で不法移民や不法就労者、「イースタン・プロミス」(2007年)でロシアン・マフィアと社会の底辺の人々を題材に脚本を書いてきたナイト監督ですが、本作では誰でも犯してしまいそうな過ちを犯してしまった、どこにでもいるような男を描いています。ナイト監督自身、建築現場で働いた経験があり、知人の技術者がザ・シャードを建てたことから、主人公はロンドン訛のドラッグディーラーではなく、ウェールズ訛の現場監督という設定になりました。ハーディはこれを、イギリス人にさえウェールズ出身と勘違いさせるほど見事なウェールズ訛で演じています。ウェールズ人というと優しくて力持ち、スポーツ好きでラグビーのウェールズ代表を思い起こしますが、サッカーも強く、そうしたお国柄もしっかりと脚本に織り込まれています。
ハーディ扮するアイヴァンは、ベッサンにメッセージを残し、上司の妻に伝言を頼み、息子と話をし、作業員のドナルと話をし、折り返してきたベッサンと話をし、上司のガレスと話をし、妻のカトリーナと話をし・・・と、大忙しですが、話題と相手との関係に応じて声の調子が変わります。また、他人行儀で警戒心を隠さない上司の妻、無邪気な息子、当惑する作業員のドナル、分娩を控えて不安なベッサン、上司風を吹かせるガレス、夫の告白にショックを隠せない妻のカトリーナと、助演の俳優たちも声だけでその表情が目に浮かぶ、見事なパフォーマンスです。撮影は時系列で、夜の9時から翌朝の4時までの間にワン・テイクを2回、7晩かけて行っていますが、車中のハーディは、ホテルの部屋に詰める他の出演者たちと実際にリアルタイムで電話で話をするという演出です。予め相手の声を録音しておくなどという他の演出法も考えられますが、電話を通した実際の会話はスリリングな臨場感をもたらしています。
当初、車はランドローバーが想定されていましたが、断られた為、二台を二週間貸してくれたBMWになりました。どちらも高級車ですが、むしろBMWで良かったのではないかと思います。ランドローバーにはオフロード志向が感じられ、如何にも羽振りの良い現場監督の車という感じですが、原題にもなっているロックという名字は、理にかなった行いをするという意味で哲学者のジョン・ロックに因んだもので、また繊細で優しい面も持ち合わせたアイヴァンには、BMWの方が似合う気がします。冒頭の長靴を脱いでBMWに乗る印象的なシーンは、そんなアイヴァンの性格描写でもあります。
<ネタバレ>
なんとか仕事の手配に自分なりのケリをつけるものの、わずか二時間足らずの間に仕事を失い、妻に捨てられるという絶望的な怒涛の展開ですが、最後の息子の言葉、そして生まれたばかりの赤ん坊の泣き声が未来への希望を感じさせる、見事なエンディングです。
車の中というワン・シチュエーションを、電話による会話だけで劇的に展開するナイト監督の脚本が見事です。本作を観たスティーヴン・スピルバーグ監督が「面白かった」と伝える為にわざわざ電話をかけてきたそうですが、謎のトレーラーに執拗に追われるというワン・シチューエーションの映画「激突!」(1971年)を監督したスピルバーグ監督やえ、ことさら強く感じるものがあったのかもしれません。本作の後、スピルバーグはナイト脚本の「マダム・マロリーと魔法のスパイス」(2014年)をプロデュースしています。
撮影地(グーグルマップ)
- アイヴァンが働いていた建設現場
工事現場の設定はバーミンガムだが、撮影はロンドンのブロードゲート5番にあるUBS本社ビルの建設現場で行われた。現在は完成している。 - アイヴァンがBMWを駐車していた場所
- アイヴァンがM6に乗るバーミンガムのスパゲッティ・ジャンクション
「オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分」のDVD(Amazon)
関連作品
スティーヴン・ナイト監督・脚本作品のDVD(Amazon)
「堕天使のパスポート」(2002年) - 脚本
「イースタン・プロミス」(2007年) - 脚本
「レイヤー・ケーキ」(2004年)
「インセプション」(2010年)
「裏切りのサーカス」(2011年)
「マッドマックス 怒りのデス・ロード」(2015年)
「ダンケルク」(2017年)
おすすめ会話劇、密室劇のDVD(Amazon)
「十二人の怒れる男」(1957年)
「ビフォア・サンライズ 恋人までの距離(ディスタンス)」(1995年)
「8人の女たち」(2002年)
「ビフォア・サンセット」(2004年)
「パニック・フライト」(2005年)
「パリ、恋人たちの2日間」(2007年)
「月に囚われた男」(2009年)
「おとなのけんか」(2011年)
「ビフォア・ミッドナイト」(2013年)
「エクス・マキナ」(2015年)
「スティーブ・ジョブズ」(2015年)
「10 クローバーフィールド・レーン」(2016年)