夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「おとなの事情」:スマホを題材に多彩なキャラ、緻密な脚本、テンポの良い演出で、人間の表と裏を描くワン・シチュエーション・コメディ

「おとなの事情」(原題:Perfetti sconosciuti、英題:Perfect Strangers)は、2016年公開のイタリアのコメディ&ドラマ映画です。パオロ・ジェノベーゼ監督・共同脚本、ジュゼッペ・バッティストン、アンナ・フォッリエッタ、アルバ・ロルヴァケルら出演で、友人の家に夕食会に訪れた7人の仲間たちが、それぞれの携帯電話にかかって来た電話やテキストメッセージをオープンにするというゲームによって、暴かれる人間模様を描いています。通常3週間程度で上映作品が入れ替わるイタリアで、28週間という驚異的なロングランを記録した大ヒット作で、イタリアのアカデミー賞に相当するダヴィッド・ディ・ ドナテッロ賞で、作品賞・脚本賞を受賞した作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:パオロ・ジェノベーゼ
脚本:フィリッポ・ボローニャ/パオロ・コステラ/パオロ・ジェノベーゼ
   /パオラ・マミーニ/ロランド・ラヴェッロ
出演:ジュゼッペ・バッティストン(ペッペ)
   アルバ・ロルヴァケルビアンカ
   ヴァレリオ・マスタンドレア(レレ)
   アンナ・フォッリエッタ(カルロッタ)
   マルコ・ジャリーニ(ロッコ
   エドアルド・レオ(コジモ)
   カシア・スムトゥアニク(エヴァ
   ほか

あらすじ

古くからの友人同士である

  • 反抗期の娘に悩むロッコ(マルコ・ジャリーニ)とエヴァ(カシア・スムトゥニアク)の夫妻
  • 倦怠期を迎えたレレ(ヴァレリオ・マスタンドレア)とカ―ロッタ(アンナ・フォリエッタ)の夫妻
  • 新婚のコシモ(エドアルド・レオ)とビアンカアルバ・ロルヴァケル)の夫妻
  • 恋人に今日のディナーをキャンセルされたペペ(ジュゼッペ・バッティストン)

の4組7人が夕食に集います。エヴァが食事中にかかってきた電話やメッセージをすべてオープンにしようと提案、詰め寄る女性陣に男性陣は渋々承諾し、テーブルに7台のスマートフォンが並びます。メールが来たら全員の目の前で開く、かかってきた電話にはスピーカーに切り替えて話すというルールで、スリリングなゲームが始まり、友人たちの秘密が次々と暴露されていきます・・・。

レビュー・解説

スマートフォンに秘められた不幸や秘密という現代的モチーフ、感情移入を誘う多彩な登場人物、豊かで厚みのある緻密な脚本、リズム感とスピード感に溢れたテンポの良い演出で、人間の表と裏という普遍的テーマをで深く、優れた室内会話劇のワン・シチュエーション・コメディです。 

おとなのけんか」に勝るとも劣らない室内会話劇

室内会話劇によるワン・シチュエーション・コメディと言えば、「おとなのけんか」(2011年)が有名ですが、本作はこれに勝るとも劣らない優れた作品です。「おとなのけんか」は劇作家ヤスミナ・レザの戯曲「大人は、かく戦えり」を映画化したもので、ジョディ・フォスターケイト・ウィンスレットクリストフ・ヴァルツジョン・C・ライリーといったオスカー級俳優のパフォーマンスが見ものですが、本作の魅力は、人間の表と裏という深みのある普遍的なテーマを、

  • スマートフォンに秘められた不幸や秘密という現代的なモチーフ
  • 感情移入を誘う多彩な登場人物と豊かで厚みのある緻密な脚本
  • リズム感とスピード感に溢れたテンポの良い演出

で描いている点にあります。 イタリア映画の衰退が伝えられて久しいのですが、イタリアらしさを核にした、とても嬉しい作品です。

スマートフォンに秘められた不幸や秘密

知り合いの男性が事故にあって入院、病院で彼の携帯を渡されたパートナーの女性が彼の携帯のテキストメッセージを見てしまい、彼が退院するやいなや別れたことに触発されたパオロ・ジェノベーゼ監督が、スマートフォンを通じて現代人の生活の秘密を語ると面白いと思ったのがきっかけで制作された作品です。携帯は現代人にとって欠くことが出来ない便利ツールですが、そこには交友関係や健康状態、経済状況を含むいろいろ個人の秘密が隠されており、その威力たるもの犯罪捜査の決め手になるほどです。携帯が原因で悲劇的論争をしたことはないものの、パートナーの携帯は絶対見ないほうがいいと言うジェノベーゼ監督は、携帯に秘められた数多い個人の秘密の中から、現代社会の一面を切り取りながら面白く、象徴的に描けるテーマとして恋愛や不倫にフォーカスし、観客が「登場人物の不幸や秘密に同調していく」ことを狙って制作しています。

感情移入を誘う多彩な登場人物と豊かで厚みのある脚本

イタリアのミドルクラスの人々を集約、イタリア社会を多面的に映し出したかったというジェノベーゼ監督は、彼を含めて5人の脚本家が経験や見聞を持ち寄って多様性に富んだ豊かなストーリーを展開する一方で、テーマを絞り込むことにより緻密な脚本を実現しています。登場人物は、 

  • 反抗期の娘に悩む夫婦
  • 倦怠期を迎えた夫婦
  • 新婚の夫婦
  • 恋人にキャンセルされ、一人で参加した男性 

の4組7人で、現代のイタリアを象徴すべく幅広い層を多面的にカバーするとともに、「みんな聖人なわけ?」とか、「愛がないのに離れられない」といった、琴線に触れるようなセリフを散りばめながら、観客の感情移入を誘います。脚本は、予め俳優を想定した当て書きで、リズム感、スピード感に溢れた展開を見せますが、実はアドリブは一切なしと、緻密に描きこまれたものです。

リズム感とスピード感に溢れたテンポの良い演出

ほぼ室内のワン・シチュエーションだけで1時間半以上を描くドラマですが、リズム感とスピード感のある、テンポの良い演出でぐいぐいと惹きつけられます。ワン・シーン、ワン・シーンを思いのままに撮って、編集で見せるのではなく、ストーリーの感動や思いの起伏を予めしっかりと抑えた上で、各シーンを緻密に演出、撮影しています。また、演技は、特にセリフを話す人だけではなく、リアクションの演技にも気を配り、立体感のある描写を実現しています。会話劇は役者の表現力をフルに発揮できる最高の舞台で、いずれの俳優も喜々として演じているのが手にとるようにわかります。さらに長回しがリアルな効果を生んでおり、俳優が演技をしていない時もカメラを回し続け、捉えた自然な姿からシーンに合った表情を抜き出して使うなど、効果的な編集もなされています。

人はみな、秘密と偽善を抱えながら生きている?

本作の素晴らしいのは、スマホに秘められた恋愛や不倫の秘密で観客の興味を惹きながら、人間の表と裏という普遍的で深みのあるテーマをしっかりと描いている点です。相手のプライバシーを尊重するジェノベーゼ監督は、みんな秘密を抱えながら人生を送るんだろうと考えながら本作を撮ったそうですが、次々と暴かれていく登場人物たちの秘密をハラハラ、ドキドキしながら見ているうちに、人間には知らない方が良いことがたくさんあるように気がしてきます。人間は、いくら崇高になろうとしてもなりきれない、卑しい存在だと思うことが多い昨今ですが、相手を卑しい認識してしまうと、うまくいく関係もうまくいかなくなります。相手との快適な関係を維持する為には、自分の卑しい部分を見せず、相手の卑しい部分も見えない方が良さそうです。因みに、原題の「Perfetti sconosciuti」(英題:Perfect Strangers)は、他人の秘密が見えた時に、全くの別人、全く見知らぬ人の様に見えることを意味しています。

 

<ネタバレ>

本作では月食が隠し事のメタファーとして使われています。月食とともに隠し事が暴露され、険悪になった4組7人の友人たちが、月食が終わるとともにあっけらかんと元に戻ります。この作品で語られているのは、もしゲームが行われたらどんなことになるかということで、実はテーブルを囲んだ友人たちは誰もゲームを受け入れず、ゲームは行われていなかったというオチなのです。登場人物たちはそれぞれの秘密を抱えたまま家に帰っていきますが、パートナーをよく知っているつもりで、人生もすんなりと落ち着いていくようでありながら、実は相手のことをよく分かっておらず、実は秘密があるのだという、意味深なエンディングです。

<ネタバレ終わり>

 

ジュゼッペ・バッティストン(中央、ペッペ)

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ジュゼッペ・バッティストン(1968年〜)はイタリアの俳優。演劇と映画の両方で活躍、シルヴィオ・ソルディーニ監督とのコラボで知られる。「ベニスで恋して」(2000年)、「日々と雲行き 」(2007年)、「ある海辺の詩人 小さなヴェニスで」(2011年)などに出演している。イタリアのアカデミー賞に相当するダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞にも9回ノミネートされ、3回受賞した経歴を持つ実力派俳優で、本作では特異点とも言える役柄を見事に演じ、作品を締めている。

 

マルコ・ジャリーニ(左、ロッコ

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マルコ・ジャリーニ(1963年〜)はローマ出身のイタリアの俳優。ローマでアートスクール卒業後、舞台俳優として活躍、1995年に映画デビュー。「家族の友人」(2006年)などに出演している。本作では 悩めるインテリを見事に演じている。

 

アンナ・フォッリエッタ(中央、カルロッタ)

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アンナ・フォッリエッタ(1979年〜)は、ローマ出身のイタリアの女優。テレビ・ドラマ・シリーズで活躍するほか、「ラスト・ターゲット」(2010年)などに出演している。本作を含めダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞主演女優賞に3度、ノミネートされている。

 

エドアルド・レオ(コジモ)

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エドアルド・レオ(1972年〜)は、ローマ出身のイタリアの俳優、映画監督、脚本家。

 

ヴァレリオ・マスタンドレア(レレ)

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ヴァレリオ・マスタンドレア(1972年〜)は、映画、舞台、テレビで活躍するローマ出身のイタリアの俳優。「はじめての大切なもの」(2010年)、「パゾリーニ」(2014年)などに出演している。

 

カシア・スムトゥニアク(エヴァ

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カシア・スムトゥニアク(1979年)は、ポーランドの女優、モデル。ポーランドの美人コンテストで準優勝し、17歳でモデルとなり、国際的に活動した後、女優デビュー。「クワイエット・カオス~パパが待つ公園で」(2008年)などに出演している。

 

アルバ・ロルヴァケルビアンカ

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アルバ・ロルヴァケル(1979年〜)は、フィレンツェ出身のイタリアの女優。イタリア人の母とドイツ人の父を持ち、大学の薬学部を中退して演技の道へ進む。「日々と雲行き」(2008年)でダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞助演女優賞を、「ボローニャの夕暮れ」(2009年)で同主演女優賞を受賞している、イタリアを代表する女優のひとり。他に、「マイ・ブラザー」(2007年)、「クワイエット・カオス~パパが待つ公園で」(2008年)、「ミラノ、愛に生きる」(2009年)、「眠れる美女」(2012年)、「The Wonders」(2014年)、「五日物語 -3つの王国と3人の女-」(2015年)などに出演している。本作では、イタリアを代表する女優にふさわしく、頭ひとつ抜きん出たパフォーマンスを見せている。

撮影地(グーグルマップ)

 

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