「めぐり逢わせのお弁当」(原題:Dabba、英題:The Lunchbox)は2013年公開のインド・フランス・ドイツ合作のドラマ映画です。 リテーシュ・バトラ監督、イルファーン・カーン、ニムラト・カウル出演で、インドを舞台に、夫のために作った弁当が誤って別人に配達されたことをきっかけに弁当を通じて文通を始める、悩みを抱えた若い人妻と孤独な初老の男との心の交流を描いています。インドのみならずヨーロッパ各国で大ヒットを記録、第66回カンヌ国際映画祭国際批評家週間観客賞をはじめ、世界各国の様々な映画賞を受賞した作品です。
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目次
スタッフ・キャスト
監督:リテーシュ・バトラ
脚本:リテーシュ・バトラ
出演:イルファーン・カーン(サージャン、早期退職を控えた初老の男やもめ)
ニムラト・カウル(イラ、夫の愛情を取り戻したいと願う専業主婦)
ナワーズッディーン・シッディーキー(シャイク、孤児 、サージャンの後任)
バーラティー・アーチュレーカル(おば、イラの階上で寝たきりの夫を介護)
ナクル・ヴァイド(ラジーヴ: イラの夫、家庭を顧みない)
リレット・デュベイ(イラの母親、肺癌の夫を介護)
ほか
あらすじ
- インド西部の大都市ムンバイ。お昼時になると、弁当配達人「ダッバーワーラー」が慌ただしくオフィス街を巡り、お弁当を配って歩きます。会社勤めの夫ラジーヴと幼い1人娘ヤシュヴィと暮らす若い主婦のイラ(ニムラト・カウル)は、仕事ばかりで家庭を顧みない夫との冷え切った関係を修復するために、心を込めて4段重ねの弁当を作ります。ところがダッバーワーラーは間違って、保険会社の会計係で気難しい初老の男サージャン(イルファーン・カーン)に届けてしまいます。妻に先立たれて独り暮らしのサージャンは、故郷のナーシクヘ隠居しようと、早期退職を間近に控えていました。
- 近所の食堂に頼んでいる平凡な仕出し弁当のはずが、その日はいつもと違ってとても美味しいものでした。やがて、夕方になると弁当箱が帰ってきます。中が空になったことを知ったイラは作戦成功と喜んだものの、帰宅した夫との会話から、弁当が誤って見知らぬ誰かに配達されていたことに気付きます。イラはその謎を解くため、中にちょっとした手紙を添えて、翌日も弁当をダッバーワーラーに預けます。それに気づいたサージャンも、食べ終わった弁当箱に短いメモを残すようになり、弁当箱を介して2人の交流が始まります。やがてイラは夫や家族の悩みをサージャンに打ち明けるようになり、妻を亡くして孤独に暮らしていたサージャンはイラの美味しい弁当と正直な気持ちを綴った手紙を待ちわびるようになります。頑なだったサージャンの気持ちは少しずつ癒されていき、彼の後任として採用された青年シャイク(ナワーズッディーン・シッディーキー)にイラの弁当のお裾分けを勧めたことがきっかけに、邪険に扱っていた彼との距離が一気に縮り、親子のような信頼関係を結ぶようになります。
- 文通を重ねるうちにサージャンとイラは互いに惹かれ合って行き、夫の浮気を疑って沈むイラは国民総幸福量の高いブータンに一緒に行きたいと手紙で漏らすようになります。やがて求めに応じて名を明かしたサージャンは、イラの提案でカフェで会うことになります・・・。
レビュー・解説
リテーシュ・バトラ監督の長編デビュー作品ですが、暖かく、愛情に溢れ、程よい甘さを持った素晴しい作品です。インドのムンバイという舞台や道具などの状況、庶民的な登場人物の描き方も素晴しく、主人公のイラとサージャンには幸せになって欲しいと思わせる映画です。
冒頭、ムンバイの弁当配達人「ダッバーワーラー」の働く様子が映し出され、世の中にはいろいろな職業があるものだと、度肝を抜かれます。リテーシュ・バトラ監督は、「ダッバーワーラー」に関して、次のように語っています。
ボンベイ独特のものですが、インド全土にもランチデリバリーのシステムはあると思います。ただ、ボンベイが独特なのは、これを職業とする5000人くらいの人々が共同体として郊外の町に住んでいて、120年もの間、家業として父から息子へと受け継がれている伝統あるものだということ。しかも、複雑なシステムを構築しており、毎日何千ものお弁当を配達するというのは、ボンベイ独特のものです。
この5000人の「ダッバーワーラー」が毎日運ぶお弁当はなんと約20万個にものぼり、アルファベットと数字を組み合せた複雑な記号で仕分けされて、家庭から駅、鉄道、駅から職場へとランチタイムまでに正確に配達されます。このシステムを調査したハーバード大学によると、間違える確率は600万分の1という、人力ながら驚異的なシステムです。
もっとも、この映画はサージャンとイラの物語で、「ダッバーワーラー」はいわば副主題的な位置づけです。
ダッバーワーラーのパーソナルな物語というよりも、お弁当を送る人や、それを受け取る人はどんな人だろう?という興味が湧いてきました。それで、自分のうまくいっていない結婚を美味しいお料理で修復しようとする女性の話を思いついたのです。さらに、それを修復するのが、自分のうまくいっていない結婚ではなくて、他人の人生だったら?というところから、サージャンのキャラクターが生まれ、サージャンに他に必要なものは何かと考えて、シャイクのキャラクターと、順番に生まれていきました。(リテーシュ・バトラ監督)
この映画では5組の男女関係がさりげなく描かれ、サージャンとイラの関係をアンサンブルのように伴奏しています。
- サージャン夫妻:サージャンは愛する妻と死別しています。
- イラ夫妻:夫は妻に無関心で、夫に浮気の疑惑があります。
- イラのおばさん夫婦:おばさんはイラの階上に住んでいて、声しか聞こえません。天の声にようにイラをアドバイスしたり、必要なものを窓から吊るして届けてくれます。寝たきりの夫の世話をしています。
- イラの両親:イラの母は、肺がんの夫の世話をしています。イラが生まれた頃は夫を愛していましたが、その後、25年間も夫を愛せぬまま一緒に暮らしています。
- シャイクと婚約者:孤児のシャイクとの結婚を家族に許してもらえなかった婚約者は家を出ましたが、まだ結婚はしていません。
「ダッバーワーラー」はとても人間くさいシステムですが、そこで手紙をやりとりしたりする登場人物たちもどこかしら古風で、庶民的な感じがします。サージャンのオフィスはコンピュータもない古めかしいオフィスで、妻が好きだったテレビドラマの再生するVHSのビデオ・デッキ、イルファーン・カーンが持ち込んだおじさんがよく着ていたという古いワイシャツやカバン、イラの若い女性にしては地味な服装など、道具立てもノスタルジックです。シャイクに至っては、帰宅後、妻のために料理を作るというので、通勤電車の中で野菜を刻んでみせます(主に女性ですが、インドでは通勤時間が長いので、家に帰ってすぐ料理に取りかかれるよう、電車の中で野菜を刻んでいる人がよくいるようです)。
そして、シャイクのセリフの「人は間違った電車に乗っても正しい場所に着く」が、ひとつの鍵になっています。
SAAJAN: I have been thinking...instead of Nasik, maybe I should go retire in Bhutan...
SHAIKH: (smiles) I have only been to Saudi. But Bhutan might be good...our one rupee is equal to five there...
A beat
Saajan looks at him for a beat, thoughtful
SAAJAN: Your mother? You told me you were an orphan.
SHAIKH: I am sir, but when I say -'my mother always says...' people take it more seriously... And it feels good...サージャン:引退後はナーシクではなく、ブータンで暮らそうかと考えている。
シャイク:(微笑む)サウジにしか行ったことしかないけど、ブータンはいいかもしれない。ブータンでは1ルピーが5ルピーの価値を持つ。
間
シャイク:(続けて)母がいつも言ってた。間違った電車が正しい場所に連れて行ってくれる事もあるって。
サージャン:お母さん?君は孤児って言ったじゃないか。
シャイク:そうです。でも、「母がいつも言ってた」って言うと、みんな真面目に聞いてくれる。それに気持ちいい。
これはサージャンが一歩踏み出す事を、正しい選択かもしれないと後押しする一言ですが、サージャンがイラに会おうとする際に再び使われたり、イラがどこかの本で読んだと最後の手紙で言及する等、キーフレーズになっています。
後にイラと配達人が弁当の配達先を間違えている、いないと、言い争う場面がでてくるのですが、実はお弁当は間違った場所ではなく、正しい場所に配達されていたのではないかという、映画で説明していない含みもありそうです。
それは大都市の奇跡のひとつなんです(笑)。劇中では、そのシステムについて詳しい説明をするか迷ったけれど、説明をすることで映画の魔法が損なわれてしまうのを避けたかったので、映画では敢えて説明はしていません。誤配送は果たして間違いだったのか、奇跡だったのかということにしてあまり触れずに・・・。(中略)もっとも、僕も不思議に思うけれど、ダッバーワーラーの矜持に興味を持ちました。ただ正確に送り届けるだけではなく、誰のお弁当を何処に運ぶかという彼らの誇りです。何か特別な世界観があると思いました。そこに強く魅かれたのです。(リテーシュ・バトラ監督)
インド映画というとスーパースターと絶世の美女と人間離れした主人公が庶民に夢を見せるという印象が強いのですが、リテーシュ・バトラ監督自身もインドの庶民を描いたこの映画がインド国内でも受けるとは思っていませんでした。
本当にこの映画がインドで成功を収めたのは、僕も驚きました。多くの劇場でかけて頂いて、小さな市町村から「見た」というお手紙を頂いた。予想してなかったから、とても嬉しかった。この映画が受け入れられたということは、インドの観客も変化してきているということが言えるんじゃないだろうか。「自分たちの物語をもっと観たい」と思っているんじゃないかと思う。僕は世界に向けて普遍的な物語を作りたいとは思っているけど、自分の故郷であるインドでヒットすること、自分の作品を観てもらうということはとても重要だと思っています。(リテーシュ・バトラ監督)
インド・フランス・ドイツ合作ですが、これには理由がありました。
香港やLA(ハリウッド)のように、ボリウッド(ボンベイ+ハリウッドの造語)は世界でも巨大な産業ですが、事情の異なる商業的なプレッシャーがあります。インドでは、歌やダンスをたくさんフィーチャーすることで、楽曲からかなりの収入を得ているのです。人口がとても多いインドでは、楽曲がヒットすると、ラジオ、テレビ、CDやカセットと、様々な形で収入が増えます。だから、楽曲がない映画は、収入を失うことになる。映画の中で楽曲が使われているのは、経済的な理由からなのです。映画の中には、楽曲が有機的に物語と一体化している作品もありますが、たいていは、あまり有機的とは言えない作品が多いですね。今回、共同製作にしたのは、そういった音楽などのプレッシャーを受けたくなかったからなのです。
今回は撮影監督がアメリカ人、サウンドデザインがドイツ人、カラリストがフランス人だった。映画の最初の観客は、身近なスタッフですよね。僕はインド特有の世界を撮りながら、普遍的にも通じるような作品が作りたいと思っていたから、最初の観客がそういった国際色豊かな人たちで、彼らの反応を見ることができた。彼らはこの先の映画作りも参加してほしいような人々だった。こういった映画の作り方は、とてもいい作り方なんじゃないかと思っています。(リテーシュ・バトラ監督)
特にインド映画のファンというわけではないのですが、インドの映画人は層が厚いのか、この映画のリテーシュ・バトラ監督のような才能に、眼を見張ることがあります。歌やダンス以外のインド映画、インドを描きながらも普遍的なことを訴えるこのようなインド映画をもっと観てみたい気がします。
イルファーン・カーン(サージャン)
ニムラト・カウル(イラ)
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