夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「少女の髪どめ」:移民に関わる本質的問題がしっかりと織り込まれた、貧しいイラン人少年とアフガン難民の少女の淡くも感動的な恋物語

「少女の髪どめ」(原題:باران 、英題:Baran)は2001年公開のイランのドラマ映画です。マジッド・マジディ監督・脚本、ホセイン・アベディニ、モハマド・アミル・ナジ、ザーラ・バーラミら出演で、周辺部に多くのアフガン難民が住むテヘランを舞台に、建設現場で育まれる若者の純真な恋心を詩的に描き出しています。第25回モントリオール映画祭でグランプリ受賞、第74回アカデミー外国語映画賞のイラン代表に選出された作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:マジッド・マジディ
脚本:マジッド・マジディ
出演:ホセイン・アベディニ(ラティーフ、建築現場で雑用をする貧しいイラン青年)
   ザーラ・バーラミ(ラーマト/バラン、アフガン難民、父が負傷し働くことに)
   モハマド・アミル・ナジ(メマール、建築現場の親方、アフガン難民に同情的)
   アッバス・ラヒミ(ソルタン、アフガン難民の労働者、ラーマトの面倒を見る)
   ゴラム・アリ・バクシ(ナジャフ、アフガン難民、バランの父、怪我で働けない)
   ほか

あらすじ

冬のテヘラン。17歳のイラン人ラティーフ(ホセイン・アベディニ)は、建築現場で買い出しやお茶くみの仕事をしています。親方のメマール(モハマド・アミル・ナジ)は、アフガン難民に同情的で、違法と知りつつアフガン人も雇っています。ある日、アフガン難民労働者のナジャフ(ゴラム・アリ・バクシ)が転落事故で足を折り、代わりに息子と称するラーマト(ザーラ・バーラミ)が働きにやってきます。ラーマトは力仕事が苦手で、やがてラティーフの仕事と交替しますが、それが皆に好評となり、ラティーフは面白くありません。しかし、ラティーフはまもなくラーマトが女の子だということに気づきます。彼女に恋心を抱いたラティーフは態度が急変、翌日から髪を整え、めかしこんでは、事あるごとにラーマトをかばうようになります。しかし、違法労働者を取り締まる役人に追われるラーマトをかばった為に、ラティーフは警察に連行されてしまいます。ラティーフが親方のメマールに引き取られて建築現場に戻った時には、彼女は髪どめ一つを残して去っていました。ラティーフは、仕事を休んでラーマトを探す旅に出ます・・・。

レビュー・解説

貧しいイラン人の少年とアフガン難民の少女の淡い恋心を詩的に描いた恋物語は、感動的であるだけではなく、欧米でも顕在化している移民問題の本質がしっかりと織り込まれた秀作です。

 

初の長編映画「バダック 砂漠の少年」(1992年)を制作した時から、マジッド・マジディ監督の心からアフガン問題が離れることはありませんでした。アフガンとバルキスタンの国境付近で撮影した時に、マジディ監督らは多くのアフガン人が夜に違法越境してくるのを目の当たりにしました。禁制品を密輸するトラックは見つからないようにライトを消して走り、翌朝にはアフガン人の死体が残されていました。アフガンからイランに逃れ、死に直面する彼らの姿に、マジディ監督は心を奪われました。

 

この時、マジディ監督はアフガンの少女たちが少年のように装い、通りで靴磨きの仕事をする姿を目の当たりにしました。工事現場で働く少女という本作のアイディアはここから生まれています。イスラムの戒律が厳しい地域では、女性は近親者の男性の付き添いなしに外出することができず、女性は公的な場面から完全に排除されます。戒律を破ると死罪になる場合もあり、仕事に出ることもできません。しかし、困窮すれば男女を問わず日銭を稼がないと、餓死してしまいます。少女が少年に変装して働くというのは実際にある話で、セディク・バルマク監督の「アフガン零年」(2003年)でも少年に変装して働く少女が描かれています。

 

1979年、アフガンは旧ソ連に占領されます。彼らは1989年に撤退しますが、内紛が続き、多くのアフガン人が、国を逃れざるを得なくなります。1978年のイラン革命以前から、アフガンからイランに逃れる移民は多かったのですが、アフガンの内戦以降はさらに増え、イランは世界最大の難民受け入れ国(国際連合難民高等弁務官事務所)となりました。イランで生まれ育った若い世代は、アフガンに行ったことのない難民二世です。

 

本作の舞台となる工事現場では、トルコ人アゼルバイジャン人、クルド人、ローレスタン人など、様々な人々が働いています。話す言葉や文化が少し違ったりするのですが、アフガン人に何かと同情的なメマール親方の元、なんとかかんとかうまくやっています。ここで、給料の支払いを巡って、面白いやり取りがあります。

イラン人労働者:あと5万トマンほど。
メマール親方:困ったやつだな。他にも労働者はいるんだ。同郷人にいくら貰ったか聞いてみろ。これは明日、アフガン人に払う分だ。
イラン人労働者:外国人より、イラン人を大切に。
メマール親方:良心がないのか。彼らは安月給で遠くから通っているし、お前らイラン人よりよく働く。今日は一人転落して、怪我をした。どっちに払うのが先か、心に聞いてみるんだな。
イラン人労働者:こっちだ。
メマール親方:もういい。話しにならん。
イラン人労働者:ペルシア語(イランの公用語)で話を。
メマール親方:ペルシア語は在庫切れだ。
イラン人労働者:働く者に給料を払うのが、人情というもの。駄目なら契約を。
メマール親方:契約だと?
イラン人労働者:はい。
メマール親方:わかった。金を持ってけ。
イラン人労働者:これでおさらばだ。

 

序盤、テヘランの街中で、身なりの良い紳士が場違いなラティーフを見下すように眺めるシーンがありますが、貧困はアフガン難民に限った問題ではありません。

イラン東部から多くの労働者がテヘランにやってきますが、彼らはテヘランではそのような目で見られます。イラン国民なのに、彼らは皆、「難民」なのです。

生活が厳しいのはアフガン人に限ったことではないことを示したかったのです。イラン人も厳しい。公式的には150万人のアフガン人がイラン国内で働いていると言われていますが、実際はその倍もおり、仕事が不足しています。あまり注目されていませんが、そうした問題も示したかったのです。(マジッド・マジディ監督)

イギリスのEU離脱、トランプ米大統領の反移民政策など、欧米にも雇用を守るために移民を制限する動きが顕著になってきましたが、こうした問題は既にアフガン難民を受け入れたイランにもあったことがわかります。

 

純粋な心情や優しさを追い求めるマジディ監督の作品はシンプルな子供の世界を描くことが多いのですが、本作では子供と大人の狭間にある少年を主人公にしています。ラーマトの為に仕事を変えられたラティーフは面白くありませんが、ラーマトが女の子であることに気づくや否や、恋心が芽生え、彼女を守ろうと必死になります。

 

<ネタバレ>

いよいよ金に困ったナジャフはメマールに金を借りに来ますが、資金繰りに困っている

メマールは用立てることができません。

ナジャフ:お金を貸してください。一生、恩に着ます。
メマール親方:今はない。オーナーも金を入れてくれん。。
ナジャフ:あなたしか頼る人がいない、断らないで。。
メマール親方:二、三週間待ってくれないか。。
ナジャフ:すぐ必要です。。
メマール親方:それは無理だ。。
ナジャフ:後生だから。。
メマール親方:困ったな、本当にないんだよ。見ろ、ポケットの金を全部やる。もってけ、さあ。。
ナジャフ:私は物乞いしに来たんじゃない。。
メマール親方:友達だろう、水臭いな、さあ。。
ナジャフ:もう頼まない、さようなら。

物陰でこれを聞いていたラティーフは、少女を救う為に貯めていた全財産のみならず、IDまで売って金を作り、「メマール親方から」と嘘をついてナジャフに届けます。しかし、彼女は家族とともにアフガンに帰ることになります。

ティーフは全てを失います。墓場でたくさんの墓石を見たラティーフは、死を感じます。風をはらむカーテンは、死が彼を呼び込むことを象徴しています。聞こえてくる死者の祈りや声を受け入れたラティーフは、彼女を諦め(イスラムの男女関係は男性の経済力が絶対条件)、物欲を超え精神的な存在になります。(マジッド・マジディ監督)

少し難しい説明ですが、大人の世界で純粋さを保つことは、無私無欲の境地に立つことを意味していると思われます。

<ネタバレ終わり>

 

終盤、アフガンに向かう際に、毅然とブルカを纏う少女が美しいです。イスラム聖典には女性は顔と手以外を隠し近親者以外に目立ってはならないと書かれており、イスラム女性は頭を覆う服装をします。髪だけ隠す、顔を残し頭から体全体を隠す、目だけ残し顔から体全体を隠すなどの覆い方があり、アバヤ、ヒジャブ、ヒマール、ブルカ、ニカーブ、チャドルなど様々なタイプの衣装があります。目の部分も網状になっていて完全に身を隠すブルカは、これらの中で最も露出の少ないアフガンの伝統的な民族衣装です。

 

ブルカ

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ブルカはアフガンの伝統的な民族衣装。目の部分も網状になっていて完全に身を隠すブルカは、アバヤ、ヒジャブ、ヒマール、ニカーブ、チャドルなど、イスラムの頭を隠す衣装の中で最も露出が少ない。

 

女性の抑圧を感じさせるこうした衣装はあまり好きではないのですが、このシーンが美しいのは、少女がアフガン人として主体的にブルカを纏うからです。作中、彼女には一切セリフがありません。これは主張する術を持たず、じっと耐えるアフガン女性を象徴しています。しかし、毅然とブルカを纏うシーンには、アフガン女性として生きる彼女の決意と誇りを感じます。民族的なアイデンティティの重要さを実感するシーンです。また、借金を頼むことはあっても、施しを受けることは断固として拒否するナジャフにも、アフガン人としての誇りを感じます。

 

貧しいイラン人の青年とアフガン難民の少女の淡い恋を詩的に描いた感動的な物語ですが、昨今の世界的な移民問題にも共通する格差と雇用の問題や、民族的アイデンティティの問題もしっかりと織り込まれた、素晴らしい作品です。

 

ホセイン・アベディニ(ラティーフ、貧しいイラン人、建築現場で雑用をする)

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ザーラ・バーラミ(ラーマト/バラン、アフガン難民、負傷した父の代わりに働く)

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モハマド・アミル・ナジ(メマール、工事現場の親方、アフガン難民に同情的)

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アッバス・ラヒミ(ソルタン、アフガン難民の労働者、ラーマトの面倒を見る)

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ゴラム・アリ・バクシ(ナジャフ、アフガン難民、バランの父、怪我で働けない)

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