夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「少女は自転車にのって」:イスラム諸国でも最も女性に厳しいサウジアラビアを舞台に、前向きな少女と母親の日常を温かい眼差しで描く

「少女は自転車にのって」(原題: وجدة、英題:Wadjda)は、2012年公開のサウジアラビアのドラマ映画です。ハイファ・アル=マンスール監督・脚本、ワアド・ムハンマド、リーム・アブドゥラらの出演で、女性のひとり歩きや車の運転を禁じるサウジアラビアを舞台に、女性として生きることの厳しさに直面しながらも前向きに生きる少女とその母親の日常を描いています。第86回アカデミー賞外国語映画賞サウジアラビア代表に選出された映画です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:ハイファ・アル=マンスール
脚本:ハイファ・アル=マンスール
出演:ワアド・ムハンマド(ワジダ)
   リーム・アブドゥラ(ワジダの母)
   スルタン・アル=アッサーフ(ワジダの父)
   アブドゥルラフマン・アル=ゴハニ(アブダラ)
   アフド(校長先生)
   ほか

あらすじ

サウジアラビアの首都リヤドに住む10歳のおてんば娘ワジダ(ワアド・ムハンマド)は、ある朝、男の子の友達アブドゥラと喧嘩をするが、彼は「男に勝てるわけないだろう」と言い捨てて自転車で走り去ってしまいます。ワジダが通う女子校では、戒律を重んじる女校長目を光らせ、笑い声を立てただけで注意が飛びます。制服の下はジーンズとスニーカー、ヒジャブ(スカーフ)も被らず登校するワジダは、問題児扱いされています。学校の帰り、綺麗な緑色の自転車がトラックで運ばれるのを目にしたワジダは、思わず追いかけます。自転車は雑貨店に入荷したもので、値段は800リヤルでした。帰宅後、ワジダは自転車が欲しいと母(リーム・アブドゥラ)に懇願しますが、全く相手にしてもらえないので、自分でお金を貯めて買おうと決意します。手作りのミサンガを学校でこっそり友達に売り、上級生の密会の橋渡しのアルバイトをするものの、800リヤルには程遠く、手が届きません。そんな中、密会の橋渡しがバレ、ワジダは退学になりかけますが、母が校長に謝罪し事なきを得ます。その夜、父と母の喧嘩の声が聞こえてきます。父は家を継ぐ男子を得るために、第二夫人を迎えようとしているようです。ある日、学校でコーラン暗唱コンテストが行われることになります。優勝賞金は1000リヤル。コーランは大の苦手のワジダだったが、賞金で自転車を買おうと、迷うことなく立候補します。宗教クラブにも入りコーランを暗記、美しく暗唱できるようとワジダは毎日練習を重ねます。そしていよいよ大会当日、ワジダはその驚くべき集中力で、次々にコンテストを勝ち抜いていきますが・・・。

レビュー・解説 

サウジアラビア出身の女性監督が、女性の人権がイスラム諸国でも最低レベルと言われる母国で撮影した本作は、厳しさに直面しながらも前向きに生きる少女の日常を描きながら、将来に向けて希望を感じさせる作品です。

 

中東最大の親米国というイメージに隠れがちですが、サウジアラビアにおける女性の人権はイスラム諸国の中で最低レベルと言われています。サウジアラビアイスラム教の中でももっとも厳格な宗派の法典を国法としており、女性は公的な場面から完全に排除されています。女性による車の運転や、近親者の男性の付き添いなしでの外出は禁止されています。外出時にはヒジャーブを身に着けねばなりませんし、就労も厳しく制限されています。また、一夫多妻が認められている一方で女性の性的自由はき極めて制限されており、婚外交渉は多くの場合、死罪となります。1992年までは女性に戸籍が作成されず、親族男性の戸籍への併記で運用されており、外国への旅行は親族男性のパスポートへの併記という形でしか許可されませんでした。

 

ちなみに女性の権利を制限する理由としては、

  • 女性が子供を産み育てる義務を果たさなくなる
  • 誘惑され不倫が横行する

が一般的に挙げられ、また宗教指導者は女性差別の法的根拠としてその根拠として歴史的指導者アリーの格言を挙げているそうです。

  • 女は信仰においても欠陥があり、相続においても欠陥があり、知性においても欠陥がある。
  • 女に助言を求めるな。なぜなら、女の思考力は愚鈍であり、決断力は脆弱だからである。
  • 必要以上に女を尊重するな。他人に干渉しようなどという考えを女に起こさせるな。

 

そんな話を聞くと暗黒社会の様ですが、実際はどんな感じなのか?この映画はそんな疑問に答えてくれます。厳しい戒律も無邪気なおてんば娘のワジダにはどこ吹く風、制服の下はジーンズとスニーカー、ヒジャブも被らず登校し、厳しい校長先生に目をつけられています。一方、母親はイスラムの教えを守り、外出する時はヒジャブを着用、運転手がいなければ外出もままなりません。男性に聞こえる様な大声を出してはダメと娘を諭したり、娘と一緒に祈りを捧げたり、娘にコーランの誦唱を教えたりします。また、彼女に男の子ができない為、夫が第二夫人を迎えることに心が揺れています。

 

この映画の巧みな点は、イスラムの戒律による制限を特に強調することなく、さりげなく日常生活に織り込んでいることです。宗教的な戒律はサウジアラビアで生活している人にとっては当然の大前提でしょうし、子を諭す母親や厳しい校長先生を見ているとこうした厳しい戒律があながち悪いことではないかもしれないと思われるほど巧みに描かれています。女性の人権をソフトに主張するものの、ハイファ・アル=マンスール監督は反イスラムの立場をとっているわけではありません。しかしながら、イスラムの戒律を守りながらも幸せになれない母親と無邪気でおてんばな娘を対比して描くことにより、「サウジアラビアが少しでも女性にとって住み良い世界になりますように」という彼女の想いが込められています。

 

サウジアラビアも女性兵士を含む米軍の駐留やアラブの春の影響で、女性の権利拡大を求める声が国内でも拡大、近年女性の権利が徐々に拡大しつつあります。女性に選挙権を付与する動きもあり、またこの映画がリリースされた後、条件付きですが女性が自転車に乗れる様になったそうです。ワジダが乗りたかった自転車はサウジアラビアの女性の運転できない自動車の暗喩ですが、ワジダが大人になる頃はきっと自動車も運転できる様になるに違いありません。サウジ・ドリフトをして気勢を上げている男性ドライバーが YouTube を賑わしていますが、彼らより優良でない女性ドライバーを探すのは困難と思われます。

 

ハイファ・アル=マンスール監督は、サウジアラビア生まれ、リベラルな親の元に育ちました。1997年にカイロ・アメリカン大学を卒業後、サウジに帰国、8年間に3本の短編映画を製作します。初のドキュメンタリー映画「Woman without shadows」を上映した2005年に、アメリカ人外交官の現在の夫に出会います。その後、夫と共にオーストラリアに移り、シドニー大学で映画学を学び、ワシントンを経て、現在は2人の子どもとバーレーンに住んでいます。本作は彼女の長編映画デビュー作であり、すべての撮影をサウジアラビア国内で行った初の長編映画です。サウジアラビアでは、未だ屋外で男女が話すことができず、撮影が阻止される為、彼女はスパイ映画もどきにヴァンの中から無線機で指示を出さねばならなかったと言います。劇中、「3時間も車の中で大変だった」と出演者が愚痴るシーンがありますが、これは監督の本音かもしれません。

 

ワアド・ムハンマド(ワジダ)

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サウジアラビア・リヤド生まれ。オーディションを通じ、主役のセリフの読み上げた50人以上の少女の中から選ばれた。地元シアターで演技の経験があった彼女は、堂に入った演技をみせてくれる。新しい世代が、旧態然としたイスラム社会を少しずつ変えていくのではないかと期待を感じます。

 

リーム・アブドゥラ(ワジダの母)

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サウジアラビアの古い家柄の家庭に生まれ育った彼女は、女性を家庭に縛り付ける社会で挑戦を続ける数少ないサウジアラビア女優の1人であり、テレビスター。社会の中でもリベラル寄りであり、極端で偏狭なイデオロギーを批評するコメディシリーズ「Tash Ma Tash」でキャリアをスタートさせた。本作は初の長編映画作品。

 

スルタン・アル=アッサーフ(ワジダの父)

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アブドゥルラフマン・アル=ゴハニ(アブダラ)

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アフド(校長先生)

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ケンケンパをして遊ぶワジダ

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子供達がケンケンパをして遊ぶシーンにびっくり。日本独自の遊びと思っていたが、調べてみると紀元前500年頃にローマで誕生した、英語圏では hopscotch と言われる遊びのようだ。子供の世界には国境がないことを改めて実感。

 

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ワジダは制服の下にジーンズとスニーカーで登校する。校長に注意されるが、カジュアルで活動的なファッションは女性の自由の象徴。ワジダは紫の紐に変え、白い部分をマジックで黒く塗りつぶして履いている。

 

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関連作品 

イスラムの世界を描いた映画のDVD(Amazon

  「マルコムX」(1992年)

  「ビフォア・ザ・レイン」(1994年)

  「運動靴と赤い金魚」(1997年)

  「少女の髪どめ」(2001年)

  「アフガン零年」(2003年)

  「パラダイス・ナウ」(2005年)

  「ペルセポリス」(2007年)

  「キャラメル」(2007年)

  「灼熱の魂」(2010年)

  「壊された5つのカメラ パレスチナ・ビリンの叫び」(2011年)

  「別離」(2011年)

 

「オマールの壁」(2013年)

  「禁じられた歌声」(2014年)

裸足の季節」(2015年) 

  「歌声にのった少年」(2015年)

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少女は自転車に乗って(字幕版)

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