夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「禁じられた歌声」:イスラム過激派に支配されるマリ共和国の古都の日常、シャリーアの恐怖、屈せず自由を求める人々を描いた人間ドラマ

「禁じられた歌声」(原題:Timbuktu)は、2014年公開のフランス・モーリタニア合作のヒューマン・ドラマ映画です。アブデラマン・シサコ監督/共同脚本、イブラヒム・アメド・アカ・ピノ、トゥルゥ・キキら出演で、アフリカのマリ共和国の美しい古都ティンブクトゥを舞台に、イスラム過激派に占拠された街の人々の苦しみと抵抗を描いています。2015年のセザール賞で最優秀作品賞、監督賞、脚本賞など7部門を受賞、同年のアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:アブデラマン・シサコ
脚本:アブデラマン・シサコ /ケッセン・タール
出演:イブラヒム・アメド・アカ・ピノ(キダーン、牛飼い)
   トゥルゥ・キキ(サティマ、キダーンの妻)
   アベル・ジャフリ(アブデルグリム、ジハーディスト)
   ファトウマタ・ディアワラ(ファトウ、歌い手)
   ケトゥリ・ノエル(ザブー、唯一ジハーディストに反抗できる気の触れた女性)
   アデル・マフムード・シャリーフ(イスラム神秘主義の礼拝指導者)
   ほか

あらすじ

  • 西アフリカ、マリ共和国のティンブクトゥ、世界遺産にも登録された美しい古都からほど近いニジェール川のほとりの砂丘地帯で、キダーン(イブラヒム・アメド)は妻サティマ(トゥルゥ・キキ)、娘トーヤ、そして12歳の牛飼いの孤児イサンと共に、ささやかながらも互いに慈しみ合う、幸せな生活を送っています。そこにはいつもキダーンの奏でる音楽があります。
  • しかし、マリ共和国の北部に侵入した来たイスラム過激派のジハーディスト(聖戦戦士)達がティンブクトゥの街を占拠、厳格なシャリーアイスラム法)と恐怖政治で住民たちを支配していきます。ジハーディストらは、音楽、笑い声、たばこ、そしてサッカーや不要な外出など次々に禁止し、これを破った者を不条理な刑罰に処します。生気のなく影のように生きていく者がいる一方で、人々は隠れて音楽を楽しみ、少年たちはボールを使わずにサッカーの試合をするなど、ささやかな抵抗を試みる者もいる中、極彩色のドレスを身を包んだ気の触れた女が正面切って不条理な暴力に対抗します。
  • ジハーディストたちによる圧政が日に日に色濃くなっていき、歌を歌った女性は鞭打ちの刑に処され、神を讃える静かな音楽は神への冒涜となり、無垢な少女は無理やり過激派の花嫁にされ、神の前で結婚しなかった事実婚のカップルは公開処刑されます。キダーン一家はそんな混乱を避けて暮していましたが、やがて彼らにも暗い影が少しずつ忍び寄り、キダーンの飼う牛が漁師の網を引っ掛けたことから、大きな悲劇が始まります・・・。

レビュー・解説

イスラム過激派に占領され、支配されるマリ共和国の古都の日常、シャリーアによる裁きの恐怖、それに屈することなく自由を求める人々の心を描いた、感動的なヒューマン・ドラマ映画です。

 

イスラム過激派に支配されるマリ共和国の人々の日常と恐怖と抵抗を描く

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アフリカ大陸で活発化するイスラム過激派

イスラムの世界を描いた映画は、アフガニスタン、イラン、トルコ、レバノンイスラエル、ヨルダン、サウジアラビアパレスチナなど、西アジアの国々を舞台にしたものが多いですが、本作のアフリカのマリを舞台に隣国のモーリタニアで制作された作品です。アフリカのサハラ砂漠以南の地域における宗教的慣習は、個人の精神性を重視するイスラム神秘主義に基づいており、西アジアイスラム原理主義の国に見られるような厳格な慣習とは異なった独自の伝統文化があり、イスラム過激派の影響を比較的受けにくいとされていました。しかしながら、

などにより、イスラム過激派の勢力がアフリカ大陸全体に拡大しつつあります。

 

イスラム過激派の支配下における人々の暮しを描いた作品には、タリバン支配下アフガニスタンを舞台に少女の運命を描いた「アフガン零年」(2003年)などがあります。アフリカに関するものでは、ケニアの首都ナイロビに潜む過激派組織を遠隔地よりドローンで偵察、英・米・ケニア合同でテロリスト捕獲を試みる「アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場」(2015年)がありますが、支配されるアフリカの人々の生活にこれほど密着したものは本作が初めてでしょう。

事実に基づくエピソードを紡いだドラマ

アブデラマン・シサコ監督はモーリタニアのキファに生まれ、子ども時代をマリのバマコで過ごし、19歳でロシアに渡って映画を学び、さらにフランスでも20年ほど暮らしたというグローバルなバックグラウンドの持ち主です。2012年、マリ北部のアゲルホクという街で、子持ちの事実婚カップルが神の前で結婚していなかったという理由で石打ちの公開処刑に処されます。これはイスラム過激派のジハーディストらに占領されたマリ共和国で行われた、シャリーアに基づく初めての残酷な処刑となりました。この事件にショックを受けたシサコ監督は、彼らの暴挙を人々の良心に訴える為に映画を制作することを決意します。

 

ドキュメンタリーの制作を考えた彼は、事前調査の為にジャーナリストを雇い、マリ共和国の古都ティンブクトゥに送り込みますが、ティンブクトゥの人々は自由に話すことができませんでした。ジハーディストはプロパガンダの為にインタビューされたがりましたが、これではミスリーディングなドキュメンタリーになりかねないと、シサコ監督は断念します。2013年、フランスが軍事介入し、占領されたマリ北部の街はジハーディストから奪還されます。シサコ監督自身もティンブクトゥ入りし、実際に人々に会って支配下で起きた話を聞きます。さらに、他の街での出来事を加え、

  • 羊飼いが漁師を殺した事件の裁き(@ティンブクトゥ)
  • イスラム過激派組織に略奪婚(実質レイプ)された女性(@ティンブクトゥ)
  • ジハーディストの指導に抵抗した魚売りの女性(@ティンブクトゥ)
  • 目の前でムチ打たれる娘に何もできない父親(@ティンブクトゥ)
  • ジハーディストに唯一、正面切って対抗できた、気の触れた女性(@ガオ)
  • 神前で結婚しなかった子持ちの事実婚カップルの石打ちの公開処刑(@アゲルホク)

といった、事実に基づいた一連のエピソードを織り込みながら、禁止、裁き、抵抗という三つの視点でドラマとして制作されたのが本作です。

 

キダーンを演じたのはマドリッドをベースに活動するミュージシャン、サティマ役はモントリオールに住む歌手のトゥールー・キキ、娘役は難民キャンプで会った12歳の少女と、主要なキャストはすべて素人ですが、逆に日常感が醸し出される効果的な演出となっています。一方、運転できないジハーディスト、踊るジハーディスト、魚売りの女性、気の触れた女性にはプロの俳優が起用されています。フランス軍が解放した後も自爆テロが起こるなど、ティンブクトゥが安全ではなかった為、撮影はモーリタニア国内で行われています。

 

因みに、宗教法であるシャリーアで人を裁くというのは日本の感覚では信じがたいのですが、大雑把に言ってアフガニスタンイラクパレスチナ、マレーシア、ナイジェリア、パキスタンバングラデシュ、エジプト、インドネシア、ヨルダンといった国々では、シャリーアへの志向が強いようです。また、異教徒でもシャーリアに準じて罰せられる国がありますので、イスラム圏を訪問する場合は、事前に調べておいた方が良いでしょう。

過激派の支配に屈しない心

冒頭、過激派組織の旗を立てたピックアップ・トラックから、ジハーディストたちが機関銃を撃ちながらガゼルを追い詰めるシーンがあります。彼らはガゼルを殺さずに疲れさせようとしますが、これはシャリーアを盾に人々を追い詰め、恐怖で支配しようとする彼らの姿を暗示するかのようです。本作には、日本人も犠牲になった2016年のダッカ・レストラン襲撃人質テロ事件のような襲撃シーンもなければ、斬首による残酷な処刑シーンもありません。シャリーアに基づくムチ打ちや石打の刑のマイルドな描写はありますが、むしろ身近なエピソードを積み上げた本作が醸し出すのは、

  • ジハーディストたちによる支配のじわりとした現実感
  • シャリーアによる不条理な即決の宗教裁判への恐怖
  • それらに対して人々が見せるささやかな抵抗

といったものです。

 

2015年のセザール賞で本作が最優秀作品賞、監督賞、脚本賞など7部門を受賞する快挙を成し遂げたのは、イスラム過激派がパリの風刺週刊紙出版社シャルリー・エブドを襲撃し、12人を殺害した事件のわずか一ヶ月半後でした。この事件の後、銃撃された新聞社の前には献花・献火する人々が相次ぎ、フランス各地で数万人規模の追悼集会が行われるなど、大きな追悼のうねり中で、「Je suis Charlie」 (私はシャルリー)というスローガンが一気に広まりました。これは犠牲者への連帯、表現の自由の支持、武力行為への静かな抵抗を意味し、人々の共感を一気に得たものでが、イスラム過激派の支配下で歌や球技が禁止されても、

  • 密かに歌い続ける
  • 球なしのサッカーに興ずる

ティンブクトゥの人々を通して、静かな抵抗と自由の希求を描く本作は、殺伐としたテロ事件に心を痛める人々にとって、タイムリーなものとなりました。

イスラム神秘主義の聖職者と過激派の問答

本作のもうひとつの見どころは、信心深く、高潔で誠実なイスラム神秘主義の礼拝指導者と、この街を占領しにやってきた過激派のジハーディスト達の問答です。彼らの

  • 土足で武器を持って礼拝所に踏み込むこと
  • ジハード(聖戦)、修行、慈悲、許し、哀れみ、交流などコーランの解釈
  • 結婚をめぐる手続き

といったことに関するやりとりには、非常に興味深いものがあります。イスラム神秘主義の聖職者とイスラム原理主義の過激派という極端な組み合わせではありますが、イスラム教徒が一枚岩ではないことが実感されます。

 

イブラヒム・アメド・アカ・ピノ(キダーン)

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イブラヒム・アメド・アカ・ピノは、マドリッドをベースに活動するミュージシャン。キダーンはトゥアレグ族だが、トゥアレグ族出身のプロの俳優が見つからなかった為、演技は素人の彼が起用されたが、逆に素人っぽさが日常感を醸し出している。

 

トゥルゥ・キキ(サティマ)

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トゥルゥ・キキは、モントリオールに住む歌手。サティマはトゥアレグ族だが、トゥアレグ族出身のプロの女優が見つからなかった為、演技は素人の彼が起用されたが、逆に素人っぽさが日常感を醸し出している。

 

アベル・ジャフリ(アブデルグリム)

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アベル・ジャフリ(1965年〜) は、チュニジア出身のフランスの俳優。「とまどい」(1996年)などに出演している。

 

ファトウマタ・ディアワラ(ファトウ)

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ファトウマタ・ディアワラは、マリ共和国出身の歌手、作詞作曲家。現在はフランスに住む。本作の他にも「Mali Blues」(2016年)などの映画に出演している。

 

ケトゥリ・ノエル(ザブー)

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ケトゥリ・ノエルはハイチ出身の振付師。マリ共和国バマコに、15年以上住んでおり、ダンス教室を開いている。

 

アデル・マフムード・シャリーフ(イスラム神秘主義の礼拝指導者)

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動画クリップ(YouTube

  • 密かに歌を楽しむシーン
    夜中に集まって密かに歌を楽しむシーン。昔ながらのティンブクトゥを讃える歌を、美しく、情感たっぷりに、そしていかにも楽しそうに歌っている。何故、歌うことが禁じられるのか、素朴な疑問を抱かずにはいられない。
  • 球のないのサッカーに興ずるシーン
    このシーンは当初よりシサコ監督の頭の中にあったアイディアを可視化したものだが、 作曲家によって曲がつけられ、より感動的になった。プレイヤー達のキックの合わせて、鉄琴の単音が入っている。

 

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関連作品

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  「マルコムX」(1992年)

  「ビフォア・ザ・レイン」(1994年)

  「運動靴と赤い金魚」(1997年)

  「少女の髪どめ」(2001年)

  「アフガン零年」(2003年)

  「パラダイス・ナウ」(2005年)

  「ペルセポリス」(2007年)

  「キャラメル」(2007年)

  「灼熱の魂」(2010年)

  「壊された5つのカメラ パレスチナ・ビリンの叫び」(2011年)

  「別離」(2011年)

  「少女は自転車に乗って」(2012年)

 

「オマールの壁」(2013年)

裸足の季節」(2015年) 

  「歌声にのった少年」(2015年)

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禁じられた歌声(字幕版)