「フード・インク」(原題: Food, Inc.)は、2008年公開のアメリカのドキュメンタリー映画です。アメリカ国内における巨大化した農業市場、広大な農場に散布される農薬、遺伝子組み換えなど、アメリカの食品産業に潜む問題点に切り込み、大量生産低コストの裏事情とリスクを伝えるとともに、オーガニック・フードの価値を訴えています。第82回アカデミー賞の長編ドキュメンタリー部門にノミネートされた作品です。
目次
スタッフ・キャスト
監督:ロバート・ケナー
脚本:ロバート・ケナー/エリス・ピアルスタイン/キム・ロバーツ
出演:エリック・シュローサー/マイケル・ポーラン
ほか
あらすじ
あらゆる技術の発展により産業フードシステムが現実のものとなり、スーパーには今や四季を問わず豊富な食材が並んでいます。お手頃価格の食べ物を大量に生産できるという利点がある一方、それを維持する陰には多くのリスクが潜んでいます。養鶏では従来の1/2の期間で2倍のサイズの鶏を育て、鶏肉を効率よく作ることに成功しましたが、急激に大きくなり体を支え切れないプロイラーは2、3歩歩くだけで足が折れてしまうものもいます。また、草地が全くない巨大農場に押し込められた牛は、本来食べるはずのない安いコーンを飼料としている為にうまく消化できず、O-157などの大腸菌に感染してしまいます。現在、アメリカの農地の30%はコーン畑ですが、それらのコーンは家畜の飼料だけでなく、ジュースやケチャップ、スナック菓子などあらゆる食材の原料として使われています。そのコーンの多くは遺伝子組み換えで作られたものですが、アメリカも日本もラベル表示の義務はありません。その一方で有機農法を実践している農家もあります。J・サラティンは広い屋外の農場に牛を飼い、牧草を食べさせ手作業で肉を捌いていますが、決して効率は悪くないと言います。「利益や効率重視になると家畜を商品としてしか見なくなる。農家は美味しい食品を作ることを目標にするべき。」と彼は語ります。そんな中、アメリカでもオーガニック・フードが注目を浴び始めています。大手スーパーにもオーガニック棚が出来るほどで、有機農家と提携する巨大企業は急増してきていますが、大量生産された「オーガニック」は本当に「オーガニック」と呼べるものなのか、どうか?食べ物の価値を決めているのは、結局は私たち消費者です。
レビュー・解説
なかなか面白いドキュメンタリーです。大量生産のおかげで我々は美味しいものを安く食べられるになったわけですが、その一方で様々な弊害が起きていることはあまり知りません。資本主義下の企業は、資本効率の良い大量生産、大量販売を志向し、企業間で熾烈な競争が繰り拡げられます。その結果、安くて良いものが出回り、消費者はその利益を享受します。しかしながら、起業が淘汰され、寡占、独占が進むと、企業は市場を支配するようになり、消費者にもいいろいろな不都合が起こる様になります。また、そうした不都合が起きても、企業は市場支配力や資金力を盾に、それを押しつぶそうとしますし、消費者も安いからしょうがないと慣らされてしまいます。しかしながら、これは本来、競争市場がもたらすべきものではありません。消費者は食品について良く知り、自分が求める物を明確に意思表示する事により、市場を変えることができると、この映画は訴えています。
示唆に富んだ映画ですが、そのいくつかを挙げると、
- 鶏や牛の生産企業は、その飼育プロセスを公開していません。家畜の虐待や不法移民の雇用、不衛生、劣悪な労働環境である印象を与えることを危惧しているらしいのですが、こうした不透明さは、隠蔽体質につながるもので感心しません。
- O-157に汚染されたハンバーグを食べた少年が死亡、これを受けて操業停止命令を出したFDAが企業に逆に提訴され、政府の権限の無さが暴露されました。寡占市場では一企業への市場依存度が高いため、汚染が一気に広がるリスクがある一方で、企業側の損失も大きくなる為に、政府に対する抵抗が大きくなります(こうした事は珍しくなく、リーマンショックの後、同様の問題がないか当局が銀行に調査に入ろうとしたところ、銀行が「消費者のライフラインが止まる」と当局を脅した例もあります)。また、こうした企業は「回転ドア」で政府に人材を送り込み、法案や政府決定を自分たちに有利なものしようとすることは、良く知られています。
- 操業停止命令に関する訴訟はFDAの敗訴となりましたが、被害者の家族や関係者が政府の権限を拡大するケヴィン(被害者の名前)法を提案、長い戦いの末、2011年にケヴィン法を反映したFDA食品安全性の近代化に関する法案にオバマ大統領が署名しました。
- この事件に関連し、テレビ番組で「もう、ハンバーグは食べないわ」と発言した人気テレビ司会者のオプラ・ウィンフリーが訴えられ、6年の歳月と莫大な訴訟費用をかけて無罪を証明しました。また、アメリカには風評被害法という企業を保護する法律があり、訴訟を覚悟せずに自由な批判をすることができません。映画でもケヴィンの母親が風評被害法を恐れてインタビューアーの質問への回答を拒否するシーンがあります。オプラ・ウィンフリーのように裁判費用が続けば良いのですが、そうでなければ途中で裁判費用が底をつき、泣く泣く損害賠償金を払わされる羽目になります。
- アメリカの大豆の9割をシェアを占めるモンサント社は、種苗用の大豆の保存を禁止するばかりか、花粉によって遺伝子レベルで汚染された畑の持ち主は知的財産権の侵害ではないことをモンサント社に対して証明しなければなりません。モンサント社に訴えられた農家は、証明する為の訴訟費用が続かず、泣く泣く有罪を認め、賠償金を払わざるを得ません。アメリカでは政治や言論、正義も資金力のある大企業に有利なのです(畑は違いますが、日本でも大病院が医療事故を金で丸め込むという話を聞いたことがあります)。
「フード・インク」の舞台はアメリカですが、食の安全意識が世界一高いと言われる日本も、
- 収入の伸び悩みにより安い食品が求められていること
- 弊害の要因の一つである寡占企業の市場支配は日本でもあり得ること
- TPP により食品のボーダーレス化が進むであろうこと
などを考えれば、全く無縁の話とも言えず、市場によく眼を凝らしていく必要があるでしょう。
関連作品
ビジネスの世界を描いた映画のDVD(Amazon)
「市民ケーン」(1941年)
「ゴッドファーザー」三部作(1972〜1990年)
「ウォール街」(1987年)
「ザ・エージェント」(1996年)
「Startup.com」(2001年):輸入版、リージョン1,日本語なし
「アビエイター」(2004年)
「サンキュー・スモーキング」(2005年)
「エンロン 巨大企業はいかにして崩壊したのか?」(2006年)
「プラダを着た悪魔」(2006年)
「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」(2007年)
「アメリカン・ギャングスター」(2007年)
「I.O.U.S.A.」(2008年):輸入版、リージョン1,日本語なし
「マイレージ・マイライフ」(2009年)
「インサイド・ジョブ 世界不況の知られざる真実」(2010年)
「ソーシャルネットワーク」(2011年)
「マネーボール」(2011年)
「マージン・コール」(2011年)
「クィーン・オブ・ベルサイユ 大富豪の華麗なる転落」(2012年)
「her/世界でひとつの彼女」(2013年)
「ウルフ・オブ・ウォールストリート」(2014年)
「ナイトクローラー」(2014年)
「スティーブ・ジョブズ」(2015年)
「マネー・ショート 華麗なる大逆転」(2015年)
「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」(2016年)