「エンロン 巨大企業はいかにして崩壊したのか?」(原題:Enron: The Smartest Guys in the Room) は、2005年公開のアメリカのドキュメンタリー映画です。フォーチュン誌のベサニー・マクリーンおよびピーター・エルカインドによる2003年のベストセラー・ノンフィクション小説「The Smartest Guys in the Room」を原作とするこの映画は、アレックス・ギブニー監督の元、経営者の刑事訴追にまで発展した2001年のアメリカの大企業エンロンの破綻の経緯や、同社のカリフォルニア電力危機への関与を、原作者2人の他、エンロンの役員や従業員、株式分析家、元カリフォルニア州知事グレイ・デイヴィスらへのインタビューを通じて描いています。第78回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画にノミネートされた作品です。
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目次
キャスト・スタッフ
監督:アレックス・ギブニー
脚本:アレックス・ギブニー
原作:ベサニー・マクリーン、ピーター・エルカインド著
「The Smartest Guys in the Room」
出演:ケン・レイ(エンロン創業者、元会長、元CEO)
ジェフ・スキリング(エンロン元CEO)
アンディ・ファストウ(エンロン元CFO)
ベサニー・マクリーン、ピーター・エルカインド(フォーチュン誌)
ほか
あらすじ
アメリカテキサス州、ヒューストンに本社を置くエンロンは、1985年、天然ガスのパイプライン会社として設立されました。わずか15年間で売上高約1000億ドル(約13兆円)を超え、売上高全米第7位、世界で第16位(Fortune誌)の巨大多国籍企業となりました。エンロンの伝統的な業種は運輸業であり、天然ガスのパイプライン業が主です。規制緩和以前は、天然ガスを販売出来る会社は決められており、その当時エンロンはガス田の生産者と消費者との流通(パイプライン)を行っていました。その後の規制緩和によって、
- エネルギーのサービス業(個人や企業に対する天然ガスの小売業。規制緩和によって天然エネルギー(ガス、電力)の売買を開始。)
- 卸売業(天然ガスに加えて電力卸業にも参入。発電能力がない会社は参入が出来なかった為エンロンはPGEを買収した。)
に参入しましたが、その強引な手法や証券取引的事業などついては当時から疑問の声があったものの、巨大企業にとしてもてはやされ、株価はうなぎ上りとなりました。2001年10月、ウォールストリート・ジャーナル紙がエンロンと子会社の癒着を報じたことを機に、その株価が大暴落、その後、簿外取引による粉飾会計等が次々と明るみに出、報道からわずか2ヶ月で、巨大企業エンロンは破綻に追い込まれました。負債総額は160億ドル(約1兆9600億円)を超え、アメリカ史上最大(当時)の企業破綻となりました。
レビュー・解説
このドキュメンタリーは、エンロンが破綻した理由をいくつか挙げています。
時価会計は、資産や負債のうち、その種類や目的に照らして時価によって評価する会計システムですが、時価それ自体の算定がかなり困難な上、理論上の評価値で買い手が存在することは保証されていないという欠点があります。その欠点を理解した上で適切に使用すればよいのですが、映画では、算定が困難な事を逆手に取り、不適切な算定をしていたことが示唆されます。
エンロンは財務報告が義務づけられない子会社をたくさん作り、負債を移転してエンロン本体の決算を黒字に粉飾していました。ウォールストリート・ジャーナル紙がこのエンロンと子会社の癒着を報じた事により、株価が暴落、粉飾会計が次々と明るみに出て、経営破綻の直接的契機となりました。
大掛かりな不正が行われていたにも関わらず、アメリカの5大監査法人であり、最も長い歴史を持つアーサー・アンダーセンがこれを見逃していました。エンロンが毎月、巨額の費用を支払っていた法律顧問も同様です。これに加えて銀行等も十分に審査することなく出資、エンロンが不正な利益創出に加担、その利益を共に享受していました。一方、エンロンに懐疑的な記事を書いたメリルリンチのアナリストの解雇と引き換えに巨額のビジネスをメリルリンチに発注していたことが明らかになるなど、金を前に不正に沈黙する業界の実態が浮き彫りにされています。
積み重なる粉飾決算でごまかしきれなくなり、エンロンは予算達成が厳しくなったある期の決算を前にカリフォルニアの送電を止めるという暴挙に出ます。値段をつり上げ、利益を得る為の手段でした。ここには公益的事業の自負は全くなく、不正さえ厭わず利益を追求する強欲さあるのみです。ちなみにエンロンはブッシュ政権と強いつながりを持ち、ブッシュの政敵である当時のカリフォルニア知事を倒し、事業を有利に進める為に担ぎだされたのが俳優のアーノルド・シュワルツェネッガーです。
終盤、ドキュメンタリーは監獄実験に言及しています。監獄実験とは、スタンフォード大学が、普通の人が特殊な肩書きや地位を与えられると、その役割に合わせて行動してしまう事を証明する為に行なった、看守と受刑者のロールプレイの実験で、
- 権力への服従(強い権力を与えられた人間と力を持たない人間が、狭い空間で常に一緒にいると、次第に理性の歯止めが利かなくなり、暴走してしまう)
- 非個人化(元々の性格とは関係なく、役割を与えられただけでそのような状態に陥ってしまう)
が結論づけられました。映画は、エンロンの社員や関係者に監獄実験と同様な心理が働き、感覚が麻痺していったと推察しています。
一方、刑事訴追を受けた、ケン・レイ元会長兼CEOは、「自分の与り知らない事、自分は被害者である」と主張しました。いわば、刑務所の所長には罪の意識が無かったことになります。また幹部たちは、いち早くエンロンの破綻を見越して、保有するエンロン株を売り抜け、現金に変えましたが、破綻して解雇されたエンロン社員はほとんど退職金を手にすることができませんでした。大金を持ち逃げした刑務所長と、暴走させられただけの看守の対比が見事ですが、市場は双方によっていいように食いものにされた受刑者です。
「Ask Why ?」(なぜかを考えろ)が、頭を使って儲けるというエンロンのスローガンのひとつでした。幹部は望ましい人材として「我々は変化を好む社員を求めています。斬新でユニークなアイデアを常に求めています。」と語っています。ところが、「何故、エンロンは貸借対照表を公表しないのか」という電話会見での記者の質問に対して、返答に窮した時のスキリングCEOが、「Thank you very much, we appreciate that, ASSHOLE」(質問に感謝します、馬鹿者めが)、と答える失態を演じます。少なくてもCEOともあろうものが会見の場で使う言葉ではありませんが、「Ask Why ?」はあくまでも社員に金を稼がせる為の方便であって、幹部である自分には関係ないという意識が露呈した一幕でもありました。
破綻して解雇された社員の一人は、エンロンの動きに対して自分自身の「Ask Why ?」が足りなかったと反省していますが、往々してこうした不正や不適切が「監獄実験」と似た環境下で進行する事を考えれば、不正や不適切の防止に個人の意識が決定的なものになるかどうかは疑問です。その後も、2002年のワールドコムの粉飾決算と破綻、2008年のリーマン・ブラザーズのサブプライム・ローンによる破綻など、似たような愚を繰り返しています。リーマン・ブラザーズの元CEOは紙くず同然になった同社株を売り抜け、6900万円を手に入れていたことが判明、反省の色が見られないと批判の対象になりました。元より性悪な看守もいるや知れませんが、金に異常な執着を持つ刑務所長が看守を権力で服従させてビジネスをする限り、不正や不適切はなくならないのかもしれません。
なお、後に日本で起きたライブドア事件は、スケールこそ小さいものの、別組織を利用した利益の付け替え、本体の粉飾決算などの手法において、エンロンやワールドコム事件との類似性が指摘されています。
ケン・レイ(エンロン創業者、元会長、元CEO)
ジェフ・スキリング(エンロン元CEO)
ベサニー・マクリーン(フォーチュン誌)
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関連作品
「エンロン 巨大企業はいかにして崩壊したのか?」の原作本
Bethany McLean, Peter Elkind, et al 'The Smartest Guys in the Room: The Amazing Rise and Scandalous Fall of Enron'(Amazon)
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「ウォール街」(1987年)
「ジャマイカ 楽園の真実」(2001年)
「キャピタリズム~マネーは踊る~」(2010年)
「インサイド・ジョブ 世界不況の知られざる真実」(2010年)
「マージン・コール」(2011年)
「ウルフ・オブ・ウォールストリート」(2014年)
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