「マギーズ・プラン 幸せのあとしまつ」(原題:Maggie's Plan)は、2015年公開のアメリカのロマンティック・コメディ映画です。レベッカ・ミラー監督、グレタ・ガーウィグ、イーサン・ホーク、ジュリアン・ムーアら出演で、恋愛感情を維持できない女性が人工授精でシングルマザーになることを決意するも、突然、妻子ある男性と恋に落ち、勢いで結婚、子供も生まれる、が、やはり思いが冷めてしまい、夫を元妻に返そうとする、男女3人の型破りな三角関係を描いています。
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目次
スタッフ・キャスト
監督:レベッカ・ミラー
脚本:レベッカ・ミラー
原案:カレン・リナルディ著「The End of Men」
出演:グレタ・ガーウィグ (マギー・ハーデン)
イーサン・ホーク(ジョン・ハーディング)
ジュリアン・ムーア(ジョーゼット)
ビル・ヘイダー(トニー)
マーヤ・ルドルフ(フェリシア)
トラヴィス・フィメル (ガイ・チャイルダーズ)
ウォーレス・ショーン (クリーグラー)
アイダ・ロハティン(リリー)
アレックス・モーフ(アル・ベントワイズ)
ジャクソン・フレイザー(ポール)
ミーナ・サンドウォール(ジャスティン)
フレディ・ウォーカー=ブラウン(ビヴァリー)
モンテ・グリーン(マックス)
ほか
あらすじ
- マギー・ハーデン(グレタ・ガーウィグ)はアート関係の仕事に携わりつつ、ニューヨークの大学でデザインを学んでいます。子供は欲しいが恋愛感情が長続きしないマギーは、旧知のガイ・チャイルダーズ(トラヴィス・フィメル )から精子の提供を受け、自ら人工授精することを計画します。
- そんなある日、マギーは文化人類学者のジョン・ハーディング(イーサン・ホーク)と知り合いになります。彼には、コロンビア大学で教鞭を執るジョーゼット(ジュリアン・ムーア)という妻がいましたが、全てを研究に捧げる彼女に嫌気がさしていました。マギーとジョンは大学でよく顔を合わせるようになり、マギーはジョンが書いている小説を読み、彼と小説の話をするようになります。かねてから計画していた人工授精をマギーが決行しようとした時、ドアのベルが鳴り、計画は失敗します。マギーがドアを開けると、そこにはジョンが立っており、ジョンは彼女に告白します。
- それから3年後、マギーとジョンは結婚し、娘のリリーとジョンの連れ子二人と共に幸せな生活を送っています。しかし、自分の仕事を後回しにして子供3人の世話と仕事も辞め小説家の夢を追い続けるジョンのサポートに明け暮れているマギーは、現状に不満を抱いています。そんな中、忙しいジョーゼットの子供たちの面倒を見るうちに彼女とも親しくなったマギーは、ジョーゼットが鬼嫁ではなく知的で魅力的な女性であること、そして今でもジョンを深く愛していることに気付きます。ジョンはジョーゼットと一緒にいた方がきっと幸せになれる、そう思ったマギーは、夫を前妻に返すというとんでもない計画を思いつきます・・・。
レビュー・解説
人工授精でシングルマザーになることを試みる開放的な女性が、一転、妻子ある男性と恋に落ち、結婚、子を設けるもやがて不満を抱き、夫を元妻へ返そうと企てる型破りなロマンティック・コメディを、三人のオスカー級俳優と二人の個性的なコメディアンが知的な含蓄たっぷりに演じています。
夫を元妻へ返そうと企てる型破りなロマンティック・コメディ
強力なキャスティング
- 「フランシス・ハ」(2012年)などのインディーズ映画に数多く出演、マンブルコアの女王と呼ばれる一方で、監督・脚本を務めた「レディバード」(2018年)ではアカデミー監督賞、脚本賞にノミネートされているグレタ・ガーウィグ
- これまでに四度もアカデミー女優賞にノミネートされ、「アリスのままで」(2014年)で同主演女優賞を受賞しているジュリアン・ムーア
- 「トレーニングデイ」(2001年)、「6才のボクが、大人になるまで。」(2013年)でアカデミー助演男優賞にノミネート、「ビフォア・サンライズ」(2004年)、「ビフォア・ミッドナイト」(2013年)で同脚本賞にノミネートされているイーサン・ホーク
と、オスカー級の俳優三人をメインキャストに据えています。さらに個性的な二人のコメディアン、
- ビル・ヘイダー
- マーヤ・ルドルフ
で脇を固めた、実に強力なキャスティングです。
グレタ・ガーウィグが演じるのは、「恋愛感情を維持できず、人工授精でシングルマザーになることを決意するも、妻子ある男性と恋に落ち、勢いで結婚、子供も生まれる、が、やはり思いが冷め、夫を元妻に返そうと企てる女性」という難しい役柄です。内面にしっかりとしたものを持ちながらも、一見、風変わりで超然としているように見える女性マギーを、ガーウィグはやや高めの声で巧みに演じています。声のトーンひとつでここまでキャラターを作れるものかと、思わず感心してしまうパフォーマンスです。
「アリスのままで」に続いてコロンビア大学の教授を演じるのが二度目のジュリアン・ムーアは、固く結いたお団子ヘアにデンマーク訛りの英語で個性的な役作りをしています。ジョゼット役はムーア以外にいないと、クランクインの二年前からミラー監督は彼女と話し合っていたというはまり役です。
妻の方が優秀な格差夫婦のダメ夫で、離婚しマギーと再婚するも新妻に返品されてしまう学者を軽妙に演じるイーサン・ホークは、派手さはないものの微妙なしっかりとコメディを演じ分けており、さすが大俳優と納得させるパフォーマンスです。イーサン・ホークは長いキャリアの中で本作が初めての女性監督でしたが、その後、「しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス」(2016年)でも、女性監督の元で主役女性の夫役を演じています。本作とは対象的な、寡黙で無骨な漁師という役柄ですが、女性監督の元でもタイプキャストになることなく、幅広い役柄を演じています。
これら三人のオスカー級俳優が演じる洒脱なコメディに、個性派コメディアンのビル・ヘイダーとマーヤ・ルドルフ混じることにより、作品のトーンがぐっと締まり、立体感が与えています。
知的で含蓄のあるコメディ
監督・脚本のレベッカ・ミラーは、アメリカの映画監督、脚本家、女優で、「セールスマンの死」で有名な劇作家アーサー・ミラーの娘、オスカー俳優のダニエル・デイ=ルイスの妻でもあります。彼女は絵を描いたり、小説を書いたりと多彩な才能を持ち主です。彼女はシリアス系の作品を制作することが多く、コメディは本作が初めてですが、彼女のバックグラウンドを反映するかのように知的で含蓄のある作品になっており、気の利いたセリフに思わずクスリというのも度々です。序盤でハッピーエンドになり、そこから捻りの効いた中盤、終盤が展開するという変則的なロマンティック・コメディですが、再婚をテーマにした1940年代のスクリューボール・コメディを参考にしているそうです。
本作はミラーの親友であるカレン・リナルディが送ってきた未完成の小説の一部をベースに制作されたもので、ミラーは一人で人工授精を企てたり、夫を元妻に返品しようと企てたりする、開放的な女性マギーに魅了されたといいます。本作に登場するこのようにキャラクターたちは稀のようにも思われますが、制作スタッフやキャストにも、
- ピクルスで起業した大学時代からの友人
- パートナーと長続きしないことを予見し、パートナー以外のドナーから精子提供を受けた友人
- 離婚して別の男性と結婚したが、新旧両方の家族の面倒を見ることになり、いったい自分は何をしているんだろうと自問する友人
がいるなど、実は現実味のある話が随所に織り込まれています。一見、型破りなキャラクターたちを通して、婚姻関係、友人関係、親子関係やコミュニティなどで人々が互いに依存する、リアルで複雑な人間関係を描いているのです。本作では夫の知らないところで前妻と新妻が関係を構築しますが、これは夫にとって悲劇かもしれません。しかし、二人の女性の関係は注目に値します。
「強い女性たちや多様な女性たちを描きたかったのか?」と聞かれますが、そうではありません。人生がどんなものか、描いただけです。私の人生は、複雑で特異で矛盾した性格の女性たちで満ち溢れています。男性と同じです。私達はたかが人間です。そして、人々が映画に期待するのはそんなキャラクターたちです。(レベッカ・ミラー監督)
https://www.vogue.com/article/maggies-plan-rebecca-miller-interview
グレタ・ガーウィグ (マギー・ハーデン)
グレタ・セレスト・ガーウィグ(1983年〜)は、サクラメント出身のアメリカの女優、映画監督、脚本家。元々は脚本家志望であったが、在学中に端役でマンブルコア映画に出演したのがきっかけとなり、以降、マンブルコア映画運動で知名度を上げた。「フランシス・ハ」(2012年)、「ミストレス・アメリカ」(2015年)では出演と脚本をこなし、「レディ・バード」(2017年)では脚本と監督を務め、作品、監督、脚本など、アカデミ−賞5部門にノミネートされている。
イーサン・ホーク(ジョン・ハーディング)
イーサン・ホーク(1970年〜)は、テキサス出身のアメリカの俳優、作家、小説家、映画監督。1985年に映画でデビューするが、活動を一時中断し、「いまを生きる」(1989年)で復帰、「ホワイト・ファング」(1991年)で初主演、「リアリティ・バイツ」(1994年)、リチャード・リンクレイター監督の「恋人までの距離」(1995年)、「ガタカ」(1997年)と、着実にキャリアを重ねる。「トレーニング デイ」(2001年)でアカデミー助演男優賞にノミネートされる。「恋人までの距離」の続編の「ビフォア・サンセット」(2004年)、「ビフォア・ミッドナイト」(2013年)ではリンクレイター監督、共演のジュリー・デルピーと共に脚本を手がけ、いずれもアカデミー脚色賞にノミネートされる。リンクレイター監督の「6才のボクが、大人になるまで。」(2014年)で、2度目のアカデミー助演男優賞にノミネートされている。
ジュリアン・ムーア(ジョーゼット)
ジュリアン・ムーア(1960年〜)は、ノースカロライナ州出身のアメリカの女優。高校時代から演劇を始める。大学卒業後、ニューヨークでウェイトレスをしながらオーディションを受け、1985年からオフ・ブロードウェイやテレビで活躍、1990年に映画デビュー。以降、現在に至るまで、インディペンデント映画から大作まで幅広く活躍しており、これまでアカデミー賞に4回ノミネートされ、「アリスのままで」(2014年)でアカデミー主演女優賞を受賞している。
ビル・ヘイダー(左、トニー)とマーヤ・ルドルフ(右、フェリシア)
ビル・ヘイダー(1978年〜)は、オクラホマ州出身のアメリカの俳優・コメディアン・声優・プロデューサー。「無ケーカクの命中男/ノックトアップ」(2007年)、「スーパーバッド 童貞ウォーズ (2007年)、「寝取られ男のラブ バカンス」(2008年)など、アパトー絡みの映画に出演する一方で、「くもりときどきミートボール」(2009年)、「モンスターズ・ユニバーシティ」(2013年)、「インサイド・ヘッド」(2015年)、「ソーセージ・パーティー」(2016年)、「ファインディング・ドリー」(2016年)等、傑作アニメへの声の出演も多い。
マーヤ・ルドルフ(1972年〜)は、フロリダ州出身の女優、コメディアン、ミュージシャン。映画監督のポール・トーマス・アンダーソンとパートナーの関係にあり、二人の間に4人の子供がいる。大学卒業後に、人気テレビ番組「サタデー・ナイト・ライブ」にレギュラー出演するようになり、ホイットニー・ヒューストン、ジェニファー・ロペス、ハル・ベリー、ティナ・ターナーなどのエンターテイナーから、元国務長官コンドリーザ・ライスや大統領夫人ミシェル・オバマなどの文化人まで幅広いモノマネで人気を博する。「ガタカ」(1997年)、「恋愛小説家」(1997年)、「チャック&バック」(2001年)、「今宵、フィッツジェラルド劇場で」(2006年)、「ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン」(2011年)、「プールサイド・デイズ」(2014年)などに出演している。
余談:恋愛、結婚、生殖、育児の分離
- 恋愛が半年しか続かない
- 人工授精によるシングルマザーを目指すが失敗
- 突如、恋愛感情に襲われ、結婚、子供も生まれるが3年で醒める
- 夫を元妻に返品しようと企てる
など、本作は恋愛、結婚、生殖、育児といったライフ・イベントをイジっているようで興味深いです。以前は宗教や道徳的な規範のもと、こうしたライフ・イベントは一連不可分なものとして捉えられてきましたが、人権思想の普及、避妊技術や自由恋愛思想の普及、医学の発達などにより、これらのイベントはどんどん分離しつつあります。本作はそんな状況を面白おかしく描いたコメディですが、実はマギーの恋愛感情が冷めてしまうのは自然なことかもしれません。というのは、人間の恋愛の賞味期間は数年で、愛し合って結婚しても数年もすれば幸福を感じる脳内物質が分泌されなくなる為、醒めてしまうという説があるのです。その昔、二足歩行を始めたばかりの人類は、
- 子供が二歳ほどになると、女性は男性の助けを必要としなくなり、
- 子供を連れて男の元を去り、新たな相手を見つけて多種多様な子孫を残した
ことに符合し、他の動物にも同様のパターンが多いと言われています。本作でマギーが夫を元妻に返品しようとするのも、まさにそのタイミングです。
私達は、恋愛→結婚→生殖→育児といったかつて連続不可分だったプロセスを分離することができるようになりました。こうしたプロセスを前提としない自由恋愛も可能ですし、人生半ばで離婚し、新たなパートナーと後半生を過ごすことも可能です。一般に恋愛は生殖をめぐる競争ですが、たった60ドルの価値しかない精子を提供する為に(あるいは提供を受ける為に)、相手探しに腐心し、厳しい競争を繰り広げることは、もはや人間にとってあまり意味のないことかもしれません。友情から自由恋愛まで幅広い男女関係を構築することができますし、特定の相手との関係に固執して共依存に陥る危険も回避できます。どのような関係を選択するかはあくまでも個人の自由ですが、難点は宗教的、道徳的なプレッシャーが減った分、出生率が減り、少子化が進むことです。過去の規範に逆戻りすることはおそらく無理でしょうから、人間社会が持続可能である為には、
などによって、女性が生み、育てること選択しなくとも一定の出生率や人口が維持できる技術や社会システムが必要なのではないかと考えています。もちろん倫理的な課題はありますが、少子高齢化に苛まれながらも出生率が持ち上がらない日本を鑑みるに、一度、様々な制約条件を取っ払って考えてみても良い問題ではないかと思っています。
撮影地(グーグルマップ)
- 冒頭、マギーが老人と渡る横断歩道
- 冒頭、マギーとトニーが待ち合わせをするマーケット
- トニーのピクルス工場
- マギーが通うカレッジ
- マギーとジョンがウォーキングする公園
- ジョーゼットの家
- マギーとジョンの家
- マギーらが子供たちを連れて出かけるスケートリンク
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関連作品
「マギーズ・プラン 幸せのあとしまつ」の原作本(Amazon)
「マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)」(2017年):出演
「Arthur Miller: Writer」(2018年):監督
「ミストレス・アメリカ」(2015年)出演・脚本
「ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命」(2016年)出演
「20センチュリー・ウーマン」(2016年)出演
「レディ・バード」(2017年)監督・脚本
「ビフォア・サンライズ 恋人までの距離(ディスタンス)」(1995年)
「ガタカ」(1997年)
「ビフォア・サンセット」(2004年)
「その土曜日、7時58分」(2007年)
「ビフォア・ミッドナイト」(2013年)
「6才のボクが、大人になるまで。」(2014年)
「シーモアさんと、大人のための人生入門」(2014年)
「しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス」(2016年)
ジュリアン・ムーア出演作品