「ぼくの名前はズッキーニ」:滑稽なタイトル、大きな目のパペット、カラフルな映像で、孤児達を優しく描いたストップモーション・アニメ
「ぼくの名前はズッキーニ」(原題:Ma vie de Courgette、英題:My Life as a Zucchini)は、2016年公開のスイス・フランス合作のストップモーション・アニメーション映画です。2002年に発表されたジル・パリスの同名小説を原作に、クロード・バラス監督、セリーヌ・シアマ脚本で、心に深い傷を負った孤児院の子供たちが明日への希望を見出していく様を、可愛らしくカラフルなビジュアルで描いています。第89回アカデミー賞では外国語映画賞のスイス代表に選定され、長編アニメ映画賞にノミネートされた作品です。
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目次
スタッフ・キャスト
監督:クロード・バラス
脚本:セリーヌ・シアマ
原案:クロード・バラス/ジェルマーノ・ズッロ/モルガン・ナヴァロ
原作:ジル・パリス著「ぼくの名前はズッキーニ」
出演:ガスパール・シュラター(ズッキーニ)
シクスティーヌ・ミュラ(カミーユ)
ポーラン・ジャクー(シモン)
ミシェル・ヴュイエル(レイモン)
ラウル・リベラ(アメッド)
エステル・ヘナード(アリス)
エリオット・サンチェス(ジュジュブ)
ルー・ウィック(ベアトリス)
ブリジット・ロセ(イーダおばさん)
モニカ・ブッディ(パピノー先生)
エイドリアン・バラゾン(ポール先生)
ヴェロニカ・モンテル(ロージー)
ほか
あらすじ
アルコール依存症の母親と二人きりで暮らす9歳の少年イカールは、母親がつけた「ズッキーニ」という愛称を大切にしています。ある日、ズッキーニの過失で母親が亡くなり、ズッキーニは親切な警察官に保護されます。同じ年頃の孤児たちが集まる施設に連れて行かれたズッキーニは新たな環境に馴染むことができず、自分の居場所を見つけるべく悪戦苦闘します。しかし、それぞれに複雑な事情を抱える仲間たちと過ごすうちに、ズッキーニは次第に心を開いていきます・・・。
レビュー・解説
孤児という古典的なテーマを扱いながら、ユーモラスなタイトル、顔と目が大きく愛らしいパペット、カラフルな映像で観る者を楽しませ、子供たちが深くて暗い不幸な感情から立ち直っていく様を優しく慈しむように描いた、ストップモーション・アニメーション映画の佳作です。
傷を抱えながら生きる孤児たちへの賛歌
主人公のズッキーニの本名はイカールと言います。イカールは、蝋で固めた翼で自由自在に空を飛ぶギリシア神話のイカロスのフランス名です。イカロスは太陽に接近し過ぎて翼を失い墜落死したことから、人間の傲慢さやテクノロジーの批判に引用されることもありますが、勇敢さを象徴する名前でもあります。しかし、こうした勇猛な名前とは裏腹に、彼はアル中で育児放棄の母親がつけた「ズッキーニ」という愛称、彼女の飲み干したビールの空き缶、家族を捨てて若い女に走った父親の面影を大切にして生きている繊細な少年です。
本作は、育児放棄をされ、虐待され、心に深い傷を負いながらも、懸命に生きる子どもたちへのオマージュです。孤児を描いた映画では、児童養護施設は虐待の場となり、自由な世界は外にあるという設定になりがちです。しかし、本作では虐待は外の世界で行われ、小規模で家族的な施設を癒やしと再生の場として描いています。施設での新たな出会いを通して、孤児たちは信頼できる友だちを得、恋に落ち、暗闇に包まれていた彼らの世界に少しずつ光が入ってきます。彼らはいつか幸せになれるのではないかと思えるようになり、仲間がいることで生まれる癒しの力、思いやり、友情、分かち合うこと、寛容さ、出会いと別れ、無条件の愛など、様々な人生の機微を学びながら、いつかしら虐待から立ち直っていきます。
傷を抱えながら生きる孤児たちへの賛歌
低予算ながら新鮮で卓越した表現
クロード・バラス監督の長編デビュー作となる本作ですが、最近公開された主なストップモーション・アニメ映画と比較すると、
作品名 | 公開年 | 上映時間 | 制作費 |
LEGO ムービー | 2014年 | 100分 | 6000万ドル |
アノマリサ | 2015年 | 90分 | 800万ドル |
ひつじのショーン バック・トゥ・ザ・ホーム | 2015年 | 86分 | 2500万ドル |
リトルプリンス 星の王子さまと私 | 2015年 | 110分 | 7750万ドル |
KUBO クボ 二本の弦の秘密 | 2016年 | 102分 | 6000万ドル |
ぼくの名前はズッキーニ | 2017年 | 65分 | 600万ドル |
犬ヶ島 | 2018年 | 105分 | 数千万ドル(推定) |
と、上映時間が他作品の2/3以下、予算は一桁足りないというコンパクトな作品で、題材も孤児というこれまでに扱いつくされた観のある古典的なものです。しかしながら、
- 無垢な孤児たちの困難を無邪気に、明るく、ユーモラスに描いた原作
- シリアスさとユーモアがバランスされたセリーヌ・シアマの繊細な脚本
- 大きな顔、大きな目のパペットによる豊かな感情表現
- 脚本にマッチするカラフルで明暗がバランスされたカラースキーム
- ナチュラルな子供の声、パペットの動き、ライティング
- 凧のシーンやゾフィー・ハンガーのテーマ曲による自由の暗示
といったものを通して、ストップモーション・アニメをこよなく愛するクロード・バラス監督の優しく慈しむような演出が、シリアスさとユーモアが程よくバランスされた、穏やかなでポジティブな世界観、空気感を醸し出しています。ストップモーション・アニメ独特の素朴な味わいと相まって強烈な魅力を放つ本作は、第89回アカデミー賞で長編アニメ映画賞にノミネートされるほどの高い評価を得た作品です。
孤児文学と原作小説の魅力
孤児が直面する心理的な問題をこれほど真正面から描いた作品は、久しぶりのような気がします。本作の原作はフランスの同名小説ですが、欧州やアメリカでは「孤児文学」というジャンルが成立するほど、孤児は数多くの作品の題材となってきました。
作家名 | 作品名 | 発表年 | 発表国 |
チャールズ・ディケンズ | オリヴァー・ツイスト | 1838年 | イギリス |
ウィーダ | フランダースの犬 | 1872年 | イギリス |
マーク・トウェイン | トム・ソーヤーの冒険 | 1876年 | アメリカ |
エクトール・アンリ・マロ | 家なき子 | 1878年 | フランス |
ヨハンナ・シュピリ | アルプスの少女ハイジ | 1880年 | スイス |
フランシス・ホジソン・バーネット | 小公女 | 1888年 | アメリカ |
L・M・モンゴメリ | 赤毛のアン | 1908年 | カナダ |
フランシス・ホジソン・バーネット | 秘密の花園 | 1911年 | アメリカ |
ジーン・ウェブスター | あしながおじさん | 1912年 | アメリカ |
・・・ | ・・・ | ・・・ | ・・・ |
この背景には、
- 孤児が多い時代の社会的な要請があった
- 遠い親戚に引き取られるなど環境の激変に伴う劇的展開が期待できた
- 親の束縛、重圧から逃れた孤児の個性の発揮、自己実現などが期待できた
など、文学の題材としての魅力があったものと思われます。ちなみに、クロード・バラス監督は「アルプスの少女ハイジ」が書かれたスイスの出身で、同作を原案にした宮崎駿、高畑勲による同名のTVアニメにも大きな影響を受けています。
孤児そのものがいなくなったわけではありませんが、最近では両親との死別よりもむしろ両親の離婚が子供に与える影響がより普遍的な社会問題となり、孤児を真正面から描く作品は少なくなりました。「ダークナイト」(2008年)、「アニマル・キングダム」(2010年)、「ヒューゴの不思議な発明」(2011年)、「ジャングル・ブック」(2016年)など依然として孤児が登場する映画はありますが、孤児が抱える問題に深くフォーカスすると言うよりは、むしろ他の娯楽要素が強い傾向が伺われます。
そんな中、2002年にフランスで発表されたジル・パリスの原作小説は、孤児という重くて暗い題材を、優しく詩的に描いた成長物語です。主人公ズッキーニの一人称で書かれており、彼とその友人たちが経験する困難を、無邪気に、明るく、ユーモラスに描いています。大人向けに書かれたもので、映画では書き換えられていますが、性的描写や暴力的描写もあります。また、いたずらに劇的展開や主人公の自己実現に突っ走るのではなく、イノセントな主人公の語り口が読む者をじわりと魅了し、子どもの時代に誘う作風で、児童文学として書かれることが多かったかつての孤児文学とは一味異なります。
セリーヌ・シアマによる繊細な脚本
原作小説に感銘を受けたバラス監督は、これを子供も見ることができる映画にすることを思い立ちました。原作には性的描写や暴力的描写が少なくない為、これらを子供向けに翻案する必要がありました。また、原作がズッキーニの一人称で書かれている為、話し方で表現されるスタイルを見た目で表現するなどして、ズッキーニのナレーションをできるだけ少なくする必要がありました。かくしてバラス監督自身が原作を脚本に書き変えましたが、彼は脚本家ではない為、最終的に「ガールフッド」(2014年)などを手がけたフランスの映画監督・脚本家セリーヌ・シアマに脚本の執筆を依頼しました。
脚本の鍵はこども話し方を真似るのことではなく、子供のように考えることにあるとするシアマは、ユーモアと感情表現、子供たちの冒険と社会的なリアリズムのバランスをうまくとり、キャラクターを繊細に扱いながら、間接的に描かれた暗くて悲劇的な過去を背景に、新たに生まれる恋と友情を生き生きと浮かび上がらせています。孤児たちが、生まれてきた赤ちゃんの母親に「見捨てない?」と何度も繰り返して聞くシーンがあります。母親の愛を知らない孤児たちの母子関係に対する好奇心を示すこのシーンには、「愛は無償であり、無条件である」というメッセージも込められています。シアマならではの、婉曲で繊細な表現です。
大きな顔、目のパペットで豊かに感情表現
この作品の大きな特徴のひとつが、大きな頭と大きな目のパペットです。孤児の心理を繊細に描く本作は、この大きな目でキャラクターの感情を豊かに表現しています。子供たちのパペットは20~22cm、大人は40cmほどの大きさで、頭が重いので彫刻してからスキャンし、3Dプリンターで軽い樹脂製に作り変えています。目と口の内部に磁性体を置き、マグネットでできた眉毛、まぶた、口などの部品を変えたり、位置を変えることにより、様々な表情を実現しています。また、パペットの肌をつるつるに磨き上げるのではなく、凹凸を残すことによりリアリティと素朴な手作り感を表現しています。顔と目を大きくすることにより豊かな感情表現が可能になりましたが、プロポーションがアンバランスな為、セットのドアノブの高さをどうするか、帽子と家具の大きさのバランスをどうするかなどといった、付随する問題に頭を悩ます一幕もあったそうです。
大きな頭、大きな目のパペットで感情を豊かに表現
肌に凹凸を残しリアリティと素朴な手作り感を表現
パペットを制作し、撮影セットを作り、セリフを録音、ストーリーボードを作ってから、撮影が行われますが、ひとりのアニメーターが一日に撮影できるシーンはわずか三秒相当です。本作ではそれを15のセットで並行して撮影しています。トータルで60のセットを作り、72体のパペットに3種類の衣装を着せていますが、撮影は時系列ではなくセット別、アングル別、ライティング別に行う為、コーディネーションが複雑になります。緻密な準備が必要ですが、厳密に計画しすぎると度々起こる不測の事態を吸収しきれず撮影が遅れてしまう為、ある程度アバウトに進めることも必要だったと言います。
ナチュラルな声、動き、ライティング
繊細な感情を表現すべくパペットのデザインはデフォルメされていますが、声や動き、ライティングはナチュラルです。大人ではなく、孤児たちの視点で語られる本作は、声にも大人ではなく、年齢と個性の異なる6人の子供たちが起用されています。録音は短編映画用のスタジオで行われ、発泡スチロールで舞台セットを作り、子供たちは実際に動きながら声を出しています。声のみならず、彼らの動きも二台カメラで撮影されています。マイクの前に突っ立って録音するのと違い、生き生きとした子供たちの声が録れ、また子供たちの動きを記録した映像もアニメーションの参考となり、パペットの動きに自然さ、リアルさをもたらしています。また、繊細で明暗のバランスがとれたカラー・スキームもシアマの脚本と共鳴するかのようで、LEDを用い、たくさんの色を取り入れたカラフルなライティングにも自然さが感じられます。これらは、予算が限られる中、声と光にリアリティを追求したバラス監督の意図を反映したものでもあります。
因みに本作には凧が空に浮かぶシーンが何度か出てきますが、これは子供たちが風に乗って自由に飛んでいけることを示唆するものです。また、エンド・クレジットに流れる曲は、スイスのシンガー・ソングライター、ゾフィー・ハンガーの「Le Vent Nous Portera」(風が私たちを運んでくれる)という曲*3で、「風が私たちを運んでくれる」という一節が詞の中で何度も繰り返されます。凧と同様、この曲も子供たちの自由を象徴しています。
シアマの脚本と共鳴するかのような、繊細でバランスがとれたカラースキーム
LEDを用い、たくさんの色を取り入れながら自然なライティングを実現
余談:ストップモーション・アニメの不思議な魅力
CGアニメ全盛の時代ですが、本作に限らずストップモーション・アニメには素朴で温かい、不思議な魅力があります。単なる物に過ぎないパペットが、コマ撮りをすることによってあたかも生きているかのように見えるストップモーション・アニメは、通常の実写映画とアニメーション映画の中間的な性格を持つと言われます。通常の映画では複数のテイクの撮影が可能で、アニメーション映画では手直しが可能と、いずれもより良い表現の為の選択肢がありますが、実はストップモーション・アニメには複数のテイクや手直しといった選択肢がありません。これは、ひとりのアニメーターが一日に撮影できるシーンがわずか三秒と非常に手間がかかる為、複数のテイクを撮る余裕がないこと、また撮影単位がセット別、アングル別、ライティング別で、撮り直しの為のセットやライティングの再現が困難であることに由来します。そういう意味では完璧な画作りには実写やCGアニメの方が適していると言えるかもしれません。しかし、逆に言えば、こうした生来の不完全さが、ストップモーション・アニメの素朴な味わいや暖かさを醸し出しているとも言えます。
おすすめストップモーション・アニメ映画を後掲しますが、CGアニメ全盛の昨今、たまにストップモーション・アニメを観ると、素朴な味わいや暖かさに何かしらホッとするものを感じることができると思います。
ズッキーニ
シモン(右)
レイモン
アメッド(左)とジュジュブ(右)
アリス(右)とベアトリス(左)
イーダおばさん(左)
パピノー先生(左)
ポール先生
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関連作品
「僕の名前はズッキーニ」の原作本(Amazon)
ジル・パリス著「ぼくの名前はズッキーニ」
「トムボーイ」(2011年):監督・脚本・・・輸入盤、リージョン1、日本語なし
「ガールフッド」(2014年):監督・脚本・・・輸入盤、リージョン1、日本語なし
孤児を描いた映画のDVD(Amazon)
「少年の町」(1938年、アメリカ)
「禁じられた遊び」(1952年、フランス )
「トム・ジョーンズの華麗な冒険」(1963年、イギリス)
「ブルース・ブラザース」(1980年、アメリカ)
「リトル・プリンセス」(1995年、アメリカ)
「リロ・アンド・スティッチ」(2002年、アメリカ映画)
「Lost Boys of Sudan」(2003年、アメリカ)・・・輸入盤、リージョン1、日本語なし
「永遠のこどもたち」(2007年、スペイン・メキシコ合作)
「アニマル・キングダム」(2010年、オーストラリア)
「ヒューゴの不思議な発明」(2011年、アメリカ)
「In the Family」(2011年、アメリカ)・・・輸入盤、リージョンフリー、日本語なし
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「ファンタスティック・プラネット」(1973年)
「The Adventures of Mark Twain」(1985年):輸入版、日本語なし
「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」(1993年)
「ジャイアント・ピーチ」(1996年)
「チキンラン」(2000年)
「ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!」(2005年)
「ティム・バートンのコープスブライド」 (2005年)
「A Town Called Panic」(2009年):輸入版、リージョン1,日本語なし
「コララインとボタンの魔女」(2009年)
「ファンタスティック Mr.FOX」 (2009年)
「フランケンウィニー」(2012年)
「パラノーマン ブライス・ホローの謎」(2012年)
「ザ・パイレーツ! バンド・オブ・ミスフィッツ」(2012年)
「LEGO ムービー」(2014年)
「ひつじのショーン バック・トゥ・ザ・ホーム」(2015年)
「リトルプリンス 星の王子さまと私」(2015年)
「KUBO クボ 二本の弦の秘密」(2016年)
「犬ヶ島」(2018年)
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