「メッセージ」:異星人と対話を試みる女性言語学者が、新たな能力と思想、そして人生観を受け入れる過程をスリリングに描く、感動的SF
「メッセージ」(原題:Arrival)は、2016年公開のアメリカのSFドラマ映画です。テッド・チャンの短編小説「あなたの人生の物語」を原作に、エリック・ハイセラー脚本、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、エイミー・アダムス、ジェレミー・レナー、フォレスト・ウィテカーらで出演で、突然、地球に現れた異星人との対話を通じて、新たな能力、思想、人生観を受け入れ、娘の喪失を克服する女性言語学者を描いています。第89回アカデミー賞で、作品、監督、脚色、撮影、美術など、8賞にノミネートされ、音響編集賞を受賞した作品です。
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目次
スタッフ・キャスト
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
脚本:エリック・ハイセラー
原作:テッド・チャン著「あなたの人生の物語」
撮影:ブラッドフォード・ヤング
出演:エイミー・アダムス(ルイーズ・バンクス)
ジェレミー・レナー(イアン・ドネリー)
フォレスト・ウィテカー(ウェバー大佐)
マイケル・スタールバーグ(ハルパーン捜査官)
マーク・オブライエン(マークス大尉)
ツィ・マー(シャン上将)
ほか
あらすじ
- 言語学者のルイーズ・バンクス(エイミー・アダムス)は湖畔の家に独りで住み、今はいない娘ハンナと過ごした日々を思い出しながら暮しています。そんなある日、地球各地に大きな宇宙船のような謎の物体が出現し、ルイーズはアメリカ軍大佐のウェバー(フォレスト・ウィテカー)から、宇宙船から発せられる音や波動から彼らの言語を解明し、彼らにこちらからメッセージを伝えるよう協力を依頼されます。
- 調査スタッフの中には、物理学の見地から取り組むよう招集されたイアン(ジェレミー・レナー)もおり、二人はウェバーらが指揮する宿営地に加わります。宇宙船の中には、2体の地球外生命体「ヘプタポッド」がおり、彼らは墨を吹き付けたようにして文字を描きます。二人はウェバー大佐に急かされながら、少しずつ相手との距離を詰めていきますが、ルイーズは病で死んだハンナの記憶が色濃くフラッシュバックするようになります。
- 試行錯誤しながらヘプタポッドの文字言語の解析を始めた二人は、彼らが人類に「武器=道具」を与えるために地球に来たことを解読します。これを脅威と見なした中国軍は情報共有の為の通信回線を閉じ、ヘプタポッドとの戦争の準備を始めます。一方、ヘプタポッドは、3000年後に人類から助けられる為に贈り物をするのだと伝てきます。ルイーズは彼らの3000年後が現在と同じ座標軸にあり、これまでの時間軸の概念を超越する存在であることに気づきます・・・。
レビュー・解説
突然地球に現れた異星人と対話を試みる女性言語学者が、新たな能力と思想、そして人生観を受け入れ、娘の喪失を克服する過程を、エイミー・アダムスの卓越した演技でスリリングに描く、知的で文学性の高い、感動的SFドラマ映画です。
異星人との交流を通して、新たな能力と人生観を受け入れる
原作の高い文学性を核にした作品
12歳の時からSF映画を作りたいと願っていたドゥニ・ヴィルヌーヴ監督は、ハリウッドのプロデューサーからテッド・チャンのSF小説「あなたの人生の物語」(1998年)を紹介されます。相対性理論で知られるアインシュタインの「The distinction between past, present and future is only a stubbornly persistent illusion.」(過去、現在、未来の区別は、我々がかたくなに信じ続けている幻想に過ぎない)という言葉を念頭に書かれたこの短編小説ついて、ヴィルヌーヴ監督は次のように語っています。
ぼくはあの短編小説の多層的なところが気に入っている。美しく、詩的で、力強いかたちで言語というテーマを探究している点に惚れたんだ。さらにぼくの心の底に響いたのは「死とつながる」というアイデアだ。誰かがいつ、どうやって死ぬかがわかったらどうなるのか?そのとき、人生や愛は、家族、友人、社会とのかかわりはどうなるのか? 死、そして命をより理解することで、ぼくらはより謙虚になれる。ナルシシズムが蔓延している、自然との繋がりが危険なほど失われているいま、人類に必要なのはそうした謙虚さだろう。ぼくにとってこの小説は、死や自然、命の謎との関係を取り戻してくれるものなんだ。(ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督)
https://wired.jp/2017/05/20/denis-villeneuve-arrival/
しかし、言語学という地味な題材の文学作品を映画にするのは至難の技でした。「プリズナーズ」(2013年)の制作で手一杯だったヴィルヌーヴ監督に代わり、脚本家のエリック・ハイセラーが原作にはない軍事や政治的な要素や技術的な要素を加えて脚色しました。劇的なダイナミズムを志向するハイセラーと、原作の文学性を重視するヴィルヌーヴ監督の間で慎重に調整されたのが本作で、映画としての間口を広げながら、原作の持つテーマやトーンを絶妙なバランスで描いています。
始まりも終わりもない世界
マックス・リヒターの叙情的なクラシック「On the Nature ofDaylight」が流れる中、映画は主人公の独白で始まります。
ルイーズ:あなたの物語は、この日、始まったと思ってた。記憶って不思議。今までとは違った見え方がする。私達はあまりに「時の流れ」に縛られて生きている。(中略)でも、今となっては、ものごとに始まりや終わりがあるとは思えない。
我々は、無意識のうちに時間を絶対的な軸として認識していますが、実は時間は空間から独立した絶対軸ではなく、両者は連続した時空間であることをアインシュタインは相対性理論で示しました。カート・ ヴォネガットの小説「スローターハウス5」(1969年)は、この理論を踏まえて現在・過去・未来を時空連続体として認識するトラルファマドール星人を描いています。人生のすべての瞬間が見える彼らは、運命を変えることはできませんが、自分が集中したいと思う瞬間を選んで焦点を合わせることができます。本作では、同様の能力を持つヘプタポッドと女性言語学者が対話、彼らの言語や思想、能力を通して、始まりも終わりもない世界、時系列のない世界観を共有します。
世界観の象徴的表現
我々の日常生活の中で時空連続体を実感することは難しいのですが、本作では映画の始まりと終わりを結びつける円環構造によって、時系列のない、決定論的な世界観を演出しています。映画のオープニングとエンディングには、マックス・リヒターの美しく叙情的なクラシック「On the Nature of Daylight」*3が使用されていますが、実はこの曲も時間的な方向のない、音楽的な回文構造(終わりから始まりに向けて演奏しても同じ曲)を持つ曲です。
また、ヘプタポッドがコミュニケーションに使用するロゴグラムは円環構造で、前後の方向(時系列の順)がありません。言語学者に非線形な綴りと言われるこのロゴグラムは、彼らの思考の象徴であることが示唆されます。我々が伝えたいことを順を追って文章にするのには時間がかかりますが、ヘプタポッドは伝えたいことを一瞬にして円環の中に表現してしまいます。他にも、
- 放射相称体のヘプタポッドや、前後の区別のない宇宙船
- 前から読んでも後から読んでも同じスペルの娘の名(Hannna)
- 生きた化石と言われるオウムガイをモチーフにしたルイーズのイヤリング
など、時系列のない世界観を象徴する表現がいたるところに散りばめられています。
ヘプタポッドのロゴグラム
実存的でありながら、幻想的な映像表現
「憂鬱な雨の火曜日にスクールバスの窓から雲を眺めながら子供たちが夢想する」ような映画を目指したというヴィルヌーヴ監督は、自然光の微妙な感触を表現できる撮影監督としてブラッドフォード・ヤングを起用、スウェーデンの写真家、マルティーナ・ホーグランド・イワノフの写真集「スピードウェイ」を参考にしたヤングは、ヴィルヌーヴ監督の期待に見事に応えています。レース風景や観客、レーサーのポートレートで構成されるこの写真集は、ミニマルで詩的なイメージを提示しながら、始まりも終わりもない円状の物語を語るもので、トーンのみならず、本作のテーマとも重なる部分もあります。
僕らはマルティーナ・ホーグランド・イワノフを参考にしたんだ。彼女の写真集「スピードウェイ」は、映画のいい参考になった。監督もプロダクション・デザイナーも、とても彼女の描くイメージを気に入り、これを映画で実現しようということになったんだ。これが真に意味するのは、日常のありふれた光景と壮大なショーの橋渡しだと思う。通常のありふれた、ヴィルヌーヴ監督が言うところの「退屈な火曜日の朝」の生活を撮りながら、そこに寓話的、神話的なものを描いていくんだ。そんな映画を見る機会なんて、あまりないよね。実のところ、通常のありふれた人生を讃えているんだ。(ブラッドフォード・ヤング撮影監督)
http://www.denofgeek.com/us/movies/arrival/259931/dp-bradford-young-on-bridging-the-mundane-and-the-spectacular-in-arrival
尚、各シーンの撮影の方向性はストーリーボードを基にヴィルヌーヴ監督が示していますが、子供とのシーンはブラッドフォードの感性に任されており、微妙な感覚の差が作品に立体感を与えています。
高いテーマ性
軍事・政治的要素や技術的要素を加えて脚色、劇的なダイナミズムで映画としての間口を広げていますが、本作の価値を実際に高めているのが原作の持つテーマ性です。始まりも終わりもない世界、時系列のない世界という稀有な題材を扱っていますが、実は本作で描かれているのは、しょせん死すべき運命にある人生を如何に生きるかという、普遍的なテーマです。
僕にとってこの映画は、ある女性が新たな死生観を謙虚に受け入れ、自らの人生観を変えていくプロセスの話で、それがこの映画の核心だ。(中略)原作の短編小説では、ヘプタポッドには世界が脚本に書かれた劇のように見る。何が起こるのかわかる彼らは、死ぬほど退屈な思いで人生を過ごすか、舞台に立つ俳優のように懸命に演ずるしかない。すべてが脚本に書かれて目の前のあることには魅力を感じないが、実は僕らも直感で先々のことを少しだけ知っていることに惹かれる。僕にとって神秘的なことだが、僕らはこの本能を押さえつけようとしてしまう。しかし、僕らが行き着く所、僕ら本来の姿を考えれば、人間はあまりに意のままにしようとし、謙虚さに欠けているのではないかと思う。
誰もが人はいつか死ぬことを知っており、僕もいつか死ぬことを知っている。僕には三人の子供がいるが、僕にできることは人生を受け入れ、信ずることだ。これは僕にとって、人生の選択肢を持つことより重要なことで、この映画に対する個人的な解釈だ。」(ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督)https://www.theverge.com/2016/12/21/14035620/arrival-denis-villeneuve-interview
エイミー・アダムス(ルイーズ・バンクス)
エイミー・アダムス(1974年〜)は、アメリカの女優。1999年に映画デビュー、2002年に「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン 」にディカプリオの恋人役で出演するが、さほど注目されなかった。「Junebug」(2005年)での演技が高く評価され、アカデミー助演女優賞にノミネートされ、オファーが殺到するようになった。以降、ディズニー映画「魔法にかけられて」(2007年)などの大作に出演するようになり、「ダウト〜あるカトリック学校で〜」(2008年)、「ザ・ファイター」(2010年)で二度目、三度目のアカデミー助演女優賞にノミネートされる。ディズニーのミュージカル映画「ザ・マペッツ」(2011年)で、歌とダンスを披露、「アメリカン・ハッスル」(2013年)では女詐欺師を演じ、アカデミー主演女優賞にノミネートされる。本作で演じた主人公同様、2010年に生まれの娘がおり、セットに連れてきて自身が演ずる姿を娘に見せている。
ジェレミー・レナー(イアン・ドネリー)
ジェレミー・レナー(1971年〜)は、カリフォルニア出身のアメリカの俳優、ミュージシャン。1995年にデビュー、2000年代より映画の助演を重ねて知名度を上げ、主演を務めたアカデミー作品賞を受賞作「ハート・ロッカー」(2009年)では自身もアカデミー主演男優賞にノミネートされている。「ザ・タウン」(2010年)の演技も高く評価され、アカデミー助演男優賞にノミネートされている。
フォレスト・ウィテカー(ウェバー大佐)
フォレスト・ウィテカー(1961年〜)は、テキサス出身のアメリカ国の俳優。舞台とテレビドラマを経て1982年に映画デビュー、「プラトーン」(1986年)、「グッドモーニング、ベトナム」(1987年)「クライング・ゲーム」(1992年)、「スモーク」(1995年)などに出演、俳優としての評価を着実に高める。「ラストキング・オブ・スコットランド」(2006年)でウガンダの独裁者イディ・アミンを演じ、アフリカ系アメリカ人俳優としては史上4人目のアカデミー主演男優賞を受賞している。
ツィ・マー(シャン上将)
ツィ・マー(1962年〜 )は香港出身の俳優。ニューヨークで育ち、英語、北京語、広東語を話す。多数のハリウッド映画に脇役として出演している。
サウンドトラック
1 メッセージ 2 異星言語ヘプタポッドB 3 サピア=ウォーフの仮説 4 油圧リフト 5 最初の遭遇 6 遠融物質変性 7 宇宙船出現のニュース 8 異星言語学 9 最後通告 10 フェルマーの原理 |
11 防護服を脱ぐルイーズ 12 ハンマーと釘 13 異星人類学 14 ノン・ゼロサム・ゲーム 15 爆薬 16 軍事的緊張の拡大 17 人類への贈り物 18 12分の1 19 上昇する宇宙船 20 カンガルー |
撮影地(グーグルマップ)
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関連作品
「メッセージ」の原作本(Amazon)
映像化の参考にした写真集(Amazon)
Martina Hoogland Ivanow "Speedway"
ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作品のDVD(Amazon)
「プリズナーズ」(2013年)
「ブレードランナー 2049」(2017年)
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「アメリカン・ハッスル」(2013年)
「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」(2002年)
「魔法にかけられて」(2007年)
「チャーリー・ウィルソンズ・ウォー」(2007年)
「ダウト〜あるカトリック学校で〜」(2008年)
「her/世界でひとつの彼女」(2013年)
「ハート・ロッカー」(2008年)
「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」(2011年)
「アベンジャーズ」(2012年)
「エヴァの告白」(2013年)
「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション」(2015年)
「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」(2016年)
「ウィンド・リバー」(2017年)
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