夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「ハドソン川の奇跡」:リアリティへのこだわり、事実を適確に押さえた感動的展開、ベテラン俳優の確実で質の高いパフォーマンスが際立つ

ハドソン川の奇跡」(原題: Sully)は、2016年公開のアメリカのヒューマン・ドラマ映画です。2009年に起こったUSエアウェイズ1549便不時着水事故に関する自伝、チェスリー・サレンバーガーの「機長、究極の決断」を原作に、クリント・イーストウッド監督、トム・ハンクスアーロン・エッカートら出演で、全エンジンの出力を失った機体をハドソン川に不時着水させ、乗客・乗員全員を救うという奇跡を起こしながらも、PTSDに悩まされ、国家運輸安全委員会(NTSB)の事故調査と孤独な戦いを強いられた機長の姿を描いています。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:クリント・イーストウッド
脚本:トッド・コマーニキ
原作:チェスリー・サレンバーガー/ジェフリー・ザスロー「機長、究極の決断」
出演:トム・ハンクス(チェスリー・サリー・サレンバーガー、AWE1549便機長)
   アーロン・エッカート(ジェフ・スカイルズ、AWE1549便副機長)
   ローラ・リニー(ローリー・サレンバーガー、サリーの妻)
   マイク・オマリー(チャールズ・ポーター、NTSBの調査員)
   ジェイミー・シェリダン(ベン・エドワーズ、NTSBの調査員)
   アンナ・ガン(エリザベス・デイヴィス、NTSBの調査員)
   ホルト・マッキャラニー( マイク・クリアリー、サリーの同僚)
   ケイティ・クーリック(本人、サリーにインタビューするニュースキャスター)
   ジェフ・コーバー(クック大尉、青年期のサリーの教官)
   クリス・バウアー(ラリー・ルーニー、サリーの同僚)
   ジェーン・ガバート(シーラ・デイル、事故機の客室乗務員)
   アン・キューザック(ドナ・デント、事故機の客室乗務員)
   モリー・ヘイガン(ドリーン・ウェルシュ、事故機の客室乗務員)
   パッチ・ダラー(パトリック・ハーテン、航空管制官
   ヴィンセント・ロンバーティ(本人、通勤フェリー船長)
   ほか

あらすじ

  • 2009年1月15日、USエアウェイズ1549便(AWE1549)がニューヨーク・マンハッタンの上空850メートルを飛行中、バードストライクによって全エンジンが停止、コントロールを失い、降下を始めます。機長のチェスリー・サレンバーガー(サリー機長、トム・ハンクス)は、必死のコントロールと苦渋の決断の末、70トンの機体を目の前を流れるハドソン川に不時着させます。乗員乗客155人全員が無事と、1人の犠牲者も出さない生還劇は「ハドソン川の奇跡」として全世界に報道されます。
  • サレンバーガーが世間から国民的英雄として賞賛される一方で、国家運輸安全委員会(NTSB)による事故原因の調査が始まります。その過程でサリー機長の判断が適切であったかどうか、また、左エンジンは動いていたのではないかという疑いを持たれ、彼はNTSBから厳しい追及を受けます。不安に苛まれる中、サリー機長は今までの人生や事故の日を回想します。やがて、検証の最終段階でもある公聴会の日が訪れます・・・。

レビュー・解説

撮影の為に事故機と同型の機体を購入するほどのリアリティへのこだわり、飛行経路や交信記録など実際の出来事を適確に押さえた感動的展開、PTSDや事故調査のプレッシャーに苦しむ機長と周囲の人々を演じるベテラン俳優たちの確実で質の高いパフォーマンスが際立つ秀作です。

 

撮影の為、事故機と同型の退役機を購入、実際に救助を行ったボートと操縦士も登場、パイロットの使用していたボールペンやネクタイの締め方に至るまでリアリティにこだわった本作は、飛行経路や交信記録など実際の出来事を適確に押さえており、虚飾のない真実そのものが持つ感動が伝わってきます。

 

撮影の為、事故機と同型機を購入、実際の救助を行ったボートと操縦士も登場する

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また、155人の乗員・乗客の生還劇を描くだけではなく、PTSDや事故調査のプレッシャーに苦しむ機長と副機長、家族の人物像をトム・ハンクスアーロン・エッカートローラ・リニーら演技派俳優の質の高いパフォーマンスで描くことにより、説得力のあるヒューマンドラマに仕上がっています。

 

トム・ハンクス(チェスリー・サリー・サレンバーガー、AWE1549便機長)

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アーロン・エッカート(ジェフ・スカイルズ、AWE1549便副機長)

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ローラ・リニー(ローリー・サレンバーガー、サリーの妻)

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強いて難点を上げれば、リアリティにこだわる他の部分に比べ、NTSBの露骨な敵対描写が少し安っぽく感じられます。元NTSBの調査官もこの描写に不満を表明していますが、調査は事故原因を究明し、再発を防止するために行われるもので、協力的な調査対象に露骨に敵対すること基本的にありません。脚本を書いたトッド・コマーニキは、悪気は無かったが、一年以上かけてパイロットのヒューマンエラーをあら捜しする調査を、数日間に圧縮した上で、端的に表現したと結果と語っています。

 

低高度、低速度で全エンジンの推力を失ったパイロットにかかるプレッシャーは相当なものです。サリー機長は、不時着水から48時間で6キロ体重が減り、数ヶ月間、PTSDに苦しむことになります。そんな極限状態でわずか3分あまりの間になされた様々な判断や行動の妥当性を、NTSBの専門家集団は一年以上もかけて調べるわけです。保険会社などの利害や関連組織の責任も絡み、全員助かったからと言って結果オーライ、調査不要とはなりません。落ち度が見つかれば信頼も仕事も失い、下手をすれば家や家族も失いかねない孤独な機長と、NTSBの専門家集団の戦いが延々と続くわけです。パイロット組合のサポートや弁護士の手当があったとしても、PTSDに苦しみながらそれを一年以上も続けるのは想像を絶するような苦しみでしょう。大義名分のもと官僚的に追求をするNTSBを悪者にすることに、映画制作者はさして抵抗がなかったと思われます。

 

なお、NTSBの調査官は当初、実名で書かれていましたが、脚本を読んだサリー機長の提案で架空の名前に変更されています。また、NTSBの最終報告はフェアであり、むしろ、サリー機長を支持する圧倒的な世論に押されてか、彼を尊重する表現が散見されます。

NTSBの最終報告の概要

【胴体の損傷及びそれに伴う脱出スライド/救命ボートの動作不良の原因】

  • エンジン出力を失ったまま不時着水できるかどうか吟味することなく、FAAが不時着水を認可したこと
  • 航空会社による不時着水のトレーニングや教育が不十分だったこと
  • 緊急事態における過負荷の為、機長が適切な最終進入速度を維持できなかったこと

【生存率が高かった理由】

  • 乗員の判断とCRM(クルー・リソース・マネジメント:乗員の連携)が良かった。「空港に向かわず不時着水する」という判断、機長と副機長の阿吽の呼吸の連携が生存率を高めた。
    筆者注)「Brace for impact」(衝撃に備えよ)と手短に機内放送すると、即座に客室乗務員が「Brace. Brace. Brace. Head down. Stay down.」(構えて。構えて。構えて。頭を下げて。立たないで。)と連呼する声がコックピットの厚いドアを通して聞こえ、その声で自身が湧き、着水の成功を確信したとサリー機長は語っており、これも広い意味でCRMと言える。客室乗務員が連呼する声は、映画にも収録されている。
  • 洋上飛行しないにも関わらず、脱出スライド/救命ボートを装備していた。
  • 客室乗務員による脱出の誘導が、適確だった。
  • 不時着水現場周辺の救援者が、迅速かつ適確に対応した。

 NTSB AWE1549便事故最終報告(英文)

奇跡をもたらしたもの

ニューヨーク州知事のデイヴィッド・パターソンが

We have a heroic pilot who saved himself and 154 other passengers. We've had a Miracle on 34th Street and now I believe we've had a miracle on the Hudson.

英雄的パイロットが154人の乗員乗客とともに生還した。ニューヨークはかつて「34丁目の奇跡」を生み、今また「ハドソン川の奇跡」を生んだ。

と絶賛したことから、この不時着水が「ハドソン川の奇跡」と呼ばれるようになり、本作の邦題にも使用されています。ニューヨーク市長のマイケル・ブルームバーグは、

The pilot certainly did a masterful job of landing and everybody worked together.

パイロットが着水をリードし、皆が力を合わせた。

と補足していますが、上述の「NTSBの最終報告」にもあるのように、「奇跡」は決してサリー機長ひとりによってもたらされたものではありません。

 

当初、サリー機長は「奇跡」とか「ヒーロー」と言われることを嫌いました。身を挺して誰かを救ったわけではない、不時着水するしかなかった、選択肢がない中でやるべきことをやっただけという彼には、ヒーローと呼ばれることが解せませんでした。しかし、リーマンショック以降、人間不振に陥っていたアメリカ国民が「力を合わせて人の命を救うということができる」というヒロイズムを求めている事に、サリー機長は気づきます。自分一人の事を考えてヒーローであることを拒否していたことを恥じ、彼は副機長や他の乗員、救援に駆けつけてくれた人々が期待以上の働きをしてくれたことに改めて感謝、彼らとともにヒーローと呼ばれることを受け入れるようになります。オバマ大統領に招待された際も、他の乗員の同席を条件に受け入れたと言います。映画の終盤、サリー機長が副機長に「我々はチームだった」と言うのは、そんなサリー機長の気持ちの表れでもあります。

危機管理

Wikipedia の日本版を見るとサリー機長が「フォワードスリップにより急降下」という誤った記述があります。日本人にはサリー機長の資質を操縦技術に求める傾向があるようです。恐らく彼が軍のパイロットだった為と思われますが、アメリカでは軍出身のパイロットは珍しくなく、また、彼が乗務していたF4とA320は、いわば電子化以前の旧式レーシングカーと、コンピュータ制御のハイテク大型観光バスほど違い、操縦技術は全く異なります。NTSBが「緊急事態における過負荷の為、機長が適切な最終進入速度を維持できなかった」ことを指摘するなど、仮に彼に卓越した操縦技術があったとしてもそれは必ずしも発揮されていませんし、彼自身も、同じ状況で乗客を救えるパイロットは、世界中に何千人もいると語っています。

 

彼の行動で際立ったいるのは、むしろ危機管理です。彼自身や彼の家族、同僚によって

  • 10代の頃、教官に連れられ、パイロットが死亡した墜落現場を見て学んだ
  • 軍の同僚が事故死する度に、安全への意欲を新たにした
  • 常に不時着可能な場所を視界の中に確認しながら、軽飛行機を飛ばす
  • 飛行中、彼は目的地の天候を一時間ごとにコンピューター入力する

といったエピソードが語られていますが、危機管理は彼のこだわりであり、映画の中でも触れられように、彼は航空安全に関する副業もしてしています。危機管理は操縦技術に比べて、地味です。誰でも簡単にできそうなことですが、サリー機長はそれを愚直に続けていました。彼の40年の飛行キャリアは、ハドソン川でAWE1549便を救う為にあったととさえ言われています。

 

彼の卓越した安全管理は、短い交信記録からも伺われます。

15:27:32 緊急事態を宣言、ラガーディア空港に戻ることを要求する。
    中略(左旋回して、高度を失う。ハドソン川に並行する)
15:28:10 ラガーディア空港に戻ることを断念。
     ハドソン川に不時着水するかもしれないと伝える。
    中略(ハドソン川上空の進路を維持)
15:28:49. 右手にテータボロ空港を視認し、追って着陸の意向を伝える。
    中略(ハドソン川上空の進路を維持)
15:29:28  ハドソン川に不時着水することを伝える。

この間、副機長はずっとエンジンの再始動を試みています。早い段階で、ハドソン川に不時着水することを最悪の想定とし、その進路を維持しながら、エンジンが再始動した場合に着陸する空港を探していることがわかります。低高度、低速度で全エンジンの推力を失うという極限状態で緊急事態宣言、緊急対応をしながら不時着水を最終決断するまで、2分弱です。不時着水は決め打ちではありません。選択肢を持つことは非常に重要ですが、極限状態の中、その場で考えてできることではなく、危機管理が身に染み付いていて初めてできることです。

 

NTSBとの間で争点となった、ラガーディア空港に引き返さなかったことについて、彼は「機長、究極の決断」の中に、次のように記しています。

人口の密集した地域の上空を横切ることを選ぶならば、やり通さなければならなかった。一度、ラガーディアに向かえば、それはやり直しのきかない選択だ。他の選択肢をすべて排除してしまう。到達できない滑走路を目指すことは、機上の全員と地上の数えきれない人々に壊滅的な結末をもたらす。例え、ラガーディアに数フィート足りないだけでも、結末は大惨事だ。

人生が変った

インタビューで、サリー機長はよく、「人生が変った」と口にします。彼は、不時着水までの40年間の飛行キャリアで、一度もエンジンの推力を失ったことがなく、一度も機体を傷つけて帰還したことがありませんでした。PTSDや事故調査に苦しむことになど、想像だにしなかった人生でした。メディアや世間に注目され、おちおち外出も出来ず、家族もPTSD状態になり、客室乗務員たちは「昔の生活に戻りたい」と願ったそうです。彼は目立ちたがり屋ではなく、一躍ヒーローになった彼は苦痛だったに違いないと、機長夫人は語っています。いろいろな人に出会えたことは良かったそうです。全世界から何万通もの手紙を貰い、中には、「ヒーロー、パイロット、USA」という宛名で届いた手紙もあったそうです。

2009年10月1日、サリー機長は事故を起こしたUSエアウェイズ1549便と同じ路線で、操縦士として復帰、副操縦士は不時着水当日と同じくジェフリー・スカイルズが担当し、当日果たせなかったフライトを完遂させます。「もう十分に任務を果たした、これ以上、人命を預かるなんて荷が重すぎる」という家族なる切なる願いもあり、2010年3月3日、サレンバーガー機長はこの日のフライトを最後にパイロットを引退します。相変わらず人に注目されるのが苦痛で、声をかけられ、一緒に写真に写り、飛行機の出発が遅れてしまうという事情もあったようです。飛行機から降りたサリー機長は、家族を大切にしたいと言います。天寿を全うした暁には、墓銘碑に「夫、父、パイロット」と刻まれたいそうです。

 

不時着水したA320は引き上げられ、事故当日の目的地であったノースカロライナ州のシャーロットにあるカロライナ航空博物館に展示されています。エンドクレジットの乗員乗客の記録映像は、この博物館で撮影されたものです。

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ピアノを主旋律にしたジャズテイストのヴォーカル。Flying Home はクリント・イーストウッド監督の作曲。

1.Sully Suite
2.Sully Wakes Up
3.Flying Home (Sully's Theme)
4.Boarding
5.Hospital
6.F4 Malfunction
7.Hudson View
8.Sully Reflects
9.I Could Have Lost You
10.Arrow
11.Sully Running
12.Times Square Run
13.Simulation
14.Sully Doubts
15.Vindication
16.Grey Goose With A Splash Of Water
17.Sauna
18.Rescue
19.Flying Home (Alternate Take)

動画クリップ(YouTube)

CBS 60 Minutes インタビュー(英語)

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飛行機や乗員、乗客を描いた映画

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ハドソン川の奇跡

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