夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「ラビット・ホール」:母となったニコール・キッドマン製作・主演、子供を失った夫婦の危機を大胆なプロットで描く

ラビット・ホール」(原題:Rabbit Hole)は、2010年のアメリカのドラマ映画です。ピューリッツァー賞を受賞したヴィッド・リンゼイ=アベアーによる同名の戯曲を原作とし、リンゼイ=アベアー自身が映画脚本を執筆、ジョン・キャメロン・ミッチェル監督、ニコール・キッドマン製作・主演により、幼い息子を亡くした夫婦の喪失と再生を、静謐なタッチで描いています。ニコール・キッドマンは、本作品の繊細な演技で第81回アカデミー主演女優賞にノミネートされました。

 

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目次

スタッフ・キャスト 

監督:ジョン・キャメロン・ミッチェル
脚本:デヴィッド・リンゼイ=アベアー
原作:デヴィッド・リンゼイ=アベアー
出演:ニコール・キッドマン(ベッカ・コーベット)
   アーロン・エッカート(ハウイー・コーベット)
   ダイアン・ウィースト(ナット)
   タミー・ブランチャード(イジー
   マイルズ・テラー(ジェイソン)
   サンドラ・オー(ギャビー)
   パトリシア・カレンバー(ペグ)
   ジョン・テニー(リック)
   ジャンカルロ・エスポジート(オーギー)
   ほか

あらすじ

郊外の閑静な住宅街に住むベッカ(ニコール・キッドマン)とハウイー(アーロン・エッカート)のコーベット夫妻は、8か月前に、道路に飛び出して交通事故に遭ったわずか4歳の一人息子ダニーを失い、幸せな生活が一変します。以来、2人の心には埋めようのない喪失感が生まれ、ダニーとの思い出を大切にしながらも前に進もうとするハウイーとは対照的に、ベッカは亡き息子の面影に心掻き乱され、周囲に当たり散らすなど、同じ痛みを共有しながらも夫婦の関係は少しずつ綻び始めます。ハウイーの提案で、ベッカは身近な者に先立たれた人々のグループセラピーに参加しますが、やり場のない苛立ちから、他のメンバーに辛辣な言葉を浴びせ、退席することになってしまいます。実家に立ち寄っっても、母親ナット(ダイアン・ウィースト)との間に気まずい空気が漂います。その帰り道、ベッカはある少年(マイルズ・テラー)を目撃、翌日、尾行して図書館に入ります。彼が返却した「パラレル・ワールド」という科学の本を借りたベッカは、次の日、その少年から声を掛けられるます。彼の名前はジェイソン。8か月前、ダニーを車で轢いた高校生でした。ベッカに彼を責めるつもりはありませんでしたが、ぎこちない対面を果たした2人は奇妙な安らぎを覚え、やがて公園のベンチで会話するのが日課となっていきます。「パラレル・ワールド」を読んでいることを打ち明けたベッカに、ジェイソンはそれを参考に彼が描いている漫画を差し出します。タイトルは「ラビット・ホール」。科学者の父親を亡くした少年が、パラレル・ワールドに存在する別の父親を探すため、「ウサギの穴」を通り抜けるという不思議な物語でした。その頃、ハウイーは心の癒しを求めるかのように、セラピーで出会った気さくな女性ギャビー(サンドラ・オー)と急接近していきます・・・。

レビュー・解説 

子供を失う事は、親にとって筆舌を尽くし難い痛みです。夫婦といえども、痛みの癒し方は同じとは限りません。そして、痛みが大きければ大きいほど、お互いを思いやりを示すことが困難になります。例えば、亡くした子供の思い出に浸りながらも、もう一人子供が欲しいハウイーと、至る所にある亡くした子供の痕跡に心が休まることがない家を売り払いたいし、子供はもう欲しくないベッカは鋭く対立します。心をひとつにしてというのは容易いですが、耐え難い痛みが伴うだけに、口で言う程、容易いことではないはずです。夫婦が直面した不幸を機に、離婚というさらなる不幸に発展することが少なくないのは、そうした事情なのかもしれないと考えさせられました。

 

映画は序盤はゆっくりと状況を説明、中盤で大きく動きます。加害者であるジェイソンと会ったベッカは、意外な事にジェイソンに詫びる必要がないと言い、「あの日、別の道を道を通っていれば・・・」というジェイソンに、グループセラピーでは共感することがなかったベッカが「わかるわ」と共感します。続いて、ベッカとハウイーの激しい言い合いが中盤の山場となります。演技の幅を広げているニコール・キッドマンですが、やはり、こうした激しい場面が彼女の真骨頂ではないかと思われるほどの迫力のある場面です。この口論の中で、ベッカは「防ぐことができたことすべてについて、一生、自分を責め続ける」ことを匂わします。事故で子供を失った母親は自分を責めがちであると言いますが、ベッカがグループセラピーではなく、自分と同様、「もしも・・・」と自責の念にかられる加害者に共感するという大胆なプロットが、ここに見えてきます。

 

加害者が描いた漫画のタイトルで、映画のタイトルにもなっている「ラビット・ホール」は、ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」で主人公が落ちた穴に由来します。混沌や困難を意味しますが、そういった状況に陥ることによって、それまで見えなかった解決の糸口が見えてくるというポジティブな意味合いに使われることもあります。

 

ニコール・キッドマンは、この作品で初めてプロデューサーを務めました。この作品をプロデュースした理由について、彼女は次のように語っています。

私はいつも、極限の題材を扱った映画に興味を抱くんです。人々が愛を渇望するとき、人々が愛を失うときに、その人々に興味を覚えるんです。子どもを失うということは、自分が行き着く中で最も恐ろしい場所。そして自分をクリエイティブに向かわせる場所とは、自分が恐れを抱く場所でもあるんです。今回、私は考えられないような重い悲劇にさらされながら、とても異なるリアクションをするこの夫婦に、本当に心を鷲づかみにされました。ベッカとハウイーの夫婦は、それぞれのやり方で悲しみに暮れながらも一緒に生活している。それがとても面白いと感じましたし、私自身がベッカを演じてみたいと思いました。(ニコール・キッドマン

 

彼女は、2008年に第一子が誕生したばかりでしたが、受賞は逃した物の、素晴らしい演技でアカデミー主演女優賞にノミネートされました。その役作りについて、彼女は次のように語っています。

自分の内面の奥深くにある、触ってほしくないような恐ろしい場所に触れてしまったわ。精神的には決してたどり着きたくなかったけど、なぜかたどり着いてしまった。これが私の役作りなのだと思います。そこに行き着くまでは大変だけれど、いったんそこに行ってしまうと、完全にそのキャラクターを吸収してしまうの。(ニコール・キッドマン

 

この話から察するに、彼女はメソッド演技法(役柄の内面に注目し、感情を追体験することによって、より自然でリアリステックな演技・表現を行う)でアプローチしたことがわかります。この演技法は、役作りのために自己の内面を掘り下げるため、役者自身に精神的な負担をかけ、自身のトラウマを掘り出したり、情緒不安定なることもあると言われています。子供が生まれてすぐにこのような作品に挑戦したことに、彼女の映画に対する挑戦的な姿勢と、強靭な精神力を感じます。

 

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