「MUD -マッド-」(原題:Mud)は、2012年公開のアメリカのドラマ映画です。ジェフ・ニコルズ監督・脚本、マシュー・マコノヒー、タイ・シェリダン、サム・シェパード、リース・ウィザースプーンら出演で、アメリカ南部ミシシッピ川流域の消え行くライフ・スタイル、親友、父と子など男同士の関係とともに、島に隠れる謎の男、両親の結婚の破綻、初恋と失恋など、純粋な少年の冒険と成長を、スリリングにかつ温かい眼差しで描いています。第65回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門でパルム・ドールを争った作品です。
「MUD -マッド-」のDVD(Amazon)
目次
スタッフ・キャスト
監督:ジェフ・ニコルズ
脚本:ジェフ・ニコルズ
出演:マシュー・マコノヒー(マッド、島に隠れる男)
リース・ウィザースプーン(ジュニパー、マッドの古い恋人)
タイ・シェリダン(エリス、マッドを助ける少年)
ジェイコブ・ロフランド(ネックボーン、エリスの親友、孤児)
サム・シェパード(トム・ブランケンシップ、マッドの家の対岸に住む老人)
レイ・マッキノン(シニア、エリスの父)
サラ・ポールソン(メアリー・リー、エリスの母)
マイケル・シャノン(ガレン、ネックボーンの養父、漁師)
ジョー・ドン・ベイカー(キング、カーヴァーの父)
サディー・アントニオ(メイベリン・パターソン)
ポール・スパークス(カーヴァー、マッドを追う男)
スチュアート・グリア(ミラー)
ボニー・スターディバント(メイ・パール)
ジョン・ウォード・ジュニア(助手)
クリスティ・バリントン(プリンセス)
ジョニー・チーク(カイル)
ケネス・ヒル(ネルソン )
マイケル・アボット・ジュニア(ジェームズ)
ほか
あらすじ
- 14歳のエリス(タイ・シェリダン)はアメリカの南部、アーカンソーの川岸にあるボートハウスに両親と暮らしています。エリスはある朝、家を抜け出し、親友のネックボーン(ジェイコブズ・ロフランド)と、ミシシッピ川に浮かぶ島にでかけます。その島の森の木の上にはネックボーンが見つけた昔の大洪水の時に引っかかったボートがあり、 二人は興奮に胸を躍らせながら木を登り、ボートに乗り込みます。中を見てまわると、そこにはパンや真新しい足跡があり、自分たち以外にもこのボートを見つけた人がいることに気付きます。
- 島を立ち去ろうと川岸に辿り着いた時、彼らはボートで見たのと同じ足跡の主、マッド(マシュー・マコノヒー)と出会います。マッドは意志が強く堂々としているが、まじないやお守りを信じ、汚い服を身につけ、歯は欠けており、いかにも訳あり気な男で、身を隠している彼は食べ物と引き換えに、彼の隠れ家にしている木の上のボートを渡すことを二人に提案します。ネックボーンはマッドを怪しみためらいますが、エリスは危険でありながら興味を持たずに入られない彼の魅力に押され、食べ物を渡し、二人の間にほのかな友情が芽生えます。
- マッドの話によると彼はもともとこの辺り出身で、エリスの家の向かいに住むトム・ブランケンシップ(サム・シェパード)のことも知っている上に、トムのことを暗殺者と言います。そんな中、街で検問が行われ、エリスはマッドが指名手配犯であることを知ります。島に戻りマッドにそのことを伝えると、彼は人を殺し、警察にも賞金稼ぎにも追われていると打ち明けます。 そんなマッドの心にあるのは、幼なじみで命の恩人で最愛の女性ジュニパー(リース・ウィザースプーン)と再会することでした。まさに初めての恋をしているエリスは、マッドに肩入れ、二人の愛のため、彼に協力することにします。
- ジュニパーは、粗末なモーテルに身を寄せていますが、テキサスの賞金稼ぎやカーヴァー(ポール・スパークス)に常に監視されています。 カーヴァーは父親でもあるキング(ジョー・ドン・ベイカー)と共に、自分の弟を殺したマッドを捕まえようとしています。 エリスとネックボーンはマッドに協力し、ジュニパーにマッドのメッセージを伝えようとモーテルに行きますが、カーヴァーがジュニパーにマッドの居所を聞き出そうと乱暴をしているところに出くわし、目を付けられてしまいます。更に、ジュニパーの不可解な行動、両親の結婚生活の崩壊、思いを寄せる年上の女の子との初めての失恋と、エリスにとっての愛やロマンスに対する考えが揺らぐ出来事が次々と起こります・・・ 。
レビュー・解説
タイトル役のマシュー・マコノヒーを初めとする4人のオスカー級俳優の演技に支えられた本作は、アメリカ南部ミシシッピ川流域の消え行くライフ・スタイル、親友、父と子など男同士の関係とともに、島に隠れる謎の男、両親の結婚の破綻、初恋と失恋など、純粋な少年の冒険と成長をスリリングな展開で描いた、感傷的にならない、爽やかで心温まるドラマです。
ミシシッピ川はアメリカのミネソタ州を源流とし、メキシコ湾へと注ぐ、北アメリカ大陸を縦断する全長3779kmのアメリカ最長の河川です。かつては世界最長の川と考えられ、鉄道が敷かれるまでは、水運を担う重要な水路となっており、流域にはミネアポリス、セントルイス、メンフィス、ニューオーリンズなどの都市が発展しました。アメリカ最大の作家のひとりであるマーク・トウェインはミシシッピ川沿い土地で少年期を過ごし、「トム・ソーヤーの冒険」や「ハックルベリー・フィンの冒険」といった彼の代表作はこの少年期の経験をもとにして描かれています。マーク・トウェインというペンネーム自体、ミシシッピ川を行き交う蒸気船の水先人への合図「by the mark, twain」(水深二尋)に由来します。「トム・ソーヤーの冒険」に主人公が川を泳いで無人の島に渡り、昼寝をするシーンがありますが、13歳の時に学校の薄暗い教室の中でこれを読んだジェフ・ニコルズ監督は、死ぬほど退屈な教室を抜け出してトムと同じようなことをできればいいのにと思ったそうです。
トム・ソーヤーには純粋さがあり、子供であるということを完璧に捉えている。私は、「MUD -マッド-」で同じようなことをやりたかった。(ジェフ・ニコルズ監督)
音楽においても、ミシシッピ川沿岸地方は大きな役割を果たし、南部において黒人が持っていた音楽文化と白人の音楽文化が融合、沿岸の都市で花開きました。ブルースはメンフィスやセントルイスが本場、ジャズもニューオーリンズが発祥の地であり、ここから世界中に広まっていきました。因みに、アメリカ南部の音楽を取り入れたサザン・ロックの先駆者、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(CCR)の「プラウド・メアリー」という曲*3は、辛い人生を乗せてミシシッピ川を力強く往来する蒸気船を謳っています。蒸気船が航行する姿はアメリカ発展史における象徴的存在でもあったのですが、この曲の詞に、
If you come down to the river, I betcha you're gonna find some people who live. You don't have to worry, if you have no money. The people on the river are happy to give.
(賭けてもいい、川に降りればそこで暮らす人に会える。お金が無くても心配しなくていい。川で暮らす人たちが喜んで分かち合ってくれる。)
という一節があります。アメリカの繁栄を象徴する蒸気船が行き来するミシシッピ川にも、世界の他の地域同様、川を生活の糧にする人々がいたことがわかります。
ニコルズ監督自身、アーカンソー州のミシシッピ川支流沿岸のリトルロック出身で、大学時代に、自作の潜水服でムール貝を採る流域の漁師の写真集に出会います。彼は周囲に聞き回り、親族の多くがハウスボートに住み、そんな暮らしをしていたことを知ります。ミシシッピ川支流のホワイト・リバーに初めて連れていってもらい、その自然の美しさと多くの野生動物たちに、神話に出てくる場所のように感じたと言います。
そこには島があって、男がひとり孤独に潜んでいることを想像し、その考えに取り憑かれました。いいアイディアだと思い、ハウスボートが取り壊されると聞いた時、映画になると思いました。
川沿いに点在するハウスボートは、昔の別世界のものようでした。スニーカーを履いて携帯電話を使っても、そこで暮らす人々は自然と伝統的な精神を愛しています。でもそれははかなく消えつつあり、同じようなことはアメリカの南部全般に起きています。まさに「川とともに去りぬ」です。(ジェフ・ニコルズ監督)
ストーリーはさらに発展しました。
ちょうどその頃、私はある女性に失恋、ショックを受け、傷心のまま、恋愛や初恋について考えてばかりいました。初恋について映画を作らなければならないと思いましたが、これも崇高なテーマです。そこでエリスという少年のイメージが心に浮かび、この少年が島に隠れる男を見つけると面白いのではないかと思いました。島に隠れる男の逃避行の話が、突然、成長する少年の初恋の話になったのです。ありきたりな表現ですが、物語を作り始めてから人間関係の中で有機的に結びついていったのです。
物語を動かす力として、初恋と傷心を少年の肩の上に置くことができると、私は思い始めたのです。(ジェフ・ニコルズ監督)
二人のオスカー俳優(マシュー・マコノヒー、リース・ウィザースプーン)、二人のオスカー候補(サム・シェパード、マイケル・シャノン)に支えられ、タイ・シェリダンと地元の2000人の中からオーディションで選出されたジェイコブ・ロフランドが少年役で素晴らしいパフォーマンスを見せる本作は、マーティン・スコセッシも絶賛する非常に評価の高い作品です。
- ミシシッピ川流域の美しさ、渦巻く茶色く濁った水、這い回る毒ヘビなどの危険
- 流域の土地柄とハウスボートで暮らすライフスタイル
- 川を生活の糧にする人々、自作の潜水服で獲物を採る漁師
- 川に浮かぶ島に隠れる男と冒険談、少年の純粋さ
- 父と子の関係、両親の結婚生活の破綻、初恋と失恋
- センチメンタルにならない、スリリングで爽やかな展開
などなど、アメリカ的な映画の楽しさがてんこ盛りですが、残念ながらカンヌでは賞を逃してしまいました。これらの組み合わせが特殊なものに映ってしまったのかもしれません。日本では比較的マイナーな印象ですが、この映画はニコルズ監督の強い思いが込められた、優れた作品です。
「テイク・シェルター」などの他の作品と異なり、私はこの作品を大学の頃からずっと考えていました。「MUD -マッド-」は、私の若くて馬鹿な考えを10年も引きずったものなのです。私が映画製作者、脚本家として成長した結果、作り出されたものではありません。生涯、ずっと引きずってきたものなのです。そしてそれは、父と子の男同士の関係のあり方に関するものでもあるのです。(ジェフ・ニコルズ監督)
マシュー・マコノヒー(マッド、島に隠れる男)
リース・ウィザースプーン(ジュニパー、マッドがひたすら思いを寄せる女性)
タイ・シェリダン(エリス、マッドを助ける少年)
ジェイコブ・ロフランド(ネックボーン、エリスの親友、孤児)
サム・シェパード(トム・ブランケンシップ、マッドの家の対岸に住む老人)
レイ・マッキノン(シニア、エリスの父)
サラ・ポールソン(メアリー・リー、エリスの母)
マイケル・シャノン(ガレン、ネックボーンの養父、漁師)
撮影地(グーグル・マップ)
「MUD -マッド-」のDVD(Amazon)
関連作品
「ショットガン・ストーリーズ」(2007年)・・・輸入版、日本語なし
「テイク・シェルター」(2011年)
「ミッドナイト・スペシャル」(2016年)
マシュー・マコノヒー出演作品のDVD(Amazon)
「トロピック・サンダー/史上最低の作戦」(2008年)
「リンカーン弁護士」(2011年)
「マジック・マイク」(2012年)
「ダラス・バイヤーズクラブ」(2013年)
「インターステラー」(2014年)
リース・ウィザースプーン出演作品のDVD(Amazon)
「ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!」(1999年)
「ウォーク・ザ・ライン/君につづく道」(2005年)