夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「ラビング 愛という名前のふたり」:公民権運動の象徴的夫婦の実像を通して異人種カップルの自然さを強く感じさせる瑞々しい伝記ドラマ

「ラビング 愛という名前のふたり」(原題:Loving)は、2016年公開のイギリス・アメリカ合作の伝記ドラマ映画です。異人種間の結婚を違法とした1950年代のアメリカの隔週の法律を違憲とするきっかけとなったラビング夫妻の実話を基に、ジェフ・ニコルズ監督・脚本、ジョエル・エドガートン、ルース・ネッガら出演で、逆境の中、愛を貫き通した白人男性と黒人女性の夫婦の物語を描いています。

 

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目次

キャスト・スタッフ

監督:ジェフ・ニコルズ
脚本:ジェフ・ニコルズ
出演:ジョエル・エドガートン(リチャード・ラビング)
   ルース・ネッガ(ミルドレッド・ラビング)
   マートン・チョーカシュ(ブルックス保安官)
   ニック・クロール(バーナード・コーエン)
   マイケル・シャノン(グレイ・ビレット)
   テリー・アブニー(ガーネット)
   アラーノ・ミラー(レイモンド)
   ジョン・ベース(フィリップ・ハーシュコプ)
   ほか

あらすじ

1958年のバージニア州。建設作業員として働く白人のリチャード・ラビング(ジョエル・エドガートン)は、子どもの頃から深い絆で結ばれていた黒人の恋人ミルドレッド(ルース・ネッガ)から妊娠を告げられ、大喜びで結婚を申し込みます。当時のバージニア州では異人種間の結婚は法律で禁止されていましたが、深い絆で結ばれていた二人は異人種間の結婚が認められているワシントンD.C.で結婚します。バージニア州に戻った二人はミルドレッドの実家で暮らし始めますが、ある夜、保安官が突然押しかけてきてふたりを逮捕、ふたりは法廷で離婚するか故郷を捨てるか、いずれかの選択を迫られます・・・。

レビュー・解説

公民権運動の象徴的存在であるラビング夫妻の実像を、確固たる信念に基づく演出と息遣いが聞こえるような主演二人の繊細な演技で瑞々しく描き、異人種カップルが一緒にいることの自然さを強く感じさせる稀有な伝記ドラマです。

異人種カップルが一緒にいることの自然さ

ヴァージニア州で異人種間結婚の有罪判決を受け、連邦最高裁判所に上訴、異人種間結婚を禁ずる州法をすべて違憲とする画期的な判決を勝ち取ったラビング夫妻は、アメリカの公民権運動を語る上で象徴的人物ですが、本作はそんな二人の過酷な体験を強調したり、二人を政治的に偶像化したりすることなく、等身大の人間として描く中で、何よりも異人種である二人が一緒にいることの自然さを強く感じさせる、ユニークで素晴らしい作品です。

 

異人種カップルのラビング夫妻が一緒にいることの自然さを強く感じさせる

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映画でも保安官がリチャードの生い立ちを語るシーンがありますが、二人が生まれ育ったヴァージニア州のキャロライン郡の片田舎では、人種分離政策が一般的な南部の中では珍しく、異なる人種や民族的ルーツを持つ人々が混然となってコミュニティを形成していました。ミルドレッドの母方も父方も、ネイティブ・アメリカンアフリカ系アメリカ人の血が入っており、通りをはさんで行ったり来たりしながら育った幼馴染のミルドレッドとラビングにとって、子供ができて結婚するのはとても自然なことでした。ヴァージニア州では異人種間結婚が禁止されているので、二人はワシントンDCで結婚しますが、ミルドレッドの実家に戻った二人は逮捕され、法廷で離婚するか故郷を捨てるかという、理不尽な選択を迫られます。

 

二人は泣く泣く、ワシントンDCで暮らすミルドレッドの従兄弟夫婦の元に身を寄せます。ちょうど公民権運動が盛んになってきた時期で、ミルドレッドは従兄弟の妻に勧められるままに、ロバート・ケネディ司法長官へ手紙を書きます。ケネディは手紙をアメリカ自由人権協会に委ね、そこの弁護士が無償で二人の弁護をすることになりますが、この弁護士は功名心はあるものの経験に乏しく、話は前に進みません。そうこうしているうちに、子供が車に接触する事故があったりして、こんな土地では子育てできないと、二人は密かにヴァージニア州に戻って暮らすことにします。同じ頃、経験あるやり手の人権派弁護士が応援に加わり、ラビング夫妻とヴァージニア州との戦いが始まります。

 

ラビング夫妻に政治的な動機は全くありません。味方になってくれると感じたミルドレッドはある程度、メディアに対応しますが、リチャードはドラッグレースを愛する無口で無愛想な南部男そのものです。二人は、連邦最高裁判所の歴史的な審判に出席もしません。この映画の素晴らしい点は、彼らの政治的な行動や、愛に溢れた勇敢な行動を劇的に描くのではなく、二人がともにいるシーンを自然に描き、異人種である二人が一緒にいて当然と強く感じさせる点です。これは理屈ではない、静かな感情にうったえるメッセージですが、思わず二人の幸せを願わずにはいられなくなる、映画だからこそ可能な強いメッセージでもあります。確固たる信念に基づくニコルズ監督の演出と、ジョエル・エドガートン、ルース・ネッガの繊細な演技の賜物です。

多くの映画人が感動したラビング夫妻の実話

ニコルズ監督はどちらかという男性的な作品で父と息子の関係がかかわりを描くことが多く、本作を手掛けたことはやや意外でしたが、公民権運動の象徴でもある異人種カップルを社会的視点ではなく、敢えて個人の視点で描くのは、ニコルズ監督ならではです。2011年にナンシー・バースキー監督がラビング夫妻のアーカイブ映像をまとめたドキュメンタリー「The Loving Story」が HBO で放映され、マーティン・スコセッシ監督やコリン・ファースなどの映画人に大きな感動を与えました。南部を舞台にしたニコルズ監督の「テイク・シェルター」や「MUD -マッド-」を気に入っていたスコセッシ監督がニコルズ監督に声をかけ、コリン・ファースもプロデューサーとして映画化に乗り出します。ファースは、ニコルズ監督について次のように語っています。

映画で感じる情熱は穏やかな熱だ。逮捕のシーンは恐ろしいけど、極端なことは扱っていない。だから熟練した監督が必要だ。感情の関係を表現でき、ニュアンスを理解できる人、場所や土地勘がある人。家族や愛の話ではあるけど、心の故郷の話でもあるから、それを登場人物に投影させなくちゃいけない。ロケーション、光、温度、匂い。彼にはこれらを取り入れる素晴らしい才能がある。(コリン・ファース、プロデューサー)
https://www.youtube.com/watch?time_continue=298&v=y6UZHGOATkM

 

南部アーカンソー州で生まれ育ったニコルズ監督は人種隔離政策の崩壊について知っていましたが、ヴァージニア州のラビング夫妻については良く知りませんでした。バースキー監督のドキュメンタリーを観て、彼らが政治的でないこと、ただ家族を作りたかったことが重要で、そこに誠実さを感じたニコルズ監督は、政治や法廷とは無関係に二人のラブストーリーを撮ろうと考えます。「公民権運動の象徴でありながら、純粋な愛を持った夫婦でありつづけることなんてできるはずがない」という確信めいたものが彼にはあり、

  • ラビング夫妻が政治に関心がないことから、彼らの結婚は政治的抵抗手段などではない、
  • 制作すべきなのは公民権運動ではなく、二人のラブストーリーだ

という思いを強くしたのです。ちょうど、公民権運動を背景した「ヘルプ 〜心がつなぐストーリー〜」(2011年)がヒットした後のことで、政治や法廷とは無関係にラブストーリーを描きたいと考えた彼を、スコセッシ監督やバースキー監督も支持してくれました。「MUD マッド」でマシュー・マコノヒーのギャラが高く、迷った時に後ろから背中を押してくれたニコルズ監督の妻も、「あなたのことを愛してるけど、この映画を作らないなら、離婚するわよ」と、本作制作に向けて叱咤激励してくれたそうです。

ラビング夫妻の人柄 

「これまで学んだことを活かし、この10年で培った専門的な技術をすべてつぎ込んで、デビュー作と同じぐらい静かで地味な作品を作ろう」と考えたというニコルズ監督は、本作を、

  • 派手さのないとても静かな映画
  • ラヴィング夫妻そのものであり、構成も、トーンも、シーンのスタイルもすべて、この2人の人柄を反映したもの

と言います。写真家でプロデューサーのホープ・ライデンが、abcの記者だった1960年代にラビング夫妻の自宅で撮影した貴重なアーカイブ映像や、各種記録、実子とインタビューなどから、ニコルズ監督は、

  • 二人は本当に仲が良かったこと
  • 二人の会話や行動、家の内装など、彼らのライフスタイルはシンプルで心地よいものだったこと
  • ミルドレッドは従兄弟の妻の勧めでケネディ司法長官に簡単な手紙を書いたり、メディアに露出するなど周囲の動きに関与したが、リチャードの手の届かないところに行くほどではなかったこと
  • ミルドレッドは礼儀正しく、可愛らしく自己主張することができたが、リチャードは無口で、一緒にいて心地良い南部男だったニコルズ監督の祖父を髣髴とさせること
  • リチャードは政治に関して無関心で、ミルトドレッドがリチャードと連名でケネディ司法長官に書いた手紙の記憶さえ不確かだったこと

などを見てとります。さらに、結婚日と第一子の誕生日から、二人は当時、タブーとされた「できちゃった婚」であることを知り、さらに二人が好きになったというニコルズ監督は、本作の構成をミルドレッドの妊娠の告白から始めています。

 

そんな二人を演じた、ジョエル・エドガートンとルース・ネッガは、実際のラビング夫妻に似ているだけではなく、ラビング夫妻の自然な関係を絶妙に演じ、異人種カップルの二人の関係が極めて自然であることを感じさせ、二人に幸せになって欲しいと感情移入させます。ニコルズ監督は、実際のラビング夫妻をイメージして脚本を書いたので、キャストが似ていることは重要だったと言います。実際のアーカイブ映像や写真を見てみるとわかりますが、エドガートンとネッガは実際のラビング夫妻によく似せています。ネッガはオーディションで口を開いた瞬間、ミルドレッドそのもので、ニコルズ監督に迷う余地がなかったと言います。アーカイブ映像でミルドレッドを研究したというネッガは、「礼儀正しく、可愛らしく自己主張することができ」、「少しは周囲の動きに関与したが、リチャードの手の届かないところに行くほどなかった」ミルドレッドの物腰、押しと引き加減を実に実に巧妙に演じており、アカデミー主演女優賞へのノミネートも納得のパフォーマンスです。

 

エドガートンはニコルズ監督の「ミッドナイト・スペシャル」に出演していましたが、ニコルズ監督はアクセントを操ることができるエドガートンはリチャードの声を再現できるだけではなく、外見もリチャードに似ていることに気づいたと言います。エドガートンが演じるリチャードも素晴らしく、建設作業員として黙々とレンガ積む姿が実直でたくましい南部男の生活力を感じさせる一方で、結婚生活における妻の意向をすべて受け入れる優しさも描かれています。そんな彼はドラッグレースが大好きで、本作でも車をメンテンナンスしているシーンが何度も出てきます。最初と最後にドラッグレースのシーンがありますが、そこには必ず妻、ミルドレッドと親族や地域住民の姿があり、二人の関係や親族、地域との関係を象徴しています。

 

彼の車のひとつが、ツートンのフォード・フェアライン・ヴィクトリアで、広大に南部の溢れる陽の光と空気感の中で輝く車体が、絵に描いたように美しいのが印象的です。

フォード・フェアライン・ヴィクトリアダイキャスト・モデル(Amazon

実はニコルズ監督はこれまでの作品ですべての小道具を仕切ってきましたが、彼が生まれる前の話である本作は、プロダクション・デザイナーらに時代考証を任せたそうです。アンティーク家具を再利用したラビング夫妻のインテリアなど、あまりにシンプルでニコルズ監督が本当にこれでいいのかと身を乗り出すほどでしたが、一転、南部の陽の光に美しく輝くフォード・フェアライン・ヴィクトリアには、ラビング夫妻の一点豪華主義的な、メリハリの効いたライフスタイルが垣間見えるようです。

 

ジョエル・エドガートン(リチャード・ラビング)

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ジョエル・エドガートン(1974年〜)は、オーストラリア出身の俳優、脚本家、映画監督。「スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃」(2002年)、「スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐」(2005年)でオーウェン・ラーズを演じ、一躍、有名俳優になる。彼は、「ゼロ・ダーク・サーティ」(2012年)で米海軍特殊部隊の兵士を、「華麗なるギャツビー」(2013年)で大富豪を演じているが、助演でもしっかりとした印象を残すことができる実力派俳優。2010年頃から脚本も書いており、「ギフト」(2015年)で長編映画監督デビューと、活動の幅を広げている。

 

ルース・ネッガ(ミルドレッド・ラビング)

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ルース・ネッガ(1982年〜)は、アディスアベバ出身のエチオピアアイルランド人の女優。父がエチオピア人で母がアイルランド人、母方が大家族。4歳までエチオピアで育ち、その後はアイルランド、2006年からはロンドンに住む。ダブリン大学で演劇学を学び、2004年には舞台でローレンス・オリヴィエ賞新人賞にノミネートされている。同年、アイルランドで映画デビュー、翌年「エイリアン パンデミック」で初主演を務める。「プルートで朝食を」(2005年)では、ニール・ジョーダン監督がオーディションで彼女のパフォーマンスに惚れ込み、彼女の為に脚本を書き換えて出演させた。以降、アメリカを含め、テレビ、舞台、映画と幅広く活躍している。本作では、アカデミー賞主演女優賞にノミネートされている。

 

マートン・チョーカシュ(ブルックス保安官)

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マートン・チョーカシュ(1966年〜)は、ニュージーランド出身の俳優。父親はハンガリー出身、母親はアイルランド人とデンマーク人の混血。ニュージーランドの演劇学校を卒業し、1994年にデビュー、ニュージーランド、オーストラリアのテレビでも活躍している。映画 「ロード・オブ・ザ・リング」(2001年)、「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還」(2003年)などに出演。

 

ニック・クロール(バーナード・コーエン)

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ニック・クロール(1978年)は、ニューヨーク出身のアメリカの俳優、コメディアン、作家、プロデューサーです。 テレビのコメディ・シリーズへの出演で知られるほか。「伝説のロックスター再生計画! 」(2010年)、「ソーセージパーティ」(2016年)、「Captain Underpants: The First Epic Movie 」(2017年)などに出演している。

 

マイケル・シャノン(グレイ・ビレット)

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マイケル・シャノン(1974年〜)は、ケンタッキー出身のアメリカの俳優。ロックバンドのPVでデビュー、シカゴで舞台に立つようになる。「恋はデジャ・ブ」(1993年)で映画デビュー、キャリアを重ね、「レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで」(2008年)でアカデミー助演男優賞にノミネートされる。「ショットガン・ストーリーズ」(2007年)、「テイク・シェルター」(2011年)、「MUD -マッド-」(2012年)、「ミッドナイト・スペシャル」(2015年)と、ジェフ・ニコルズ監督作品に必ずと言ってよいほど出演しており、本作が5作目のコラボである

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1 Proposal by David Wingo
2 Arrest by David Wingo
3 Sheriff by David Wingo
4 Time Passing by David Wingo
5 Leaving Jail by David Wingo
6 Leaving Home by David Wingo
7 D.C. by David Wingo
8 Hand Off by David Wingo
9 Call the Lawyer by David Wingo
10 The Letter by David Wingo
11 Phone Call by David Wingo
12 Bernard Cohen by David Wingo
13 Baseball Game by David Wingo
14 Leaving D.C. by David Wingo
15 Farmhouse by David Wingo
16 Bernie and Phil by David Wingo
17 Brick by David Wingo
18 The Decision by David Wingo
19 Home by David Wingo
20 Loving by Ben Nichols

動画クリップ(YouTube

  • 連邦最高裁の判決を伝える米abcのニュース

    1967年6月27日、ラビング夫妻vsバージニア州の訴訟に関して連邦最高裁の判決を伝える米abcのニュース。ホープ・ライデンが記者としてレポートしている。ライデンはラビング夫妻を追っており、この頃のアーカイブ映像を元にバースキー監督がドキュメンタリーを制作、ライデンはプロデュースに名を連ねた。また、ライデンはラビング夫妻の自宅も取材しており、ニコルズ監督はドキュメンタリーに含まれなかったプライベート映像も参考にしている。
  •  「The Loving Story」バースキー監督インタビュー

    ドキュメンタリー 「The Loving Story」に関するバースキー監督のインタビューだが、プロデューサーに名を連ねた当時のライデン記者によるアーカイブ映像や写真がふんだんに挿入されている。本作が、こうした資料映像が伝えるイメージや雰囲気を忠実に再現していることがわかる。ラビング夫妻は既に亡くなり、ライデンも今年、亡くなってしまったが、半世紀前のラビング夫妻の実像がライデン、バースキー監督、そしてニコルズ監督といった映像作家を通して脈々と受け継がれているのが感慨深い。

撮影地(グーグルマップ)

 

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