「テイク・シェルター」(原題:Take Shelter)は、2011年公開のアメリカのサイコ・スリラー&ヒューマン・ドラマ映画です。ジェフ・ニコルズ監督・脚本、マイケル・シャノン、ジェシカ・チャステインらの出演で、竜巻や嵐の悪夢に苛まれ、職場や家族との生活に支障をきたしていく男の姿を描いています。第64回カンヌ国際映画祭で批評家週間グランプリほか3冠に輝くなど、各国の映画祭で大きな話題を呼んだ作品です。
目次
スタッフ・キャスト
監督:ジェフ・ニコルズ
脚本:ジェフ・ニコルズ
出演:マイケル・シャノン(カーティス・ラフォーシュ)
ジェシカ・チャステイン(サマンサ・ラフォーシュ)
シェー・ウィガム(デュアート)
ケイティ・ミクソン(ナット)
キャシー・ベイカー(サラ)
レイ・マッキントン(カイル)
リサ・ゲイ・ハミルトン(ケンドラ)
トーヴァ・スチュワート(ハンナ)
ロバート・ロングストリート(ジム)
ほか
あらすじ
現場の地盤の掘削作業を仕事とするカーティス(マイケル・シャノン)は、妻のサマンサ(ジェシカ・チャステイン)と難聴の障害を持つ娘ハンナ(トーヴァ・スチュワート)と幸せな生活を送っていましたが、巨大な竜巻が街を襲う悪夢にうなされるようになります。悪夢は毎晩続き、竜巻と共に降るエンジンオイルのような雨、そして理性を失った人々に自身や娘が襲われるリアルな内容に、 彼は次第に強迫観念にとらわれます。家の庭に大きな穴を掘り、竜巻用シェルターの増設を始めた彼に、家族や会社の仲間達は次第に不信感を募らせます。 統合失調症で施設にいる母の症状が遺伝したのかとカーティス自身も悩みますが、 妻にもなかなか理解してもらえぬまま、娘の手術を前に仕事を解雇されてしまいます・・・。
レビュー・解説
主人公の悪夢をきっかけに日常生活に潜む不安をじわじわと描き出す「テイク・シェルター」は、ジェフ・ニコルズ監督の巧みな脚本・演出とマイケル・シャノン、ジェシカ・チャステインの卓越したパフォーマンスにより、サイコ・スリラーとヒューマン・ドラマが高いレベルで融合した非常に見応えがある作品です。
ジェシカ・ジャステインが演じるサマンサは、美しく優しい、どこにでもいるような主婦です。実生活でも同じ障害を持つというトーヴァ・スチュワートが演じる娘サラには聴覚障害があり、サマンサは可愛い娘に優しく接します。医療費が高いアメリカでは会社が付保する医療保険の内容が重要になりますが、幸運にもカーティスの保険でサラの人工内耳の手術がカバーされることがわかり、一刻も早く、手術を受けさせてやりたくなります。一方、悪夢にうなされるようになったカーティスは、心配をかけまいと妻にも話さず、お金がかかるという理由でかかりつけ医紹介の専門医の診察を受けず、近場のカウンセラーで済ませようとします。竜巻用シェルターの増設を始めた彼に、家族や会社の仲間達は次第に不信感を募らせ、溝が深まっていきますが、果たしてハンナは無事、手術を受けられるのか、カーティスの家族は破綻せずに済むのだろうかと、ハラハラしながら映画を見ることになります。
ジェフ・ニコルズは、アメリカのアーカンソー州出身の映画監督・脚本家・映画プロデューサーで、脚本・監督を務めた「Shotgun Stories」(2007年、本邦未公開)や本作で、様々な映画祭の賞を受賞、さらに監督3作目の「MUD -マッド-」(2012年)では第65回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門でパルム・ドールを競うなど、気鋭の監督です。
巨大竜巻が多発するアメリカ、特に南東部では、竜巻から避難する為のシェルターが珍しくありません。竜巻が接近すると自治体がサイレンを鳴らし、住民はシェルターに避難します。ある日、自宅の裏庭にいたジェフ・ニコルズ監督は、地下の竜巻シェルターをじっと見下ろす隣人を見かけました。中に入ろうとしているのだろうか、立ち去ろうとしているのだろうか?誰か中にいるのだろうか?と、思いを巡らし、これが脚本を書き始めるきっかけとなりました。
シェルターを見下ろす男というモチーフを残しながら、彼は個人的な体験を背景にテーマを肉付けています。
この映画は、二種類の不安を描いています。一つは、我々が良く経験する漠然とした不安です。朝、目覚めて、世の中や経済動向など自分の手が及ばないところで何が起きているか、気になる人がいると思います。2008年、私は金融危機の始まりに衝撃を受けました。もう一つは、個人的な不安です。我々は、健康、家計、家族など、人生を軌道に乗せて行かねばなりません。私はちょうど結婚一年めで、結婚して誰かの為に生きることの意味、破綻する結婚としない結婚の違いはどこにあるのかなど、結婚について多くのことを考えていました。でも、物語を完成するには不安だけでは不十分だということがわかりました。不安は効果であって、原因ではない。結婚が少なからず不安を生み出すのは、結婚が失われるかもしれないものだからだと私は考えていました。「Shotgun Stories」を製作している頃、私は独身で、誰も私を知らず、従うべき規範もなければ、心配事もありませんでした。結婚によって生じる不安を描くことは、私にとって結婚生活を如何にうまくやるかということでもあったのです。(ジェフ・ニコルズ監督)
主演を務めたマイケル・シャノンは、舞台もこなすアメリカの演技派俳優で、1993年にビル・マーレイ主演の「恋はデジャ・ブ」で映画デビュー、キアヌ・リーヴス主演の「チェーン・リアクション」やトム・クルーズ主演の「バニラ・スカイ」などの話題作に出演しキャリアを重ね、 2008年の「レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで」でアカデミー助演男優賞にノミネートされています。
マイケル・シャノンは背が高く、個性的な風貌ですが、本作では舌を巻くほど緻密な演技を展開しています。カーティスを演じるに当たり、彼は敢えて関連する精神疾患の本を読みませんでした。カーティス自身がほとんど病気の事を知らないからというのがその理由ですが、マイケル・シャノンは病気の症状の再現よりも、症状に当惑し、悩むカーティスを表現する事を重視していることがわかります。
この作品の最も貢献しているのはマイケル・シャノンであることは紛れもない事実ですが、私は目は共演のジェシカ・チャステインに釘付けなりました。彼女はジュリアード学院演劇部門出身のアメリカ女優で、複数の舞台や学生映画に出演した後、テレビドラマを中心に活躍、2008年に映画デビューを飾り、2011年には「ヘルプ 〜心がつなぐストーリー〜」で第84回アカデミー賞助演女優賞にノミネート、翌2012年には「ゼロ・ダーク・サーティ」で第85回アカデミー賞主演女優賞にノミネートされています。
私は「ゼロ・ダーク・サーティ」を先に見たのですが、彼女の演技の違いに驚きました。対決的な性格で色気もなく、バランスに欠けるほど仕事への執念が強いマヤと、美しく子供を愛するどこにでもいるような主婦サマンサは、もともと大きく異なるキャラクター設定ですが、同じ女優が演じているという痕跡が全く見当たらず、完璧に演じ分けているのです。また、カーティスの症状が悪化するに従い、冒頭の可愛らしい主婦から彼を支えるべく徐々に立ち上がっていく姿も見事です。彼女が出演した「ファミリー・ツリー」を監督したテレンス・マリックは、ジェシカ・チャステインを評して次のように語っています。
彼女はどの瞬間も自然で、とても美しい。さらに、彼女は現実的な世界にも適応できる。美人女優にはとても難しいことだ。ジェシカは二つの世界を行ったり、来たりできる。彼女は例外だ。(テレンス・マリック監督)
「テイク・シェルター」、「英雄の証明」、「ツリー・オブ・ライフ」、「ヘルプ 〜心がつなぐストーリー〜」、「Wilde Salomé」(本邦未公開)、「キリング・フィールズ 失踪地帯」と、2011年に出演する映画が6本も公開され、アカデミー助演女優賞ノミネートされた他、数多くの賞を受賞、ジェシカ・チャステインは一躍、時の人となりました。これは予定されたことではなく、4年の間に撮った作品がたまたま、立て続けに公開されただけとのことですが、ジェシカ・チャステインはこの頃のことについて、次のように語っています。
これらの映画の役を得るのは難しかったわ。でも、「テイク・シェルター」は、エグゼブティブ・プロデューサーのサラ・グリーンがテレンス・マリックのプロデューサーで、「ファミリー・ツリー」で彼女と一緒に仕事をした私を、ジェフ・ニコルズに紹介してくれたの。彼女はテレンス・マリック監督とジェフ・ニコルズ監督のミーティングをアレンジ、それから私はジェフとコーヒーを飲み、脚本や「Shotgun Stories」の話をしたのよ。私たちは、すぐに仲良くなったわ。(ジェシカ・チャステイン)
まだ無名だったジェシカ・チャステインの本作のギャラは、一日当たり100ドルでした。インーディズ映画で、無名とはいえ彼女ほど実力のある女優のギャラの安さにこの業界の厳しさが伺われますが、一方でチャンスにつかむべく貪欲に役に取り組むジェシカ・チェステインも立派です。
何よりも、マイケル・シャノンと一緒に仕事ができることに興奮したわ。私はずっと彼のファンで、彼の映画も舞台も好きだった。彼は本当にダイナミックで、本能的で、強烈なの。もし、役をもらえて彼と一緒のシーンを演ずれば、私は背伸びしなけらばならないとわかっていたわ。それは私が学ぶことができる素晴らしい体験なの。それは私にとって、間違いなく強運だったわ。
「一瞬たりとも球から目を離すな、さもなくば全てを失う」と言いますが、その通りだと思います。私は裕福に育ったわけではありません。私の家族の制約や財源は厳しく、私は俳優をしながら、残りの人生を極貧の中でラーメンをすすりながら過ごすリスクを冒していました。私には、間違いなく「テイク・シェルター」で描かれている家族に通じるものがあります。映画の冒頭では何事もなんとか、かんとか、うまくやれており、それに満足しています。でも、何かが彼らの目を球から奪い、全てが崩壊し始めるのです。」(ジェシカ・チャステイン)
様々な役を器用にこなし時の人になったジェシカ・チャステインですが、自分なりのカラーを出しながら大女優として大成することが期待される逸材です。
<ネタバレ>
苦労の挙句、カーティスの病気に正面から相対することになった一家は、カーティスが施設に入所する前にと浜辺のリゾートを訪れますが、そこで一家はカーティスが悪夢に見た竜巻とエンジンオイルのような雨を目撃します。呆然と竜巻を見つめるサマンサに、カーティスが気遣うように声をかけ、サマンサが「わかったわ」と答えて映画は終わります。このエンディングが、
- 結局、カーティスが見ていたのは幻覚ではなかったのか?
- 或いは、これもカーティスの幻覚なのか?
- これでは病気に向き合うようになるまでの苦労が水の泡ではないか?
などと、様々な解釈を生んでいます。 不可思議といえば不可思議なエンディングですが、一つだけ明らかなのは、今までは主婦として不安も不自由もなく暮らしていたサマンサが、聴覚障害の娘と病気の夫を抱えて生計を立てながら、果たして家族を守りきれるのだろうかという家族崩壊の不安に直面する立場になったことです。
敢えて曖昧なエンディングにしています。すごく怒る人もいれば、いたく気に入る人もいます。自惚れす過ぎととって欲しくないのですが、私にとって面白くて興味深いのは、皆、何が起こったのか、話しているということです。私にとって、何が起こったかは重要ではありません。言ってみれば、何が起こったのか、何が起こるのかといったいうことは、話す楽しみでしかない。私にとって重要なのは、二人が人生の同じページで同じものを見ていることです。彼らがいる場所については幾つかの解釈があり、それはそれで素晴らしいのですが、二人が同じものを見ている限り、そこには決意があり、希望の可能性もあるのです。理解する人もいれば、そうでない人もいますが、インディーズ映画を作成している我々だけがそうした伝え方ができるのです。(ジェフ・ニコルズ監督)
<ネタバレ終わり>
マイケル・シャノン(カーティス・ラフォーシュ)
ジェシカ・チャステイン(サマンサ・ラフォーシュ)
トーヴァ・スチュワート(ハンナ)
実生活でも聴覚障害を持つというトーヴァだが、自然で可愛らしい演技に驚かされる。
撮影地(グーグルマップ)
カーティスの家が撮影された場所
アメリカの荒々しい気候の中で遮るもののない広大な草地に立つ一軒家は、竜巻に襲われたらひとたまりもなく、地下のシェルターが必要になることは想像に難くない。
関連作品
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