夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「フィッシュ・タンク」:労働者階級の荒んだ生活の中、性に目覚めた少女が逞しく生きる姿を、女性監督ならではの視点でリアルに描く

「フィッシュ・タンク」(原題:Fish Tank)は、2009年公開のイギリスのドラマ映画です。アンドレア・アーノルド監督・脚本、ケイティ・ジャーヴィスマイケル・ファスベンダーら出演で、好きなダンスを心のよりどころに孤独で荒んだ生活を送る少女が、性に目覚め、揺れ動きながらも逞しく生きる姿を描いています。第62回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト 

監督:アンドレア・アーノルド
脚本:アンドレア・アーノルド
出演:ケイティ・ジャービス(ミア)
   マイケル・ファスベンダー(コナー)
   キルストン・ウェアリング(ジョアン)
   レベッカ・グリフィス(タイラー)
   ハリー・トレッダウェイ(ビリー)
   ほか

あらすじ 

労働者階級のアパートに住む15歳のミア(ケイティ・ジャーヴィス)を取り巻く環境は劣悪です。隣人たちは粗暴で、母親のジョアン(キルストン・ウェアリング)は昼間から酒を飲み、まだ幼い妹タイラー(レベッカ・グリフィス)は早くも口汚く罵る術を覚えています。彼女自身、やり場のないフラストレーションから、常に周囲とトラブルばかりを起こしている。唯一、自分を素直に表現できるものはダンスだけ。ある日ミアは、台所を上半身裸でうろつき回る母親の友人コナー(マイケル・ファスベンダー)と出会います。コナーはミアたちの生意気さを意に介することなく、自然と家族の中に入り込んで来ます。ミアは、初めて自分をきちんと扱ってくれる大人の男性に魅かれていきます。そんなある日、「女性ダンサー募集」の広告を目にした彼女は、コナーの応援も受けて、挑戦することを決意しますが・・・。

レビュー・解説 

労働者階級の荒んだ生活の中、性に目覚めた少女が逞しく生きる姿を、女性監督ならではの視点で具現化、演技経験のない少女と実力派の助演で描く「フィッシュ・タンク」は、ケン・ローチばりの社会派リアリズムの流れを汲むドラマ映画です。

 

労働者階級に生まれ、育ったアンドレア・アーノルド監督はケン・ローチ監督のファンで、

  • 土地の素人を俳優に起用、方言を活用する
  • 脚本を全て渡さず、俳優が当座演じる分を小刻みに渡す
  • 時系列に撮影する

など、ケン・ローチ監督と類似する点が少なくありません。「特に意識しているわけではないが、自分ができることは、明らかに先に道をつけたケン・ローチ監督らの影響を受けている」と彼女は語っており、彼女をケン・ローチ監督の正統な後継者と評する人もいます。

 

一貫して労働者階級に焦点を当てた作品を製作し続けたケン・ローチ監督は政治活動にも熱心ですが、アンドレア・アーノルドの作品は女性ならではの表現がその特徴です。プロットが先にありきではなく、受け入れがたい環境に強く反発する10代の怒った少女のイメージが浮かび、それを膨らましながら脚本を書いていったと、彼女は語っています。また、魚や馬、風船などの象徴的なショットを効果的に使う本作には詩的な部分もあります。劇中、どんな動物になりたいか語り合うシーンでは、

  • ミアは白虎、
  • コナーは鷲、
  • ジョアンは犬、
  • タイラーは猿

と答え、物語における各人の役割を暗示しているのも興味深いです。

 

アンドレア・アーノルド監督は、ロンドン中心部から電車で40分弱のケント州ダートフォードで、4人の子供の長女として生まれ育ちました。彼女がまだ幼い頃に両親が離婚、女手一つで4人に子供たちを育てた母親は、紛れもない労働者階級でした。アンドレア自身は必ずしも怒った少女ではありませんでしたが、周囲にそんな少女はたくさんいたそうです。タイトルの「フィッシュ・タンク」の意味について彼女は口を閉ざしていますが、これは労働者階級が住む共同住宅やその環境を魚の住む水槽に見立てたものでしょう。当初、彼女はこの映画の舞台を生まれ育ったダートフォードにするつもりでしたが、それをエセックスに変えました。

I drove out from east London and loved it straight away. The madness of the A13, the steaming factories and the open spaces, the wilderness.

私はロンドン東部からドライブに出て、一目惚れしたの。気違いじみたA13号や、煙を吐く工場、そして空き地や荒れ地よ。

It’s brutal, it’s maybe difficult, it’s got a sadness to it, that particular place where they live in the film. There used to be a lot of industry and it’s all closed down. There’s a lot of unemployment. There used to be a big Ford factory, and great huge car parks. All those car lots are empty now and the grass is growing up in the tarmac. But it’s got a wilderness, and huge, great skies. It’s a mixed thing. I don’t want to see it as grim. 

荒々しいの。難しいかもしれないけど、悲しみが混じっている。映画の中で彼らはそんなところに住んでいるの。いろんな産業があったんだけど、みんな閉鎖されて、多くの人が解雇された。フォードの大きな工場があり、大きな駐車場があったのだけれど、今では空っぽになって、舗装から草が生えている。でも、荒々しい。そして、大きな空。混じっているのよ。不気味と感じて欲しくないわ。(アンドレア・アーノルド監督)

 

主演のケイティ・ジャーヴィスは演技経験がありませんでしたが、地元のティルベリー駅のホームで線路越しにボーイフレンドと喧嘩しているところをスカウトされました。まさに映画でコックニー訛りで怒る少女を地で行っていたようです。助演のキルストン・ウェアリング、レベッカ・グリフィスもエセックス生まれで、コックニー訛りで話しています。一家とは頃なる中流の住宅地に住むコナーを演じるマイケル・ファスベンダーは、スコットランド訛りで話しています。

 

ミアの母を演じたキルストン・ウェアリングは、ケン・ローチ監督の「この自由な世界で」(2007年)で主役を務め、高い評価を得ています。また、マイケル・ファスベンダーも「300 スリー・ハンドレッド」(2006年)、「ハンガー 」(2008年)が評価され、成功の階段を上り始めた時期で、ケイティのフレッシュな演技を引き立ている素晴らしいパフォーマンスを見せています。

 

怒る少女をイメージして作られた映画だけあって、ミアのダンスに合わせたラップ調の曲が多い中、

  • 「人生は厄介だ、で、結局、死んじまうんだろ〜♪」とNASが歌う「Life's a bitch」(iTunesで聴く*4Amazon MP3で聴く*5

が、特に効果的に使われています。

 

ケイティ・ジャービス(ミア)

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地元のティルベリー駅のホームで線路越しにボーイフレンドと喧嘩しているところをスカウトされた。撮影時17歳で、コックニー訛りで怒りをぶちまける一方、性に目覚め、ボーイフレンドや母の恋人に心が揺れる少女を見事で演じている。ホームで喧嘩していた長い付き合いのボーイフレンドとの間に、2008年に18歳で第一子を、その後、第二子を出産、テレビや映画に出演しているものの、数は少ない。今後、どんな人生を歩むのか、楽しみだ。

 

マイケル・ファスベンダー(コナー) 

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アイルランド出身の俳優。「300 スリー・ハンドレッド」(2006年)、「ハンガー 」(2008年)が評価され、成功の階段を上り始めた時期で、優しくて、軽い男を見事に演じ、フレッシュなケイティの演技を引き立てている。他の出演作を見ても、多彩で柔軟な演技力に舌を巻く。

 

キルストン・ウェアリング(ジョアン) 

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エセックス州出身のイギリスの女優。アンドレア・アーノルド監督の師とも言えるケン・ローチ監督の「この自由な世界で」(2007年)で主役を務め、高い評価を得ている。昼から酒を飲み、男にうつつを抜かし、ろくに娘の面倒もみないひどい母親だが、どこかしら憎みきれない不思議な魅力を放つ。深みのある演技でケイティのフレッシュな演技を引き立てているのはさすが。 

 

レベッカ・グリフィス(タイラー)

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イギリスのエッセクス州出身。わずか9歳ながら汚く罵る術を覚え、一種、道化的な役回りの妹を見事に演じている。撮影から8年経った現在、本格的な演技を勉強中。

 

母は昼から酒を飲み、娘をケアしない

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駐車場で踊る近所の少女たちとも、ミアは折り合いが悪い

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駐車場で踊る熱帯魚のような少女たち。エッセクスの女性(Essex Girls)には頭とお尻が軽いというステレオタイプがある。平日は労働者として働く彼女らが、週末にロンドンに繰り出して発散する様を表したもの。駐車場で踊る少女たちも、そんなEssex Girls の予備軍かもしれない。

 

廃屋で一人踊るミア

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ミアはそんな少女たちと一線を画し、一人、廃屋で踊っている。

 

鎖につながれた老馬を逃がそうと躍起になる

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ミアは15歳、 老馬は16歳。鎖につながれた老馬に自分が重なり、逃がして自由にしてやりたいと躍起になるのだろう。

 

足を怪我したミアはコナーに背負われうっとりする

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何かにつけて怒りをぶちまけるミアだが、女性であることに目覚め、母の恋人、コナーの背でうっとりする。 

 

コナーはミアの踊りを認めてくれる

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母親や隣人たちに邪険に扱われるミアだが、唯一、認めてくれるコナーに惹かれていく。 

 

コナーが捕えた魚

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ヌメッとした感じの描写は、ケイト・シェットランド監督の質感描写と似ている。女性の特有の皮膚感覚だろうか。母親や妹が気持ち悪いというこの魚をミアは食べると言うが、コナーが串刺しにした獲物は結局、犬の餌になる。その後のストーリー展開を、暗示するようでもある。

 

髪の毛が風で揺れる事故の痕跡

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ボーイフレンドを追いかけて行ったスクラップ置き場で、ミアは事故の痕跡を見つける。割れたフロントガラスに血糊がつき、へばりついた髪の毛が風に揺れる印象的なショットは、女性監督ならではの描写だろう。

サウンド・トラック

残念ながら、サウンドトラックをアルバムは市販されていないようですが、使用されている曲名と、アーティストを挙げておきます。

  1. ME & U(CAST)
  2. YOUR HOUSE(STEEL PULSE)
  3. JUICE (KNOW THE LEDGE)( ERIC B. & RAKIM
  4. DOWN 4 U(JA RULE
  5. BABY GIRL(WILEY)
  6. SHOW ME LOVE (STONEBRIDGE CLUB MIX) (ROBIN S.)
  7. BROADWAY JUNGLE(TOOTS & THE MAYTALS)
  8. COOL DOWN THE PACE(GREGORY ISAACS)
  9. CALIFORNIA DREAMIN' (BOBBY WOMACK
  10. GET UP OFFA THAT THING(JAMES BROWN
  11. DON'T SWEAT THE TECHNIQUE(ERIC B. & RAKIM
  12.  JAH RULE (WITH PAUL ST. HILAIRE)( RHYTHM & SOUND WITH PAUL ST. HILAIRE)
  13.  JUST TO GET A REP(GANG STARR
  14. IN THE FADING LIGHT(NEW DEVICE)
  15. BLEEDING LOVE(CAST)
  16. RIDE IT(JAY SEAN
  17. ORIGINAL NUTTAH(UK APACHI & SHY FX) 
  18. LIFE'S A BITCH(NAS

撮影地(グーグルマップ)

 

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関連作品

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  「マイ・サマー・オブ・ラブ」(2004年)

  「15歳のダイアリー」(2004年)

  「17歳の肖像」(2009年)

  「15歳、アルマの恋愛妄想」(2011年)

  「さよなら、アドルフ」(2012年)

  「アデル ブルーは熱い色」(2013年)

  「RAW~少女のめざめ~」(2016年)

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