夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「さよなら、アドルフ」:ナチス高官の14歳の娘の凄惨な逃避行を生々しく描いた異色作

「さよなら、アドルフ」(原題:Lore)は、2012年公開のオーストラリア、ドイツ、イギリス合作のドラマ映画です。レイチェル・シーファーの小説「暗闇のなかで」の中の「ローレ」を原作に、ケイト・ショートランド監督、サスキア・ローゼンダールら出演で、終戦後のドイツを舞台にナチ親衛隊高官の子供たちが直面する過酷な運命を描いています。第85回アカデミー賞外国語映画賞にオーストラリア代表として出品された作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト 

監督:ケイト・ショートランド
脚本:ケイト・ショートランド/ロビン・ムケルジー
原作:レイチェル・シーファー「暗闇のなかで」
出演:サスキア・ローゼンダール(ローレ)
   カイ・マリーナ(トーマス)
   ネレ・トゥレープス(リーゼル)
   ウルシーナ・ラルデ(ローレの母)
   ハンス=ヨッヘン・ヴァーグナー(ローレの父)
   ほか

あらすじ

14歳のローレは、ナチス親衛隊高官の父(ハンス=ヨッヘン・ヴァーグナー)と母(ウルシーナ・ラルディ)、そして妹と双子の弟、生まれて間もない乳飲み子の弟ら、家族7人で何不自由ない幸せな生活を送っていました。1945年春ドイツは敗戦し、ローレの境遇は一変します。家族を田舎の農家の元に疎開させたあと、父の行方は分からなくなり、やがて母も、連合軍の出頭要請によりローレ達の元を去ります。「私が戻らない時は、おばあちゃんの所へ身を寄せなさい」と言い残した母は帰らず、農家からも追い出される羽目になったローレは、幼い兄弟達を連れ、はるか900キロ離れた祖母の家へと過酷な旅に出かけます。道中、ローレはナチスユダヤ人への残虐行為の事実を知り、今までの価値観が揺らぎ始めます。終戦を境に何もかも変わってしまったドイツでは、ナチの身内に対する世間の風当たりは冷たく、たとえ子供であっても救いの手を差し伸べる者はいませんでした。そんな彼女達を危機から救ったのは、皮肉にもユダヤ人の青年、トーマス(カイ・マリーナ)でした。トーマスを加わった一行は、今やソ連に支配されたハンブルグへ危険な旅を続け、ローレがこれまで信じてきた価値観やアイデンティティが根底から覆されていきます・・・。

レビュー・解説 

原作者のレイチェル・シーファーは、オーストラリア人の父とドイツ人の母のあいだに生まれ、イギリスで育ちました。長編デビュー作「暗闇のなかで」は、「ヘルムート」、「ローレ」、「ミヒャ」という人の名をタイトルに持つ三つの物語から成り、戦中、戦後、そして現在という異なる時代背景からナチスの時代を浮き彫りにしています。「さよなら、アドルフ」は、このうち、「ローレ」を映画化したもので、ドイツの敗戦によりそれまで普通だと思っていた自分の生活が一変、凄惨な経験やユダヤ人のトーマスとの関わりを通して、自分と向き合わざるを得なくなった主人公の少女を描いています。

 

ケイト・ショートランドは2004年公開の長編映画監督デビュー作「15歳のダイアリー」でオーストラリア映画協会賞を総なめにした女性で、皮膚感覚とも言える息づくような描写がリアルです。「さよなら、アドルフ」の舞台は70年前ですが、こうしたリアルな描写により、今のことのような臨場感を持って映し出されます。原作者のレイチェル・シーファーはイギリス育ちで原作を英語で書いており、ケイト・ショートランドもドイツ語を話しませんが、映画をドイツ語で撮ることにこだわり、譲りませんでした。さらに、ローレの年齢を12歳から14歳に変更し、肉体や性的な要素を加えています。また、彼女とユダヤ人のトーマスは原作にはない重い罪を犯し、ローレの葛藤をより際立たせています。

 

サスキア・ローゼンダールの瑞々しい演技が光ります。撮影時18歳の彼女は、状況が一変する中、ゆらぐ価値観に戸惑いながらも、乳飲み子もいる幼い弟や妹を抱えて綺麗ごとではない世界で懸命に生き延びるローレを見事に演じています。

 

<ネタバレ>

多大な犠牲を払いつつ辿りついたハンブルグで、ローレは威圧的な祖母に反抗、大事に持っていたバンビの置物を踏み砕きます。凄惨な経験や、ユダヤ人のトーマスとの逃避行を終えたローレが、これから先、どんな大人になっていくのか、その後を観てみたくなる映画です。

 

終盤にローレの痣だらけの太ももが映し出されることから、「ローレはトーマスにレイプされていたのではないか?」という質問を頂きました。原作にもそのような描写はありませんが、映画を精査することにより、推察されるケイト・ショートランド監督の意図を追記しておきます。

  • ケイト・ショートランド監督は、インタビューで「女性にとって性は武器」と語っています。
  • 彼女は、前作「15歳のダイアリー」で、母の恋人とのキスを見つかって家出、寂しさを紛らわすために次々と男たちと関係を持つようになる少女を描いています(いわば、性という武器の誤った使い方)。
  • 「さよならアドルフ」の原作にも性的な記述や暴力的な記述があるが、それは控えめです。原作者は母であるローレを庇っていると感じたケイト・ショートランド監督は、本当は何があったのか、彼らは何をしたかったのかと思いを巡らし、性的な描写と暴力的な描写を脚色したと、インタビューと語っています。
  • 彼女は映画化にあたり、ローレの年齢を原作の12歳から、14歳に引き上げています。
  • 母親がレイプと引き換えに食料を入手した事をローレに目撃させ、性が生き延びる為の武器になることを学習させます。
  • 赤ちゃんをダシに食料を貰うトーマスを「寄生虫」と嫌っていたローレに、トーマスになついていた妹は、彼と一緒にいると汽車に乗れると教えます。
  • 遠く離れた祖母の家にたどり着く事が目的であったローレには汽車に乗れる事が魅力的で、性を武器にトーマスをつなぎ止めようと誘惑しますが、トーマスに拒否されます。
  • ローレは大事に持っていた父の写真を埋め、自分が親代わりに妹と弟を守ることを覚悟します。
  • ローレは、川を渡る為に漁師を相手に止むなく性を武器にしようとしますが、トーマスはこれを阻止、漁師を殺してしまします。ローレはトーマスに殺人を犯させてしまったことがトラウマになり、赤ちゃんと一緒に入水自殺を図りますが、トーマスに助けられます。
  • 危険な場所でトーマスが食料を盗み、ローレの弟が射殺されてしまいます。ローレは食料を盗んだトーマスを責め、トーマスは動くなという言いつけを守らなかった弟を責めます。
  • 二人の間に亀裂が入り始めトーマスは別れを告げますが、彼がいないと汽車に乗れなくなるローレは、あれほど自分を守ってくれたトーマスが何故去るのか理解できず、取り乱してすがりつきます。
  • 身分証を紛失し途中で汽車から降りようとするトーマスを、ローレは引き止めず、トーマスはもはや自分が不要になったことを確信します。
  • 弟がトーマスを引き止める為に身分証を盗んでいた事を明かし、小さな子供でさえしたたかなことを示します。

トーマスへの最初の誘惑が失敗した後に、二人の間に関係ができたとてしても、ドイツの性的合意年齢は「14歳」なので、合意があればレイプにも虐待にもなりません。

二人の間に亀裂が入ったきっかけは、ローレが漁師相手に「性を武器」にしようとした事と、トーマスが食料を「盗んだ」ことですが、窃盗の前科のあるトーマスが生き延びる為に盗みを止めることができなかったように、ローレも生き延びる為に性を武器にすることを止めることができなかったというのが、最後のローレの太ももの痣が意味するものです。バンビを踏み潰すのは、そのような形で少女を卒業せざるを得なかったローレの怒りです。最後にローレがユダヤ人の写真を見入るシーンは、トーマスとの逃避行を通して、ユダヤ人へのローレの偏見がいつの間にか消えていることを表現するものでしょう。

精査してみると、ケイト・ショートランド監督は思った以上にローレをシビアに描いていいることがわかりますが、極限の環境下で幼い妹と弟を必死に守る14歳の少女には、それがリアルなのかもしれません。偏見が消えるほど熱くかかわり合いながらも、生き延びる為に「盗み」や「性を武器」にすることを止めることができなかった二人の哀しい物語なのです。

<ネタバレ終り>

 

サスキア・ローゼンダール

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幼い弟や妹を抱えての逃避行

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厳しい経験を重ねるローレ

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川でつかの間の休息

リーゼル:トーマスが行ってた、北に行けないって。ドイツは分けられて、ソ連やイギリスやフランスの地区があるの。ここはアメリカ。
ローレ:同じドイツよ。
リーゼル:ドイツはもうないって。ソ連もほかの敵もドイツを憎んでるそうよ。男は罰せられるの。トーマスが嫌い?
ローレ:何も知らないくせに。
リーゼル:食事をくれる。
ローレ:赤ん坊連れは食料をもらいやすの。寄生虫だわ。お母さんが嫌がる。
リーゼル:汽車にも乗れるわ。私は好きよ。

 

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関連作品

「さよなら、ルドルフ」の原作本(Amazon)

  レイチェル・シーファー著「暗闇のなかで」

  Rachel Seiffert 'The Dark Room' 

 

ケイト・ショートランド監督作品のDVD(Amazon

  「15歳のダイアリー」(2004年)

 

少女の性を描いた映画のDVD(Amazon

  「マイ・サマー・オブ・ラブ」(2004年)

  「15歳のダイアリー」(2004年)

  「17歳の肖像」(2009年)

  「フィッシュ・タンク~ミア、15歳の物語」(2009年)

  「15歳、アルマの恋愛妄想」(2011年)

  「アデル ブルーは熱い色」(2013年)

  「RAW~少女のめざめ~」(2016年)

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