夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「15歳のダイアリー」:性に目覚め、大人になりかけたアンバランスな少女の厳しい経験を、リリカルに透明感のあるパフォーマンスで描く

「15歳のダイアリー」(原題:Somersault)は2004年公開のオーストラリアのドラマ映画です。ケイト・ショートランド監督、アビー・コーニッシュサム・ワーシントンら出演で、愛を渇望する孤独な少女の心と性の彷徨いと成長を、繊細なタッチで描いたロードムービーです。2004年のオーストラリア映画協会賞で15部門にノミネート、作品、監督、脚本、俳優4賞、編集、撮影、音響、音楽、制作、衣装の13賞を受賞、同賞の最多受賞を記録した作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:ケイト・ショートランド
脚本:ケイト・ショートランド
出演:アビー・コーニッシュ(ハイジ)
   サム・ワーシントン(ジョー)
   リネット・カラン(イレーネ)
   エリック・トムソン(リチャード)
   ナサニエル・ディーン(スチュアート)
   ホリー・アンドリュー(ビアンカ
   リア・パーセル(ダイアン)
   ほか

あらすじ

15歳の少女ハイジ(ケイト・ショートランド)は、母親の恋人とキスしているところを見つかり、家を飛び出します。小さなリゾート地に辿り着いた彼女は、苦労しながらもガソリンスタンドでコンビニ店員の仕事を見つけ、新しい生活を始めます。性的にも成熟しつつあり、孤独を癒すために男たちと自暴自棄な付き合いを始めるハイジの前に、土地の農家の息子で心根の優しいジョー(サム・ワーシントン)という青年が現れます・・・。

レビュー・解説

オーストラリアの冬の湖畔を舞台に、性に目覚め、大人になりかかったアンバランスな少女が、図らずもいきなり危険な宙返りをしてしまうような経験を描いた本作は、ケイト・ショートランド監督のシンボリックでリリカルな演出と、アビー・コーニッシュナチュラルで透明感のあるパフォーマンスで、ファイン・アートのように繊細な芸術性を感じさせる作品に仕上がっています。

 

「さよなら、アドルフ」(2011年)でケイト・ショートランド監督を知りましたが、14歳のナチス高官の娘の凄惨な逃避行を描きながら、女性監督らしい瑞々しい映像表現に強く印象付けられました。さらに、14歳の少女の行動ついて原作にはない部分をシビアに考察、巧みに映画にもぐりこませていることを知り、愕然としました。「15歳のダイアリー」はそんなケイト・ショートランド監督の長編デビュー作で、性に目覚め、大人になりかかったアンバランスな少女を、一方で分析的、実存的に捉えながら、他方でシンボリック、リリカルに表現しており、まさに彼女ならでは作品となっています。

 

主人公のハイジは、複数の少女をモデルにしています。一人は、ショートランド監督が10代の頃、一緒にジーンズ・ショップで働いていたハイジという名の少女で、いつも黒い服を着て、クリエイティブ、反抗的でタフ、黒いジーンズが良く似合い、ショートランド監督はいつかハイジのようになりたいと思っていたそうです。長編デビュー作と聞くと監督の自伝的な内容を想像しますが、ショートランド監督は自分はハイジになれなかったから映画にしたと冗談交じりに語っています。

 

もう一人のモデルは、ショートランド監督が気分障害の子供達の為に働いていた頃に知った、よく行方不明になる、13歳ほどの美しい少女でした。彼女はバスに乗って一人で街に行ってしまい、その度に警察に電話して、彼女を引き取りに行かねばなりませんでした。街に出た彼女はビジネスマンや牛乳配達員、バス停でバスを待っている男の人たちに声をかけ、自分も座り込んで「名前は?」、「私はハイジ」、「どこに行くの?」などと話すのです。「家に帰るところだよ」などと男が答えようものなら、「一緒に行ってもいい?」とついて行き、挙句の果てにひどく傷つけられてしまいます。それ以外にも、彼女は橋やビルのてっぺんに登ったり、混乱した行動をとるのですが、彼女はとても賢く、そうした行動を後悔しないのです。不思議に聞こえますが、彼女は強い自意識を持っており、ショートランド監督は彼女を思い出してはインスパイアされたと語っています。

 

映画のハイジは気分障害としては描かれていませんが、母親の恋人とキスしているところ母親に見つかり、「激怒する母親の顔が他人のようだった」ことにショックを受け、家出して自活しようとします。性への好奇心、人恋しさや仕事を得る為に、次々と男を誘惑しながら、やっと得た職場で親しくなったビアンカと決別した時に、ハイジは怒りでガラス越しにホースで彼女に水をかけます。まるで愛情障害をような、極端な反応です。 不安定なのはハイジだけではありません。ビアンカの弟はアスペルガー症候群で、人の表情を読んだり、人と一緒に冗談を笑うことができません。ハイジに惹かれるジョーは、父親の愛情を十分に受けていないと感じています。ジョーは人が笑っている時に笑えなかったり、ハイジに惹かれながらも感情をうまく表現できず、挙句の果てにゲイの男に言い寄るという混乱を見せます。

 

ショートランド監督は、そうした彼らを瑞々しくリリカル描いています。時期や程度の差こそあれ、こうしたアンバランスさは誰にでもあるもので、だからこそ、この映画が多くの人々の共感を得るのでしょう。しかし、ショートランド監督は、決して弱い部分のみを美化しているのではありません。モデルとなった少女たちがそうだったように、ハイジには強さがあります。彼女は仕事を見つけ、住む家を見つけ、自活しようとします。理想の恋愛像やしっかりした内面世界を持っており、傷つくことがわかっている時の彼女は強く、取り乱したりしません。ジョーも混乱しながらも、ハイジを心配し、何度も彼女の元を訪れます。いわば、弱さと強さ、悪と善といったものが共存する世界を、ショートランド監督は描いています。

 

アビー・コーニッシュ(ハイジ)

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撮影時21歳のアビー・コーニッシュは、スリムで声も若々しく、媚を売るような印象もなく、まさに15歳のハイジにうってつけの女優でした(原案は15歳、法律の関係でオーストラリアでは16歳という設定で公開されていますが、ショートランド監督はこの年代に特徴的な言動を描いているので、13歳でも、17歳でも構わないと語っています)。脱ぎっぷりも見事なアビーは、本作で脚光を浴び、ハリウッドにも進出、国際的なスターとなって、「ブライト・スター いちばん美しい恋の詩」(2009年)、「セブン・サイコパス」(2012年)などに出演しています。

 

サム・ワーシントン(ジョー)

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この頃はまだ無名でしたが、後にピアース・ブロスナンの後任となるジェームズ・ボンド役の最終候補のひとりに挙げらるなど、頭角を現し、大作「アバター」(2009年)の主役を務めています。

 

リネット・カラン(イレーネ)

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住むところのないアビーに間貸するモーテルのオーナーを演じています。数少ない、ハイジの理解者です。

 

エリック・トムソン(リチャード)

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サムのゲイの知人を演じています。ショートランド監督が実際に出会ったゲイの男と、混乱したカップルの逸話をモチーフとして、本作に組み込まれています。

 

ナサニエル・ディーン(スチュアート)

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ジョーの友人。

 

ホリー・アンドリュー(ビアンカ

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ハイジと親しくなる職場の先輩を演じています。

 

リア・パーセル(左、ダイアン)

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ビアンカの母を演じています。写真は、アスペルガー症候群の息子に人の表情を教えているシーンです。

美しく象徴的な映像表現

写真家志望だったというショートランド監督の作品には、美しく象徴的な映像表現が随所に挿入されています。

 

溶ける

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ジョーとハイジが一夜を共にした翌朝、ジョーは車のフロントガラスの氷をお湯で溶かします。ジョーの出現によって、凍てついたハイジの心が溶ける様を象徴しています。

 

赤いゴーグル

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ハイジは拾った赤いゴーグルをかけて冬枯れた景色を楽しみます。厳しい環境でも、ハイジは独自の見方ができることを暗示しています。

 

赤い手袋

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赤い手袋を買ったハイジは、「Miss Mary Mac」を歌いながら、一人で手遊びをします。本来は二人でやる手遊びですが、赤い手袋は決意を象徴しており、母と決別、一人で生きようとする覚悟を象徴しています。

 

枯葉

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遺棄、愛されないことを象徴しています。ジョーから電話が来ていないと知ったハイジは、足元の枯葉を二階から落とし、自分を重ねます。

 

白馬

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白馬は希望を象徴しています。ビアンカと親しくなったハイジは、ビアンカの家で一緒に白馬に乗ります。孤独なハイジが、希望を抱く一瞬です。

 

湖に沈んだ街

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遺棄された人間は二度と浮かび上がれないことを暗示しています。ハイジはビアンカの父親にここに連れて行かれ、住む世界が違うからビアンカとは付き合わないように言われます。撮影地のジンダバイン湖は貯水湖で、湖底には実際に街が沈んでいます。

 

迸り

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ハイジが職を得るために父親を誘惑したと知ったビアンカは、ハイジと決別します。何もしていないと怒ったハイジは、ガソリンスタンドのホースでガラス越しにビアンカに水をかけます。斬新な怒りの表現です。

サウンドトラック

映像同様、美しいサウンドトラックが採用されています(リンク先で試聴できます)。

 Somersault by Decoder Ring(Amazon

  1. Heidi's Theme 2:37
    Cello – Sophie Glasson、Vibraphone – Kim Moyes
  2. Somersault 2:37
    Vocals, Written-By [Co-writer] – Lenka
  3. Rough Sex 3:30
  4. Snowflake 2:59
  5. Carillion 1:56
    Vibraphone – Kim Moyes
  6. Music Box 3:30
    Vocals, Written-By [Co-writer] – Lenka
  7. More Than Scarlet 2:49
  8. The Siesta Inn 1:28
  9. You're Hot 0:55
  10. Higher Higher 2:59
  11. Alpine Way 2:26
  12. Naked Snow 0:44
  13. Electrocution (Hydro Mix) 4:17
  14. Heidi's Theme (Reprise) 2:01
    Cello – Sophie Glasson
  15. Somersault (Score)
    Vocals, Written-By [Co-writer] – Lenka

撮影地(グーグルマップ)

主にキャンベラと、スキーリゾートのあるジンダバインで撮影されています。

 

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関連作品

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