夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「エール!」:健聴の娘に聾啞の両親と弟という酪農一家を舞台にシャンソン、性、恋、家族愛、旅立ちを描くパワルフなフレンチ・コメディ

聾啞の両親、弟に「エール!」(原題:La Famille Bélier、英題:The Bélier Family)は、2004年公開のフランスのコメディ&ドラマ映画です。エリック・ラルティゴー監督、ヴィクトリア・ベドス/スタニスラス・カレ・ド・マルベール /エリック・ラルティゴー脚本、ルアンヌ・エメラらの出演で、歌の才能を持つ少女が、聴覚に障害のある家族に音楽の道へ進みたいという希望を理解してもらおうとする姿を描いています。第40回セザール賞に6部門でノミネートされ、映画初出演のルアンヌ・エメラが最優秀新人女優賞を受賞した作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト 

監督:エリック・ラルティゴー
脚本:ヴィクトリア・ベドス
   スタニスラス・カレ・ド・マルベール
   エリック・ラルティゴー
原案:ヴィクトリア・ベドス
出演:ルアンヌ・エメラ(ポーラ・ベリエ)
   カリン・ヴィアール(ジジ・ベリエ)
   フランソワ・ダミアン(ロドルフ・ベリエ)
   エリック・エルモスニーノ(トマソン
   ルカ・ゲルバーグ(クェンティン・ベリエ)
   ほか

あらすじ

フランスの田舎町で酪農を営むベリエ一家は、16歳の高校生のポーラ(ルアンヌ・エメラ)以外、父のルドルフ(フランソワ・ダミアン)も母のジジ(カリン・ヴィアール)も弟の(ルカ・ゲルバーグ)も、全員耳が聴こえません。 美しく陽気な母、熱血漢な父とおませな弟と、「家族はひとつ」が一家の合い言葉の、オープンで明るく、仲のいい家族です。ポーラは彼らの日常、特に家族の農場経営に関するかけがえのない通訳ですが、ある日、ポーラの歌声を聴いた音楽教師トマソン(エリック・エルモスニーノ)はその才能を見出し、パリの音楽学校のオーディションを受けることを勧めます。夢に胸をふくらませるポーラでしたが、彼女の歌声を聴くことができない家族は、彼女の才能を信じることもできず、大反対です。夢に向って羽ばたいてみたい、だけど家にとって必要不可欠な私がいなくなったら?と悩んだ末に、ポーラは夢を諦める決意をします・・・。

レビュー・解説 

聾啞の両親、弟に健聴の娘という酪農家を舞台にシャンソン、性、恋、家族愛、旅立ちを描くフレンチ・コメディは、フランス期待の新人シンガー、ルアンヌ・エメラとフランスのトップクラスのベテラン俳優の熱演により、パワフルな笑いと感動を呼び起こします。

 

ルアンヌ・エメラが歌うミッシェル・サルドゥのシャンソンフレンチ・ポップス)の美しい旋律とフランス語の詞が魅力的です。多くは70年代のヒット曲と思われますが、シャンソンっていいなと感じさせるものばかりで、さらにルアンヌ・エメラが歌うと全く古臭くなく、新たな息吹を感じます。

 

 

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使用されているミッシェル・サルドゥのオリジナル曲は、

  • 「La Maladie d'amour 」( 恋のやまい)*3
  • 「Je vole」(青春の翼)*4
  • 「Je vais t'aimer」(愛の叫び)*5
  • 「La Java de Broadway」 (ブロードウェイのジャヴァ)*6
  • 「En chantant」( 歌と共に)*7

 

いずれも名曲ですが、一曲だけ、オープニング・クレジットでイギリスのポップ・デュオ、ザ・ティン・ティンズの「ザッツ・ノット・マイネーム」*8が使われている以外、すべてミッシェル・サルドゥの曲で固めているあたり、こだわりを感じます。バラエイティに富んだ選曲で音楽バトルを描くアメリカのコメディ映画「ピッチ・パーフェクト」と対照的で、いかにもフランス映画らしいアプローチと言えるかもしれません。

 

ルアンヌ・エメラ(ポーラ・ベリエ)

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2013年にフランスの音楽オーディション番組「The Voice: la plus belle voix」に出場、人気を集めてプロ歌手デビューしたルアンヌ・エメラを起用できたのは大きな幸運だったのではないかと思います。実は、彼女の起用は当初の予定にはありませんでした。既に制作が決まり、エリック・ラルティゴー監督は80人のオーディションを終えていましたが、絞り込まれた主役候補の演技は申し分ないものの、歌が全くダメで、リップ・シンクにしようか悩んでいました。その時、「The Voice: 〜」でルアンヌ・エメラを見たラルディゴー監督は、急遽、彼女のスクリーン・テストを行いました。演技教育を受けていない彼女は集中力が続かず、3回行ったテストはいずれも最悪の結果でしたが、光る一瞬を感じたラルティゴー監督は、思い切って採用を決めました。撮影は苦労したようですが、下手に演技を作らず、女性としてまだ成長過程(未完成)の、素直で生命力を溢れる16歳の少女の感じがよく出ています。終盤、彼女が全力で走るシーンは感動的でさえあります。彼女は見事、第40回セザール賞最優秀新人女優賞を受賞、また映画公開翌年の2015年には、プロ歌手としてリリースした「Chambre 12」(邦題:夢見るルアンヌ)がフランスのアルバムチャートで一位を獲得、ダイアモンドディスクを受賞しています。彼女の起用は、ラルディゴー監督にとっても、ルアンヌ・エメラにとっても良い効果をもたらしたのではないかと思います。

 

カリン・ヴィアール(ジジ、右)とフランソワ・ダミアン(ロドルフ、左)

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両親を演じるカリン・ヴィアール、フランソワ・ダミアンのパフォーマンスは圧巻です。フランス生まれのカリンは、1986年にデビュー後、50作以上に出演、セザール賞モントリオール国際映画祭等で主演女優賞を数多く受賞しているフランスを代表する女優です。ベルギー生まれのフランソワは、元々コメディアンですが、話題作に数多く出演、本作ではセザール賞最優秀主演男優賞にノミネートされています。カリンはお喋りで外交的で常にハイ、子供をとても可愛がって家庭を切り盛りする母親を、フランソワはぶっきら棒で内向的で控え目な父親を演じていますが、その対比もお互いを補い合っているようであり、面白いです。二人とも健聴者ですが、彼らが演じると実際の聾啞者以上にらしく見えます。コメディなので誇張されていますが、さすが大俳優、いつものことながら、役者の凄さを感じます。冴えない音楽教師を演じたエリック・エルモスニーノもセザール賞最優秀主演男優賞の受賞歴の大物俳優です。映画初出演のルアンヌ・エメラを彼らがしっかりと支えているのは間違いないでしょう。弟役のルカ・ゲルバーグもいい味を出しています。

 

エリック・エルモスニーノ(トマソン

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ルカ・ゲルバーグ(クェンティン)

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完璧な手話を実現する為、カリンとフランソワは6ヶ月間、手話を学んだそうですが、完璧な手話を実現しながらコメディのリズムを維持するのが意外に難しいという、見えない苦労もあったようです。若いルアンヌ・エメラは4ヶ月間、学びましたが、フランス語と手話では主語、述語など言葉の順番が異なるので、しゃべりながら手話をする彼女の演技の難易度は高かったようです。

 

ルアンヌ・エメラが歌うの美しいシャンソンと、聾啞の両親のパワフルなコメディで十分に楽しめますが、

  • 娘が素晴らしい歌声を持っているのに、それを聞くことができない両親
  • 家族の為の通訳をやめて歌という健聴者の世界へ飛び込む娘への母の反感

を押さえておくと、ラストシーンの意味が倍増します。特に後者は、娘が物理的に離れるだけではなく、聾啞の世界から健聴者の世界に離れるという意味が重なっています。

 

聾啞者が独自の閉鎖的なコミュニティを築くことは、「ザ・トライブ」を監督したミロスラヴ・スラボシュピツキーも指摘していますが、エリック・ラルティゴー監督は、この映画の前提に関して次のように語っています。

私たちは、違いをカテゴリー分けして安心する傾向があります。でも、自分たちと違うコミュニティに少しばかり近づくと、彼らも自分たちと同じだということに気がつきます。彼らも私達と同じ心配事や、恐れ、喜びを持っています。ニュージーランドには、英語と手話という二つの言語がありますが、同じ国に住んでいるにも関わらず、この二つの世界、二つのコミュニティーは決して交わるようには見えません、交わるにしても極めて稀でしょう。二つのコミュニティに架け橋や何らかの結びつきを作りたいという意向がありました。

わたしにはちょっとした経験があります。いとこの一人が聾啞なんです。子供の頃、私たちは一緒に過ごし、彼女が他の人に自分を伝えることができないのを見ました。30年か、40年前のことですが、彼女は補聴器を持っていました。それほど精巧ではなく、快適でもなく、面倒だったので、彼女はそれをいつもはずしていました。でも、子供同士、私たちはなんとか意思疎通し、一緒に遊び、一緒に楽しみました。喧嘩もなんでもしました。子供頃には自然だったこのコミュニケーションを、私たちは大人になるにつれてどこかに押しやってしまいます。こうした繋がりや結びつきを失うことは悲しいことです。

ポーラは、社会と家族の架け橋でもあるのです。彼女なしではコミュニケーションが成立しません。弟も聾啞なので、両親は彼女の通訳に頼るしかないのです。彼女は銀行に電話したり、なんだりしなければなりません。彼女はティーンエイジャーでありながら、大人の役割もしなければならないのです。

 

こうしたことを踏まえると、父親の選挙運動が頓挫したのは何故か、娘がパリの音楽学校に行くことに両親が落胆するのは何故か、母親が娘につらく当たるようになるのは何故かが、わかります。

 

聾啞者を題材にコメディを演じるという、ある意味、ハラハラする部分もありますが、フランスで行われた聾啞者向けの上映会では、特別扱いせずに健聴者と同じように描いたことを98%の人が歓迎、健聴者が聾啞者を演じたことを残念と感じた人が残りの2%だったそうです。自らの経験を踏まえて丁寧に描いたエリック・ラルティゴーの想いに応えるかのような高い受容率ですが、残りの2%の人にも満足してもらうにはミロスラヴ・スラボシュピツキー監督やファラリー兄弟のように、実際の聾啞者や障害者をキャスティングする以外にないのかもしれません。

撮影地(グーグルマップ)

 

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関連作品

ルアンヌ・エメラのデビュー・アルバムAmazon

「夢見るルアンヌ」(2015年)

 

エリック・ラルティゴー監督作品のDVD(Amazon

  「ビッグ・ピクチャー 顔のない逃亡者」(2011年)

 

カリン・ヴィアール出演作品のDVD(Amazon

  「ダニエルばあちゃん」 (1990年)・・・輸入版、日本語なし

  「デリカテッセン」 (1991年)

  「憎しみ」(1995年)

  「斧」 (2005年)・・・輸入盤、リージョン2、日本語なし

  「しあわせの雨傘」(2010年)

  「パリ警視庁:未成年保護部隊」 (2011年)

 

聾唖を描いた映画のDVD(Amazon

  「奇跡の人」(1962年)

  「愛は静けさの中に」(1986年)

  「ビヨンド・サイレンス」(1996年)

  「ギター弾きの恋」(1999年)

  「リード・マイ・リップス」(2001年)

  「Dear フランキー」(2004年)

     「バベル」(2006年)

「ザ・トライブ」(2014年)

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エール! (字幕版)

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  • エリック・ラルティゴ
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La Maladie D'amour - ミシェル・サルドゥーiTunes

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Je Vole - ミシェル・サルドゥーiTunes

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Je Vais T'aimer - ミシェル・サルドゥーiTunes

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La java de broadway - ミシェル・サルドゥーiTunes

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En Chantant - ミシェル・サルドゥーiTunes

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