夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「英雄の証明」:現代劇と古代劇、シェークスピアの舞台劇と映画が渾然一体に融合、特殊部隊による戦闘と迫力あるセリフの応酬が際立つ

「英雄の証明」(原題: Coriolanus)は、2011年公開のイギリスのドラマ映画です。シェイクスピアの悲劇「コリオレイナス」を現代の舞台に置き換え、レイフ・ファインズ主演、初監督、ジェラルド・バトラーらの出演で、政争によりローマを追放されたローマの将軍コリオレイナスの悲劇を描いています。

 

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目次

スタッフ・キャスト 

監督:レイフ・ファインズ
脚本:ジョン・ローガン
原作:ウィリアム・シェイクスピアコリオレイナス
出演:レイフ・ファインズコリオレイナス
   ジェラルド・バトラー(タラス・オーフィディアス)
   ヴァネッサ・レッドグレイヴ(ヴォラムニア)
   ブライアン・コックス(メニーニアス)
   ジェシカ・チャステイン(ヴァージリア)
   ジョン・カニ(コミニアス)
   ジェームズ・ネスビット(シシニアス)
   ポール・ジェッソン(ブルータス)
   ルブナ・アザバル(タモーラ
   アシュラフ・バルフム(カシアス)
   ほか

あらすじ

小国のリーダー、オーフィディアス(ジェラルド・バトラー)はローマ侵略を狙い、幾度となく戦いを繰り返しますが、ローマの将軍コリオレイナスレイフ・ファインズ)を打ち負かせずにいました。コリオレイナスは数々の武勲により着実に権力をつけていきますが、彼の独裁性に危機を感じた政治家の策略により、国民の支持を失って行きます。コリオレイナスの味方は、政治的野心溢れる母ヴォルムニア(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)、彼の無事を祈る美しい妻ヴァージリア(ジェシカ・チャステイン)、政治家の師と仰ぐメニーニアス(ブライアン・コックス)しかいなくなり、ついに国を追放されます。ローマに絶望したコリオレイナスは、1人で宿敵オーフィディアスのもとを訪れます・・・。

レビュー・解説

古代ローマ時代の血のたぎるような争いを現代に再現、現代劇と古代劇、シェークスピアの舞台劇と映画が渾然一体となり、迫力あるセリフの応酬や特殊部隊による戦闘シーンなどをスクリーン上に結集させた、舞台と映画の名俳優レイフ・ファインズの底力を見せつける作品です。

 

古代ローマ現代社会ほど複雑ではなく、闘いはシンプルで血がたぎるように熱いものだったに違いありません。ロシアとチェチェンを彷彿させる現代に置き換えられた大国と小国の争いは、あたかも壮大な大道具を背景にしているようであり、繰り広げられる闘いには一種の小気味良さが感じられます。親子の関係もスリリングです。コリオレイナスの母ヴォラムニアは、代々国を治めて来た指導者一家の女家長で、愛する息子にその義務を果たさせようとします。息子のコリオレイナスも、自分が国そのものであるがごとく考えていますが、頑な性格が災いし、母親にたしなめられます。シェークスピア流の壮大なセリフの応酬で、感情がぶつかり合う様は圧巻です。新たな執政官としてコリオレイナスを押す貴族院の議員と、国民を煽動してそれを阻止しようとする民主主義派の対立も描かれています。国を守る使命感に燃えるコリオレイナスが、煽動に流される民衆を罵倒するシーンは、時に衆愚に陥りかねない民主主義を痛烈に皮肉っているようで小気味良いです。

戦争、そして政治の裏側にあるたくさんの駆け引きやうそは、現代にそのまま通じる。観客は、この物語が17世紀に書かれたものであることに、改めて驚くはずだ。

これはシェイクスピアの中でも僕のお気に入りの一作だが、それはこのキャラクターやストーリーが、様々な可能性を秘めているからでもある。以前舞台で演じたときは、怒れる暴君としての彼の一面に焦点を絞ったけれど、映画というメディアを使えば他の観点からもっと多角的なこの人物を表現できるのではないかと思った。それにこのストーリーは現代にも通じる要素ばかりだ。いつの時代にも戦争や政治的な衝突はある。僕自身、成長の過程で民主主義に対する疑問を抱いて来たし、権力を持つ人、欲する人の心理について考えて来た。さらにここには普遍的な母と子のドラマもある。だからとてもダイナミックな戯曲で、そういう点に心を引かれたんだ。(レイフ・ファインイズ監督)

 

舞台と映画は、似ているようで異なります。最も大きな違いは、舞台にはカメラワークも構図もないことです。舞台では観客の目線そのものがカメラワークであり、構図を決めるのは観客自身です。広い舞台に立つ俳優は、全身で感情を表現し、注目を集めなければなりません。また、言葉でより強く感情を表現する必要がある為、シェークスピア劇のように壮大で芸術的なセリフが展開されます。舞台の迫力はこうして生まれるわけですが、同じ演技を映画でやると、演技過剰になってしまいます。レイフ・ファインズはこれを逆手に利用、現代劇と古代劇が渾然とする中で、シェークスピアの舞台劇の迫力を強烈に浮かび上がらせています。

 

舞台と映画の両方を良く知るレイフ・ファインズは、イギリスの俳優で、王立演劇学校でキャリアをスタート、1988年にロイヤル・シェイクスピア・カンパニーに参加、1995年にブロードウェイで「ハムレット」に主演し、トニー賞を受賞しています。映画俳優としてのキャリアも確立した現在も、古典的文芸作品から近代作家の作品まで幅広く舞台に出演しています。映画初出演は1992年の「嵐が丘」で、翌年、「シンドラーのリスト」でアカデミー助演男優賞にノミネート、1996年には「イングリッシュ・ペイシェント」でアカデミー主演男優賞にノミネート、その後も『ナイロビの蜂」、「ハリー・ポッター」シリーズ、「グランド・ブダペスト・ホテル」など、評価の高い作品に出演、第一線で活躍を続けています。

 

コリオレイナスの母ヴォラムニアを演じるヴァネッサ・レッドグレイヴもイギリス出身の女優で、1958年に舞台デビュー、2003年にユージン・オニールの「夜への長い航路」でトニー賞を受賞する一方、「ジュリア」でアカデミー助演女優賞を受賞するなど、現在でも映画・舞台の双方で活躍する大女優です。セリフを口にした瞬間、あたかも彼女が主役であるかのように惹き付ける存在感は他に類を見ないものであり、ライフ・ファインズとのセリフの応酬は、セルビアの対テロリスト特殊部隊SAJの隊員たちが演じたという戦闘シーンと並んで、本作の大きな見どころになっています。

 

コリオレイナスの宿敵オーフィディアスを演じるジェラルド・バトラーコリオレイナスの妻ヴァージリアを演じるジェシカ・チャステインは、映画中心に活躍する俳優ですが、いずれも舞台経験を有する俳優です。ブライアン・コックス(メニーニアス)、ジョン・カニ(コミニアス)、ジェームズ・ネスビット(シシニアス)、ポール・ジェッソン(ブルータス)らは、いずれも舞台、映画の双方で活躍する俳優で、この映画の密度を非情に高いものにしています。

 

ひとつだけ残念なのは、邦題の「英雄の証明」です。日本ではシェイクスピアの「コリオレイナス」の知名度が低いことから、劇中で何度も争点となる「闘いの傷を民衆に見せること」を「英雄の証明」と解釈してこのような邦題になったと推察されます。しかしながら、この邦題は英雄である事を証明する為にオーフィディアス側に寝返ったとの誤解を与えかねず、ミスリーディングです。この映画はヒロイズムを描いたものではなく、闘いと政治を背景に、コリオレイナスの頑な人間像と、宿敵オーフィディアスとの関係、母や家族との関係を描いたもので、邦題もシンプルに「コリオレイナス」で良かったのではないかと思います。知名度が低いことが懸念されるのであるならば、「〜現代に蘇るシェークスピアの悲劇〜」とでも副題をつければ良いでしょう。

 

余談になりますが、ひいきの俳優にはどうしても舞台経験者が多くなります。これは、舞台経験者だからひいきにしているのではなく、ずば抜けた演技力、表現力を見せる俳優には、舞台経験者が圧倒的に多いということです。日本では演劇は限られた人の楽しみという観がありますが、表現力や、コミュニケーション力が重要視される昨今、演劇が今、一度、見直されてもいいような気がします。ヨーロッパやアメリカでは、小学校から演劇的なゲーム(シアターゲーム)や、感情を開放するレッスンを受けたり、また、人と関わる職業の人が演劇を学ぶ事が少なくないそうです。

 

レイフ・ファインズコリオレイナス

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主役に加えて監督も務めた本作で、レイフ・ファインズは現代劇とシェークスピアの古代劇、舞台劇と映画が渾然と一体となった、独特の魅力を放つ作品を作り上げるとともに、彼の役者としての底力を見せつける。

 

ジェラルド・バトラー(タラス・オーフィディアス)

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コリオレイナスとオーフィディアスは、敵として憎み合いながらも、惹かれ合う間柄。ジェラルド・バトラーは、映画俳優になる前に舞台で「コリオレイナス」を演じたおり、それが決め手となって起用された。チェ・ゲバラなどを参考にしたというカリスマ的な風貌が、オーフィディアス役にベストマッチしている。

 

ヴァネッサ・レッドグレイヴ(ヴォラムニア)

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ヴァネッサ・レッドグレイヴは舞台と映画の両方で活躍する大女優。コリオレイナスの母を演じて、レイフ・ファインズと見事なセリフの応酬を繰り広げる。主役を食うくらいの勢いが凄まじい。「ジュリエットからの手紙」(2010年)では優しいお婆さんを演じていたが、このメリハリの効いた演じ分けはさすが大女優。

 

ブライアン・コックス(メニーニアス) 

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メニーニアスは貴族院の議員で、コリオレイナスの良き理解者。ブライアン・コックスもイギリスのベテラン俳優だ。

 

ジェシカ・チャステイン(ヴァージリア) 

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ヴァージリアを演ずるジェシカ・チャステインは、ちょうど頭角を現し始めた時期であり、この年(2011年)公開の映画6本に出演している。キャスリン・ビグロー監督は、この作品の未編集フィルムを見て、ジェシカジャステインを「ゼロ・ダーク・サーティ」に起用することを決めた。

 

ジョン・カニ(コミニアス)

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コミニアス将軍は、コリオレイナスの良き理解者。

 

ジェームズ・ネスビット(シシニアス、右)とポール・ジェッソン(ブルータス、左)

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シシニアスとブルータスは、民主主義派の護民官。民衆を煽動し、コリオレイナスの執政官就任を阻止、彼をローマから追放する。ジェームズ・ネスビットとポール・ジェッソンともに、舞台と映画の両方をこなす俳優だ。

 

セルビアの対テロリスト特殊部隊SAJが出演する本格的な戦闘シーン

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ハート・ロッカー」のバリー・アクロイドが撮影監督を務めており、手持ちカメラの荒々しい臨場感が凄まじい。ジェラルド・バトラーは、この映画を「シェイクスピアハート・ロッカー」と称している。

撮影地(YouTube

議会のシーンが撮影されたセルビアの国会議事堂

 

 

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