夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「しあわせな人生の選択」:良質の脚本と演技、悲しさとおかしさの均衡、忍耐強く演出された末期がんの男と旧友の慎ましやかな友情の物語

「しあわせな人生の選択」(原題:Truman)は、2015年公開のスペイン・アルゼンチン合作のコメディ&ドラマ映画です。セスク・ゲイ監督・脚本、リカルド・ダリン、ハビエル・カマラら出演で、末期がんに侵され余命短いスペイン男性をカナダの旧友が訪ね、男性の愛犬の里親探しなど彼の終活に付き合う4日間を、悲しみと可笑しさを交えて描いています。第30回ゴヤ賞(スペイン)で、作品、監督、脚本、主演男優(リカルド・ダリン)、助演男優(ハビエル・カマラ)の5賞を受賞した作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:セスク・ゲイ
脚本:セスク・ゲイ/トマス・アラガイ
出演:リカルド・ダリン(フリアン、末期がんの舞台俳優、離婚し愛犬と暮らす)
   ハビエル・カマラ(トマス、フリアンの旧友、カナダから会いに来る)
   トロイロ(トルーマン、フリアンの愛犬)
   ドローレス・フォンシ(パウラ、フリアンのいとこ)
   エドゥアルド・フェルナンデス(ルイス)
   アレックス・ブレンデミュール(獣医)
   ペドロ・カサブランク(医師)
   ホセ・ルイス・ゴメス・ガルシア(プロデューサー)
   ハビエル・グティエレス(葬儀屋)
   エルビラ・ミンゲス(グロリア)
   ウリオール・プラ(フリアンの息子ニコ)
   ナタリー・ポサ(女性2)
   アガタ・ロカ(女性1)
   スシ・サンチェス(里親候補の女性)
   フランセスク・オレーリャ(レストランの俳優)
   アナ・グラシア(レストランの女優)
   シルビア・アバスカル(モニカ)
   ほか

あらすじ

  • スペインで俳優として舞台に立つフリアン(リカルド・ダリン)は、離婚以来独り身で、愛犬のトルーマンと暮らしています。末期癌に侵された彼は余命いくばくもなく、化学療法による治療を拒否しています。フリアンのいとこパウラ(ドロレス・フォンシ)からフリアンの具合が良くないと聞かさたカナダ在住の旧友トマス(ハビエル・カマラ)は、そんなフリアンを突然、訪れます。
  • すでに治療を止め、身辺整理を始めていたフリアンは説得されることを嫌がり、トマスを追い返そうとします。トマスはそんな彼を意に介さず、四日間滞在すると宣言し、フリアンも渋々了承します。まもなく遠慮のない昔の関係に戻った二人は、フリアンの葬儀の準備の為に葬儀屋を訪れ、愛犬トルーマンの面倒を見くれる里親を探し、アムステルダムに住むフリアンの大学生の息子を訪れ、誕生日を祝います・・・。

レビュー・解説

良質の脚本と良質の演技、悲しさとおかしさの均衡、慎ましやかに抑制され、忍耐強く演出された本作は、末期がんで余命いくばくもない男性と遠く離れて暮らす旧友の、時の隔たりにも色褪せることのない暖かな友情を描いた佳作です。

 

地理的な隔たり、長い時間の隔たりにも色褪せることのない、暖かな友情

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我々はいつか死ぬであろうことを忘れて生きていますが、もし自分が末期がんで余命いくばくもないことを知ったら、誰とどう過ごすでしょうか?これまでにそうした問題に直面した人は少なからずいるでしょうし、確固とした決意を持って残された時間を過ごされた方もおられるかと思います。以前、末期がんになった女性社長さんと知り合う機会がありました。入院を一ヶ月先延ばしし、自らの亡き後の会社のあり方を整理するほどしっかりした方でしたが、すべて心の整理がついているかと言うと必ずしもそうではなく、「死ぬのが怖い、みんなとバカ話をして死ぬことを忘れていたい」と、よくおっしゃっていました。確固とした決意を持って残された時間を過ごす人も、実は必ずしも心穏やかではないのかもしれません。

 

本作は、末期がんの化学療法を拒否したものの内心穏やかではない男と、遠路はるばる見舞いに訪れた旧友がともに過ごす4日間を描いたバディ・ムービーで、死との戦いとではなく死を受け入れた後の二人の友情を描いた作品です。

この映画は死と戦う映画ではなく、むしろ死を受け入れた後に起きることを描いた作品です。多くの映画は死との戦いを描きます。医者に行き、最後には助かります。でもこの脚本では、もっと真剣に取り組みました。フリアン(リカルド・ダリン)が治療を中止したことを知ったトマス(はピエル・カマラ)は、飛行機に乗り彼のもとへと向かいます。フリアンはまさに人生のリングに敗北のタオルを投げ入れようとしていました・・・。(セスク・ゲイ監督)
https://www.cineuropa.org/en/interview/299107/

 

余命幾ばくもない金持ちと貧しい老人二人を描いたバディ・ムービーに、「最高の人生の過ごし方」(2007年)があります。この作品はジャック・ニコルソンモーガン・フリーマンを迎え、二人が死ぬまでにやりたいことをインド、エジプト、フランスの海外ロケなどそれなりの予算をかけて豪華に描いたものです。一方、本作は一部をアムステルダムとカナダで撮影していますが、ほとんどがスペインを舞台にしており、予算も「最高の人生の過ごし方」の十分の一ほどです。本作ではあくまでの末期がんの男と遠路はるばる会いに来てくれた旧友との関係に焦点を当て、二人の現実的な関係を悲しさとおかしさを交えながら深く掘り下げています。なお、バディ・ムービーではありませんが、周囲の人間との関係を悲しさとおかしさを交えながら描いている点では、偏屈親父が家族や友人の愛に囲まれながらを過ごす最期のひと時を描いた「みなさん、さようなら」(2003年)と共通する味わいがあります。

 

演じる俳優も素晴らしいです。「NINE QUEENS 華麗なる詐欺師たち」(2002年)、「瞳の奥の秘密」(2009年)、「Elefante blanco」(2012年)、「人生スイッチ」(2014年)などの秀作で素晴らしい演技を見せ、アルゼンチンのアカデミー賞の常連でもあるリカルド・ダリンは、本作では末期がんに侵された老け役をものの見事に演じています。「人生スイッチ」では怒りに震える役でしたが、本作では別人のように気弱な病人を演じてみせており、演技の幅の広さに感心します。旧友を演ずるのハピエル・カマラは、それと気づかなかったのですが、「トーク・トゥ・ハー」(2002年)の看護師、「あなたになら言える秘密のこと」(2005年)の採掘所のコックなど、秀作で重要な役を演じており、これまでにスペインのアカデミー賞に相当するゴヤ賞に7度もノミネートされ、二度受賞している経験豊富な俳優です。撮影の合間は冗談を飛ばし合い、笑い転げていたという二人ですが、息のあった本番の掛け合いが絶妙です。死と向き合いながら本作が暗くならないのは、ジョークで人を笑わせずにはいられないというハピエル・カマラの人となりも影響しているのかもしれません。

 

老若男女を問わずに楽しめる本作ですが、強いて言えば、やや男性向けかもしれません。

ハピエル・カマラの役が「妻がここに来るように無理強いしたんだ。俺は来たくなかったんだ。」と最初に言いますが、これは彼の本心です。こうした感傷的な出来事を、男性が直視するのは難しいのです。

「しあわせな人生の選択」のメイン・キャラクターに女性を起用していれば、もっと感情表現が豊かで、相互作用的で、ウェットな作品になったと思います。でも、そんな話を私は書けたかどうかはわかりません、というのは、これは男性の物語だからです。この男性的な物語を、抑制された慎ましやかなトーンで描こうと、私は心に決めていたのです。(セスク・ゲイ監督)
https://variety.com/2015/film/global/cesc-gay-truman-marrakech-ricardo-darin-javier-camara-filmax-impossible-films-1201655282/
https://www.cineuropa.org/en/interview/299107/

 

本作の原題は「Truman」で、末期がんの男が飼う老犬の名前です。末期がんの男の別人格になっており、老犬の行末が象徴的です。妻と離婚している末期がんの男が気にかけるのは、自分の死に備えて老犬に里親を見つけることと自分の葬儀くらいで、積極的に誰かに会おうとはあまり考えていません。誰かと会っても自分の運命が変わるわけではないので、その気持もなんとなくわかるような気がします。それでも旧友が会いに来てくれると嬉しい、その気持もよくわかります。そんなリアルで微妙な気持ち、旧友との再会でほぐれていく二人の気持ちが本作、最大の魅力です。もし自分が末期がんになったらどうなのか、予想するのは難しいのですが、旧友が会いに来てくれたらとても嬉しいであろうことは間違いないと思います。そういう意味では、本作は誰にでも起こりうる物語かもしれません。

 

リカルド・ダリン(フリアン、末期がんの舞台俳優、離婚し愛犬と暮らしている)

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リカルド・ダリン(1957年)は、アルゼンチンの俳優、脚本家、映画監督。アルゼンチンの映画化に最も貢献している俳優の一人とされており、映画のみならず、テレビドラマに数多く出演している。「NINE QUEENS 華麗なる詐欺師たち」(2002年)、「XXY~性の意思~」(2007年)、「瞳の奥の秘密」(2009年)、「ハゲ鷹と女医」(2010年)、「Elefante blanco」(2012年)、「人生スイッチ」(2014年)などに出演、アルゼンチンのアカデミー賞の常連となっている。また、「瞳の奥の秘密」は、アメリカの第82回アカデミー賞外国語映画賞を受賞している。

 

ハビエル・カマラ(トマス、フリアンの旧友、カナダからフリアンに会いに来る)

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ハビエル・カマラ(1967年〜)は、スペインの俳優・映画監督。演劇学校卒業後、舞台経験を積む。1993年に映画デビュー、「トーク・トゥ・ハー」(2002年)、「バッド・エデュケーション」(2004年)、「パリ、ジュテーム」(2006年)などに出演している。

 

トロイロ(トルーマン、フリアンの愛犬)

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フリアンの別人格となるフリアンの愛犬で足が悪く、ルリアン同様、よぼよぼ。残念なことに撮影終了後、3ヶ月で亡くなった。

 

ドローレス・フォンシ(パウラ、フリアンのいとこ)

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ドローレス・フォンシ(1978〜)は、アルゼンチンのテレビ、舞台、映画俳優。「El Aura」(2005年)などに出演している。2001年より、メキシコ人俳優ガエル・ガルシア・ベルナルと交際、2009年に男児、2011年に女児を設けたが、2014年に破局している。

関連作品

セスク・ゲイ監督作品のDVD(Amazon

  「Nico and Dani」(2000年)・・・輸入盤、日本語なし

 

リカルド・ダリン出演作品のDVD(Amazon

  「NINE QUEENS 華麗なる詐欺師たち」(2002年)

  「XXY~性の意思~」(2007年)・・・輸入版、日本語なし

  「瞳の奥の秘密」(2009年)

  「ハゲ鷹と女医」(2010年)

  「Elefante blanco」(2012年)輸入盤、日本語なし

  「人生スイッチ」(2014年)

 

老いや老人を描いた映画

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おすすめスペイン映画のDVD(Amazon)・・・2001年以降、合作を含む

  「デビルズ・バックボーン」(2001年)

  「トーク・トゥ・ハー」(2002年)

  「海を飛ぶ夢」(2004年)

  「バッド・エデュケーション」(2004年) 

  「パンズ・ラビリンス」(2006年)

  「ボルベール〈帰郷〉」(2006年) 

  「永遠のこどもたち」(2007年)

  「それでも恋するバルセロナ」(2008年)

  「抱擁のかけら」(2009年)

  「私が、生きる肌」(2011年)

     「フラメンコ・フラメンコ」(2012年)

  「ブランカ二エベス」(2012年)

  「インポッシブル」(2012年)

  「マジカル・ガール」(2014年)  

  「ヤシの木に降る雪」(2015)輸入盤、日本語なし

ジュリエッタ」(2016年)

  「悲しみに、こんにちは」(2017年)

  「シークレット・ヴォイス」(2018年)

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