夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「瞳の奥の秘密」:軍事政権下のアルゼンチンで殺人犯を追った主人公と女性上司、被害者の夫の25年を過去と現在を交錯させて描く

瞳の奥の秘密」(西題: El secreto de sus ojos、英題:The Secret in Their Eyes)は、2009年公開のアルゼンチンのサスペンス&ドラマ映画です。フアン・ホセ・カンパネラ監督、エドゥアルド・サチェリ/フアン・ホセ・カンパネラ共同脚本、リカルド・ダリン、ソレダ・ビジャミルらの出演で、小説を書こうと25年前に起きた殺人事件の顛末をなぞる男の姿に、かつての上司への密かな愛を重ねて描いています。第82回アカデミー賞外国語映画賞を受賞した作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト 

監督:フアン・ホセ・カンパネラ
脚本:エドゥアルド・サチェリ/フアン・ホセ・カンパネラ
原作:エドゥアルド・サチェリ「El secreto de sus ojos」
出演:リカルド・ダリン(ベンハミン・エスポシト)
   ソレダ・ビジャミル(イレーネ・メネンデス・ヘイスティングス
   パブロ・ラゴ(リカルド・モラレス)
   ハビエル・ゴディーノ(イシドロ・ゴメス)
   カルラ・ケベド(リリアナ・コロト)
   ギレルモ・フランチェラ(パブロ・サンドバル
   ほか

あらすじ

ブエノスアイレスの連邦刑事裁判所を定年退職したベンハミン・エスポシト(リカルド・ダリン)は、仕事も家族もない孤独な時間を過ごしていました。残りの人生で、25年前の殺人事件を題材に小説を書こうと決意し、久しぶりに当時の職場を訪ねます。出迎えたのは、彼の元上司イレーネ・ヘイスティングス(ソレダ・ビジャミル)。相変わらずに美しく聡明な彼女は、今や検事に昇格し、2人の子供の母親となっています。彼が題材にした事件は1974年にブエノスアイレスで起きたもので、幸せな新婚生活を送っていた銀行員リカルド・モラレス(パブロ・ラゴ)の妻で23歳の女性教師が、自宅で暴行を受けて殺害された事件でした。現場に到着したベンハミンはその無残な遺体に衝撃を受けましたが、やがて捜査線上に1人の男が容疑者として浮上しました。その男はリリアナの幼なじみで、古い写真に写った、彼女を見つめる彼の瞳には暗い情熱が宿っていました。ベンハミンは部下で友人のパブロ・サンドバル(ギレルモ・フランチェラ)と共に、その男の居場所を捜索しますが、判事の指示を無視して強引な捜査を行ったことで、事件は未解決のまま葬られることとなってしまいました。その1年後、ベンハミンは駅で偶然、モラレスと再会しました。彼は毎日、曜日ごとに駅を変えて容疑者が現れるのを待っていました。彼の深い愛情に心を揺さぶられたベンハミンは「彼の瞳を見るべきだ。あれこそ真の愛だ。」と、イレーネに捜査の再開を嘆願しました。ベンハミンとパブロはようやく容疑者逮捕の糸口を掴み、事件の真相に辿り着きましたが・・・。

レビュー・解説 

単なる犯人探しのミステリー&サスペンスというよりは、アルゼンチンの軍事政権時代に起きた殺人事件の犯人を追った主人公とその女性上司、そして被害者の夫の25年の歳月を超えるヒューマン・ドラマに仕上がっており、過去と現在を交錯させて描く巧みな演出と映像、演技により非常に見応えがある作品です。

 

ラテン系の人々は情が濃いという印象がありますが、25年を超える愛憎が縦糸となるこの映画はアルゼンチンの週末興行収入ランキングで11週連トップとなり、また、アルゼンチンアカデミー賞では17部門でノミネート、13部門を受賞するなど、そうしたラテンの国のお国柄を反映しているように思われます。映像も黒が締まった濃い目のトーンで、中盤では視点がダイナミックに変化する長回しにより、サーカー・スタジアムを舞台に緊迫感のある追跡シーンを見せてくれます。
 

この映画は原作を少し変更していますが、この点についてフアン・ホセ・カンパネラ監督は、次のように語っています。

実は、原作では女優ソレダー・ビジャミルが演じたイレーヌ役は、70年代に起きたこの衝撃的な事件の裁判にはかかわっていないんだ。だが映画では、主役ベンハミンとイレーヌの関係が重要な形で描かれている。それに、原作ではベンハミンがイレーヌへの思いを心に秘めているだけなんだ。ただ僕は、もしこの過去に起きた残虐な事件が、彼ら二人の愛の出発点なるとしたら、現在の彼らの状況と交錯させながらストーリーが伝えられると思ったんだ。そこで、この発想を原作者のエドゥアルドに話したら、快く引き受けてくれて、容を変更することになったんだ。

 

俳優も濃いです。主演のリカルド・ダリン、ソレダ・ビジャミルは円熟のパフォーマンスで、さらに20年以上生やしていた口ひげをこの映画の為に落としたという喜劇役者のパブロ・ラゴもいい味を添えています。パブロ・ラゴもハビエル・ゴディーノもいかにもラテン系らしい濃い顔立ちと演技、カルラ・ケベドはなかなか美しい女優です(被害者役なので回想シーンしかないのがちょっと残念)。

リカルドは原作を読んだ時点で彼に決めていたし、彼とはこれまで3作共に仕事をしているから完璧だと思ったんだ。ソレダーも、別の映画で仕事をしてきたから、やり易いと思ってキャスティングしたんだよ。(フアン・ホセ・カンパネラ監督)

 

発端となる殺人事件はアルゼンチンの軍事政権の時代に起きたもので、劇中、Aの文字が打てないタイプライターで軍事政権の恐怖政治をさりげなく風刺するというしゃれた作りになっています。軍事政権を直接のテーマにした映画ではありませんが、簡単に触れると、1976年に軍事評議会がクーデターを起こし、ビデラ将軍による軍事政権が樹立されました。ビデラ政権は「汚い戦争」を対ゲリラ戦略として採用、反体制派を非合法的な手段で弾圧しました。「行方不明」者は9,000人から30,000人に上ると言われています。1978年にアルゼンチンで開催されたワールドカップでアルゼンチン・チームが初優勝、強豪として存在感を示しますが、同時に外国人観光客によって軍事政権の人権侵害が国際社会の明るみに出ました。軍事政権が民衆の支持を得る目的で行ったフォークランド戦争が敗北に終わり、1983年にアルゼンチンは民政に移管しました。

 

ちなみに、ハリウッドによるリイマジネーション版(基本設定だけを残した新たな作品)が今年の6月に日本でも公開されますが、、プロットがだいぶ変わっているようです。アルゼンチン版がやや暖かみのあるヒューマン・ドラマ寄りなのに対して、ハリウッド版は時間軸を短縮した上、よりシビアな方向に振れているようです。アメリカでの評価はアルゼンチン版の方が高い様ですが、この2作品を見比べてみても面白いのではないかと思います。

 

リカルド・ダリン(ベンハミン・エスポシト) 

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レダ・ビジャミル(イレーネ・メネンデス・ヘイスティングス) 

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ギレルモ・フランチェラ(パブロ・サンドバル

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パブロ・ラゴ(リカルド・モラレス)

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ハビエル・ゴディーノ(イシドロ・ゴメス)

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カルラ・ケベド(リリアナ・コロト)

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長回しによるフットボール・スタジアムの容疑者追跡シーン

スタジアムでの撮影自体はわずか3日だったけれど、その撮影をセットアップする過程は約9か月も掛かったんだ。すべてがスムースのいくように、50人のスタッフが携わっていたんだ。実は、このシーンも原作にはないんだが、これを映画内に加えたことで、観客自身がまるで犯人を追跡しているような感覚になり、それがキャラクターへの感情移入にもつながるんだ。(フアン・ホセ・カンパネラ監督)

 

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