「ヴィクトリア」:全編1カットの長回しで撮られた、臨場感、緊迫感溢れるスリリングなリアルタイム・サスペンス&ドラマ映画
「ヴィクトリア」(原題:Victoria)は2015年公開のドイツのサスペンス&ドラマ映画です。セバスチャン・スキッパー監督、ライア・コスタ、フレデリク・ラウら出演で、ベルリンの街角で出会ったヒロインと4人の若者の身に起きる出来事を、即興によるセリフやハプニングを含めて緊迫感あふれる140分間ワンカットの映像に収めています。第65回ベルリン国際映画祭で、銀熊賞(最優秀芸術貢献賞)など3賞を受賞した作品です。
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目次
スタッフ・キャスト
監督:セバスチャン・スキッパー
脚本:セバスチャン・スキッパー /オリヴィア・ネール・ガード=ホルム
/アイケ・フレデリーケ・シュルツ
出演:ライア・コスタ(ヴィクトリア)
フレデリク・ラウ(ゾンネ)
フランツ・ロゴフスキ(ボクサー)
ブラック・イーイット(ブリンカー)
マックス・マウフ(フース)
アンドレ・ヘンニッケ(アンディ)
ほか
あらすじ
眩い光がフラッシュするベルリンの地下のクラブで、1人の若い女性が踊っています。3ヵ月前、スペインのマドリードを飛び出し、ベルリンにやってきたヴィクトリア(ライア・コスタ)です。やがて帰宅しようとする彼女は、夜明け前の路上で、地元ベルリンの若者4人組に声を掛けられます。一見チンピラ風ですが、悪人ではなさそうです。まだドイツ語を話せず、異国の都会で友人も作れずにいたヴィクトリアは、酒を手にした彼らとビルの屋上で楽しいひと時を過ごします。ところがこの4人は危うい事情を抱えており、裏社会の人物への借りを返すため、急にある「仕事」を実行しなければならなくなります。運転手役の青年が酔いつぶれてしまったため、ヴィクトリアは代役を依頼されます。リーダー格のゾンネ(フレデリック・ラウ)に好意を抱き始めていたヴィクトリアは、彼らの頼みを聞き入れますが・・・。
レビュー・解説
全編1カットの長回しで撮られたことで注目された映画ですが、ドラマとして良くできており、長回しの技術的な難しさを克服しているだけではなく、長回し生来の臨場感、緊迫感をフルに生かし、前半から後半にかけてトーンを変えながらスリリングに展開する、構成も見事な作品です。
長回しで撮ると否が応でも臨場感が出て、緊迫感が高まります。1カット数分の長回しでも、その効果は十分に出ますので、特に臨場感や緊迫感を演出したいシーンのみを長めの1カットで撮る作品は少なくありません。ざっと、思いつくだけでも、
<一部のシーンに長回しを効果的に使った作品>
- マーティン・スコセッシ監督「グッド・フェローズ」(1990年)
- ロバート・アルトマン監督「ザ・プレイヤー」(1992年)
- ポール・ トーマス・アンダーソン監督「ブギーナイツ」(1997年)
- ポール・ トーマス・アンダーソン監督「マグノリア」(1999年)
- ジョー・ライト監督「プライドと偏見」(2005年)
- アルフォンソ・キャロン監督「トゥモロー・ワールド」(2006年)
- ジョー・ライト監督「つぐない」(2009年)
- アルフォンソ・キャロン監督「ゼロ・グラビティ」(2013年)
<全編が1カットに見えるように編集された作品>
- アルフレッド・ヒッチコック監督「ロープ」(1948年)
- アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」(2014年)
<全編が1カットで撮影された作品>
- アレクサンドル・ソクーロフ監督「エルミタージュ幻想」(2002年)
- サルヴァトーレ・マイラ監督「ホテル・ワルツ」(2007年)
といった作品がありますが、全編を1カットで撮影した作品は非常に稀です。言うまでもなく長編映画を実際に1カットで撮るということはとても制約が多く、それを押してまで撮る作品はニッチなものになりかねません。「ヴィクトリア」が素晴らしいのは、2時間を超える長編を実際に1カットで撮影するという技術的な困難や制約に挑戦しているだけではなく、リアルタイムに進行するサスペンス&ドラマ映画として幅広い人々が楽しめるものに仕上げている点です。
オープニング・クレジットに続き、映画はクラブでヴィクトリアが踊るシーンから始まります。ハイ・コントラストですが、踊るヴィクトリアの表情がわかるように柔らかく撮影された、非常に美しい映像です。その後、ヴィクトリアがクラブを出て、4人組の若者に路上で声をかけられ、暗いビルの屋上でビールを飲むまでは、ゆったりと進みますが、明るいカフェの中でヴィクトリアとゾンネが話すシーンで少し雰囲気が変わります。中盤からはスリリングなサスペンスタッチになり、エンディングまで息もつかせず一気に展開する見事な構成です。まだ暗い夜明け前から早朝にかけてのリアル・タイムで撮影されており、最初は真っ暗な周囲が、夜明けとともに明るくなっていく様も非常に効果的で、ハンディ・カメラで撮影された映像はまるでドキュメンタリーのようにスリリングで、臨場感があります。
女の子が一人で4人組の男についていったり、さらに云々、というのは不自然、といった評があります。確かに、ついていって大丈夫?とか、そんなことして大丈夫?と心配しながら見ているのも事実ですが、一方でスペインから出てきて三ヶ月の孤独な女性と4人の男たちとの間にみるみる絆ができていくのが手に取るようにわかります。見方を変えれば、リアルタイムの二時間の間に彼女が選択し、経験することは、用心深い人が数ヶ月、数年、或いは一生かかっても経験できないものであり、それが良いことであれ、悪いことであれ、たった二時間の出来事の後に、彼女がそれまでとは決定的に違う朝を迎えるのは極めて劇的です。全編1カットの長回しは、いわば勢いの良い一筆書きのようなもの。細かいアラを探せばきりがありませんが、カット割りの多い映画にはない勢いと流れが全編1カットの映画の醍醐味でしょう。
脚本は12ページほどしかなく、大部分が俳優による即興のセリフです(クレジットはScript by... ではなく、Story by... となっている)。背景に余計なものが映り込まない夜明け前の撮影は、やり直しのきかない長回し撮影には好都合ですが、撮影用のパトカー以外に、本物のパトカーが登場するというハプニングがあったそうです。さらにライア・コスタの運転する車が道を間違え、現場の俳優やスタッフがパニックになる一幕もあり、これがとてもリアルなリアクションを生んでいます(因みにカメラマンは咄嗟に低く構えて窓の外の余計なものが映りこまないようにし、トランクで叫ぶ監督の声は後にデジタル処理で消された)。リハーサルの後、撮影は三度(3テイク)行われ、一度目は退屈でNG、二度目は俳優に力が入りすぎてNG、三度目が採用となったそうです。二時間以上の切れ目のない本番、失敗が許されない中、演じきる俳優も素晴らしいのですが、それをきっちりとカメラに納めるスタッフも素晴らしいです。
ライア・コスタ(ヴィクトリア)
フレデリク・ラウ(中央奥、ゾンネ)
フランツ・ロゴフスキ(中央手前、ボクサー)
サウンドトラック
Ost: Victoria CD, Import(Amazon)
- DJ Koze Burn With Me (Victoria Edit) 5:18
- Nils Frahm Our Own Roof 5:19
- Nils Frahm A Stolen Car 4:45
- Nils Frahm In The Parking Garage 4:56
- Nils Frahm Them 4:01
- Nils Frahm The Bank 7:18
- Nils Frahm The Shooting 4:50
- Nils Frahm Nobody Knows Who You Are 2:49
- Nils Frahm Pendulum 2:41
撮影地(グーグルマップ)
ベルリンの、かつての西ドイツと東ドイツの間にあった検問「チェックポイント・チャーリー」の周辺で撮影しています。
- クラブのある場所
ちょっとわかりにくいのですが、中央のフェンスで囲まれた部分が、地下のクラブへの出入り口になっています。映画ではさらに透明な冬囲い(?)で囲まれています。 - ビールを調達した店
- 屋上でビールを飲んだアパート
前半に屋上でビールを飲みますが、後半にもこのアパートが再登場します。 - ビクトリアの働くカフェ
- ヴィクトリアと4人が仕事に行く場所
- ビクトリアとゾンネが向かうホテル
撮影に使用されたハンディ・カメラ(Amazon)
上部のハンドルをはずし、ケージにマウントして使用しています。スティディ・カムは使用していません。このカメラを回したまま狭い車やエレベーターに俳優とともに入りこんで、撮影するという離れ業をやってのけています。
Canon EOS C300 digital cinema camera
Redrock Micro ultraCage
関連動画(YouTube)
オープニング・クレジット〜ヴィクトリアのダンスシーン
ハイ・コントラストですが、踊るヴィクトリアの表情がわかるように柔らかく撮影された、非常に美しい映像です。全編1カットの長回しという、映像表現への挑戦を予告するような、クォリティの高い映像です。
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関連作品
一部のシーンに長回しを効果的に使った作品のDVD(Amazon)
マーティン・スコセッシ監督「グッドフェローズ」(1990年)
ロバート・アルトマン監督「ザ・プレイヤー」(1992年)
ポール・トーマス・アンダーソン監督「ブギーナイツ」(1997年)
ポール・トーマス・アンダーソン監督「マグノリア」(1999年)
アルフォンソ・キュアロン監督「トゥモロー・ワールド」(2006年)
ジョー・ライト監督「つぐない」(2009年)
アルフォンソ・キュアロン監督「ゼロ・グラビティ」(2013年)
全編が1カットに見えるように編集された作品のDVD(Amazon)
アルフレッド・ヒッチコック監督「ロープ」(1948年)
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」(2014年)
全編が1カットで撮影された作品のDVD(Amazon)
アレクサンドル・ソクーロフ監督「エルミタージュ幻想」(2002年)
セバスチャン・スキッパー監督作品のDVD(Amazon)
「ギガンティック」(1999年)