夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「みなさん、さようなら」:家族と友人達と過ごす偏屈親父の最期のひと時

「みなさん、さようなら」(原題: Les Invasions barbares、英題: The Barbarian Invasions)は、2003年公開のカナダ・フランス合作のヒューマン・ドラマ/コメディ映画です。偏屈親父が家族や友人の愛に囲まれながら「最期のひと時」を過ごす姿を、シニカルながらも温かな視点で描くこの作品は、2003年のアカデミー外国語映画賞を受賞、他にもセザール賞作品賞・監督賞・脚本賞カンヌ国際映画祭女優賞(マリ=ジョゼ・クローズ)・脚本賞などを受賞しています。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:ドゥニ・アルカン
脚本:ドゥニ・アルカン
出演:レミージラール(レミ: 大学教授。社会主義者。1950年生まれ。)
   ステファン・ルソー(セバスチャン: レミの息子。成功したビジネスマン。)
   マリ=ジョゼ・クローズ(ナタリー : レミの元愛人の娘。麻薬常用者。)
   マリナ・ハンズ(ガエル: セバスチャンの婚約者。フランス人。)
   ドロテ・ベリーマン(ルイーズ : レミの妻。15年間別居。離婚する気なし。)
   ジョアンヌ=マリー・トランブレー(シスター・コンスタンス : 担当看護師)
   ピエール・キュルジ(ピエール: レミの旧友。大学教授。)
   イヴ・ジャック(クロード: レミの旧友。)
   ルイーズ・ポルタル(ディアーヌ : レミの元愛人の1人。ナタリーの母親。)
   ドミニク・ミシェル(ドミニク : レミの元愛人の1人。)
   イザベル・ブレ(シルヴェーヌ: レミの娘。太平洋上にいる。)
   ロイ・デュプイ(ルヴァク刑事: 麻薬課の刑事)
   ほか

あらすじ

ロンドンで証券ディーラーとして成功しているセバスチャンは、父親レミが癌を患っていると知らされます。歴史学の教授であるレミは頑固で酒好き、更に女癖が悪く、セバスチャンは強く反発していましたが、母ルイーズに頼まれ、婚約者のガエルを伴って故郷のモントリオールに戻ります。アメリカの病院の最新設備で検査を受けさせ、レミは末期ガンで手の付けようがないことを確認したセバスチャンは、父をターミナル・ケアの為にアメリカの病院に移そうとしますが、「イスラムにけんか腰のアメリカは嫌いだ。贅沢な病院は主義に反する」と、拒否されます。「友人を呼んで楽しい病室にして」という母の願いに、セバスチャンは「父の幸せな最期」を実現しようと決意、ヨットの搬送の仕事で太平洋上にいる妹のシルヴェーヌと連絡を取り、衛星通信を使ってビデオ・メールをレミに届けます。さらに、父を友人が集まることのできる広さの病室に移る為、病室の経営者、組合と交渉、買収し、階下のフロアを改装して父専用のキッチン付き病室を作り上げます。セバスチャンの呼びかけに応じて友人達が世界のあちこちから集まり、病室はにぎやかな笑い声で満たされ、懐かしい思い出話の花が咲きます。アメリカの友人の医者から末期ガンの痛みをやわらげるのにヘロインを使う試験治療の話を聞いたセバスチャンは、レミの元愛人ディアーヌの娘ナタリーがその世界に通じているのを知り、危険を覚悟で麻薬常用者の彼女を父の世話係として雇います。人生をあきらめきれない心境を打ち明けたレミに、ナタリーは「執着しているのは現実ではなく過去ね」と、語りかけます。やがてレミの病状は悪化し、友人たちがセックス談義に興じている間も、眠ってしまうことが多くなります。セバスチャンは、レミが人生でいちばん幸せな時を過ごしたという湖畔にあるピエールの別荘で最期を迎えさせてやろうと、レミを病院から退院させます・・・。

レビュー・解説

主人公のレミは社会主義者で、アメリカ嫌い、息子が金儲けしている事も気にくわず、アメリカの病院でのターミナル・ケアを拒否、息子のセバスチャンにも仕事に帰れと言い放ちます。奇しくも9.11が蛮族のアメリカ侵入と例えて報じられ、レミは「アメリカ大陸では、先住民2億人が、斧で殺された」、「アウシュビッツの虐殺に法王が何をした」とシスター看護師につらくあたります。

 

そんな中、ナタリーに人生への未練を吐露したレミは、過去にこだわっているとナタリーに言われます。

 

人生への未練は過去へのこだわり〜「みなさん、さようなら」

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レミ:老いると人生に執着して死から逃げたくなる。残りの人生が短くなり、最後に何かをしたくなる。私は車を買ってジェノババルセロナを旅したい。
ナタリー:私は無理よ。
レミ:何故だ?
ナタリー:クスリのやり過ぎで。
レミ:先はわからん。ヤクを止めて、長生きするかもしれん。過去も未来も謎に満ちている。先の事はわからない。だが、私は死ぬのを知っている。
ナタリー:怖い?
レミ:怖いよ。愛する人生にしがみついていたい。
ナタリー:何を一番愛したの?
レミ:すべてさ。ワイン、書物、音楽、女達。特に女だ。女の匂い、唇、肌触り。
ナタリー:大勢と寝たの?女はみんな同じじゃない?
レミ:それでも私は飽きないね。
ナタリー:今でも女たらし?
レミ:いや、この歳じゃ、昔の様にはいかん。
ナタリー:ワインは飲めるはずよ。
レミ:もう肝臓が受けつけない。
ナタリー:好きなだけ旅行できた?
レミ:どこも旅行者だらけだ。
ナタリー:執着しているのは、現実じゃなくて過去なのね。でも過去は死んでるわ。
レミ:たぶんな。

 

*** 以下、ネタバレしています ***

 

退院したレミは、ピエールが妻の反対を押し切って提供してくれた湖畔の別荘で、家族と友達と最後の時を過ごします。

 

湖畔の別荘で友人達と〜「みなさん、さようなら」

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友人達と話すうち、レミは中国のセクシーな女性考古学者、グオ・ジンへの失言を思い出します。

 

デブのフランス系カナダ人のバカさ加減〜「みなさん、さようなら」

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レミ:70年代の終わりの中国は文化交流が盛んで、彼女はモントリオールの学会にやてきた。僕は左翼の代表として出席した。のぼせあがった。始皇帝兵馬俑7000体さえ、とろけさせる美しさだ。彼女と雑談しながら、「北京の花」の体位を想像した。
ピエール:「四川の竜」の体位もね。
レミ:僕は彼女のご機嫌をとって、こう言った。「中国は文化大革命を達成してうらやましい。なんと素晴らしいことでしょう。」すると彼女の黒い瞳が曇って、僕は失言に気づいた。アメリカのスパイか、大バカ者に思われたのさ。答えは後者だ。
ピエール:「花」も「竜」もダメか。
レミ:文革の時、彼女は豚小屋で働かされた。父親は殺され、母は自殺。なのにデブのフランス系カナダ人が、ゴダール映画を観てソレルスを読み、中国の文革は素晴らしいと得意顔でほざいたのさ。自分のバカさ加減に我ながらあきれる。

 

友人達とセックス談義〜「みなさん、さようなら」

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友人達とひとしきりセックス談義をした後、中世の写本に描かれた蛮族の話をしようとした時に、息子のセバスチャンが現れたのを見たレミは、「資本主義の申し子が来た」とつぶやきますが、そこにはかつてのような怒りが見えません。

 

翌朝、安楽死を望んでいたレミは、最後の時間を懸命に作り上げてくれたセバスチャンに和解の言葉を伝えます。

 

お前は自分のような息子を作れ〜「みなさん、さようなら」

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レミ:怖いよ。
セバスチャン:パパが決めた通りにする?
レミ:(うなずく)
レミ:私の願いを?
セバスチャン:(うなずく)
レミ:お前は自分のような息子を作れ。

 

禁を犯してヘロイン点滴用の機材を運んで来たシスター看護師のジョアンヌ=マリーに、レミは「押し倒そうと思っていた」と告げます。ジョアンヌ=マリーは「押し倒せば良いのに」と答え、別れを告げます。

 

押し倒せば良いのに〜「みなさん、さようなら」

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太平洋上の娘から届いたお別れのビデオレータを、家族、友人達と一緒に見ます。

 

私の初恋はパパ(娘からのビデオレター)〜「みなさん、さようなら」

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家族、友人達と一緒に〜「みなさん、さようなら」

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ビデオレターを見終わった後、レミは

みんなとささやかな時間を過ごせて幸せだった。君らの笑顔に送られていくよ。

と告げ、友人、家族、ひとりひとりと別れを惜しみます。妻ルイーズは、「人生最良の夫だった」とレミに告げます。

 

人生最良の夫〜「みなさん、さようなら」

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レミにうながされたナタリーは、泣きながら致死量のヘロインを点滴に注入し、レミはセバスチャンに手を握られて眠る様に息を引き取ります。

 

僕は幸せ者だよ〜「みなさん、さようなら」

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レミ:僕のエンジェル。

ナタリー:出会えて良かったわ。

レミ:僕は幸せものだよ。

 

いくつになったところで人生をはそうそう簡単に諦められるものではないし、悔やむことも多いでしょう。レミを愛する家族とコミカルな友人達に支えられながら迎える人間味の溢れた最後がドラマッティクです。レミやセバスチャンと接するうちに麻薬中毒から立ち直ろうと決意したナタリーが、いつかしら恋心を抱いてしまったセバスチャンへの思いを断とうとするラストが、健気であり、ちょっと痛ましくもあります。

 

ナタリーを演じたマリ=ジョゼ・クローズは、カンヌ国際映画祭で女優賞を受賞しましたが、彼女は「潜水服は蝶の夢を見る」でも言語療法士を独特の存在感で演じ、際立っています。

 

「みなさん、さようなら」は、1986年公開の「アメリカ帝国の滅亡」の続編という位置づけで作られています。フランス語圏でアメリカへの対抗意識が強いケベック州を舞台に、性に関して奔放なインテリ層の本音が描かれています。「みなさん、さようなら」で、レミが最後の時を過ごす別荘は、「アメリカ帝国の滅亡」で同じインテリ仲間が一夜を過ごした別荘です。「みなさん、さようなら」の原題「Les Invasions barbares」は「蛮族の侵入」という意味で、9.11の比喩ですが、アメリカへの対抗意識という背景がないとわかりにくく、内容を素直に表した邦題が採用されたものと思われます。

 

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関連作品 

レミージラール出演作品のDVD(Amazon

  「灼熱の魂」(2010年)

 

マリ=ジョゼ・クローズ出演作品のDVD(Amazon

  「唇を閉ざせ」(2006年)

  「潜水服は蝶の夢を見る」(2007年)

 

尊厳死を描いた作品のDVD(Amazon

  「カッコーの巣の上で」(1975年)

  「海を飛ぶ夢」(2004年)

  「ミリオンダラー・ベイビー」(2004年)

  「眠れる美女」(2012年)

  「ミエーレ」(2013年)・・・輸入版、日本語なし

  「ハッピーエンドの選び方」(2014年)

  「素敵なサプライズ ブリュッセルの奇妙な代理店」(2015年)

  「或る終焉」(2016年)

老人を描いた映画

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みなさん、さようなら。(字幕版)

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