「或る終焉」:常に患者の死と向き合う終末医療の看護師を描き、ティム・ロスのイメージを変えるサスペンスフルなヒューマン・ドラマ
「或る終焉」(原題:Chronic)は、2015年公開のメキシコ・フランス合作のドラマ映画です。ミシェル・フランコ監督・脚本、ティム・ロスら出演で、終末期の患者をケアする看護師の葛藤をサスペンスフルに描いています。第68回カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した作品です。
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目次
スタッフ・キャスト
監督:ミシェル・フランコ
脚本:ミシェル・フランコ
出演:ティム・ロス(デイヴィッド、主人公、終末医療の看護師)
サラ・サザーランド(ナディア、デイヴィッドの娘、医学生)
ロビン・バートレット(マーサ、デイヴィッドの患者)
マイケル・クリストファー(ジョン、デイヴィッドの患者)
デビッド・ダストマルチャン(バーナード、ジョンの息子)
レイチェル・ピッカップ(サラ、デイヴィッドの患者)
ビッツィー・トルッチ(リディア、ジョンの娘)
ほか
あらすじ
デヴィッド(ティム・ロス)は、死期が迫った終末期患者の看護師として働いています。 別れた妻と娘とは、息子ダンの死をきっかけに疎遠となり、一人で暮らしています。彼の生活は患者の在宅看護とエクササイズのみで、患者との親密な関係が彼の生きがいであり、健常な人には興味がありません。 そんなある日、デヴィッドは末期がんで苦しむマーサ(ロビン・バートレット)に安楽死を幇助して欲しいと頼まれます。患者への深い思いと、自身が抱える亡き息子と関わる暗い過去の狭間でデイヴィッドは苦悩します・・・。
レビュー・解説
常に患者の死と向き合う終末医療の看護師の気持ちに注目し、サスペンスフルなドラマに仕上げた脚本と、個性的な悪役を演じることが多いティム・ロスのイメージががらりと変わる作品です。
終末医療の看護師の仕事が注目されることはあまりありませんが、2010年に祖母が脳卒中で寝たきりになり、半年後に彼女が亡くなるまで終末医療の看護師の仕事を目の当たりにしたミシェル・フランコ監督は、その仕事に強い興味を覚えました。
祖母にとっては看護師と会話するほうが楽だったのがつらかった。看護師は祖母が話さなくても理解できるんだ。経験だけではない、心が通っていたんだ。彼女はプロだ。患者の家族の様に、警戒したり、傷ついたりはしない。家族は患者から遠ざけられた気がするんだよ。でもそれは、看護師や患者のせいではなく、患者が置かれている状況のせいなんだ。
祖母の家にいる時に、清拭するので部屋の外に出てくださいと、看護師に言われたんだ。不思議な状況だと、父に言ったよ。見知らぬ彼女に外に出るように言われて、彼女が祖母の世話をしているんだ。彼女を信じる以外にない。思わず父に言ったよ、一体、どんな人がこの仕事をしてるんだ?ってね。
終末期の患者の世話をする彼女は、常に彼らの死に取り囲まれているんだ。彼女は、常にその重荷を背負い、常に抑圧されている。彼女はそんな仕事を20年も続けていた。何故、別の仕事をしないかと聞くと、これが自分の人生だと言うんだ。彼女の家族も仕事を変えるべきだと言うが、考えたことはないと言うんだ。
すばらしい仕事だと思う。看護師は、天使の様に描かれるか、恐ろしい人々の様に描かれるかのどちらかだけど、僕はその中間で描いてみたいと思ったんだ。(ミシェル・フランコ監督)
フランコ監督がアイディアを写真や衣装にしている時に、ティム・ロスから出演したいという申し出があり、当初、メキシコ人女性だった看護師が男性に書き換わりました。舞台もメキシコから英語圏、特に明確にしていませんが、訴訟を起こされることから、アメリカが想定されています。当初からティム・ロスを想定して書かれた脚本ではないため、ティム・ロスがこれまでとはイメージの異なる役に入り込む形になっています。
物語には、
- 看護師が清拭の為に患者の家族に部屋の外に出るように言う
- 家族が訝るほど親密な看護師と患者の関係
- 看護師が亡くなった患者の葬式に出席する
など、フランコ監督自身が経験したことが反映されています。その一方で、愛する息子を失った看護師の内面の反映として、
- 冒頭、とある女性の後を密かに追う
- 亡くなった患者を、二十年来、連れ添った妻の様に思う
- 建築家の患者を担当すると、建築関連書籍を買い集め、患者の建築物を見に行く
といった行動も併せて描いており、一方的に美化するのではなく、一人の人間として看護師を掘り下げています。
ティム・ロスは、本作の為に、数ヶ月間に渡って何人もの患者とその看護師ととも働きました。大きな痛みを訴える患者にどう話しかけるか、動けない患者をどう洗い清めるか、彼が学んだ静かでゆったりとした作法が映画の中で披露されています。
これまでのイメージを覆すティム・ロスのパフォーマンスとは別に、二人の女優にきらりと光るものを感じました。一人は主人公が最初に看護する女性、サラを演じる、レイチェル・ピッカップです。一挙一投足や視線、言葉遣いがリアルで、本当に介護を必要としている女性が出演しているのか思うほどです。レイチェルは、アメリカとイギリスの舞台、テレビ、映画で活躍する女優で、俳優ロナルド・ピッカップの娘です。特にシェイクスピア劇のヒロインを得意とし、シェイクスピア・グローブ座の「ヴェニスの商人」でジョナサン・プライスの相手役も務めています。ティム・ロスが彼女を抱え起こすシーンが映画のポスターやDVDのカバーフォトにもなっていますが、やはり本物の役者が演じると違います。
「或る終焉」のポスター
もう一人は、サラ・サザーランド、テレビドラマ・シリーズ「24 -TWENTY FOUR」で一躍有名になったキーファー・サザーランドの娘です。かつて「24 -TWENTY FOUR」のADとして働くも、父親譲りの(?)の態度の悪さでクビにされたといういわくつきの娘ですが、本作では主人公の可愛らしい医学生の娘を演じきっています。
ドナルド・サザーランド(俳優) シャーリー・ダグラス(女優)
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キーファー・サザーランド(俳優) キャミリア・キャス(女優)
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サラ・サザーランド(女優)
なるべくして女優になったかの観もありますが、役のなりきり方も申し分なく、今後の活躍が楽しみな女優です。
なお、原題の「Chronic」は慢性的なという意味で、愛する息子を失って以来、終末医療の看護師の彼に長期に渡って蓄積しているストレスを暗示していると思われます。
愛する息子を亡くし、妻と離婚、患者の世話とエクササイズだけの生活に明け暮れている。
サラ・サザーランド(右、ナディア、デイヴィッドの娘、医学生)
別れた妻との間の娘。別居しており、ほとんど会うこともない。
レイチェル・ピッカップ(右、サラ、デイヴィッドの患者)
最初に登場するデイヴィッドの患者。
マイケル・クリストファー(右、ジョン、デイヴィッドの患者)
二番目に登場するデイヴィッドの患者。
デビッド・ダストマルチャン(左、バーナード、ジョンの息子)
デイヴィッドとジョンの親密な関係に不信感を抱くようになる。
ビッツィー・トルッチ(右、リディア、ジョンの娘)
デイヴィッドとジョンの親密な関係に不信感を抱くようになる。
ロビン・バートレット(中央、マーサ、デイヴィッドの患者)
三番目に登場するデイヴィッドの患者。デイヴィッドに安楽死の幇助を懇願する。
撮影地(グーグルマップ)
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関連作品
「父の秘密」(2012年)
「レザボア・ドッグス」(1992年)
「パルプ・フィクション」(1994年)
「ヘイトフル・エイト」(2015年)
「カッコーの巣の上で」(1975年)
「海を飛ぶ夢」(2004年)
「ミリオンダラー・ベイビー」(2004年)
「眠れる美女」(2012年)
「素敵なサプライズ ブリュッセルの奇妙な代理店」(2015年)