夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「ブロードウェイと銃弾」:脚本家を取り巻く世界のカリカチュア(戯画)

「ブロードウェイと銃弾」(Bullets Over Broadway)は1994年公開のアメリカ映画です。人間の愚かしさ、可笑しさ、哀しさのカリカチュア(戯画)をスタイリッシュにかつユーモラスに、テンポ良く描く、ウディ・アレン監督の名作です。

 

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目次

スタッフ・キャスト 

監督:ウディ・アレン
脚本:ウディ・アレン/ダグラス・マクグラス
出演:ジョン・キューザック(デビッド・シェーン)
   チャズ・パルミンテリ(チーチ)
   ダイアン・ウィースト(ヘレン・シンクレア)
   ジェニファー・ティリー(オリーブ・ニール)
   メアリー=ルイーズ・パーカー(エレン)
   ジョー・ヴィテレッリ(ニック・ヴァレンテ)
   ロブ・ライナー(シェルドン・フレンダー

   ほか

あらすじ

劇作家のデビッド(ジョン・キューザック)はやっと自分の戯曲をブロードウェイの舞台にかけることに成功しましたが、出資者はマフィアの親玉ニック(ジョー・ヴィテレッリ)で、ろくに台詞もいえない自分の愛人オリーブ(オリーブ・ニール)の出演を押しつけられます。さらにプライドの高い主演女優ヘレン(ダイアン・ウィースト)は脚本を書き変えろと色仕掛けで要求、オリーブのボディガードのチーチ(チャズ・パルミンテリ)も脚本に口を挟んできます・・・。

レビュー・解説 

とにかく、どのキャラも濃く、会話も面白く、絵も美しいです。「ブロードウェイと銃弾」でアカデミー助演女優賞を受賞したダイアン・ウィースト、同じく助演女優賞にノミネートされたオリーブ・ニール、助演男優賞にノミネートされたチャズ・パルミンテリだけではなく、メアリー=ルイーズ・パーカー、ジョー・ヴィテレッリなど他の助演俳優もすべからくキャラが立っています。これがいわゆるステレオタイプにならず、何度も見たくなるほど愛おしいのは、これら俳優の魅力を引き出すウィディ・アレンのシナリオ、ディレクションによるものでしょう。賞に縁の薄いジョン・キューザックも、これまでに見た彼の出演作の中で最もはまり役のように見えます。

 

ウディ・アレン作品は、特に女優の実力を引き出すのはピカイチで、これまでに5人のオスカー女優を生んでいます。

 

長年、自ら資金を集め、自分の思うとおりの映画を作ってきたアレンは、俳優組合が決めた最低賃金しか払わないことで有名です。それでもビッグスターがこぞって彼の映画に出たがるのは、提供される役がすばらしいこと、テイクがせいぜい2、3回で、1日の撮影は驚くほど早く終わることがあげられます。また、脚本に書かれていないような登場人物の背景について、彼は俳優と打ち合わせることもしません。それでも何度も取り直しをしないで済むというのは、

  • シナリオ、演出など映画の仕組みがしっかりしている
  • 俳優はどう演じれば良いかわかりやすい
  • 条件が明確で俳優が自由に個性を生かしやすい

ということでしょう。 

 

プライドの高い女優ヘレン役で助演女優賞を受賞したダイアン・ウィーストですが、そのセリフに「言わないで」(Don't Speak)という決まり文句が何度も出てきます。

 

ダイアン・ウィーストの「言わないで」(Don't Speak)

 

有無を言わせない迫力です。これは、都合が悪くなると「言わないで」と口封じする女優ヘレンの常套句なのですが、ダイアン・ウィーストはその言い方を研究し、なるべく低い声で言うようにしたそうです。チャズ・パルミンテリが終わりの方で、同じセリフをアドリブで借用しているのも見逃せません。

 

「ブロードウェイと銃弾」は、脚本家であり、ブロードウェイに芝居をかけた経験もあるウディ・アレン自身がモチーフとなっていると見て良いでしょう。興行ビジネスですのでマフィアの影響があったとしても不思議ではないし、スポンサーが口出しすることもあるでしょうし、わがままな俳優もいそうです。脚本のハッピー・エンディングへの書き換えは彼の映画「ハンナとその姉妹 」製作の際に実際にあった話でもあります。こうしたありがちな問題をユーモラスに皮肉を交えて、テンポよく料理する様は、まさにウディ・アレンならではの職人技です。

 

また、「ブロードウェイと銃弾」では、「アーティスト」がひとつのキーワードになっており、この映画はデービッドの次の一言で始まります。

David: I'm an artist, and I won't change a word of my play... to pander to some commercial Broadway audience!

デビッド;僕はアーティストだ!セリフは変えないぞ!

仲間との会話でも、

David: Ten years ago, I-I-I kidnapped this woman from a very beautiful... middle-class life in Pittsburgh, and I made her life miserable ever since.

Woman: Hey, Ellen, as long as he's a good man, keep him. You know, I think the mistake we women make is we fall in love with the artist-- . Hey, you guys, are you listening?
David: Yes, yes.
Woman: We fall in love with the artist, not the man.

デビッド:10年前、ピッツバーグ中流家庭から彼女を盗み、以来、この貧乏暮らし。
女:エレン、彼はいい男よ、離さないで。女は「アーティスト」という名に弱いのよ。ねえ、聞いてる?
デビッド:はい、はい。
女:中身が大事なのにね。

誘惑に負けて恋に落ちてしまった女優にヘレンにも問いかけます。

David: Have you ever thought about whether, when you fall in love... do you fall in love with the artist or the man?
Helen: What a strange question.
David: Yes, it is strange, but-- I'm in love with you, Helen. I am, and the time has come for me to act on it.

デビッド:君はどっちの男に恋を?アーティストか、その中身の男か?
ヘレン:変な質問ね。
デビッド:わかっている。これは本物だ。もう誰にも隠せない。

デビッドの浮気を知り、別の男の元に転がり込んだ恋人エレンにも問いかけます。

David: I have to-- I have to ask you a question.
Ellen: What?
David: Did you love me as the artist or as the man?
Ellen: Both.
David: Well, what if it turned out that I wasn't really an artist?

デビッド:ひとつ、聞きたいことがある。
エレン:何?
デビッド:君が愛したのは、アーティスト?中身の男?
エレン:両方よ。
デビッド:じゃあ、僕がアーティストでなかったら?

 

そして、この映画の始まり同様、最後もこのキーワードを使ったセリフで締めくくられています。アーティストとして評価されたウディ・アレンですが、その一方で様々な葛藤やコンプレックスを抱いていたとも言われます。この、キーワードの陰にはそういった背景があるのかもしれませんね。

 

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