「ある女流作家の罪と罰」(原題:Can You Ever Forgive Me?)は、2018年公開のアメリカの伝記ドラマ&コメディ映画です。伝記作家のリー・イスラエルが2008年に発表した自伝「Can You Ever Forgive Me? 」を原作に、マリエル・ヘラーが監督、メリッサ・マッカーシー、リチャード・E・グラントら出演で、リー・イスラエルが有名人の手紙を捏造し、売りさばいた事件を描いてます。第91回アカデミー賞で主演女優賞、助演男優賞、脚色賞の3部門にノミネートされた作品です。
目次
スタッフ・キャスト
監督:マリエル・ヘラー
脚本:ニコール・ホロフセナー/ジェフ・ウィッティ
原作:リー・イスラエル著「Can You Ever Forgive Me?」
出演:メリッサ・マッカーシー(レオノア・キャロル・イスラエル)
リチャード・E・グラント(ジャック・ホック)
ドリー・ウェルズ(アンナ)
ジェーン・カーティン(マージョリー)
アンナ・ディーヴァー・スミス(エレイン)
スティーヴン・スピネラ(ポール)
ベン・ファルコーン (アラン・シュミット)
シェー・ドリン(ネル)
マイケル・シリル・クレイトン(ハリー)
ケヴィン・キャロラン(トム・クランシー)
マーク・エヴァン・ジャクソン(ロイド)
ティム・カミングス(クレイグ)
クリスチャン・ナヴァロ(カート)
ジョアンナ・P・アドラー(アーリーン)
ほか
あらすじ
- 1967年、リー・イスラエル(メリッサ・マッカーシー)はキャサリン・ヘプバーンのインタビュー記事を発表し注目を集めます。イスラエルはそれをきっかけに伝記作家へと転身し、タルラー・バンクヘッドやドロシー・ケリガンらの伝記を発表して好評を得ましたが、次第に時代遅れとなり、人気を失います。
- かつてはベストセラー作家だったリーも、今ではアルコールに溺れ、仕事も続かず、家賃も滞納、愛する飼い猫の病院代も払えません。生活費を捻出刷る為に著作を古書店に売ろうとしますが店員に冷たくあしらわれ、かつてのエージェントにも相手にされません。ついには、大切にしていたキャサリン・ヘプバーンが自分に宛てた手紙を古書店に売却します。それが意外な高値で売れたことから、著名人の手紙はコレクター市場に高く売れること、中でもセンセーショナルな情報が書かれた手紙は特に高く売れることを知ったリーは、古いタイプライターを買い、紙を加工し、有名人の手紙を偽造を始めます。長年、著名人を取材してきたイスラエルにとって、もっともらしい裏話を捏造するのは容易いことでした。
- 当初、手紙の捏造は好調でしたが、次第に捏造を疑われることが多くなります。やがてイスラエルは古物商のブラックリストに載ってしまい、捏造した手紙を売ることができなくなります。そんな折、イスラエルの旧友のジャック・ホックが出所、イスラエルはジャックと組んで、彼女が捏造した手紙をホックが売却することでお金を稼ぎ続けます・・・。
レビュー・解説
実話に基づき、生活費を稼ぐために著名人の手紙を捏造、販売したアクの強い女流作家とその相棒をメリッサ・マッカーシーとリチャード・E・グラントが好演、犯罪を描きながらも程よく共感を誘う良質の伝記ドラマ&コメディです。
著名人の手紙を捏造した女流作家を描いた、実話に基づく伝記ドラマ&コメディ
贋作や詐欺を描いた映画の不思議な魅力
贋作や詐欺を題材にした映画には、不思議な魅力があります。クライム・アクションが動的な部分で見せるとしたら、贋作や詐欺を描いた映画は知的な部分で見せると言って良いでしょう。贋作や詐欺は犯罪ですが、被害者が富裕者や好事家であることが多く、また被害者に肉体的な危害を加えるわけではない為か、見る側の抵抗感もさして大きくありません。ここ10年余りの間に公開された贋作や詐欺を描いた作品から、印象深いものをいくつか挙げてみると、
- アメリカの作家クリフォード・アーヴィングの回顧録「ザ・ホークス 世界を騙した世紀の詐欺事件」を原作に、大富豪ハワード・ヒューズの自伝の執筆を捏造、出版社から巨額の執筆料を騙し取った作家を描いた「ザ・ホークス ハワード・ヒューズを売った男」(2006年)
- イタリアのトスカーナを舞台に、「芸術において作品の真正さを問題にするのは意味がない、何故ならどんな複製もそれ自体はオリジナルであり、どんなオリジナルもそれ自体は別の形の複製だから」という芸術における真贋の曖昧さに、男女の虚実のドラマを絡めて描いた「トスカーナの贋作」(2010年)
- 1970年代にアメリカのアトランティック・シティで起きた収賄スキャンダル「ABSCAM事件」を題材に、何が嘘で、何が本当なのか、すべてが疑わしい詐欺の世界に男女の愛の不確かさをスリリングに重ね合わせて描いた「アメリカン・ハッスル」(2013年)
- 80年代から90年代のウォール街で「狼」と呼ばれた実在の株式ブローカー、ジョーダン・ベルフォートの回顧録「ウォール街狂乱日記」を原作に、20代で億万長者にのし上がり、30代で証券詐欺で服役するまでの、破天荒な栄光と転落の物語を描いた「ウルフ・オブ・ウォールストリート」(2013年)
といった作品が思い浮かびます。これらが描くのは、
- 時に繊細で、時に派手な騙しのテクニック
- 贋作や詐欺が暴かれることへの恐怖
- より大掛かりな社会的陰謀とのオーバーラップ
- 芸術における真贋の曖昧さと、虚実混交する男女関係の多層的表現
- 騙し騙され全てが疑わしい詐欺の世界と、不確かな男女関係のスリル
- 破天荒な利益の享受と転落
などなど様々ですが、共通する魅力は、単なる物真似や騙しの域に収まらない、一種、天才的、芸術的な職人技や創造性が垣間見えることです。本作でも、主人公のリー・イスラエルが著名人本人よりも本人らしい手紙を捏造します。彼女の捏造が発覚し、服役した後も、定評ある古物商で彼女の贋作が本物として扱われ、彼女から仕入れた値段とは比べ物にならない、桁違いに高価な値段で売られ、また、彼女の贋作を本物であるかのように紹介する書籍が出版されるほどでした。
贋作に手を染めた女性作家の人物像を描く
他の贋作や詐欺を描いた映画と本作が異なる点は、主人公が女性であることです。リー・イスラエルは思ったことを正直に言う女性で、逆に彼女に対して人々がどのように反応しようが彼女は気にしない、そんなタイプの女性です。見てくれより知性を重んじ、物を書くことは自分の一部であり、自分の反映であると考えています。自身が劇作家・脚本家で、自分の脚本を他の監督に委ねられないという一心で監督を務めた経験のあるマリエル・ヘラー監督は、物を書くことでしか自分の存在意義を感じることができないリー・イスラエルに強い共感を覚えたと言います。
劇中のリー・イスラエルは、裁判の最終陳述で次のように述べます。
<ネタバレ>
リー;何ヶ月もの間、私は大きな罪悪感と不安の中で暮らしていました。これは大げさです。何か悪いことをしていると感じるよりは、いつも発覚することだけを恐れていました。自分のいかなる行いについても後悔していると言えません。本当です。というのも、いろいろな意味で人生の最良の時期だったのです。ここ何年かのうちで、唯一、自分の作品に自信が持てたのです。(後略)
<ネタバレ終わり>
彼女と贋作の関係を端的に表す一言です。
一般に女性は周囲の人に自分がどう見られているか鋭く察すると言われていますが、リー・イスラエルの関心は見てくれよりも知的であることでした。もし、彼女が周囲の目を気にし、多少なりとも周囲に同化し、物書き以外の仕事を受け入れることができれば、こうした犯罪に手を染める不幸を避けることができたかもしれません。類まれなる文才を持つ彼女ですが、こうした面ではあまり賢くなかったとも言えます。作家で、賢く、見てくれよりも知性を重んじる、50過ぎで、社会に無視され、生涯未婚で、子供もおらず、レズビアンで、人よりも飼い猫を気にかける、本作はそんなリー・イスラエルを描いています。一般にこうした女性には共感を得にくく、また下手に美化すれば犯罪礼賛と捉えられかねなり難しさがありますが、本作でアカデミー主演女優賞にノミネートされたメリッサ・マッカーシーは、リー・イスラエルの人間味をじわりと滲み出ささせることにより観客の感情移入を巧みに誘い出しています。
因みに、リー・イスラエルが捏造した手紙を買い取る怪しげな書店主アラン・シュミットを演じているのが、メリッサ・マッカーシーの実生活の夫で俳優、コメディアン、脚本家のベン・ファルコーンです。二人は「ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン」(2011年)でも共演、ベンはメリッサに言い寄られるまさかの航空警察官を演じていますが、本作では終いにはメリッサを脅迫する怪しげな書店主と、いかにもコメディ・カップルらしい、お楽しみのキャスティングです。本作を纏めたマリエル・ヘラーは、演劇畑出身の作家、俳優、監督で、監督デビュー作の「ミニー・ゲッツの秘密」(2015年)、本作、「A Beautiful Day in the Neighborhood」(2019年)と、質の高い作品を着実に作り続けています。
メリッサ・マッカーシー(レオノア・キャロル・イスラエル)
メリッサ・マッカーシー(1970年〜)は、イリノイ州出身のアメリカの女優、コメディアン、脚本家、プロデューサー。1997年からテレビのコメディ・シリーズに出演、2000年から脇役としてコメディ映画に出演している。「ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン」(2011年)で大ブレイク、アカデミー助演女優賞にノミネート、本作では同主演女優賞にノミネートされている。夫は、俳優、コメディアン、脚本家のベン・ファルコーン。
リチャード・E・グラント(ジャック・ホック)
リチャード・E・グラント(1957年〜)は、スワジランド出身のイギリスの俳優。南アフリカのケープタウン大学で演技を学び、卒業後にロンドンに移り、舞台やテレビに出演するようになる。1987年に映画デビュー、「ザ・プレイヤー」(1992年)、「エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事」(1993年)、「 ゴスフォード・パーク」(2001年)、「人生はシネマティック!」(2016年)、「LOGAN/ローガン」(2017年)などに出演している。本作で、アカデミー助演男優賞にノミネートされている。
ドリー・ウェルズ(アンナ)
ドリー・ウェルズ(1971年〜)は、ロンドン出身のイギリスの女優、脚本家。「ブリジット・ジョーンズの日記」(2001年)、「モーヴァン」(2002年)、「さざなみ」(2015年)、「ブリジット・ジョーンズの日記 ダメな私の最後のモテ期」(2016年)などに出演している。
ベン・ファルコーン (アラン・シュミット)
ベン・ファルコーン(1973年〜)はイリノイ州出身のアメリカの俳優、コメディアン、脚本家、映画監督。「ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン」(2011年)、「おとなの恋には嘘がある」(2013年)などに出演している。妻は、本作の主演を務める女優、コメディアン、脚本家、プロデューサーのメリッサ・マッカーシー。
撮影地(グーグルマップ)
- 冒頭、リーが地下鉄に乗る86ストリート駅
- 猫を連れて行った動物病院
ウェスト79thストリートにある動物病院で撮影している。 - リーが古本を買い叩かれる書店
クロスビー通りにあるハウジングワークス・ブックストア・カフェで撮影している。映画では、クロスビー書店という店名になっている。 - リーとジャックが通うゲイバー
ウェスト10thストリートにあるジュリアスというバーで撮影している。 - リーがキャサリン・ヘップバーン直筆の手紙を売った書店
ヨーク・アベニューにある、ユダヤ教関連の書籍を売るロゴス・ブックストアで撮影している。レズビアンのリーは、書店主の女性アンナと親しくなる。 - リーがファニー・ブライスの手紙を見つけたニューヨーク公共図書館
- リー・が捏造した手紙を売り、後にジャックが捏造を見破られた書店
イースト59thストリートにあるアーゴジー・ブックストアで撮影している。 - リーが偽造した手紙を売った書店
セント・マークス・プレイスにあるイースト・ヴィレッジ・ブックスで撮影している。 - アンナと食事に出かけたイタリアン・レストラン
12thストリートにあるジョンの店で撮影している。 - リーがエレインに会った公園
セントラル・パークにある池の畔で撮影している。
関連作品
リー・イスラエル著「Can You Ever Forgive Me? 」
マリエル・ヘラー監督作品のDVD(Amazon)
「A Beautiful Day in the Neighborhood」(2019年)
メリッサ・マッカーシー出演作品のDVD(Amazon)
「ブライズメイズ 史上最悪のウエディングプラン」(2011年)
「SPY/スパイ」(2015年)
「ゴーストバスターズ」(2016年)
贋作や詐欺を描いた映画のDVDの(Amazon)
「オーソン・ウェルズのフェイク」(1973年)
「グリフターズ/詐欺師たち」(1990年)
「ユージュアル・サスペクツ」(1995年)
「スパニッシュ・プリズナー」(1997年)
「オーシャンズ11」(2001年)
「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」(2002年)
「マッチスティック・メン」(2003年)
「ザ・ホークス ハワード・ヒューズを売った男」(2006年)
「トスカーナの贋作」(2010年)
「コンプライアンス 服従の心理」(2012年)
「アメリカン・ハッスル」(2013年)
「ウルフ・オブ・ウォールストリート」(2013年)