夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「海は燃えている〜イタリア最南端の小さな島〜」:アフリカや中東からの移民が目指すランペドゥーザ島の住民に密着したドキュメンタリー

「海は燃えている〜イタリア最南端の小さな島〜」(原題:Fuocoammare)は、2016年公開のイタリアのドキュメンタリー映画です。ジャンフランコ・ロッシ監督で、イタリア最南端に位置するランペドゥーサ島を舞台に、島民の日常や過酷な旅を経て島にたどり着いた難民・移民の姿を映し出しています。第66回ベルリン国際映画祭金熊賞を獲得した作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:ジャンフランコ・ロッシ
脚本:ジャンフランコ・ロッシ
出演:サムエレ・プチッロ
   ジュゼッぺ・フラガパーネ
   ピエトロ・バルトロ
   ほか

あらすじ

イタリア最南端、地中海に浮かぶ北アフリカにもっとも近いヨーロッパ領の小さな島、ランペドゥーザ島。ここで暮らす地元漁師の子で12歳の少年サムエレは、友だちと手作りのパチンコで遊ぶのが大好きな普通の子どもです。島の人々もまた、どこにでもあるような平穏な日々を生きています。しかし、この島にはもうひとつの顔があります。この数十年間、アフリカや中東から船でやってくる移民や難民にとって、ランペドゥーサ島はヨーロッパの玄関口でした。人々は平和と自由で幸せな暮らしを求め、命がけで海を渡ってきますが、その過程で多くの人が命を落とします。日々この人道的な危機を目の当たりにしてきた難民たちを治療する医者や、島の日常にカメラは静かに寄り添いながら、移民問題の本質をあぶり出していきます・・・。

レビュー・解説

アフリカや中東からの移民の目的地として昨今、メディアに注目され始めたランペドゥーザ島の住民に密着し、移民問題の本質をじっくりとあぶり出したユニークなドキュメンタリーです。

 

ランペドゥーザ島は、「胸騒ぎのシチリア」(2015年)の舞台となったパンテッレリーア島から150キロほど南に下った、イタリア領最南端の小さな島です。累計50万部突破のベストセラーシリーズ「死ぬまでに行きたい!世界の絶景」で紹介されており、そちらでこの島の名前を知っている人もいるかもしれません。

 

 

ランペドゥーザ島シチリア島よりもチュニジアの海岸の方が近く、地理的にはヨーロッパではなくアフリカに属するとされることもあります。ランペドゥーザ島北アフリカから最も近い位置にあるヨーロッパ諸国の領土であるため、ヨーロッパを目指すアフリカからの移民・難民の目的地となっています。島には二十年前から移民が来ていましたが、2010年から翌年にかけて発生したジャスミン革命の際には、約6500人の島民に対して約5万人という大量の難民がランペドゥーザ島に到着、また、2013年にはアフリカや中東からヨーロッパを目指す難民船の大規模な沈没事故が二度も発生し、注目されるようになりました。

 

移民は海上で救助される

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移民でごった返す島を舞台にしたドキュメンタリーかと思いきや、移民のシーンはあまり出てきません。実はイタリア政府は、2013年に「マーレ・ノストルム」という難民を救出する作戦を開始、国境はランペドゥーサから、海の真ん中に移動しました。以前は、移民が直接、ランペドゥーザ島にやってきて、島に数日滞在したので、移民と島民の間に交流があったのですが、マーレ・ノストルム以来、移民は海上で救助されるようになり、今ではすべてが組織化、制度化されました。移民は海上で船に乗せられ、港から移民センターに移され、2、3日そこに滞在し、身分確認が終わってからヨーロッパ大陸に向かうので、移民と住民の接触はほとんどなくなったといいます。

 

そんなランペドゥーザ島を訪れたロッシ監督は、メディアでの報道とは全く違う複雑さを感じたと言います。島の本来の姿を描く映画にしたかったという彼は、短編では撮りきれないと、島に引っ越し、古い港の小さな家を借りて、最初の三ヶ月はカメラを持たずに滞在しました。長く滞在することが重要で、人物を知って始めてどこにカメラを置いていいか分かるという彼は、レンズは85ミリと28ミリの2種類だけ、ズームは使わず、カメラは固定で撮影しています。インタビューもせずに、じっと被写体を追います(映画の中でバルトロ医師が難民について語るのは、インタビューではなく、自発的に話したものを撮影している)。ロッシ監督曰く、「自分の作品は人物考察のような映画、ポートレイトに近いもの」と、極めてユニークなドキュメンタリーです。

 

ドキュメンタリーには、難民・移民の上陸に立ち会う島でただ一人のバルトロ医師が登場しますが、他の大部分はサムエレ少年など移民と接点のない島の人々の淡々とした描写が多く、たまに移民のシーンが効果的に入ります。特に中盤に入る移民が歌うラップは、インパクトが大きいです。

これは俺の証言だ
ナイジェリアでは暮らせない
大勢死んだ、爆撃も受けた
爆撃を受けたからナイジェリアから逃げた
砂漠に逃げた、サハラに逃げて大勢死んだ
サハラに逃げて大勢死んだ
殺され、侵され、暮らしもたたない
今度はリビアに逃げた
リビアにはイスラム国の連中がいて、
そこにもいられなかった
跪いて俺達は泣いた、「どうすりゃいいんだ?」
山はかくまってくれない、人もかくまってくれない
だから今度は海に逃げた
海までの旅の途中、大勢が命を落とした
海に沈んだ仲間もいる
ボートに乗ったのは90人、助かったのは30人だけ
今、俺達は生きている
海は渡っていける場所じゃない
海は人が通れる道じゃない
だけど俺達は生きている
命を賭けなきゃ助からない、人生自体が賭けだから
何週間もサハラ砂漠にいる中で、大勢が自分の小便を飲んだ
生き延びるために、自分の小便を飲んだんだ
それは命をかけた旅だから
砂漠にいる内に水が尽き、自分の小便を飲んだんだ
「神よ、砂漠では死にたくない」
リビアに逃げても、誰も同情はしてくれない
アフリカ人だから誰も助けない
牢屋に閉じ込められ、一年暮らした奴が大勢いた
六年暮した奴が大勢いた、大勢が牢屋で死んだ
リビアの監獄はひどかった
食べ物はなく、毎日殴られ、水もなく
大勢、そこを逃げ出した
今、俺達はここにいる、神が助けてくださった
死を恐れずに海に出よう
リビアの監獄を生き延びたんだ、海でなど死ぬもんか
海に出た俺達はこうして助かった

 

クライマックスに、バルトロ医師と共に難民船の救出に向かうシーンはありますが、島の人々に関する部分は、あるがままの姿を淡々と映し出すタイプのドキュメンタリーで、

  • サムエレ少年の弱視を難民に会えなくなり問題が見えなくなった島の人々の暗喩
  • 腕をライフルに見立てるサムエレ少年の遊びを移民にどう接して良いのかわからない人々の暗喩

として全体の構成を整えています。

 

映画を観て、アフリカに近いにもかかわらず、島に移民やアフリカの文化を感じさせるものが少ないことように感じました。アフリカが近いとは言え、やはり海は大きな隔たりを生むのかと思いました。ロッシ監督によると、イタリアは保守的で社会的地位を得るのが難しく、世襲が多い、変化を許さない停滞した社会で、人種を超えた統合が難しいとのことで、そうしたお国柄も影響しているのかもしれません。

 

もうひとつ感じたのは、実際に救助に当たる人々を除けば、組織化、制度化により、島がもはや移民の現場でなくなっていることです。移民の悲惨さが見えるのは実際に救助に当たる限られた人々だけで、移民の現場は国境にありながらもはや移民と接することのない島ではなく、遠く離れた土地で実際に移民を受け入れる国々になりつつあります。これまで、欧州がアフリカや中東の移民を受け入れるのは地理的に近いからと考えていました。しかし、組織化、制度化により、移民の現場が政治的に決まるとしたら、地理的な要因は絶対的なものではなくなります。日本はこれまで移民とは実質、無関係でしたが、今後は政治的決定があれば、日本も移民の現場になりうるわけです。日本の2015年の難民認定はわずか27人、これまで認定されたシリア難民は6人と、移民受け入れは異常に低いのが実情です。日本の考え方が簡単に変わるとも思えないのですが、日本人が

  • 悲惨さについて心情的には共感するが、移民を物理的に受け入れることができないのか
  • そもそも移民の悲惨さについて心情的に共感できないのか

少し考えてみても良い気がしています。

 

サムエレ少年

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バルトロ医師

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撮影地(グーグルマップ)

 

 

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関連作品

移民を描いた映画

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ランペドゥーザ島の絶景を紹介した書籍Amazon

  詩歩著「死ぬまでに行きたい! 世界の絶景」

 

地中海を舞台にした映画のDVD(Amazon

  「太陽がいっぱい」(1960年)

  「ニュー・シネマ・パラダイス」(1988年)

  「グランブルー」(1988年)

  「イル・ポスティーノ」(1994年)

  「リプリー」(1999年)

  「ボーン・アイデンティティー」(2002年)

  「もうひとりの息子」(2012年)

  「ギリシャに消えた嘘」(2012年)

  「ビフォア・ミッドナイト」(2013年)

  「胸騒ぎのシチリア」(2015年)

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