「胸騒ぎのシチリア」:地中海のパンテッレリーア島を舞台に、オスカー級俳優が天才的パフォーマンスで絡み合う欲望を描く心理サスペンス
「胸騒ぎのシチリア」(原題:A Bigger Splash)は、2015年公開のイタリア・フランス合作の心理サスペンス&ドラマ映画(英語劇)です。イタリア・フランス合作映画「太陽が知っている」(1968年)を原作に、ルカ・グァダニーノ監督、デヴィッド・カイガニック脚本、ティルダ・スウィントン、レイフ・ファインズら出演で、地中海のパンテッレリーア島で静養する女性ロック歌手とその恋人が、押しかけてきた元彼とその娘に翻弄される様を描いています。
目次
スタッフ・キャスト
監督:ルカ・グァダニーノ
脚本:デヴィッド・カイガニック
原作:アラン・パジュ
出演:ティルダ・スウィントン(マリアン・レーン、ロック歌手、喉を手術し静養中)
レイフ・ファインズ(ハリー、敏腕音楽プロデューサー、マリアンの元カレ)
マティアス・スーナールツ(ポール、無名の映画監督、マリアンの現在の恋人)
ダコタ・ジョンソン(ペネロープ、ハリーが父と最近わかったアメリカの少女)
ほか
あらすじ
世界的な人気を誇るロック歌手のマリアン(ティルダ・スウィントン)は、恋人で無名の映画監督のポール(マティアス・スーナールツ)と南イタリアの孤島、シチリアのパンテッレリーア島で静養しています。声帯の手術を受けたばかりのマリアンは、声を出して話すことができません。そんな中、マリアンの元恋人でカリスマ音楽プロデューサーのハリー(レイフ・ファインズ)が、セクシーな娘ペネロープ(ダコタ・ジョンソン)を連れて押しかけてきます。歌って踊り続けるエネルギーの塊のようなハリーは、実はマリアンとの復縁を狙っています。一方、若さを持て余すペネロープはポールへの好奇心を募らせていきますが、父親のはずのハリーとも何やら妖しげな雰囲気を漂わせます。マリアンの嫉妬と困惑と迷いが最高潮に達した時、思いもよらない事件が起きます・・・。
レビュー・解説
地中海シチリア海峡のパンテッレリーア島を舞台に、ティルダ・スウィントンとレイフ・ファインズが天才的なパフォーマンスを遺憾なく発揮、絡み合う欲望をドラマ・クォリティで描いた心理サスペンスです。
フランス・イタリア合作映画「太陽が知っている」(1968年)のリメイクですが、欲望をテーマに掘り下げてみたかったというルカ・グァダニーノ監督は、舞台をオリジナルのサントロペから、シチリアのパンテッレリーア島に変えました。パンテッレリーア島は地中海のシチリア海峡にある火山島で、人口約8000人、1時間もあれば車で一周できてしまいそうな規模の島です。イタリア領ですが、シチリア島から100キロ、アフリカ大陸のチュニジアから70キロと、アフリカ大陸により近く、アラブ文化の影響を受けており、パンテッレリーアという名も「風の子供」という意味のアラブ語に由来します。周囲に遮るものがない為、年間を通してシロッコ(サハラ砂漠を起源とし地中海を越えてイタリアに吹く暑い南風)が吹きつけ、河川がなく地下水も乏しいなど、厳しい環境の島です。強風から守る為、葡萄の木は膝丈程の低株仕立てで、一房ずつの手積み収穫は腰を屈めての重労働で、世界無形文化遺産に認定されています。今や国際的なリゾートとなったサントロペをファンタジーとすれば、パンテッレリーアは地中海の実存を感じさせるロケーションです。
地中海シチリア海峡にあるパンテッレリーア島が舞台
そんなパンテッレリーアで、マリアンは恋人のポールとのんびり過ごしていますが、そこへレイフ・ファインズ扮するハリーが娘をつれて突然、訪ねてきます。彼は、ローリング・ストーンズのアルバムも手掛けたことがあるカリスマ的な音楽プロデューサーで、これをファインズがエネルギッシュで情熱的に演じていますが、その止まることを知らないマシンガン・トークが見ものです。さらには、「トロピック・サンダー/史上最低の作戦」(2008年)でトム・クルーズが見せたグロスマン・ダンスに匹敵するほどの、ユニークなダンスを見せます。ダンスで自己表現するような役をやったことのなかった彼は、これに挑戦する為にこの役を受けたと言っても良く、ダンサーではない人に教えるのがうまい振付師に相談し、素晴らしい即興の踊りを披露しています。彼は「シンドラーのリスト」や「イングリッシュ・ペイシェント」などシリアス・タッチのドラマでアカデミー俳優賞にノミネートされていますが、「グランド・ブダペスト・ホテル」(2014年)ではコミカルな役を演じ、芸域の広さを見せています。彼は元々、トニー賞を受賞するほどの舞台俳優で、本作のハリーような役を悲喜劇的に演じることができるわけですが、ここまで本格的に演じられる芸達者な俳優はそうそういません。
レイフ・ファインズ(ハリー、敏腕音楽プロデューサー、マリアンの元カレ)
レイフ・ファインズ(1962年〜) は、イギリスの俳優。王立演劇学校でキャリアをスタート、1988年にロイヤル・シェイクスピア・カンパニーに参加、1995年にブロードウェイで「ハムレット」に主演し、トニー賞を受賞。映画初出演は「嵐が丘」(1992年)で、「シンドラーのリスト」(1993年)でアカデミー助演男優賞にノミネート、「イングリッシュ・ペイシェント」(1996年)でアカデミー主演男優賞にノミネートされている。その後も「ナイロビの蜂」、「ハリー・ポッター」シリーズ、「グランド・ブダペスト・ホテル」など、評価の高い作品に出演。映画俳優としてのキャリアも確立した現在も、古典的文芸作品から近代作家の作品まで幅広く舞台に出演している。
そんなレイフ・ファインズを、オスカー女優のティルダ・スウィントンが迎え撃つのですが、彼女もただのオスカー女優ではありません。彼女は「フィクサー」(2007年)でアカデミー助演女優賞を受賞していますが、演じるの役の幅が極端に広く、時には本人とわからないほど変身します。最近だけでも、
- ソーシャルワーカー〜「ムーンライズ・キングダム」(2012年)
- バンパイア〜「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」(2013年)
- 道化的政治家(入れ歯を着用)〜「スノーピアサー』(2013年)
- 80歳の大富豪〜「グランド・ブダペスト・ホテル」(2014年)
- 双子のジャーナリスト(一人二役)〜「ヘイル、シーザー!」(2016年)
など、かなり変化に富んだ役をこなしています(詳細はティルダ・スウィントン〜型破りな役に挑戦、別人のように姿を変え続ける、スタイリッシュで個性的なオスカー女優 - 夢は洋画をかけ廻る)。本作で彼女が演じるマリアンは、当初、アメリカ訛を覚えようとするイギリスの女優という設定でした。脚本をすべて読んだスウィントンは、これを音楽を通じて親密にハリーと結びついたロック歌手に変更することを提案します。さらに、マリアンが言葉を話せない状況にあることを提案、マシンガンの様に話す名優レイフ・ファインズを相手に、彼女はほとんど言葉なしで演じることを選びます。スウィントンを共同制作者と捉えているルカ・グァダニーノ監督だからこそ可能な大変更ですが、スウィントンはさらに彼がテーマとする「欲望」に、
- ロック歌手としてハリーとともに情熱的に生きるか
- 無名の映画監督であるポールとともに静かに生きるか
という、女性としての迷いを重ね合わせます。ただの心理サスペンスにとどまらず、本作にドラマの深みが出ているのは、こうした彼女が演ずる上での解釈による部分が少なくありません。
ティルダ・スウィントン(右、マリアン・レーン、ロック歌手、喉を手術し静養中)
ティルダ・スウィントン(1960年11月5日〜)は、ロンドン出身のイギリスの女優。ケンブリッジ大学で政治学と社会学を専攻、1983年に卒業後、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーで演劇を学ぶ。長身、クールな風貌と知的な演技が評価され、魔女や天使、女王、女ボスなどキーマン的な存在感ある役柄が多い。「フィクサー」(2007年) でアカデミー助演女優賞と英国アカデミー賞 助演女優賞を受賞している。
マリアンの現在の恋人ポールを演じるのが、「君と歩く世界」(2012年)でセザール賞有望新人賞を獲得したマティアス・スーナールツです。ハリーと対照的に純粋で寡黙なポールは、スーナールツのはまり役です。また、ハリーの娘ペネロープを演じるのが、「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」(2015年)で一躍、有名になったダコタ・ジョンソンです。静かな生活に惹かれるスウィントンとは対照的で、22歳と偽る17歳の好奇心旺盛な少女を演じています。ペネロープは当初、マーゴット・ロビーが演ずる予定でしたが、スケジュールが合わなくなり、ダコタ・ジョンソンが急遽、起用されました。「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」(2015年)はまだ公開されていませんでしたが、結果的に話題性のある強力なキャスティングとなりました。
マティアス・スーナールツ(ポール、無名の映画監督、マリアンの現在の恋人)
マティアス・スーナールツ(1977年〜) は、ベルギーの俳優。父も俳優。1992年、アカデミー外国語映画賞にノミネートされたベルギー映画「神父ダーンス」 で15歳にして映画デビュー。同じくアカデミー外国語映画賞にノミネートされた「闇を生きる男」(2011年)や、セザール賞有望新人賞を受賞した「君と歩く世界」(2012年)などに出演している。
ダコタ・ジョンソン(ペネロープ、ハリーが父と最近わかったアメリカの少女)
ダコタ・ジョンソン(1989年〜)は、テキサス出身のアメリカの女優、ファッションモデル。俳優ドン・ジョンソンと女優メラニー・グリフィスの間の娘。2006年からモデルとして活動。1999年、継父が監督、実母が出演する映画でデビュー、「ソーシャル・ネットワーク」(2010年)、「21ジャンプストリート」(2012年)などに出演している。オーディションで「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」(2015年)の主役を得て、ヌードやラブシーンなどの難度の高い演技で話題となる。
なお、原題の「A Bigger Splash」は、イギリスの画家デイヴィッド・ホックニーがカリフォルニアの邸宅のプールに飛び込みで立ち上がる水しぶきを描いた、同名の絵に由来します。映画では使用されませんでしたが、イギリスのテート・ギャラリーでダコタ・ジョンソンがこの絵を凝視するシーンが撮影されました。恐らくは、未知なるものへの憧憬や、未来への予感を暗示するものであったと思われます。
サウンドトラック
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1. Observatory Crest - Captain Beefheart 2. Beauty Is Only Skin Deep - Robert Mitchum 3. Black Silk Stocking - Chrisma 4. Jump Into the Fire - Nilsson 5. Moon Is Up - the Rolling Stones 6. Heaven - the Rolling Stones |
7. "Dal Labbro Il Canto Estasiato Vola" - Daniil Shtoda, Dorothea Röschmann, Adrianne Pieczonka, Larissa Diadkova, Stella Doufexis, Berliner Philharmoniker, Claudio Abbado 8. Okanagon - Ensemble Phoenix Basel 9. Pranam II - Ensemble Phoenix Basel 10. Aguirre I (L'acrime Di Rei) - Popol Vuh 11. Emotional Rescue - St. Vincent |
動画クリップ(YouTube)
撮影地(グーグルマップ)
- マリアンのコンサートシーン
- 冒頭、マリアンとポールが訪れる湖
- ハリーとペネロープを迎えた空港
- マリアンとポールが滞在する別荘
- ハリーとマリアンが買い物をしたスーパー
- ポールとペネロープが出かけた磯浜
- マリアンらが取り調べを受けた警察署
関連作品
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ルカ・グァダニーノ監督 x ティルダ・スウィントンのコラボ作品(Amazon)
「ミラノ、愛に生きる」(2009年)
「君の名前で僕を呼んで」(2017年)
ティルダ・スウィントン x レイフ・ファインズ共演作品のDVD(Amazon)
「グランド・ブダペスト・ホテル」(2014年)
ティルダ・スウィントン出演作品
「シンドラーのリスト」(1993年)
「クイズ・ショウ」(1994年)
「イングリッシュ・ペイシェント」(1996年)
「ナイロビの蜂」(2005年)
「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」(2005年)
「ヒットマンズ・レクイエム」(2008年):Amazonビデオ
「ハート・ロッカー」(2009年)
「ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2」(2012年)
「007 スカイフォール」(2012年)
マティアス・スーナールツ出演作品のDVD(Amazon)
「遥か群集を離れて」(2015年)・・・Amazonビデオ
「ソーシャル・ネットワーク」(2010年)
地中海を舞台にした映画のDVD(Amazon)
「太陽がいっぱい」(1960年)
「ニュー・シネマ・パラダイス」(1988年)
「グランブルー」(1988年)
「イル・ポスティーノ」(1994年)
「リプリー」(1999年)
「ボーン・アイデンティティー」(2002年)
「ギリシャに消えた嘘」(2012年)
「ビフォア・ミッドナイト」(2013年)
「海は燃えている〜イタリア最南端の小さな島〜」(2016年)
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A Bigger Splash (Original Motion Picture Soundtrack) - Various Artists(iTUnes)
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