夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「愛、アムール」:パリのアパルトマンを舞台に、孤立しながらも不治の病に対峙する老夫婦の愛を、緻密な脚本とリアルな演技で実直に描く

愛、アムール」(原題:Amour)は、2012年公開のオーストリア・フランス・ドイツ合作のヒューマン・ドラマ映画です。ミヒャエル・ハネケ監督・脚本、ジャン=ルイ・トランティニャンエマニュエル・リヴァイザベル・ユペールら出演で、パリで暮らす、妻が不治の病に倒れた老夫婦を描いています。第65回カンヌ国際映画祭ミヒャエル・ハネケが二作連続となるパルム・ドールを受賞、第85回アカデミー賞外国語映画賞を受賞、自由に動かなくなった体に苦悩する妻アンヌを演じたエマニュエル・リヴァが、史上最年長でアカデミー賞主演女優賞にノミネートされた作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:ミヒャエル・ハネケ
脚本:ミヒャエル・ハネケ
出演:ジャン=ルイ・トランティニャン(ジョルジュ、アンヌの夫、妻の世話をする)
   エマニュエル・リヴァ(アンヌ、ジョルジュの妻、不治の病に倒れる)
   イザベル・ユペールエヴァ、ジョルジュとアンヌの娘、遠くに住んでいる)
   アレクサンドル・タロー(本人、ピアニスト、アンヌのかつての教え子)
   ほか

あらすじ

  • ジョルジュ(ジャン=ルイ・トランティニャン)とアンヌ(エマニュエル・リヴァ)は音楽家の老夫婦で、パリ中心部のアパルトマンに暮らしています。ある日、ふたりはアンヌの愛弟子のピアニスト、アレクサンドル(アレクサンドル・タロー)の演奏会へ行き、満ち足りた一夜を過ごしますが、翌日、朝食を摂っている最中に、突然、アンヌが動きを止め、ジョルジュの言葉に全く反応しなくなります。ジョルジュが一旦、席を外して戻ると、彼女は普段通りに戻っており、自身に異変があったことも覚えていません。検査の結果、彼女の症状は病気による発作であることがわかりますが、手術は失敗に終わり、アンヌは不自由な暮らしを余儀なくされてしまいます。「病院には戻りたくない」という医者嫌いの彼女の願いを受け、ジョルジュは車椅子が必要となった妻とともに自宅で暮らすことを決意します。
  • 穏やかに時間が過ぎる中、誇りを失わないアンヌはこれまで通りの暮らしを毅然と貫き、ジョルジュもそれを支えます。離れて暮らす一人娘のエヴァイザベル・ユペール)も、階下に住む管理人夫妻もそんな彼らを尊重し、敬意をもって見守ります。しかし、徐々に状態が悪化し、思い通りにならない体に苦悩するアンヌは、時に「もう終わりにしたい」と漏らします。アンヌの病状は確実に悪化し、母の衰弱に動揺したエヴァは「病院でもっといい治療が受けられるはず」と主張しますが、既に手をつくしているジョルジュは「入院させてもすぐにホスピスに送られるだけ、同じことは家でもできる」と答え、頑として譲りません。しかし、心ない態度に業を煮やしたジョルジュは訪問介護士を解雇してしまい、老夫婦は家族からも社会からも孤立していきます。そんな中、ジョルジュは苦しむアンヌに向かって、懐かしい日々の思い出を語り出します・・・。

レビュー・評価

パリのアパルトマンを舞台にした室内劇ですが、家族、社会から孤立しながらも、不治の病に果敢に対峙する老夫婦の愛を、緻密な脚本・演出、二人の老俳優のリアルな演技で、実直に描いた、中味の濃いドラマ映画です。

 

人間は老いや不治の病から逃れることはできません。いつかしら自分の親や自分たち自身がそうした状況に陥るわけですが、我々はこうした問題に意外に無防備です。また、こうした状況に陥った人々を理想的でも、感傷的でもなく、現実的な視点から描いた作品も決して多くはありません。愛する叔母が病気で長く苦しむのを黙って見ているしかなかったという、私的な経験をきっかけに本作を思い立ったというハネケ監督は、妻が不治の病に倒れた老夫婦の愛と夫の真摯な対応を、飾ることなく実直に描いています。核家族化が進んでいますが、愛する人老いや不治の病を経験した人は共感を、未経験の人は学びを得られる作品ではないかと思います。

 

愛する妻が不治の病に倒れた老夫婦の愛を描く

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本作では、彼らの「家」が舞台になっていますが、

  • 序盤、老夫婦がコンサートから帰ると自宅の鍵が壊されている
  • 中盤、妻が娘に不自由な言葉で「家を売ってはダメ」と強いこだわりを見せる
  • エンディングで家の印象的なシーンが映し出される

など、あたかも「家」が老夫婦の最後の砦か何かの比喩であるかのようなこだわりが感じられます。この点に関してハネケ監督は次のように語っており、単に老夫婦の関係だけではなく、二人を取り巻く環境を鋭い観察に基いてしっかりと描いていることがわかります。

(鍵が壊されるのは象徴的表現で、)物理的であれ、精神的であれ、弱い立場に置かれた時、人は外の世界に脅威を感じるようにようになります。予期せぬ事、未知な事は、すべて潜在的な危険と見做されます。

(家にこだわるのは、)第一に、本作は老人を描いており、特に病気の老人の場合、世界は自分たちが暮らす四つの壁に囲まれた空間に縮小します。彼らは処理しきれない外の世界を遮断します。もう一つ、私は本作を社会派ドラマにしたくありませんでした。病院や救急、医者を題材にこうしたテーマを描いた映画はありますが、それは私のやろうとしたことではありません。私がやりたかったのは社会派ドラマではなく、「愛する人の苦しみにどう対処するか?」という問題を扱う実存的なドラマです。(ミヒャエル・ハネケ監督)
https://www.timeout.com/london/film/michael-haneke-interview-2

 

愛する妻の願いを聞き入れ、夫は妻を自宅で介護する

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「重要なのは、愛する人の苦しみを感じることではなく、愛する人の苦しみにどう接し、何をなすかだ」と、ハネケ監督は言います。妻の手術が失敗に終わった後、「病院には戻りたくない」という病院嫌いの妻の願いを叶える為に、夫は在宅治療を決意します。後に衰弱する母を見かねた娘が、「病院でもっといい治療が受けられるはず」と主張しても、既に手をつくしている夫は「入院させてもすぐにホスピスに送られるので、同じことは家でもできる」と、頑として譲りません。

 

老夫婦は看護師と介護士を雇う余裕がありますが、お金があって在宅介護できれば二人にとって快適かと言えば、必ずしもそうではありません。

  • 病院や施設の場合、職員や仲間と横の繋がりができるが、自宅では社会的に孤立しがちになる
  • 自宅の閉鎖空間が訪問看護師や訪問介護士の手抜きを招きかねない
  • 妻は愛する夫に常時、負担をかけることになる
  • 夫は愛する妻が苦しむのを常に見ていなければならない

などといった問題もあります。長年、連れ添った老夫婦が、この最後の試練とも言える大きな壁を直面してどのように愛を成就するのか、それが本作の主題です。

病気であるとか、死であるとか、そういうものを描いた作品ではなく、これは愛について語られた映画なのです。すでに見た多くの人たちから、見る前は先入観で怖くて、憂鬱になるのかな、病気や老人の話で気分が滅入るかな、と思っていたけれど、実際観た後は、何か慰められた気持ちになって映画館を出ることができた、という言葉を多く聞きました。(ミヒャエル・ハネケ監督)
http://eiga.com/movie/58339/interview/

  

<ネタバレ>

衰弱したアンヌは、食事や水を拒否するようになります。やがて、激しい痛みにうなされるようになったアンヌを見かねたジョルジュは、アンヌに枕をかぶせて窒息死させます。アンヌを失ったジョルジュの喪失感は大きく、自宅に迷い込んで来た鳩を毛布で捕まえ、慈しむように胸に抱えます。しかし、アンヌの後を追う覚悟を決めたジョルジュに代わりは不要で鳩を逃します。遠ざかる意識の中で、ジョルジュはアンヌとともにコートを着て家のドアから出て行ます。入れ替わるかの様に、娘が主亡き家を訪れます。部屋の扉が開け放たれ、明るい光が入り込むガランとした家には、一種の清々しさが漂い、長年連れ添ったアンヌとジョルジュが最後の試練を乗り越えて、現世の愛から永遠の愛に魂が解放されたことを示唆するかのようです。

<ネタバレ終わり>

 

ジャン=ルイ・トランティニャン(ジョルジュ、アンヌの夫、不治の病の妻を世話する)

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ジャン=ルイ・トランティニャン(1930年〜)は、フランスの映画俳優。20歳を過ぎてから演劇やダンスを学び1955年に映画デビュー。知的で温厚な個性を発揮、数多くの青春映画や犯罪映画に主演、「男と女」(1966年)などが知られている。2003年に次女の女優マリー・トランティニャンを恋人のロックミュージシャンの暴行で失っている。14年間、映画に出演していなかったが、トランティニャンの主演を前提にハネケ監督が書いた脚本を気に入り、80歳を越える高齢、不自由な足、手の骨折を押して本作に出演している。

 

エマニュエル・リヴァ(左、アンヌ、ジョルジュの妻、不治の病になり在宅治療を望む)

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エマニュエル・リヴァ(1927年〜)はフランス出身の女優。パリで舞台に立った後、1957年よりテレビ・映画に出演するようになり、「二十四時間の情事」(1959年)でよく知られている。およそ50年の間、大きな役を演じたことがなかったが、抜群のオーディションで、トランティニャン演じるジョルジュと50年寄り添った、真実味のある、お似合いの夫婦になるとして起用された。本作の演技で、第85回米国アカデミー賞主演女優賞に史上最年長(85歳)でノミネートされている。

イザベル・ユペールエヴァ、ジョルジュとアンヌの娘、遠くに住みたまに訪れる)

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イザベル・ユペール(1953年) は、パリ出身のフランスの女優。学生の頃から演技を学び、舞台、テレビを経て1972年に映画デビュー。数々の賞を受賞しており、セザール賞主演女優賞にはこれまで史上最多の14回ノミネートされているフランスの実力は女優。本作のハネケ監督とは友人で、監督が出演を頼めば断ることのない間柄だという。本作では助演だが、限られた出番ながら充実した確実な演技を見せている。「エル ELLE」(2016年)では、第89回アカデミー賞主演女優賞にノミネートされている。

サウンドトラック

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1. 即興曲 変ト長調 作品90-3 D899-3 (映画より) 
2. 即興曲 ハ短調 作品90-1 D899-1 (映画より)
3. バガテル ト短調 作品126-2 (映画より) 
4. コラール前奏曲:主イエス・キリストよ、われ汝に呼ばわる BWV639 (映画より) 
5. 楽興の時 第3番 ヘ短調 作品94-3 D780-3 (追加曲) 
6. バガテル イ長調 作品33-4 (追加曲) 
7. バガテル ハ長調 作品 33-2 (追加曲) 
8. 映画からのダイアログ抜粋シーン1 (アレクサンドル・タローエマニュエル・リヴァ、ジャン=ルイ・トランティニャン) (ボーナス)
9. 映画からのダイアログ抜粋シーン2 (ジャン=ルイ・トランティニャン、エマニュエル・リヴァ) (ボーナス) 

 

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関連作品

ミヒャエル・ハネケ監督作品のDVD(Amazon

  「隠された記憶」(2005年)

  「白いリボン」(2009年)

 

ジャン=ルイ・トランティニャン出演作品のDVD(Amazon

  「Z」(1969年)

  「暗殺の森」(1970年)

  「トリコロール/赤の愛」(1994年)

 

エマニュエル・リヴァ出演作品のDVD(Amazon

  「二十四時間の情事」(1959年)

  「トリコロール/青の愛」(1993年)

 

イザベル・ユペール出演作品のDVD(Amazon

  「甘い罠」(2000年)

     「8人の女たち」(2002年)

  「ガブリエル」(2005年)

  「未来よ こんにちは」(2016年)

  「エル ELLE」(2016年)

 

老人を描いた映画

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