夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「クレアのカメラ」:キム・ミニ、イザベル・ユペールを迎え、映画の即興詩人ホン・サンス監督がカンヌを舞台に繰り広げる、大人の童話劇

クレアのカメラ」(原題:클레어의 카메라、英題:Claire's Camera)は、2017年公開の韓国のドラマ映画です。ホン・サンス監督・脚本、イザベル・ユペール、キム・ミニら出演で、女癖の悪い映画監督、監督と男女の関係にある映画会社の女社長、監督と火遊びしてしまった映画会社の社員と、虚実綯い交ぜの設定で、それぞれの思惑が交錯する、映画の聖地カンヌの舞台裏で繰り広げられる人間模様をユーモラスに、温かい眼差しで描いています。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:ホン・サンス
脚本:ホン・サンス
出演:キム・ミニ(マニ、韓国の映画製作会社の社員)
   イザベル・ユペール(クレア、フランス人の音楽教師)
   チャン・ミヒ(ナム社長、韓国の映画製作会社の女社長)
   チョン・ジニョン(ソ監督、韓国の映画監督)
   ユン・ヒソン(スンヨン、マニの後輩)
   マーク・ペランソン(テラスの男)
   シャヒア・ファーミー(クレアの友人)
   ほか

あらすじ

  • 韓国の映画会社の社員マニ(キム・ミニ)は、女社長ナム(チャン・ミヒ)からの信頼も厚い有能なベテランですが、カンヌ国際映画祭に出張中に社長から突然、仕事を辞めて帰国するよう言い渡されます。はっきりとした理由の説明もない、理不尽な解雇をマニは受け入れますが、格安航空券の為、予定を変更することもできず、当初の帰国予定日までカンヌに残ることにします。
  • 一方、映画祭に初めてやってきたフランス人の音楽教師クレア(イザベル・ユペール)は、韓国人の映画監督ソ(チョン・ジニョン)と知り合い、映画製作会社のナム社長を加えて3人で食事をします。自分が写真を撮った人間は変わるという不思議な信念を持つクレアは、食事の席で二人の写真を撮り、一足先に店を出ます。クレアが去った後、酔い始めたソ監督は、ナム社長に男女の関係を清算したいと切り出します。
  • 同じ頃、話し相手もなく海岸でひとり物思いに浸っていたマニは、ポラロイド・カメラを手にしたクレアと出会います。二人は意気投合し、マニの仲間の宿泊先で手作りの韓国料理を食べます。クレアが撮った写真を見せてもらったマニは、ソ監督が写っていること気づきます。ソ監督は彼を愛する韓国人女性と一緒だったと聞いたマニは、その女性がナム社長であること、マニがソ監督と一夜を共にしたことを知ったナム社長が彼女を解雇したことを察します。
  • マニとクレアは、マニがナム社長に解雇を言い渡されたカフェへと向かい、クレアはマニにカメラを向けてシャッターを切ります・・・・。

レビュー・解説

映画の即興詩人ホン・サンス監督が、ミューズのキム・ミニに加えて旧知の大女優のイザベル・ユペールを迎え、映画の聖地カンヌの街を舞台にマジック・リアリズムを交えながら繰り広げる、魅力的で、おかしくて、軽くて、深みのある、大人の為の童話劇です。

 

カンヌを舞台にマジック・リアリズムを交えて繰り広げる大人の為の童話

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映画の聖地カンヌの素顔

本作は、2016年にイザベル・ユペールが「エル ELLE」、キム・ミニが「お嬢さん」の上映の為にカンヌ映画祭を訪れた機会を利用し、わずか数日間で撮影したという異色作です。カンヌはもともと農業、水産業を中心とした村落でしたが、19世紀になってフランス国内外の貴族が別荘を建てはじめ、徐々に高級リゾート地へと発展した街です。我々が目にするカンヌは映画祭会場のパレ・デ・フェステバル・エ・コングレのレッド・カーペットの映像がほととんですが、ホン・サンス監督はヨット・ハーバーを挟んで映画祭会場の反対側にある旧市街ル・シュケを中心に、曲がりくねった石畳の坂道や階段など、古くからあるカンヌの街の素顔を見せてくれます。

 

カンヌ映画祭の会場と旧市街ル・シュケ(グーグルマップ)

手前中央付近にあるのがカンヌ映画祭が開催されるパレ・デ・フェステバル・エ・コングレで、ヨット・ハーバーを挟んで映画祭会場の反対側にあるのが旧市街のル・シュケ。マニが宿泊するアパート、マニが後輩と会うカフェ​、​クレアが友人と下る坂道​、​クレアがソ監督と出会うカフェ、​クレアとソ監督とナム社長が食事をする中華レストラン​、終盤に​マニとナム社長が下る階段​などは、このル・シュケで撮影されている。映画祭会場の手前、海岸沿いには、世界から集まる著名人や映画俳優が宿泊する超高級ホテルをはじめ、高級レストラン、ブティックなどが並ぶ、目抜き通りのラ・クロワゼット通りが延びるが、海辺のシーンはラ・クロワゼット通り沿いの海岸ではなく、ル・シュケの向こう側、ミディ・ルイーズ・モロー通り沿いの比較的落ち着いた浜辺で撮影されている。これは登場するキャラクターたちが、いわゆるセレブではない一般人であることを考慮したロケーション設定と考えられる。

海外でも変わらない非凡な制作プロセス

ホン・サンス監督は、

  1. 撮影数ヶ月前:会いたいと思う俳優に会い、第一印象や俳優の人間性を見て、自らの体験と関連づける
  2. ロケ地を探し、近隣を歩き回り、何を撮るかも決めないまま直感で舞台となる店やバーを選びオーナーと撮影交渉する
  3. 撮影数日前:ホテルに2~3泊して構成を考え、撮影の為の予稿のようなものを作る(作らない時もある)
  4. 撮影当日:朝に何を撮るか最終決定し、その日に撮影する分の脚本を書いて俳優に渡す
  5. 撮影後、その日のうちに出来上がりを見て、気に入らなければ再撮影する
  6. 3日ほどの撮影で映画全体の構成を掴み、撮り進めるうちに自分が何をやりたいか見出す

という非凡な制作プロセスで知られていますが、これは海外のロケ撮影でも変わりません。イザベル・ユペールに出演依頼があったのが撮影の一ヶ月前で、先にホン・サンス監督の「三人のアンヌ」(2012年)の主演を務め、気心の知れている彼女はこれを快諾します。撮影のわずか一ヶ月前に、脚本も概要もない映画の出演を決めるのは、ホン・サンス監督と強い信頼関係で結ばれた俳優でなければ、決してあり得ない話です。ホン・サンス監督は役の職業だけを俳優に事前に伝え、撮影の二日前にカンヌ入りして、浜辺のシーンなど、具体的な撮影場所を決めています。一部、深夜や早朝の撮影と思しきシーンもありますが、書き入れ時のカンヌ映画祭期間中にカフェなどよく撮影できたと思います。カンヌの街自体が映画の恩恵を大きく受けている為に、映画撮影に対しても寛容なのかもしれません。

 

また、人が近づいたり、撫でたりしても、悠然と寝そべっている犬が作中に登場しますが、これはマニがナム社長に解雇を言い渡され、後にクレアとともに訪れるカフェの実際のオーナーの飼い犬で、しっかりと物語に織り込まれています。また、場所は特定できなかったのですが、階段沿いに大きな壁画があるアパートはホン・サンス監督の一行がカンヌ滞在時に実際に利用するアパートで、韓国料理を自炊して食べたり、エレベーターがよく壊れるという劇中の設定は、彼らの実体験を反映したものでしょう。こうした邂逅や出来事を取り込むのも、ホン・サンス流です。

クレアのカメラが意味するものとは?

チョン・ジニョンが演じる女たらしで酒癖が悪いソ監督は、ホン・サンス監督自身のキャラを偽悪的に誇張したものであろうことは想像に難くありません。ソ監督との火遊びが原因で解雇されたマニに対してホット・パンツが挑発的だと説教するという、いい年をした親父にありがちな無神経で余計なお世話に、マニが毅然と言い返す下りは見どころです。それでは、写真を撮ると撮られた人が変わるというクレアは、一体、何を象徴しているのでしょうか?クレアを演じたイザベル・ユペールは次のように喝破しています。

クレアはフランス人ですが、よそ者です。彼女は、デウス・エクス・マキナ機械仕掛けから出てくる神、転じて解決困難な局面に絶対的な存在が現れ解決する演出)と妖精を混ぜたような存在です。彼女は人々と出会い、彼らを元の鞘に戻します。私にとって、それは映画製作のメタファーです。同時に、それは映像の力に関するものでもあります。つまり、これはテーマに関連しますが、クレアはある時、ある人を変えるにはその人をとても良く観察しなければならないと、はっきりと言います。これはある意味、映画制作にも言えることです。人を観察し良くしようとすること、あるいは彼らに注意を払いよく理解することです。作中、私はカメラを使いますが、それはもちろん映画のカメラ(Caméra)ではなく、写真のカメラ(Appareil photo)です。フランス語のタイトルには映画用のカメラ(Caméra)が用いられていますが、それは意図的なものです。英語では写真用も映画用も同じ「カメラ」ですが、フランス語では「カメラ」(Caméra)は映画用のカメラしか意味しません。作中、私は映画用のカメラではなく写真用のカメラを使っていますが、ホン・サンス監督はこの訳の違いを知っているはずです。クレアは映画製作者の象徴として描かれていますので、ちょっとした言葉の違いがあったとしても、それは問題ではないのです。(イザベル・ユペール

https://www.villagevoice.com/2018/03/22/claires-camera-star-isabelle-huppert-on-the-unpredictable-magic-of-hong-sang-soo/

 

クレアが使用するポラロイド・カメラ

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ホン・サンス監督は、女たらしで酒癖の悪いソ監督を自身の化身として陽動する一方で、撮った相手が良い方に変わって欲しいという映画製作者として想いを、密かにクレアに託しているのです。この想いがキム・ミニ個人に向けたものかどうかはなんとも言えませんが、彼女に限っても、

  • 正しい日 間違えた日」(2015年)に出演して衝撃を受けたキム・ミニは、ホン・サンス監督の制作スタイルにのめり込むようになる(さらにホン・サンス監督との不倫の関係になり、「お嬢さん」(2016年)を最後に他の監督の作品に出演していない)
  • 「夜の浜辺にひとり」(2017年)で、キム・ミニは韓国人女優初のベルリン映画祭銀熊賞(主演女優賞)を受賞し、女優としてスケールアップする

と、ホン・サンス監督はキム・ミニを撮ることにより、確実に彼女を大きく変えてきました。彼の妻への離婚請求が棄却され、不倫へのバッシングが激しい韓国で厳しい状況にある二人ですが、これから新たな作品を撮るごとにキム・ミニはどう変化していくのか、映画のマジック・リアリズムのようにはいかないかもしれませんが、是非ともハッピー・エンディングになって欲しいものです(プライベートがどうであれ、映画が面白ければそれで良いと言えますが、映画ファンとしては、良い作品を残す映画製作者にはやはり実生活でも幸せになって欲しいと、単純に思います)。

 

キム・ミニ(マニ、韓国の映画製作会社の社員)

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キム・ミニ(1982年〜)は、韓国の女優。モデルとして活躍した後、1999年にテレビドラマ・デビュー、映画「お嬢さん」(2016年)で青龍映画賞最優秀女優賞を受賞している。「正しい日 間違えた日」(2015年)で初めてホン・サンス監督とコラボ、以降、「夜の浜辺でひとり」(2017年)、本作、「それから」(2017年)、「草の葉」、「Gangbyun Hotel 」(いずれも2018年)とコラボを続け、ホン・サンス映画に欠かせないミューズとなる。「夜の浜辺でひとり」で、ベルリン国際映画祭主演女優賞(銀熊賞)を受賞している。

 

イザベル・ユペール(クレア、フランス人の音楽教師)

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イザベル・ユペール(1953年〜)は、パリ出身のフランスの女優。フランス国立高等演劇学校で演技を学び、舞台やテレビを経て1972年に映画デビュー。1978年の「Violette Nozière」(1978年)、「ピアニスト」(2001年)でカンヌ国際映画祭女優賞を、「主婦マリーがしたこと」(1988年)、「沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇」(1995年)でヴェネツィア国際映画祭女優賞を受賞している。これまでセザール賞主演女優賞に史上最多の14回ノミネートされており、「沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇」(1995年)で主演女優賞を受賞している。「エル ELLE」(2016年)では、第42回セザール賞で作品賞と主演女優賞を、第74回ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞と主演女優賞をそれぞれダブル受賞、さらに第89回アカデミー主演女優賞にノミネートされている。ホン・サンス監督とは「3人のアンヌ」(2012年)に続いて、本作が二度目のコラボレーション。


チョン・ジニョン(右、ソ監督、韓国の映画監督)

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チョン・ジニョン(1964年〜)はソウル出身の韓国の俳優。大学卒業後、1988年に舞台デビュー、1991年に映画映画デビュー、「約束」(1998年)で第19回青龍映画賞助演男優賞を受賞している。ホン・サンス監督作品には、本作以外に「草の葉」(2018年)に出演している。

 

チャン・ミヒ(左、ナム社長、韓国の映画製作会社の女社長)

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チャン・ミヒ (1958年〜)はソウル出身の韓国の女優。1976年に女優デビュー、1970年〜1980年代にかけて、チョン・ユンヒ、ユ・ジインとならんで新三大女優と称された。その後、学歴詐称疑惑が発覚、2008年を最後に映画出演から遠ざかっていたが、本作で銀幕復帰。撮影時58歳とは思えぬ若作りで、ベテラン女優ならではの存在感を示している。

サウンドトラック

  • 「雨」:ヴィヴァルディ「四季」より「冬」第2楽章ラルゴ

    外は冬の雨だが、暖炉の傍らにゆったりとした平和な時間が流れている情景を表現した曲。美しくシンプルなメロディを好むホン・サンスらしい選曲。

撮影地(グーグルマップ)

 

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関連作品

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クレアのカメラ(字幕版)

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