夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「トリコロール/青の愛」:美しく叙情的、象徴的な演出と、主演女優の卓越した演技で、愛の喪失と再生を緻密かつダイナミックに描き出す

トリコロール/青の愛」(原題:Trois Couleurs: Bleu)は、1993年公開のフランス・ポーランド・スイス合作のドラマ映画です。フランス国旗の青、白、赤の三色をモチーフにした「トリコロール」三部作の1作目で、クシシュトフ・キェシロフスキ監督・共同脚本、ジュリエット・ビノシュら出演で、音楽家の夫と最愛の娘を事故で失い、つらい過去と決別する為に全ての財産を処分、パリでの単身生活を始める女性の苦しみと救いを描いています。第50回ヴェネツィア国際映画祭で、最高賞の金獅子賞、女優賞(ジュリエット・ビノシュ)、撮影賞を、第19回セザール賞で主演女優(ジュリエット・ビノシュ、音楽賞、編集賞を受賞した作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:クシシュトフ・キェシロフスキ
脚本:クシシュトフ・ピエシェヴィッチ/クシシュトフ・キェシロフスキ
   /アニエスカ・ホランド
出演:ジュリエット・ビノシュ(ジュリー)
   ブノワ・レジャン(オリヴィエ)
   エレーヌ・ヴァンサン(ジャーナリスト)
   エマニュエル・リヴァ(ジュリーの母)
   フロランス・ペルネル(サンドリーヌ、見習い弁護士)
   シャルロット・ヴェリ(ルシール、ダンサー)
   ほか

あらすじ

ジュリー(ジュリエット・ビノシュ)は自動車事故で夫と娘を失います。優れた音楽家で、欧州統合祭のための協奏曲を作曲中だった夫との思い出をかき消すように、郊外の田園地帯にある屋敷と家財道具一式、さらには夫が遺した未完の楽譜も処分、パリでの新しい生活を決意します。ジュリーに密かに思いを奇せていた夫の協力者、オリヴィエ(ブノワ・レジャン)を空っぽになった屋敷に呼び出したジュリーは、彼と一夜を共にしますが、彼が目覚める前に家を後にし、パリへと向かいます。パリで静かな毎日を過ごすジュリーの脳裏に、夫が作曲していた協奏曲の旋律が甦ってきて、不安と焦燥に駆られます。老人ホームにいる母親(エマニュエル・リヴア)を訪ねても、彼女はジュリーを虚ろな目で見ているだけです。そんなある日、ジュリーはオリヴィエがテレビに映っているのを見ます。彼は処分したはずの未完の楽譜を持ち、自分が曲を仕上げると宣言、また、夫が見たこともない若い女性と写っている写真もテレビに映し出されます・・・。

レビュー・解説

トリコロール」三部作第一作の本作は、美しく叙情的な映像、音楽と、ジュリエット・ビノシュの卓越したパフォーマンスで、緻密かつダイナミックに愛の喪失と再生を描き出す、クシシュトフ・キェシロフスキ監督の名作です。

 

晩年はフランスでも活躍したクシシュトフ・キェシロフスキ監督は、ポーランド出身の映画監督・脚本家で、「デカローグ」(1989-1990年)、「ふたりのベロニカ」(1991年)、「トリコロール」三部作(1993-1994年)などで知られています。「トリコロール」三部作はフランス国旗を構成する三つの色、青(自由)、白(平等)、赤(博愛)をモチーフにした、愛をテーマにした作品群で

からなり、本作「青の愛」」では、過去の愛からの自由をテーマにしています。

 

愛する夫と娘を事故で失った主人公のジュリーは、病院で服薬自殺を図りますが死にきれず、看護師の注意をそらす為にガラス窓を割ったことを詫びます。看護師は「替えるからいいのよ」と言いますが、ジュリーが失った家族に「替え」はありません。死にきれなかった彼女は、退院後、屋敷や家財道具を処分し、すべてを忘れ去ろうとします。唯一、手元の残すのが最後の夜を過ごすマットレスと青いシャンデリアです。青はこの映画のテーマ・カラーで、思い出すのもつらい亡き夫と娘との愛からの自由(解放)を意味しています。彼女がパリに引っ越し、思い出を振り切るように泳ぐプールの色も青です。

 

事故を目撃した青年が、現場で拾った十字架のネックレスをジュリーに届けに来ますが、ジュリーはこれを青年にあげてしまいます。十字架は愛の証ですが、もはやジュリーには不要のものです。パリの公園で陽の光と戯れ、すべてを忘れて幸せそうなジュリーに、ゴミ箱に空き瓶を捨てようする老婆の姿が何度もカットバックされます。高いところにあるゴミ箱の口にうまく手が届かない老婆の姿は、過去を捨て去ることは容易でないことの暗示でしょう。

 

一人で暮らし始めたパリのアパートの部屋に、同じアパートに住むダンサーのルシールが訪ねてきます。彼女は、青いシャンデリアを見て、

ルシール:子供の頃、こんなランプがあった。良くてを伸ばしたわ。触りたくてジャンプしたの。

と言います。ルシールも自由を求める女性であることが暗示され、相手を詮索しない彼女はジュリーのパリでの唯一の友人になります。下着をつけずに外出するほど奔放なルシールは、ストリップ劇場のダンサーですが、後にその仕事を選んだ理由を、

ルシール:好きなの。誰でもセックスは好きよ。

と言います。そんな自由な生活を謳歌するルシールですが、ある夜、劇場の客席に父親の姿を見つけてショックを受け、ジュリーを呼び出したりします。

 

子供がいないアパートを選んだジュリーですが、ある日、ネズミが子供を産んでいるのを見つけます。ジュリーは子供の頃からネズミ嫌いで、またネズミの子供は娘を思い出させます。また、この出来事は後に発覚する事件の予兆ととることもできます。ジュリーは猫を借りて部屋に放ちますが、怖くて部屋に戻れず、ルシールが代わりに始末してくれます。

 

老人ホームに暮らす母を訪ねたジュリーは、

ジュリー:もう、生きがいもないわ。なにひとつ。思い出もいらない。友情も愛も私を縛る罠だわ。

と、母に伝えますが、母はジュリーを自分の妹と勘違いし、ジュリーが夫と娘を失ったことも忘れています。ジュリーは、後に、再度、母を訪ねますが、世間への興味を失い、呆然とテレビに見入る母を見て、会わずに帰ります。

 

夫が作曲していた協奏曲の断片が、そんなジュリーの脳裏に甦り、苦しめます。どうしても忘れたいのに、オリヴィエは処分したはずの未完の楽譜を持ち、自分が曲を仕上げると宣言します。彼女がオリヴィエを問い詰めると、

オリヴィエ:曲はともかく、教えてやる。一つの手段だ。君を困らせ、泣かせるための。僕が必要かどうか、君から聞き出す手段だ。他に手段があるか?加筆を聴くか?自信が無いんだ。

と言います。絶句してしまうジュリーは、後にオリヴィエが最後の夜を過ごしたマットレスを持って帰った事を知ります。

 

<ネタバレ>

この事件の後、夫に愛人がいたことが発覚します。かつてのジュリーと同じ十字架のネックレスをした夫の愛人は妊娠しており、事態は大きく展開、ジュリーの心情も変化していきます。夫が作曲していた協奏曲の断片は、ジュリーが失った家族との愛の断片を象徴しています。協奏曲の断片がジュリーの頭から離れないように、亡き家族との愛の断片をジュリーは消し去ることことはできません。劇中、路傍の老人が演奏するフルートが後に協奏曲の一部をなしていく様に、愛の断片は亡き家族だけではなく、ネックレスを届けた青年、ルシール、老人ホームの母、夫の愛人、そしてマットレスを持って帰ったオリヴィエといたるところにあり、愛とは断つことではなく、これらの断片を紡いでいくことなのです。曲の完成とこれらの愛の再生ががオーバーラップしながら描かれていき、エンディングの愛の尊さを説く聖書の「コリント人への手紙」13章を詞にしたエンディングの合唱に集約していきます。*3 最愛の家族を失い絶望し、思い出も友情も愛も頑なに拒むジュリーの心情が痛いほどわかる冒頭から、感動的な愛の再生を唱うエンディングまで、象徴的な出来事を積み重ねながら、自然にかつダイナミックに導いていくキェシロフスキ監督の演出は見事というしかありません。ジュリーの激しい痛みを感じながらも、いつの間にか彼女の愛の再生を願わずにはいられない本作は、恋愛映画を超えたヒューマン・ドラマと言っていいかもしれません。

<ネタバレ終わり>

 

本作には伏線や象徴的な表現が随所に見られ、ダイナミックな展開を緻密にかつ自然に演出しています。例えば、カフェでオリヴィエがジュリーに告白した際に、ジュリーは白い角砂糖をコーヒーに浸し、角砂糖はコーヒーを吸い上げて茶色に変色します。キェシロフスキ監督によるとこれはジュリーがそうした些細なことにしか関心を持たず、人に愛されることに無関心であることを象徴していると言います。彼は、スクリーニングを行ってこのシーンの意味することが観客に伝わっているかどうかを確かめることはしませんが、角砂糖が変色する約5秒、長すぎず、短すぎないこの時間を観客は感じてくれるといいます。つまり、彼はこうした象徴的表現の解釈を観客に強いるのではなく、気づかずとも自然に感じてもらえるように演出しているのです。そうした配慮のお陰ですんなりと楽しめてしめてしまいますが、繰り返し見ると実はそうした表現の積み重ねによって本作が緻密に構成されていることがわかり、驚かされてしまいます。

 

ポーランド人の母を持つ主演のジュリエット・ビノシュは、撮影当時、20代後半で、様々な国際映画賞をとりはじめ、私生活でも本作が公開された1993年には第一子が誕生するなど、大女優に駆け上る最も勢いがあり、充実している時期の作品です。

 

ジュリエット・ビノシュ(ジュリー)

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ブノワ・レジャン(オリヴィエ)

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エマニュエル・リヴァ(ジュリーの母)

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フロランス・ペルネル(サンドリーヌ、見習い弁護士)

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シャルロット・ヴェリ(ルシール、ダンサー)

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サウンドトラック

 「トリコロール/青の愛」サウンドトラックCD(Amazon

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1. 欧州統合祭のための協奏曲(パトリス・ヴァージョン)
2. ブーデンマイヤー~葬送曲(管)
3. ジュリー~埋葬のビデオ
4. リプリーズ~見つけられたスコア
5. カーニバルと四句節の戦い
6. リプリーズ~ジュリーとオリヴィエ
7. 省略…1
8. 第1フルート
9. ジュリー~アパルトマンで
10. リプリーズ~階段でひとり
11. 第2フルート
12. 省略…2
13. ブーデンマイヤー~葬送曲(オルガン)
14. 同(オーケストラ)
15. カーニバルと四句節の戦い2
16. リプリーズ~フルート
  (クロージング・クレジット・ヴァージョン)
17. 省略…3
18. オリヴィエのテーマ~ピアノ
19. オリヴィエとジュリー~試作
20. オリヴィエのテーマ~フィナーレ
21. ボレロ~「赤い愛」トレイラー
22. 欧州統合祭のための協奏曲(ジュリー・ヴァージョン)
23. クロージング・クレジット
24. リプリーズ~オルガン
25. ボレロ~「赤の愛」

撮影地(グーグル・マップ)

 

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関連作品

トリコロール三部作のDVD(Amazon

  「トリコロール/青の愛」(1993年)

  「トリコロール/白の愛」(1994年)

  「トリコロール/赤の愛」(1994年)

 

クシシュトフ・キェシロフスキ監督作品のDVD(Amazon

  「傷跡」(1976年)

  「終わりなし」 (1985年)

  「殺人に関する短いフィルム」(1988年)

  「愛に関する短いフィルム」(1988年)

  「デカローグ」 (1989-1990年)

  「ふたりのベロニカ」(1991年)

 

ジュリエット・ビノシュ出演作品のDVD(Amazon

  「イングリッシュ・ペイシェント」(1996年)

  「サン・ピエールの命」(2000年)

  「隠された記憶」(2005年)

  「ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン」(2007年)

  「夏時間の庭」(2008年)

  「トスカーナの贋作」(2010年)

   「カミーユ・クローデル ある天才彫刻家の悲劇」(2013年)

       ・・・北米版、リージョン1、日本語なし

  「アクトレス〜女たちの舞台〜」(2014年)

  「レット・ザ・サンシャイン・イン」(2017年)

       ・・・輸入盤、リージョン2、日本語なし

  「ポリーナ、私を踊る」(2018年)

  「ノン・フィクション」(2018年)

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