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夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「レバノン」:イスラエル軍の戦車に乗り組んだ実戦経験のない若い兵士たちが直面する最前線を、徹底した個人の視点で有無を言わさず描く

レバノン」(原題: לבנון, 英仏題: Lebanon, 独題: Levanon)は、2010年公開のイスラエル、フランス、ドイツ合作の戦争ドラマ映画です。サミュエル・マオズ監督・脚本で、マオズ自身も兵士として参加した1982年のレバノン戦争を舞台に、戦車兵の若いイスラエル軍兵士4人が、最前線で体験する戦争の恐怖を描いています。カメラは戦車の中から外に出ず、内部の4人の戦車兵とスコープ越しで見る外部の世界だけで構成される斬新な映像が、戦争の全貌も判らずに戦わざるを得ない兵士を端的に表現しています。

 

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監督:サミュエル・マオズ
脚本:サミュエル・マオズ
出演:ヨアヴ・ドナット(シムリック)
   イタイ・ティラン(アシ、戦車の指揮官、気弱)
   オシュリ・コーエン(ヘルツル、戦車の弾込め、反抗的)
   ミハエル・モショノフ(イーガル、戦車の操縦士、臆病)
   ゾハール・シュトラウスジャミル分隊の指揮官)
   レイモンド・アムサレム(娘を探すレバノン人の母)
   ほか

 

【あらすじ】

1982年6月、イスラエルレバノンに侵攻し、レバノン戦争が勃発します。優柔不断な指揮官アシ(イタイ・ティラン)、反抗的なヘルツル(オシュリ・コーエン)、引き金を引くこともできないほど気弱な砲撃手シムリック(ヨアヴ・ドナット)、臆病な操縦士イーガル(ミハエル・モショノフ)の4人のイスラエル軍の戦車兵が、前線に配置されます。彼らは戦車のスコープ越しに、まるで悪夢のような光景を目の当たりにします。街は炎が上がり、兵士たちは敵も味方もなく、砲撃で四散し、女、子供を含む市民も無残に殺されます。そんな中、彼らの乗った戦車が、対戦車弾の直撃を受けます。敵中で孤立し、身に危機が迫った彼らは、発狂しそうな恐怖を感じながらも、この状況から逃れようと試みます。

 

サムエル・マオズ監督自身の体験に基づき、実戦経験のない兵士が乗り組んだイスラエル軍の戦車の中から、最前線の経験を徹底した個人の視点で有無を言わさず描く、稀有な戦争映画です。

 

戦場でワルツを」のアリ・フォルマン監督が、2008年のドイツのシュテルン紙のインタビューで、若い女性記者の「戦争がどんなものかわかりませんが?」という問いに、

馬鹿げている、愚かだ、くだらない。あなたが19歳で戦車の操縦士になり、あちこち動き回ることを想像しなさい。それが戦争です。(アリ・フォルマン監督)

と答えていますが、サムエル・マオズ監督の「レバノン」はまさにそれを地で行くものです。

 

2000年以降、1982年のレバノン侵攻を描いたイスラエル映画が三本、公開されています。

三人の監督に共通することは、いずれもイスラエル軍に従軍した経験があることです。また、アリ・フォルマン監督とサミュエル・マオズ監督は1982年のイスラエル侵攻の際に兵士として過酷な経験をしており、それを咀嚼して映画にできるまで長い時間がかかったと語っています。さらに、1982年の侵攻以来、レバノンに駐留を続けていたイスラエル軍は2000年に撤退しますが、2006年に再度レバノンに侵攻します。これが、第一次レバノン侵攻を振り返る彼らの動きに拍車をかけたのは間違いないでしょう。

 

最初から最後まで戦車の中で展開するこの映画は、サムエル・マオズ監督の戦車の乗組員としての経験を色濃く反映しながら、徹底的に個人の視点で描かれています。閉空間でのドラマが描かれていることから、ドイツの潜水艦映画「U・ボート」との類似を指摘する人もいますが、「レバノン」ではさして人物描写やプロットに力点が置かれていません。そこにあるのは、実戦経験のない兵士が戦車に乗って敵地の真ん中に行くとどうなるかということだけです。同じく戦車を描いた「フューリー」のようなプロ意識も、ヒロイズムもありません。まさに一市民が兵士となり戦車の乗組員となって、戦争の最前線を体験するのであり、それはとりもなおさず、サムエル・マオズ監督自身の体験に他ならないのです。

 

マオズはレバノンに45日間いましたが、そのうち30日間を指揮官、運転手、弾込めの三人の仲間と、狭くて暑い戦車の中で過ごしました。それはまさに地獄、拷問を受けているかのような生活でしたが、戦車の中は安全で、ロケット弾が当たっても中は無事でした。彼らは負傷とは無縁で、安全な戦車の中で戦い続けるか、より強力な火器で一瞬にして跡形もなく吹き飛ばされるかのどちらでした。

 

映画で中で、戦車に向かってくるトラックを撃つのを射撃手がためらうシーンがあります。マオズが初めて人を手にかけたは、20歳、1982年のレバノン侵攻の際でした。兵役は公務員の仕事と同じと信じ込んでいたイスラエル兵のマオズは、戦車部隊の射撃手でした。ある日、南レバノンの丘の上で、彼は照準の中に小さなトラックを捉えます。中年のアラブ人の運転手が荒々しい身振りをしながら、彼らの乗る戦車に向かって来ます。マオズには彼が敵かどうかわかりませんでした。レバノンでは民族・宗派の構成が複雑で、10以上の宗派が敵となり、その兵士の多くがジーンズ姿でした。それは混乱の極みでしたが、彼は大きく明瞭な声で射撃命令を受けました。

 

マオズは、帰国後、引き金を引いたという事実に苛まれるようになります。今でこそ、病院が精神的な障害を受けた兵士の面倒を見るようになりましたが、1982年当時は銃を持てない人は歓迎されず、傷病などで戦えなくなった兵士はひっそりと裏口から自宅に戻らねばなりませんでした。たとえ怪我をしなくても、戦争で嫌な思いをしたと不満を言うことは許されませんでした。古い世代の人々が「生きていることに感謝せよ。我々はナチスのキャンプにいたんだ。」と言う時代でした。マオズは戦争での嫌な思いを語る時、今でも「悪い子」なった気がするといいます。25年間、マオズは黙して語りませんでした。1988年に一度、自分の経験を脚本にしようとしますが、最初に呼び戻された記憶が人の肉が焼ける匂いでした。彼はトラウマが酷くなることを恐れ、脚本を書くことを止めました。

 

2006年にイスラエルが再度、レバノンを侵攻し、その様子をテレビで見たマオズは、もはや自分だけの問題、記憶、痛みではないことを認識します。若者たちが全く同じことを経験しようとしている・・・、過酷な任務から生還できた彼は、人の命を救えるような映画を作りたいと思いました。先に挙げた3つのレバノン侵攻を描いたイスラエル映画が、前後して公開されたのは偶然ではないと、マオズは言います。痛みが自分だけの問題の場合、それを胸にしまっておくことができますが、それが子供たちの世代に影響する場合は、放っておくわけにはいきません。マオズは、良い戦争と悪い戦争があるとは考えませんでした。戦争は最後の手段どころか、解決策でもなんでもない、戦争は獣と同じで、一度放つとコントロールすることができない、第二次レバノン戦争は最悪の選択だと、彼は言います。マオズは一気に脚本を書き上げ、少ない予算で映画化しました。結果、ヴェニス国際映画祭で金獅子賞を受賞、20分ものスタンディング・オベーションを受けました。

 

軍務につくことと戦争は全く違うと、マオズは言います。

銃の使い方を教えるなど、軍は形を整えてくれますが、気持ちを整えてはくれず、また、その必要もないのです。これは戦争の罠です。生きるためには殺すしかないのです。普通の人は殺すことができません。サイコパスにでもならなければ殺せません。戦争の罠は、人々をこの状況に落とし込むことです。後は、時間の問題、1日か2日で生まれ変わります。我々の最も原始的な生存本能が働き、麻薬のようにすべてをコントロールします。抵抗できません。最初に味覚をほとんど失います。好き嫌いを言わずになんでも食べる必要があるからです。そして、視覚と聴覚が鋭敏になります。それから、わずか30分しか眠る必要がないことに気づきます。人の道など考えません、これが戦争の罠です。国の為や家族の為に戦っているのではない、自分自身の為に戦っているのです。

だから、人々が戦争とモラルについて語るのは馬鹿げていると私は思うのです。ひとつ例を挙げると、レバノンでは小さな町に入る度に、半数のバルコニーには敵がミサイルを構えており、残りの半数には家族たちがいると言われました。もし、バルコニーごとにチェックしていたら、3つ、4つチェックする間もなくやられてしまいます。どうしますか?人の道に叶う選択ができますか?平和主義者になれますか?そんな余裕はありません。血まみれの選択をし、残りの人生をずっと苛まれれるのです。

レバノンでは、4人の乗組員が戦車の中で見たこと、聞いたこと、知ったことがすべてでした。狭苦しい戦車の中は、いわば戦争のはらわたみたいなものです。戦争の被害者たちが、照準を通して戦車の中を覗き込むのを見て欲しいと思います。(サミュエル・マオズ監督)

 

中東では紛争が絶えることがありません。彼らが憎しみ合うことをやめるのは非現実的かもしれません。だととしても、戦いは武力ではなく、市場経済の枠組みの中でなされるべきでしょう。かつてイギリスとフランスは憎しみあい、100年以上も争いを続けましたが、今では平和に共存しています。願わくば、100年を待たずに中東に平和が訪れて欲しいものです。

 

ヨアヴ・ドナット(シムリック)

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ミハエル・モショノフ(左、イーガル)イタイ・ティラン(右、アシ)

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オシュリ・コーエン(右、ヘルツル)

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ゾハール・シュトラウスジャミル

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レイモンド・アムサレム(娘を探すレバノン人の母)

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