夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「ハッピーエンドの選び方」:親友の願いで自ら安楽死できる装置を開発した老人が巻き込まれる問題を通して、その倫理をユーモラスに描く

「ハッピーエンドの選び方」(原題:מיתה טובה、英題:The Farewell Party)は、2014年公開のイスラエルのヒューマン・コメディ映画です。シャロン・マイモン/タル・グラニット共同監督・共同脚本、ゼーブ・リバシュ、レバーナ・フィンケルシュタインら出演で、老人ホームで暮らす発明好きの老人が、自らスイッチを押して苦しまずに最期が迎えられる装置を親友の願いで開発したことから、トラブルに巻き込まれていく姿をユーモアを交えて描いています。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:シャロン・マイモン/タル・グラニット
脚本:シャロン・マイモン/タル・グラニット
出演:ゼーブ・リバシュ(ヨへスケル)
   レバーナ・フィンケルシュタイン(レバーナ)
   アリサ・ローゼン(ヤナ)
   イラン・ダール(ドクター・ダニエル)
   ラファエル・タボール(ラフィ・セガール
   ほか

あらすじ

エルサレムの老人ホームに暮らすヨヘスケル(ゼーブ・リバシュ)の趣味は、ユニークなアイディアで皆の生活に少しだけ役に立つようなものを発明することです。ある日、ヨヘスケルは、望まぬ延命治療に苦しむ親友から、何とか自らの意志で穏やかな最期を迎えられる装置を発明して欲しいと頼まれます。妻レバ―ナ(レバーナ・フィンケルシュタイン)は猛反対しますが、人のいいヨヘスケルは親友を助けたい一心で新たな発明に取り組みます。同じホームの仲間たちの助けを借りながら、数々の困難を乗り越えたヨヘスケルは、仲間たちと自らの意思で安らかに旅立つマックスを見送ります。しかし、秘密だったはずのその発明の評判は瞬く間に広がり、ヨヘスケルのもとに依頼が殺到します。そんな中、妻のレバーナに認知症の兆候が表れ始めます・・・。

レビュー・解説

親友の願いで自ら安楽死できる装置を開発、トラブルに巻き込まれる老人をユーモラスに描く本作は、しっかりとしたリサーチに基づき、倫理に関わる問題をわかりやすく噛み砕きながら問題提起するヒューマン・ドラマ映画です。

 

原題の「מיתה טובה」はヘブライ語で「良い死」という意味で、シャロン・マイモン監督の昔の恋人の祖母が、癌の為に80歳に亡くなった時に、彼女をあたかも16歳の娘であるかのように救命士が蘇生させようとし、祖母の息子が「生き返ったら連れて帰るのか?」と聞いたという、笑うに笑えない出来事が本作の原点となったそうです。

安楽死は非合法で宗教上タブーである国が多い

安楽死のみならず、尊厳死や、また安楽死ビジネスへの皮肉などが織り込まれるなど、シリアスなテーマを扱った作品です。なんとなくドタバタ、ほのぼのしたコメディを予想していましたが、シリアスなテーマを受け入れやすくする為に、ユーモアを交えてわかりやすく噛み砕いたという印象の作品です。実は、積極的な安楽死(患者本人の自発的意思に基づいて他人が患者の自殺を幇助すること)が合法化されている国は、

と少数で、まだまだ非合法の国が多く、自殺がタブーであるユダヤ教キリスト教圏では宗教的な抵抗感もあります。本作が製作されたイスラエルユダヤ教圏で、主演のゼーブ・リバシュは出演に先立ちラビ(ユダヤ教の指導者)に相談したそうですし、また、声をかけたにも関わらずオーディションに現れない俳優もいたと言います。

真剣にかつユーモラスに

時代の先を走るはずの制作側でさえそんな感じですから、観客に受け入れて貰う為には、笑いで掴みながらわかりやすくストーリー展開する必要があったわけです。相撲レスラーを題材にした「A Matter of Size」(2009年)などで知られるシャロン・マイモン監督は、社会問題をユーモラスに描くことを得意とする監督で、本作もしっかりとリサーチをしながら三年かけて脚本を書き上げたといいます。病院や介護施設で数多くの話を聞いて問題を理解するだけではなく、安楽死を実際に手助けしたことがあるイスラエルの医師の話を聞き、幇助する側の心理描写に生かしています。また、本作には人生経験豊富な老俳優が多く出演しますが、一般に年齢が高いほど宗教的なタブー観が強い為、彼らに助言やアドリブを求めるなど余計な負担をかけないように、脚本の完成度を高めています。主演のゼーブ・リバシュとレバーナ・フィンケルシュタインは二人ともコメディアンですが、脚本は二人の出演を前提に書かれており、シリアスな脚本をコメディアンが演じる面白みを狙っています。

 

因みに、本作には老人たちのヌード・シーンがあります。老人のヌードを見たい人はあまりいないと思いますが、これがとても良いシーンで感心しました。海外版(オリジナル)のポスターにもなっており、マイモン監督が本作で最も好きなシーンでもあります。

 

海外版(オリジナル)ポスター

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ヌードの老人達が登場する宗教画のように深みのある構図、色調のポスターは、安楽死という宗教的タブーをユーモラスに描く本作の雰囲気を良く表している。

 

<ネタバレ>

本作ではいくつかの安楽死のケースが展開しますが、最初のケースは、

  • 回復の見込みがない病気の終末期で死期の直前
  • 患者の心身に著しい苦痛・耐えがたい苦痛がある
  • 患者の心身の苦痛からの解放が目的
  • 患者の意識が明瞭・意思表示能力があり、安楽死を要求

ですが、後のケースは、少しずつ条件が変化していきます。最後の初期の認知症のケースは、認知症介護施設に行きたくないので、まだしっかりしているうちに死にたいというものでした。「アリスのままで」(2014年)では、認知症になった主人公が後で自殺できるように仕掛けを作りますが、単なる自殺、自殺幇助と、どこが違うのか、どこで線を引くのが良いのか、考えされました。

<ネタバレ終わり>

反響

何故、安楽死をテーマに笑えるのかと、騒ぎ立てる人もいるそうですが、ナチス安楽死計画に対する反感が強いドイツでベルリン映画祭の賞をもらうなど、高い評価を得ています。メイモン監督の「A Matter of Size」(2009年)はアメリカでも評価され、ハリウッド・リメイクされましたが、本作もハリウッド・リポーター誌が「知恵と感受性と程よく抑制されたユーモアで描かれた魅力的な作品」と絶賛し、ハリウッド・リメイクされるのではないかと報じられています。問題をしっかりとリサーチした上で、わかりやすくユーモラスに描いていることが評価されています。

 

ゼーブ・リバシュ(左、ヨへスケル)

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レバーナ・フィンケルシュタイン(左、レバーナ)

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アリサ・ローゼン(中央、ヤナ)

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イラン・ダール(ドクター・ダニエル)

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日本における安楽死について

日本には実質、宗教的な禁忌はないのですが、法律では積極的な安楽死(患者本人の自発的意思に基づいて他人が患者の自殺を幇助すること)の容認していません。しかし、消極的な安楽死(患者本人の意思表示に基づき、予防・救命・回復・維持のための治療を開始しない、または、開始後に中止することによって、死に至らせること)は、殺人罪、幇助罪には問われません。少高齢化が進展する中、医療費削減のプレッシャーもあり、消極的な安楽死は広く一般化していくと思われます。

 

因みに、私の身近では「死ぬ時はポックリといきたい、チューブにつながれてまでも延命されたくない」と言う女性が多いです。自身の延命治療について普段から考えることは良いことだと思うのですが、親が危篤になった時に本人に意識があるのに「延命治療させたくない」と言う娘さんがいて、驚いたことがあります。見ていられないというお気持ちはわかるような気がしますが、「消極的安楽死は本人意思に基づくものであり、親族の意志が認められるのは本人が意思表示できない場合のみ」であることを、ご存じなかったようです。

 

積極的な安楽死については、まだまだ議論の余地があるように思います。アメリカでは、高い医療保険に入れない貧乏人は癌の治療もできないが、安楽死の薬は保険が適用されるそうですが、そうした状況もいかがなものかも思います。人は誰しも、生きたいように生きる権利がありますが、「死ぬ時はポックリといきたい、たくさんチューブにつながれてまでも延命されたくない」だけが、生き様ではないかもしれません。「延命治療はいらない」という女性に「意思表示の書面を予め作成しておくといい」と言うと、興味深いことほとんどの方は言葉を濁します。作家の五木寛之氏(85歳)がテレビのインタビューで、「年齢を重ねたからといって悟りができるわけではない。迷いはなくならない。」という趣旨のことをおっしゃっていましたが、少高齢化が進展する中、医療費削減のプレッシャーの中で、表層的死生観の同調圧力が患者の自己決定権や生存権を侵害したり、死を強要したりすることがないよう、細心の注意を払う必要があると思います。

イスラエルの映画事情

最近のイスラエル映画というと、「戦場でワルツを」(2008年)や「レバノン」(2010年)くらいしか、思い浮かびません。いずれもレバノン内戦への関与を悔いる内容の映画です。イスラエルは人口約800万人の小国ですが、文化水準が高く、もっと多様な映画が出てきてもいいような気がします。しかしながら、パレスティナ問題が制作の国際的な局面に陰を落としているようです。例えば、イスラエル出身のハニ・アブ・アサド監督の

といった作品は、イスラエル映画ではなく、パレスチナ映画としてクレジットされます。また、イスラエル政府から資金提供を受け、パレスチナではないイスラエル領内で撮影しておきながら、国際映画際にパレスチナ作品として出品して、物議を醸した不届きな監督もいます(パレスチナ自治区であり、イスラエル政府は国として承認していない)。

 

さらに、国際世論はパラスチナに同情的で、市場にはイスラエルにバッシング的なフィルターがかかっている気がします。例えば、アメリカのテレビドラマ史上最高傑作とも言われる「HOMELAND」を始めとしてイスラエルの原作に基づく映画は少なくないのですが、イスラエルが前面に出てくることはほとんどありません。試しに IMDb とRotten Tomatoes で2001年以降制作のイスラエル映画から評価の高いものを20本ほど選んで調べてみました。日本では劇場公開はおろかDVDスルーさえされていないものが圧倒的に多く、日本語字幕付きで見れるDVDはわずか5本でした(うち2本は1982年のレバノン侵攻を自省的に描いたもの)。英語字幕の輸入版は購入を躊躇うことが多いのですが、見たいなと思った輸入版は日本の通販サイトでは扱われておらず、さらに入手の障壁が高いという、残念な結果でした。

 

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関連作品 

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