夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「フリーソロ」:千メートルに及ぶ絶壁エル・キャピタンを史上初の安全装備なしで登攀した登山家を追った、完成度の高いドキュメンタリー

「フリーソロ」(原題:Free Solo)は、2018年公開のアメリカのドキュメンタリー映画です。エリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ/ジミー・チン共同監督で、ロック・クライマー、アレックス・オノルドによる2017年6月のエル・キャピタンへのフリーソロ・クライミングを追っています。フリーソロ・クライミングはロープや安全装置を使わない登山方法で、それまでエル・キャピタンにフリーソロで登った人は一人としていませんでした。第91回アカデミー長編ドキュメンタリー映画賞を始めとして、多数の賞を受賞した作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:エリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィジミー・チン
出演:アレックス・オノルド(フリーソロ・クライミングの若きスーパースター)
   トミー・コールドウェル(ベテランのプロクライマー)
   ジミー・チン(アレックスの友人、山岳ドキュメンタリー作家)
   サンニ・マッカンドレス(アレックスの恋人)
   ディエダー・ウローニック(アレックスの母)
   ほか

あらすじ

  • 2016年、春
    カリフォルニア州ヨセミテ国立公園にそびえる伝説的な一枚岩の絶壁エル・キャピタンには、あらゆるクライマーが怖じ気づく難所がいくつもあった。フリーライダーと呼ばれる約975メートルのルートを攻略する為には「正確な地図」が必要だと考えたアレックスは、憧れの経験豊富なプロクライマー、トミー・コールドウェルとともに現地でトレーニングを始める。実際にそのルートを登って具体的なイメージを掴む為、アレックスはロープを使って登攀を試みるが、途中で足を痛めパンパンに張って手も痛くなるなど、手強い感触を得る。プロのクライマーとして成功を収めた後も家を持たず、移動手段である愛車のバンで寝泊まりしているアレックスに、サンニ・マッカンドレスという恋人ができる。「一世一代の大きな挑戦を前にしたら、恋人よりそちらを優先させる」と考えるアレックスだったが、明るい性格のサンニは「彼女は僕の人生を豊かにしてくれる」かけがえのない存在だった。
  • 2016年、夏
    エル・キャピタンへの挑戦に備えモロッコのタギアでの練習に励むアレックスに、ジミー・チンが同行し、究極の夢に向かって突き進むアレックスの勇姿を記録しようとしていた。2009年からアレックスと交流を深めてきたジミーは、「MERU /メルー」などの山岳ドキュメンタリーで知られる映像作家で、彼が率いる撮影チームは全員が熟練のクライマーだ。ジミーは、「フリーソロの撮影には葛藤が付きものだ。ソロは非常に危険だし、撮ることでプレッシャーを与えてしまう。滑落の瞬間を捉えてしまうかもしれない。最悪のシナリオを想定し、葛藤を抱えながら撮影に臨まなければならないんだ。」と語る。
  • 2016年、秋
    エル・キャピタンに戻り、練習に明け暮れたアレックスは、序盤の難所フリーブラストから9メートル下に滑落し、足首を捻挫してしまう。常人には理解しがたい危険を冒し完璧な達成感を追い求めるアレックスと、穏やかで幸福な生活を望むサンニは、お互いの考え方を尊重するものの、人生の価値観がまったく異なる。二人をよく知るトミーは、「彼らの関係は本当に素晴らしいが、危険なフリーソロには、感情に「鎧」がいる。恋愛感情はその鎧に悪影響を及ぼすので、両立はできない。」と懸念を抱いていたが、アレックスは入念に準備を重ね、エル・キャピタンでのフリーソロ実行を決意する。ジミー率いる撮影隊も細心の注意を払い、アレックスの邪魔にならないようカメラ位置を決定していく。フリーソロは夜明け前に始まるが、アレックスは以前滑落したフリーブラストに差しかかったところで、突然、引き返してしまう。ケガの影響なのか、精神的な問題なのか、撮影クルーに気が散ったのか、理由が判然としないまま、エル・キャピタンのフリーソロへの挑戦は翌年に持ち越された。
  • 2017年、春
    アレックスはエル・キャピタンへの再挑戦に向けて黙々とリハーサルを重ねる。アレックス、ジミー、サンニは、撮影がフリーソロに及ぼす影響について意見をぶつけ合う。「周囲に人がいるなら、さらなる準備と自信がいる。自分が万全なら平然としていられるはずだ。」とアレックスは語る。そして6月3日の早朝、アレックスは無言のまま、ひとりエル・キャピタンへと向かい、人類初の歴史的な挑戦が始まる・・・。

レビュー・解説

高さ1000メートルにも及ぶ絶壁エル・キャピタンを史上初のフリー・ソロで登攀したアレックス・オノルドを、深みを感じさせるエピソードと観る者を飽きさせない美しい映像とともに追った、完成度の高いドキュメンタリー映画です。

高さ約1000メートルの絶壁をロープや安全装備無しで登る

エル・キャピタンは、米国カリフォルニア州ヨセミテ国立公園ヨセミテ渓谷の北側にそそり立つ、谷床からの高さが約1000メートルにも達する花崗岩の一枚岩で、ロック・クライミングの名所として知られており、Mac OS の愛称にもなりました。

 

エル・キャピタン

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本作は、このエル・キャピタンを、史上初めてロープや安全装備なしのフリー・ソロで登攀したクライマー、アレックス・オノルドを追ったドキュメンタリーです。

深みのある挿話と美しい映像で綴られる完成度の高いドキュメンタリー

実生活のパートナー同士であるエリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィジミー・チンが共同監督を務めるこの作品は、エリザベスがストーリー・テリングを、ジミーが撮影を担当、言ってみればただ絶壁を登るだけの話を美しく深みのある、完成度の高いドキュメンタリーにまとめ上げられています。

 

例えば、死と背中合わせの危険に挑戦するアレックスと恋人サンニとの関係は、この作品に立体的な深みを与えています。

ノンフィクションの映画を撮影する中で、運命的に起こる偶然というのはあまりないのですが、サンニの登場はまさに運命的なものでした。この作品を撮り始めた頃のアレックスは、それこそネットでデートの相手を見つけているような人でした。だから、まさか現実世界の女性とここまで真剣に向き合う人に出会うなんて思ってもみなかったのです。アレックスはサンニと付き合うようになって、人の誰しもが持つ「感情」の部分で進化を遂げていきました。彼はサンニを愛し、そして彼女も彼を非常に愛している。やがてサンニは、アレックスに対し自分の気持ちをぶつけていく自信を持つようになります。アレックスがサンニに関心を示さないときに、自分がどう感じているのか、どう思っているのかを伝えていきます。そういった変化が彼女の中で起きていく。その過程に立ち会えたのは特別だったなと思います。作り手として、映画を作っている意識を持ち、目の前で起きている現象にしっかりとアンテナを張っていました。この二人の関係は、映画の中で非常に大切な要素だったということ。また、アレックスはサンニの登場によって、2つの山を登らなくてはいけなくなったわけです。エル・キャピタンという山と、それまで不得意としていた「人間関係」という山。彼は見事にその二つを乗り越えたのです。(エリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ監督)

https://cinemarche.net/interview/elizabeth-chai-vasarhelyi/

 

また、非常に難易度の高い絶壁での撮影は、全員がクライマーでありプロのシネマトグラファーであるという、選りすぐりのクルーによって行われています。

フリーライダーという垂直ルートの全高は915メートルにもなります。途中いくつかのセクションでは、カメラマンも300メートルほどトップロープでクライムダウン(岩壁の上からロープを垂らして懸垂下降すること)して狙う必要もありました。クルーはそれぞれが機材を担ぎ、壁のあちらこちらにカメラを設置し、どのアングルからどういう絵を撮りたいか?を入念に事前調査しています。カメラクルーは全員プロのシネマトグラファーでもあり、クライマーでもあります。なのでアレックスがクライマーとして、なにが一番気が散るか?は理解しているメンバーなのです。両方の技術を持った撮影者は世界でも3人くらいしかいませんけどね(笑)。クライマーが一番嫌がるのは、自分のムーブよりも撮影者たちの動きがスローになってしまうことです。なので、常にアレックスの動きを先読みして、ポジションとアングルを即決しなければいけません。アレックスがどんなに予測不能な動きをしても、アレックス本人に「カメラの存在」を感じさせないことが最優先ですから。(ジミー・チン監督)

https://cweb.canon.jp/cinema-eos/casestudy/documentary/vol2/index.html

クルーは全員優秀なクライマー兼カメラマンですけど、失敗は許されない。アレックスの死につながるかもしれないですから。50~70ポンドはする三千フィート分のロープ、重いカメラ機材、予備のレンズ、食べ物、飲み物を持ち、本人よりも早く登山し、本人が来るのを待っている。全部で14~15時間は拘束される。アレックスがルートの下調べをし、何度も動きを練習したように、クルーも練習を重ねて撮影。彼らの技術的な凄さが映像に出ています。彼らのことをどんなに褒めても褒めたりないくらいです。(エリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ監督)

https://cinefil.tokyo/_ct/17301116

人は何故、危険な事に挑戦するのか?

同様な危険な試みを追ってアカデミー賞を受賞した長編ドキュメンタリーに、「マン・オン・ワイヤー」(2008年)があります。これは9.11で崩壊したワールド・トレード・センターが建設中の頃に、ツインタワー間での危険な綱渡りを達成したフランスの大道芸人フィリップ・プティの挑戦を、本人や関係者の証言、当時のフィルムや再現ドラマにえって描いています。フィリップ・プティは子供の頃から変わったことをして人を驚かしたり、喜ばせたりするのが好きでした。

 

一方、本作のアレックス・オノルドは子供の頃から内向的な性格で、山登りに充実感を感じるようになります。やがて彼の内面世界を完璧なものにする為に、クライミングからフリー・ソロへと進化していきました。何故、ロープや安全装備を外してしまうのか?それは、フリー・ソロが失敗を許されない、より完璧なものだからです。彼は友人であるジミー・チン監督の撮影は拒否しませんが、彼の動機は内面的なものであり、決して誰かに見て欲しいわけではありません。

 

両者の動機は異なりますが、二人の理解し難い危険な行動の背景には、

  • 変わったことをして人を驚かしたり、喜ばせたい
  • より完璧なことを目指し、満足を得たい

といった普遍的な動機が見え隠れすることが、こうしたドキュメンタリーが我々を惹きつける理由のひとつかもしれません。

 

アレックス・オノルド(フリーソロ・クライミングの若きスーパースター)

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トミー・コールドウェル(アレックスが憧れるベテランのプロ・クライマー)

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ジミー・チン(左、アレックスの友人、山岳ドキュメンタリー作家、本作の共同監督)

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サンニ・マッカンドレス(右、アレックスの恋人)

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撮影地(グーグルマップ)

 

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関連作品

エリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ x ジミー・チン共同監督作品Amazon

Meru/メルー」(2015年)

 

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  「キャラバン」(1999年)

  「ホワイトクラッシュ」(2003年)

  「運命を分けたザイル」(2003年)

  「ブラインドサイト 小さな登山者たち」(2006年)

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  「127時間」(2010年)

  「ラサへの歩き方」(2016年)

  「クレイジー・フォー・マウンテン」(2018年)

 

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