夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「イン・ザ・ベッドルーム」:メイン州の生活を忠実に再現、優れた脚色とオスカー級の卓越した演技でロマンス、ドラマ、サスペンスを描く

イン・ザ・ベッドルーム」(原題:In the Bedroom)は、2001年公開のアメリカのヒューマン・ドラマ&サスペンス映画です。アンドレ・デビュースの短編「Killings」を原作に、トッド・フィールド監督・共同脚本、トム・ウィルキンソンシシー・スペイセクマリサ・トメイらの出演で、最愛の息子のロマンス、その息子を失う両親の苦悩、そこから展開するサスペンスを描いています。第74回アカデミー賞主要5部門にノミネートされた作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:トッド・フィールド
脚本:ロバート・フェスティンガー/トッド・フィールド
原作:アンドレ・デビュース「Killings」
出演:トム・ウィルキンソン(マット・ファウラー)
   シシー・スペイセク(ルース・ファウラー)
   ニック・スタール(フランク・ファウラー)
   マリサ・トメイ(ナタリー)
   ウィリアム・メイポーザー(リチャード)
   カレン・アレン(マーラ)
   ほか

あらすじ 

  • メイン州に住む医師マット・ファウラー(トム・ウィルキンソン)と妻で合唱隊の教師ルース(シシー・スペイセク)には、建築を学ぶ18歳の一人息子フランク(ニック・スタール)がいます。夏の間、実家に帰省してロブスター漁のアルバイトをする彼は、年上で二人の息子がいる近所の女性、ナタリー(マリサ・トメイ)と交際を始めます。しかし、彼女との離婚に応じない暴力的な夫リチャード(ウィリアム・マポーザー)が、よりを戻そうとしつこく彼女を訪ねて来ます。
  • ある日、激昂したリチャードがナタリーの家を荒らし、子どもたちからの電話でフランクはナタリーの家に向かいます。しかし、フランクはそこでリチャードに射殺されてしまい、夫妻はわが子の突然の死に打ちひしがれます。警察に勾留されたリチャードは謀殺ではなく、刑期が最短5年の故殺とみなされ、時間がかかる裁判を前に保釈されます。
  • ルースは街を自由に歩くリチャードを目撃してショックを受けます。その夜、夫婦は本心をさらけ出し、互いに相手を責めたて、再び心を通わせますが、心の穴は埋まりません。リチャードを待ち伏せたマットは、保釈破りをさせて逃がすと言い、リチャードに旅仕度をさせて車で友人の山荘へ向かいます・・・。 

レビュー・解説

アンドレ・デビュースの短編を原作に、ロマンス、ヒューマンドラマ、サスペンスを描いた本作は、メイン州の海辺の街のライフスタイル、方言、習慣などを忠実に再現、優れた脚色とオスカー級俳優陣の卓越したパフォーマンスが際立つ、見ごたえのある作品です。

 

舞台となるメイン州は、アメリカ本土、およびニューイングランドの最東北部に位置し、東南部は大西洋に、北部はカナダに面しています。入り組んだ岩の多い海岸線、低くうねった山稜、深い森と美しい水流などで知られます。かつて漁業は州経済の主力であり、現在もロブスター漁や底引き漁で残っており、ロブスターやハマグリなど海産物料理でも知られています。また、かつては缶詰産業も盛んで、小さな街の経済を支えました。映画の冒頭に魚の缶詰の製造プロセスの場面がありますが、メイン州はかつて大西洋のイワシ漁のハブで、50を越えるイワシの缶詰工場で数千人が働いていました。しかし、時代の趨勢には勝てず、2010年にはメイン州にあるアメリカ最後のイワシ缶詰工場が閉鎖されています。

 

主な舞台となるメイン州のカムデン 

カムデンはアメリカには多くない、海まで迫った山の麓に開けた街で、緑に囲まれている。

 

映画は、序盤のロマンス、中盤のヒューマン、終盤のサスペンスで構成され、ストーリーが展開するにつれ、色味が少しづつ薄れ、明るくマンティックな雰囲気からシリアスでスリリングなタッチに変っていきます。この三つのトーンの中、カムデンを中心としたメイン州の海沿いの街の生活が一貫して描かれており、冒頭の缶詰工場のシーンのみならず、この地域のライフスタイルや、方言、慣習などが忠実に再現されています。街の描写に現実感があり、登場人物たちが実際にこの街で生活しているのではないかと感じさせます。

 

こうしたトーンが変っていく構成の場合、 中盤がしっかりしないとバラバラな印象になってしまいます。最愛の息子を失った両親の悲しみを、音楽を入れることなく、じわじわと描いていくこの部分は、試行錯誤を重ねながら、時間をかけて編集しているようです。両親を演ずるトム・ウィルキンソンシシー・スペイセクの演技が素晴らしく、序盤のロマンスの部分でこそ華やかな若い二人に目が行きますが、息子亡き後の中盤は徐々に存在感を増し、いつの間にかパフォーマンスをフルに発揮し、観客の心を鷲掴みにするのは、ベテラン俳優ならではです。また、序盤は美しく邪気のない、中盤は愛する人を失い自分を責める人妻を演じるマリサ・トメイにも目を見張ります。非常に出来の良い作品で、第74回アカデミー賞では、作品賞、脚色賞、主演男優賞(トム・ウィルキンソン)、主演女優賞(シシー・スペイセク)、助演女優賞マリサ・トメイ)と、主要5部門にノミネートされたのですが、受賞ならなかったのが残念です。

 

タイトルのベッドルームは結婚における人間関係を暗示しています。序盤にマットとフランクの親子が、ナタリーの息子ジェイソンを連れて、ロブスター漁に出かけますが、この時、マットがジェイソンにロブスターを捕まえる罠について説明します。

Matt: Well, the trap has nylon nets called heads--2 side heads at both ends, so the lobster can crawl in. The "Bedroom" head inside, holds the bait and keeps it from escaping--you know the old saying "two's company three-s a crowd"? Well, it's like that. You get more than two in a bedroom and chances are something like this is going to happen. That's why Frank can't leave these traps for more than a day. Now the older females like this of gal, are the most dangerous - especially when they're growin' berrries. Eggs... .one of these can take out two males easy - Then you wind up with lobster you can't sell - and as for this fine lady, she gets off easy, the state says you have to let her go.

マット:ナイロン・ネットの仕掛けでね。両側にある口からロブスターが中に潜り込む。中には餌を仕掛けた「寝室」があってね。入ったロブスターはもう逃げられない。「二人は仲間、三人で仲間割れ」という言葉を知ってるね? それと同じように、寝室に二匹より多いロブスターが入ると、こんなことになるんだ。(喧嘩してハサミがもげたロブスターをジェイソンに見せる)だからフランクは1日でネットを引き上げなければならない。特にこのような子持ちのメスは危険だ。卵だよ。(卵を抱いたロブスターの腹をジェイソンに見せる)雄の二匹くらい、簡単に殺してしまう。死んで売り物にならないロブスターを引き上げることになるんだ。しかも、このレディは無罪放免だ、州の規則で逃さなければならないんだ。

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マットの何気ないこの話は、網カゴの「寝室」が結婚や男女関係、メスのロブスターがナタリー、オスのロブスターがフランクとリチャードと、思いもよらず後に起こることを暗示することになります(但し、ナタリーは魅力的な子持ちだが、二人の男性を手にかけるわけではない)。

 

監督のトッド・フィールドは、監督としては寡作ですが、手がけた作品はいずれもアカデミー賞にノミネートされています。俳優でもある彼は、ノミネート歴から見ると出演者の力を引き出すのに秀でていることがわかりますが、それだけではなく脚色の力量も確かであることがわかります。*1 しかしながら、 残念なことに「リトル・チルドレン」以降、監督作品がなく、コーマック・マッカーシーの「ブラック・メリディアン」、ボストン・テランの 「暴力の教義」などの映画化が噂されたことがありますが、実現していません。 昨年、ジョナサン・フランゼンの「Purity」を、原作者とともにトッド・フィールドが脚色、ダニエル・クレイグを迎えて、20話のTVドラマ・シリーズを監督すると報道されています。映画ではありませんが、トッド・フィールドにとっては新たな挑戦なのかもしれません。

 

原作者のアンドレ・デビュース(1936年ー1999年)は、アメリカの短編小説作家、随筆家、伝記作家で、本作の原作となった「Killings」は、嫉妬、殺人、遺族の悲しみ、復讐を描いたもので、短編集「Selected Stories」に所収されています。 また、映画「夫以外の選択肢」(2004年)は、彼の 「We Don't Live Here Anymore」と「アダルタリー」に基づいています。彼の息子アンドレ・デビュース三世も作家で、映画「砂と霧の家 」(2003年)の原作となった同名小説を書いています。

 

トム・ウィルキンソン(マット・ファウラー)

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シシー・スペイセク(ルース・ファウラー)

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ニック・スタール(フランク・ファウラー)

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マリサ・トメイ(ナタリー)

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撮影地(グーグルマップ)

 

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関連作品

イン・ザ・ベッドルーム」の原作「Killings」が所収された短編集(Amazon

  Andre Dubus "Selected Stories"

 

トッド・フィールド監督作品のDVD(Amazon

  「リトル・チルドレン」(2008年)

 

トム・ウィルキンソン出演作品のDVD(Amazon

  「いつか晴れた日に」(1995年)

  「フル・モンティ」(1997年)

  「恋におちたシェイクスピア」(1998年)

  「エターナル・サンシャイン」(2004年)

     「フィクサー」(2007年)

  「ゴーストライター」(2010年)

  「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」(2011年)

  「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」(2012年)

  「ベル-ある伯爵令嬢の恋-」(2013年)

  「グランド・ブダペスト・ホテル」(2014年)

  「グローリー/明日への行進」(2014年)

 

シシー・スペイセク出演作品のDVD(Amazon

  「地獄の逃避行」(1973年)

  「キャリー」(1976年)

  「JFK」(1991年)

  「白い刻印」(1997年)

  「ストレイト・ストーリー」(1997年)

 

マリサ・トメイ出演作品

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トッド・フィールド作品のアカデミー賞ノミネート履歴

公開年 作品名 作品 脚色 俳優
2001年 イン・ザ・ベッドルーム 候補 候補 主演男優賞候補
トム・ウィルキンソン
主演女優賞候補
シシー・スペイセク
助演女優賞候補
マリサ・トメイ
2006年 リトル・チルドレン   脚本 主演女優賞候補
ケイト・ウィンスレット
助演男優賞候補
ジャッキー・アール・ヘイリー