夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「マン・アップ! 60億分の1のサイテーな恋のはじまり」:真面目で可笑しくて刺激的、晩婚や離婚が多い現代のロマンティック・コメディ

「マン・アップ! 60億分の1のサイテーな恋のはじまり」(原題:Man Up)は、2015年公開のイギリス・フランス合作のロマンティック・コメディ映画です。ベン・パーマー監督、テス・モリス脚本、サイモン・ペッグ、レイク・ベルら出演で、ロンドンの街を舞台に彼氏いない歴4年、下ネタ大好きな34歳のこじらせ女と、元妻に未練タラタラ、夢を語る40歳のバツイチ男がブラインドデートで出会い、嘘だらけの関係から始まる大騒動の一日を描いています。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:ベン・パーマー
脚本:テス・モリス
出演:サイモン・ペッグ(ジャック)
   レイク・ベル(ナンシー)
   ロリー・キニア(ショーン)
   ケン・ストット(バート、ナンシーの父)
   ハリエット・ウォルター(フラン、ナンシーの母)
   オリヴィア・ウィリアムズ(ヒラリー、ジャックの元妻)
   シャロン・ホーガン(エレイン、ナンシーの姉)
   オフィリア・ラヴィボンド(ジェシカ、ジャックのデート相手)
   スティーヴン・キャンベル・ムーア(エド、ヒラリーの彼氏)
   ポール・ソーンリー(アダム、エレインの夫)
   ディーン=チャールズ・チャップマン(ハリー)
   ほか

あらすじ

34歳になっても結婚相手はおろか、4年も彼氏がおらず、家族にも心配されるナンシー(レイク・ベル)は、両親の結婚40周年パーティーに向かう途中に、40歳のバツイチ男ジャック(サイモン・ペッグ)にブラインドデートの相手と間違われてしまいます。相性が良さそうな彼との出会いをふいにしたくなかったナンシーは、自身をデートの相手と偽り、二人は楽しい時間を過ごします。 しかし、そんな嘘がバレないはずはなく、ナンシーがジャックに真実を打ち明けると、ジャックは怒りをあらわにしますが、元妻に浮気をされた挙句に捨てられた彼は、元妻に新しいデート相手を見せつけてやろうと、ナンシーにデート相手のふりをして欲しいと頼みます・・・。

レビュー・解説

レイク・ベルとサイモン・ペグがしっかりと構成された脚本を好演、真面目で、可笑しくて、刺激的で、晩婚や離婚が多い現代にマッチした、バランスの良いロマンティック・コメディです。

 

ナンシーがちゃっかりジャックを騙したり、それがバレて言い争いしたり、下ネタトークもありで、レイク・ベルとサイモン・ペグの魅力を満喫させてくれるだけではなく、ロッキーさながらのランニング・シーンやスピーチで感動させてくれるロマンティック・コメディですが、そもそも「ロマンティック・コメディ」などと映画を分類するのは、ステレオタイプや偏見を生むばかりなので、不必要と言う人もいます。時代は変化と刺激を求めており、典型的なロマンティック・コメディはあまり評価されてなくなっているようでもあります。確かにこうした分類は形骸化しつつあり、例えば「世界にひとつのプレイブック」(2013年)は素晴らしいロマンティック・コメディなのですが、この作品をロマンティック・コメディと認識する人は、アカデミー賞を受賞した正統な作品と認識する人ほど多くないとも言われます。

 

こうした傾向は従来のロマンティック・コメディの良さを楽しみたい人には悲しい限りですが、「マン・アップ! 60億分の1のサイテーな恋のはじまり」は、ロマンティック・コメディという分類に逆らうことなく、時代に合った題材を扱っており、可笑しくて、軽くて、刺激的で、機微に富み、「ロマンティック・コメディはまだまだ行ける」と感じさせてくれる作品です。

 

本作は軽く楽しめるロマンティック・コメディですが、背景は至って真面目で、脚本を書いたテス・モリス自身が色濃く反映されています。彼女は実際にウォータールー駅の時計の下でブラインド・デートの相手と間違われた経験があります。「クレア?」と声をかけられ、「いいえ」と答えると、彼は歩き去ってしまいましたが、「いい男だったのに・・・、イエスと言えば良かった」と、恋人がいなかった彼女は思ったそうです。この出来事をきっかけに脚本を書き始めた時、彼女は33歳か34歳で、何度めかの失恋をしたばかりでした。何故、自分ばかりそんな目に遭うのか、友達はみんな結婚して赤ちゃんが生まれるのに、何故、自分はそうならないのか、彼女は何もわからないまま、世界から隔絶されているように感じていたそうです。ナンシーにはそんなモリスが投影されており、またナンシー同様、ジャックも繊細で扱いにくく、複雑な男という設定で、モリスは自分が思っていた事を、この二人に言い合いさせています。

 

ロマンティック・コメディはただ可笑しいだけではなく、軸となる命題を持たねばならないと、モリスは言います。ロマンティック・コメディの名作と言われる「恋人たちの予感」(1989年)には、「男と女は友達でいられるか?」という命題があり、作中で繰り返し語られます。「マン・アップ!60億分の1のサイテーな恋のはじまり」の命題は、「どの時点で誰かに賭けるか?リスクを冒す価値があるか?」だと、モリスは言います。

 

そんなこじらせ女子の(?)ナンシーをレイク・ベルが見事に演じていますが、彼女はむしろセックス・シンボルとみなされることが多く、魔性の女、ベストドレッサー、熱い女、理想の女などのタイトルに度々ランクイン、またマリ・クレール、エル、マキシム、エスクワイヤなど、雑誌の写真にも再三登場しています。コリン・ファレルと交際していたこともあり、2013年にはタトゥ・アーチティストと結婚、一児をもうけるなど、こじらせ女子とは縁遠い存在のようですが、自身の結婚について興味深いことを語っています。

私は駒のひとつだったのよ。熱くなったわけじゃないけど、彼はバリッとしたいい男だった。で、引き合わせてくれた人のことを考えるわけ、「私をいい男と一緒にいなきゃいけないような女だと思ってるの?」ってね。でも、それでいいと思うの。パーティに行くのであれ、陶芸教室に行くのであれ、誰か男性とステーキを食べに行くのであれ、「イエス」ということが何よりも意味があるのよ、人生のある時点ではね。(レイク・ベル)

 

レイク・ベルは、近年、コメディで才覚を現しており、また、自身で脚本を書き、監督、プロデューサーも務めるほど多才な女優ですが、テス・モリスの分身であるナンシーと、テス・モリスが脚本に設定した命題に、彼女の経験を巧みに加味しています。さらに、サイモン・ペグの貢献も大きいです。実は、最初の脚本はナンシーが中心で、ジャックの存在感がありませんでした。ペグはエドガー・ライトとの共同脚本の経験を通して異性のキャラクターを膨らますのが難しいことを知っており、モリスにとって異性であるジャックのキャラクターについてモリスにアドバイスし、ジャックのキャラクターを大きく膨らましています。

 

脚本のまとめ方に悩んでいたモリスは、友人から紹介されたビリー・マーニットの「Writing the Romantic Comedy」を参考に、自分の現実的な体験をロマンティック・コメディに巧みにすり替えています。マーニットによると、ロマンティック・コメディには7ステップの基本構造があるといい、モリスはこれに忠実に脚本を構成しています。

  1. 設定:化学方程式(ナンシーのキャラクター設定が描かれる) 
  2. 触媒:魅力的な出会い(ウォータールー駅の時計の下で間違って声をかけられる)
  3. 第一転回点:複雑な関係(ナンシーがジェシカになりすまし、楽しい時を過ごす)
  4. 中間点:ひっかけ(ナンシーのなりすましがバレて、ジャックと喧嘩になる)
  5. 第二点回転:ひねり(ジャックがナンシーに恋人のふりを頼み、元妻に対抗する)
  6. クライマックス:暗雲(???) 
  7. 解決:打倒の喜び(???)

 

モリスは脚本家として芽がでず、一度は制作側で人の脚本を読む仕事に回りましたが、多くを読むうちに自分の方がもう少し良く書けるかもしれないと思うようになったと言います。単身で住んでいた部屋を引き払い、親元に戻っていたモリスは、アテもないまま「まともな職につくから、三ヶ月間だけ、脚本に集中させて欲しい」と言って、「マン・アップ」を執筆しました。マーニットの本を参考に書いた脚本が、サイモン・ペグの「ホット・ファズ」や「ショーン・オブ・ザ・デッド」を制作したビッグ・トークの目に止まり、サイモン・ペグとレイク・ベルがキャストされたのは、モリスにとって大きな幸運でした。

 

タイトルの「マン・アップ」は「男になる、男を上げる」といった意味です。妻に逃げられ、傷つき、自分の年令の半分近い、若いジェシカに救いを求めるようなジャックが、男性らしく立ち直ることを意味しています。何故、ナンシー主体の「ウーマン・アップ」ではないのか、非常に興味深いのですが、考察は別の機会に譲るとして、気になるのは、ロマンティック・コメディの基本構造です。本作では成功しましたが、決まったパターンは安心して見れる一方で、マンネリに陥りやすいのも事実です。今後、繰り返して上演されるシェークスピア劇のように同じパターンを繰り返していくのか、新しいパターンに挑戦して進化していくのか、興味深いところです。

 

サイモン・ペッグ(ジャック)

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イギリスのコメディアン、俳優、脚本家。1993年、ロンドンでスタンダップ・コメディアンとしてキャリアをスタート、TVやラジオも活躍。テレビシリーズ「スペースド」で、「スター・ウォーズ」おたくの主人公を演じ、脚本も書く一方、「スペースド」の監督エドガー・ライトと、共演のニック・フロストの3人で製作したホラー・コメディ「ショーン・オブ・ザ・デッド」(2004年)がヒット、その後も数々のヒット作に出演するとともに、スタートレック、ミッション・インポッシブル、スターウォーズなどの大作にも出演している。

 

レイク・ベル(ナンシー)

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アメリカの女優、映画監督、脚本家、プロデューサー、モデル。「ベガスの恋に勝つルール」、「恋するベーカリー」、「抱きたいカンケイ」、「ミリオンダラー・アーム 」などに出演する一方で、自ら脚本を書き、監督、主演した、半自伝的な「私にだってなれる! 夢のナレーター単願希望」(2013年)で大きく注目される。若い頃、人の話し方に興味があり、様々な話し方を録音する為に世界を回った彼女は、様々なアクセントでの話し方に強い。ロンドンで4年間、演技を勉強したという彼女のアクセントは完璧で、撮影前にロンドンに入り、イギリス英語のアクセント「入った」彼女を、スタッフは撮影が終わるまでイギリス人だと思っていたという。また、イギリス英語のアクセントに「入って」いるので、アドリブにも不自由しない。訛でセリフを話す俳優は多いが、訛ったまま自在にアドリブをあやつる俳優は少ない。

 

ロリー・キニア(ショーン)

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ケン・ストット(バート、ナンシーの父)

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ハリエット・ウォルター(フラン、ナンシーの母)

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オリヴィア・ウィリアムズ(ヒラリー、ジャックの元妻)

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シャロン・ホーガン(エレイン、ナンシーの姉)

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オフィリア・ラヴィボンド(ジェシカ、ジャックのデート相手)

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ポール・ソーンリー(アダム、エレインの夫)

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ジェシカになりすましたナンシーは、ジャックとボーリングを楽しむが・・・

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撮影地(グーグルマップ)

 

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関連作品

テス・モリスの脚本執筆の参考書(Amazon

  ビリー・マーニット著「Writing the Romantic Comedy」

 

テス・モリスが参考にしたロマンティック・コメディのDVD(Amazon

  「月の輝く夜に」(1987年)

  「恋人たちの予感」(1989年)

  「恋愛小説家」(1997年)

 

テス・モリス/サイモン・ペグが好きな最近のロマンティク・コメディAmazon

  「ラブ・アゲイン」(2011年)

  「あなたは私の婿になる」(2009年)

世界にひとつのプレイブック」(2011年)

 

サイモン・ペグ出演作品のDVD(Amazon

  「ショーン・オブ・ザ・デッド」(2004年)

  「ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-」(2007年)

  「スター・トレック」(2009年)

  「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」(2011年)

  「スター・トレック イントゥ・ダークネス」(2013年)

  「ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!」(2013年)

  「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション」(2015年)

  「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」(2015年)

  「スター・トレック BEYOND」(2016年)

 

レイク・ベル出演作品のDVD(Amazon

  「私にだってなれる! 夢のナレーター単願希望」(2013年)

  「天才犬ピーボ博士のタイムトラベル」(2014年)

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