「ショート・カッツ」:アルトマン監督がカーヴァーの9短編と1詩編を群像劇に再構成、人生の出来事の偶発性と反応の多様性を示唆する
「ショート・カッツ」(原題:Short Cuts)は、1993年公開のアメリカの群像劇映画です。「アメリカのチェーホフ」と呼ばれ、アメリカで最も愛された作家のひとり、レイモンド・カーヴァーの9つの短編と一編の詩を元に、ロバート・アルトマン監督が同時進行の群像劇に再構成したもので、アメリカのロスアンジェルス郊外のごく普通の住宅地を舞台に、22人の主要登場人物からなる9組の家族や友人たちの日常が、些細なことから生じる人生の出会いと別れ、葛藤と和解、愛と裏切り、性と死などなどといったさまざまなエピソードで語られた作品です。ヴェネツィア国際映画祭にて金獅子賞を受賞した作品です。
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目次
スタッフ・キャスト
監督:ロバート・アルトマン
脚本:ロバート・アルトマン/フランク・バーハイト
原作:「Short Cuts: Selected Stories」
(レイモンド・カーヴァー著、ロバート・アルトマン選)
出演:アンディ・マクダウェル(アン・フィニガン)
ブルース・デイヴィソン(ハワード・フィニガン)
ジャック・レモン(ポール・フィニガン)
ジュリアン・ムーア(マリアン・ワイマン)
マシュー・モディーン(ラルフ・ワイマン)
アン・アーチャー(クレア・ケーン)
フレッド・ウォード(スチュアート・ケーン)
ジェニファー・ジェイソン・リー(ロイス・カイザー)
クリス・ペン(ジェリー・カイザー)
リリ・テイラー(ハニー・ブッシュ)
ロバート・ダウニー・Jr(ビル・ブッシュ)
マデリーン・ストー(シェリー・シェパード)
ティム・ロビンス(ジーン・シェパード)
リリー・トムリン(ドレーン・ピゴット)
トム・ウェイツ(アール・ピゴット)
バック・ヘンリー(ゴードン・ジョンソン)
フランシス・マクドーマンド(ベッツィ・ウェザーズ)
ピーター・ギャラガー(ストーミー・ウェザーズ)
ライル・ラヴェット(アンディ)
ほか
あらすじ
(プロローグ)ロサンゼルスのとある住宅街。突如発生した害虫を駆除するべく、ヘリコプターの編隊が殺虫剤を散布します。
- TVキャスターのハワード・フィニガン(ブルース・デイヴィソン)の妻アン(アンディ・マクドウェル)は、明日9歳になる息子の為にケーキ屋のアンディ(ライル・ラヴェット)にバースデイ・ケーキを注文しますが、その息子が車にはねられ、昏睡状態になります・・・。
- ポール・フィニガン(ジャック・レモン)は、孫ケイシーの見舞いに病院を訪れ、30年ぶりに息子ハワードに会う彼は、真実を知ってもらいたいと妻との過去を語ります・・・。
- ファミリーレストランで働くドリーン(リリー・トムリン)はアル中の夫アール(トム・ウェイツ)に、子供をはねたと告白しますが、無事と思い込んだ2人は猥雑な日々に埋没します・・・。
- ジャズシンガーのテス・トレイナー(アニー・ロス)とチェリストの娘ゾエ(ロリ・シンガー)は、うまく理解しあうこととできません。隣人のの事故を知り、衝撃を受けたゾエはリハーサル中の母に知らせますが、母は何の関心も示しません・・・。
- 愛人ベティ(フランセス・マクドーマンド)の家から朝帰りした警官ジーン(ティム・ロビンス)は、妻のシェリー(マデリーン・ストウ)に責められ、八つ当たりに飼い犬をバイクに乗せて捨てに行きます・・・。
- 高級住宅街に住む画家のマリアン(ジュリアン・ムーア)と医師ラルフ(マシュー・モディーン)の夫婦は、はたからは理想のカップルに見えますが、二人の間には深い溝があります・・・。
- 殺虫剤散布を終えたヘリコプターの操縦士ストーミー・ウェザー(ピーター・ギャラガー)は、別れた妻ベティに誕生日を祝う電話をかけますが、とりつく島もありません。ベティに男がいることを知ったストーミーは・・・。
- スチュアート(フレッド・ウォード)は、釣り仲間ゴードン(バック・ヘンリー)らと川へ鱒釣りに出掛けます。彼らは女性の全裸死体が川に浮かんでいるのを発見しますが、あまりに山奥で警察にも連絡しようがありません・・・。
- ピエロの出張サービスをしているクレア(アン・アーチャー)に、釣りから家に帰った夫のスチュアートが女性の死体の一件を話し、彼女は釣りに興じていた彼を激しく非難します。
- メイクアップ・アーティストのビル(ロバート・ダウニー・ジュニア)とその妻は、向かいに住むリッチな黒人夫婦が1か月アパートを留守にする間、その管理を任されます。いい加減なビルは、友人のジェリー(クリストファー・ペン)とその妻ルイス(ジェニファー・ジェイソン・リー)を隣人のアパートに呼びます・・・。
- プール掃除の職につくジェリー(クリストファー・ペン)は妻のルイス(ジェニファー・ジェイソン・リー)が育児をしながらテレフォンセックスのバイトに精を出している姿に耐えられず、欲求不満が募るばかりです。ある日、2人はブッシュ夫婦と子供たちを連れて郊外にピクニックに出掛けますが、2人組の女の子に目をつけたビルとジェリーは彼女らをナンパします・・・。
(エピローグ)ロサンゼルスを大きな地震が襲い、人々はそれぞれの生活の場で異変に遭遇します・・・。
レビュー・解説
三時間超の大作ですが、レイモンド・カーヴァーの複数の短編をひとつの群像劇にまとめあげたロバート・アルトマン監督の手腕が見事です。時にすれ違い、時に重なり合う、アメリカの市井に生きる人々の様々な出来事を俯瞰して見せることにより、人生にはいろいろな事が起こり、様々な反応がある事を暗に示唆しています。また、アンディ・マクダウェル、ジャック・レモン、ジュリアン・ムーア、クリス・ペン、ロバート・ダウニー・Jr、ティム・ロビンス、フランシス・マクドーマンドなど、多くの著名俳優の演技を見れるなど、群像劇の魅力に溢れる作品です。
元になったカーヴァーの短編は、
- 「隣人」
- 「ダイエット騒動」
- 「ビタミン」
- 「頼むから静かにしてくれ」
- 「足もとに流れる深い川」
- 「ささやかだけれど、役にたつこと」
- 「ジェリーとモリーとサム」
- 「収集」
- 「出かけるって女たちに言ってくるよ」
- 「レモネード」(詩)
で、映画公開に先立ち、これらを収録した単行本「Short Cuts: Selected Stories」が出版されています。
レイモンド・カーヴァーは、「散文から詩を作り上げた」と言われ、「ありふれたことの背後にある不思議を露にした」と評する人もいますが、「カーヴァーが本当になした事は、人生における様々な経験において人間が見せる行動の特質を捉えたことだ」と、ロバート・アルトマン監督は語っています。人生に影響を与えるような出来事を経験する人々を描いた短編の数々を、彼は一つの物語として見ています。人は、人生が空しくなるような出来事にあうかもしれないし、災害にあうかもしれません。そうした知りたくもないこと知りながら、人々は生きていかなければならないですが、実は知らないことの方が多いのです。カーヴァーの作品を読む時、そうした事は常に自分にも起こる得ることだと認識しながら、知りたくないことを知って生きなけれならないというギャップの中で読者は満たされます。
アルトマン監督は、カーヴァーの作品を群像劇にすることにより、様々な人々の様々な出来事を俯瞰できるにしました。また、それが延々と続いていくように表現しています。人々が経験する出来事や人生に対する影響は各人各様で、ひとつひとつの人生を見ていく限り、映画に終りはありません。群像劇にするに当り、各短編の登場人物がクロスオーバー、様々なつながりを持ち、名前が変わっている場合もあります。また、ジャズシンガーのテス・トレイナーとチェリストの娘ゾエのエピソードは、カーヴァーの短編にはなく、ロバート・アルトマン監督らの創作となっています。
タイトルの「ショート・カッツ」は、
- カーヴァーのひとつ短編をひとつのカット(フィルム・クリップ)に見立てて、群像劇はそれをミックスしたものであること
- 別々に存在しているそれぞれの短編の登場人物が、群像劇の中で身近につながっていること
の、二つの意味をかけたものと思われます。
生前、カーヴァーはアルトマン監督の群像劇映画「ナッシュビル」を気に入っていたといい、また「ショート・カッツ」の映画化に当たっては、カーヴァーの未亡人で詩人のテス・ギャラガーアルトマン監督は何度もしっかりとしたやりとりをしています。しかしながら、カーヴァーに共感するアルトマン監督がこの映画で目指したものは、決してカーヴァーの個々の短編の映像的再現ではなく、あくまでもカーヴァーの短編を題材に人々の様々な人生を神の視点で俯瞰して見せることでしょう。
著名な俳優が数多く出演しているのもこの映画の魅力ですが、ジャック・レモン、ティム・ロビンス、フランシス・マクドーマンド、ジュリアン・ムーアの4人がオスカー俳優、バック・ヘンリー、ブルース・デイヴィソン、リリー・トムリン、トム・ウェイツ、アン・アーチャー、ロバート・ダウニー・Jr、ヒューイ・ルイスが7人のオスカー候補者です。
アンディ・マクダウェル(アン・フィニガン)
ジャック・レモン(ポール・フィニガン)
ジュリアン・ムーア(マリアン・ワイマン)
クリス・ペン(ジェリー・カイザー)
ロバート・ダウニー・Jr(ビル・ブッシュ、左から二人目)
フランシス・マクドーマンド(ベッツィ・ウェザーズ)
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関連作品
ショート・カッツの原作本(Amazon)
「Short Cuts: Selected Stories」
ロバート・アルトマン監督作品のDVD(Amazon)
「ナッシュビル」(1975年)
「ゴスフォード・パーク」(2001年)
「今宵、フィッツジェラルド劇場で」(2006年)
群像劇映画
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