「バベル」(原題:Babel)は、2006年公開のアメリカのドラマ映画です。アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督、ラッド・ピット、ケイト・ブランシェットら出演で、一発の銃弾をめぐって交差する、モロッコ、アメリカとメキシコ、日本のドラマを描いています。第79回アカデミー賞で、作品賞、監督賞、助演女優賞 (アドリアナ・バラッザ、菊地凛子)、脚本賞、編集賞、作曲賞の6部門に7件、ノミネートされ、作曲賞を受賞した作品です。菊地凛子の演技部門へのノミネートは、日本人女優として49年振りの快挙として話題になりました。
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目次
スタッフ・キャスト
監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
脚本:ギジェルモ・アリアガ/アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
原案:ギジェルモ・アリアガ/アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
出演:ブラッド・ピット(リチャード・ジョーンズ)
ケイト・ブランシェット(スーザン・ジョーンズ)
ブブケ・アイト・エル・カイド(ユセフ)
サイード・タルカーニ(アーメッド)
ムスタファ・ラシーディ(アブドゥラ)
アドリアナ・バラッザ(アメリア)
ガエル・ガルシア・ベルナル(サンティアゴ )
ネイサン・ギャンブル(マイク・ジョーンズ)
エル・ファニング(デビー・ジョーンズ)
モハメド・アクザム(アンワー)
クリフトン・コリンズ・Jr(国境の警察官)
役所広司(綿谷安二郎)
菊地凛子(綿谷千恵子)
二階堂智(真宮賢治)
小木茂光(千恵子が通う歯科医)
ほか
あらすじ
モロッコ、アメリカのカリフォルニアとメキシコのティファナ、そして東京と、遠く離れた地域の人物たちのそれぞれのストーリーが、一発の銃弾をめぐって交差します。
- モロッコ
裏売買でライフルを入手した父親が、羊を狙うジャッカルの退治にと、息子たちにこれを渡します。放牧に出たアーメッド(サイード・タルカーニ)とユシフ(ブブケ・アイト・エル・カイド)は、射撃の腕を競ううちに山道を走るバスを標的にしてしまいます。
互いに心の中に相手への不安を抱えながら、旅行でモロッコを訪れたアメリカ人夫婦のリチャード(ブラッド・ピット)とスーザン(ケイト・ブランシェット)は、観光バスで移動中に銃撃を受け、スーザンが負傷、近くの村へ身を寄せます。次第に事件が解明され、ライフルの入手元がモロッコに来た日本人ハンターであることが判明します。 - アメリカ・メキシコ
リチャード・スーザン夫妻の子どものベビーシッター、メキシコ人不法就労者のアメリア(アドリアナ・バラッザ)に、メキシコのティファナで催される息子の結婚式が迫りますが、夫妻は旅行中のトラブルに遭い帰国できません。代わりに子どもの面倒を見てくれるはずの親戚も都合がつかないず、しかたなく彼女は子どもたちを結婚式に同行させます。その帰り道に車を運転をしていた彼女の甥は、酔ったはずみで国境を強行突破してしまいます。 - 日本
ろう者の女子高生、千恵子は父と二人暮しですが、母親を亡くした苦しみを不器用な父とうまくわかちあうことができずに孤独感を深め、街でも聾であることで疎外感を味わっています。ある日、警察が父親に面会を求めて自宅を訪れますが、千恵子は刑事の目的を母親の死と関係があると誤解します・・・。
レビュー・解説
一発の銃弾によって交差するモロッコ、アメリカ、メキシコ、日本の四つのストーリーを、熟成した多次元の群像劇として紡ぐ本作は、もどかしくままならいコミュニケーションの悲哀を描きながら、9.11以降の調和なき世界を暗示するかのような秀作です。
タイトルの「バベル」は、旧約聖書の創世記に出てくる町の名前です。バベルの人々は天まで届く塔を建てようとしましたが、神は快く思わず、人々に異なる言葉を話させるようにしました。その結果、人々は統制がとれずバラバラになり、全世界に散っていきました。映画「バベル」では、世界に散った人々が、生死にかかわる問題でつながっているにも関わらず、言葉や文化や国籍などの違いによりコミュニケーションがままならぬ様を描いています。
しかしながら、なぜ、今更、「バベル」なのか?その答えは、9.11にあります。当時の多くの映画人同様、9.11はイニャリトゥ監督にとって大きな関心事でした。彼は2002年に公開されたのオムニバス映画「11'09''01/セプテンバー11」に参加しています。彼が担当したのは約10分ほどの「メキシコ」というタイトル部分ですが、メキシコの映像は全くありません。暗闇を背景に様々な国の言葉や音が聞こえてくるだけで、一瞬入る映像とともに衝撃な事件と世界的な広がりを暗示しています。
9.11の標的となったワールド・トレード・センターは、海外貿易のための大規模な商業・取引センターとして1972年にオープンしました。当時として世界最大の高さを誇り、グローバル化による世界的な経済振興の為にアメリカが作った、いわば「バベルの塔」でした。それが崩壊することはまさに、アメリカがリードしてきた世界秩序の崩壊を意味します。9.11以降、人々が希望を失い、疑心暗鬼になる中、映画「バベル」は、再び顕著となった「言葉や文化や国籍などの違いによりコミュニケーションがままならぬ世界」を描いているのです。
<ネタバレ>
「バベル」のエンディングでは、夜のベランダで和解した親子からズームアウトし、そこが東京の街灯りに浮かぶ「高層マンションの最上階」である事がわかります。最後に監督の子供たちに向けた献辞が表示されますが、そこで子供たちを「...the brightest lights in the darkest night(最も暗い夜の最も明るい光)」と表現しています。分断されて不確かな世界で、我が子への愛に希望を見出すかのような、余韻の残るエンディングです。
<ネタバレ終わり>
ブラッド・ピット(リチャード・ジョーンズ)
ケイト・ブランシェット(スーザン・ジョーンズ)
菊地凛子(綿谷千恵子
菊地凛子と「バベル」について
余談になりますが、迫真の演技でアカデミー助演女優賞にノミネートされた菊池凛子は、単身で渡米、一年にも渡るオーディションの末、この役を得ました。彼女はインタビューで以下の様に話しています。
私は日本で女優としてやっていかれるかもわからず、不安や危機感もありました。そこにたまたま、私のリスペクトしている監督が現れて、しかも日本で映画を撮る。なおかつ英語が必要ない。そんなチャンス、もう2度とないかもしれない。女子高生の役で実年齢と離れていること、監督が本物のろう者を起用したいと考えていたということはありましたが、そういう状況に対して私ができることは、自分からアプローチしていくことだけでした。最初で最後の機会だから、飛び込んでいくしかないと。(菊地凛子)
オーディション前から手話を習い、10代特有の体型を出す為に体重を5キロ増やし、街で聾唖者に成りきる等の役作りに励んだと言われていますが、何よりも、好機を生かすために、不利な条件をものともせず、果敢に異境の地まで飛び込んで、最後まであきらめずに挑戦し続けたことが素晴らしいです。
動画クリップ(YouTube)
「メキシコ」〜「11'09''01/セプテンバー11」
0分00秒〜無音、祈りのような声が重なる。時折「バン」という音。
1分49秒〜一瞬ビルが映る(以降、時折映る)。
2分42秒〜飛行機が飛びすぎる音。驚きの声。
ワールド・トレード・センターに旅客機が突っ込んだ事を伝える各国の報道。
「2機めが・・・」というアナウンサーの声。
3分54秒〜ビルから飛び降りる人の映像と、それを伝える報道。
4分34秒〜悲痛な声で「愛してる」と伝える電話。
5分14秒〜ビルが崩落する音と、それを伝える報道。
5分55秒〜ビルの側面を飛び降りる人。ラジオらしき声。ノイズ。
7分03秒〜静寂。崩落するビルと立ち上がる煙の柱。
7分44秒〜静かに流れる弦楽奏。
9分30秒〜アラビア語、英語で「神の光は我々を導くのか、あるいは盲目にするのか!」
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関連作品
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「アモーレス・ペロス」(2000年)
「BIUTIFUL ビューティフル」(2010年)
「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」(2014年)