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夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「偽りなき者」:児童への性的虐待を疑われバッシングを受ける教師にどのような対処ができるのか、深く考えさせられる、示唆に富んだ作品

「偽りなき者」(原題:Jagten、英題:The Hunt)は、2012年公開のデンマークのヒューマン・ドラマ映画です。トマス・ヴィンターベア監督・共同脚本、マッツ・ミケルセンら出演で、クリスマスを迎えるデンマークの小村を舞台に、無実の罪を着せられた男の孤独な戦いを描いています。第65回カンヌ国際映画祭で男優賞(マッツ・ミケルセン)を受賞、第86回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:トマス・ヴィンターベア
脚本:トマス・ヴィンターベア/トビアス・リンホルム
出演:マッツ・ミケルセン(ルーカス、離婚歴のある42歳の幼稚園教師)
   トマス・ボー・ラーセン(テオ、 ルーカスの幼なじみの親友)
   アニカ・ヴィタコプ(クララ、ルーカスの幼稚園に通うテオの娘)
   ラセ・フォーゲルストラム(マルクス、ルーカスの別れた妻と同居する息子)
   スーセ・ウォルド(グレテ、 ルーカスが勤める幼稚園の園長 )
   アンヌ・ルイーセ・ハシング(アグネス、テオの妻、クララの母)
   ラース・ランゼ(ブルーン、ルーカスの親友、マルクスの名付け親)
   アレクサンドラ・ラパポート(ナディヤ、ルーカスの同僚で恋人)
   ほか

あらすじ

離婚と失業の苦難を乗り越え、幼稚園の教師になったルーカス(マッツ・ミケルセン)は、息子のマルクス(ラセ・フォーゲルストラム)と良い関係を保ちながら、ようやく穏やかな日常を取り戻します。親友テオ(トマス・ボー・ラーセン)の娘クララ(アニカ・ヴィタコプ)はルーカスを好いていましたが、贈り物をしても彼が受け取らないのに腹を立て、幼稚園の園長(スーセ・ウォルド)に彼がセクハラをしたと嘘の告げ口をします。クララにとってはちょっとした意地悪でしたが、これが閉鎖的な田舎町で大きな波紋となり、ルーカスは許しがたい変質者と見做されます。町の住人のみならず、親友だと思っていたテオまで幼いクララの証言を信じて疑わず、無実を証明できる手立てのないルーカスに耳を貸す者はいません。仕事も親友も信用も失ったルーカスは、小さな町で孤立してします。彼に向けられる憎悪と敵意はエスカレートし、ルーカスは警察に連行され、嫌がらせは一人息子のマルクスにまで及びます。最終的にクララの告げ口は事実ではないことが明らかになり、ルーカスは釈放されますが、彼に対する悪意は消えず、買い物に出ても店から追い出され、仕事も奪われ、いわれのない近隣からの攻撃に家に閉じこもらざるを得なくなります。無実の人間の誇りを失わぬ為にひたすら耐えることを余儀なくされ、追い詰められたルーカスは、クリスマス・イブにある決意を胸に、町の住人たちが集う教会へと向かいます・・・。

レビュー・解説

児童への性的虐待と冤罪という難しい問題にどう対峙すべきか、マッツ・ミケルセンのじっと耐えるパフォーマンスに深く考えさせられる、示唆に富んだ作品です。

 

トマス・ヴィンターベア監督は、1998年に「セレブレーション」という児童虐待をテーマにした映画を制作、世界的に高い評価を得ます。この時、彼は著名な児童心理学者の訪問を受け、コインの裏側も考えなくてはならないと指摘されます。児童心理学者は、「疑惑的な罪」だけが独り歩きして実際には何も起きていない事例がたくさんあると、話したといいます。

そこからアイディアが浮かんだんだ。そういう要素を反映させて、もっと考えを進めていった作品を作り上げるのも面白いのではないか、と思ったんだ。それと、彼が話してくれたと虚偽記憶の話も非常に興味深いものだった。これはとても恐ろしいことなんだけど、もし子供に何度か同じ質問をするとその子供は、実際にそれが起こったことだと信じてしまうことがあるらしい。例えば、質問者が子供に何度か同じ事を質問する、お母さんが突然泣き出した、お父さんがケンカをする、誰かが刑務所に入った、自分は心理学の医者へ頻繁に行かされた、または誰かが犯罪を犯した、とかね。つまり、子供が犠牲者である、という完璧な妄想だ。そういった子供は、自分が犠牲者だと信じて成長していく。そして同じような問題を抱えて大きくなっていき、身体的に虐待されたと考えるようになる。子供がシステムの犠牲者となってしまうんだ。同時に、過度に子供を守ったり助けたりすることも問題だと思ったんだ。それを、作品として描き出せば、良いドラマになると思ったんだ。(トマス・ヴィンターベア監督)

 

クララの小さな嘘が元で、主人公のルーカスは村人たちの激しいバッシングにあいます。冤罪が晴れても、一度、破壊された人間関係は、なかなか修復できません。

この映画では話の筋よりも友情のほうが、僕としてはずっと重要なテーマだった。困っている友人に手を差し伸べようとしても、悲しいかな、そこに嘘や噂が入り込んでくる。まるで邪悪なものが外からやってくる、アンデルセン童話みたいにね。人情、友情、村にあったそれらがすべて失われて消えていくという点がこの作品で一番重要なところだと僕は思う。(トマス・ヴィンターベア監督)

 

原題の「Jagten」は、狩りという意味で、一緒に狩りをする男同士の友情が、冤罪によって脆くも崩れていくことを意識したものと思われます。当初の脚本はルーカスをマッチョな男として描いていましたが、繊細な演技ができるマッツ・ミケルセンに主役が決まり、幼稚園の先生役に脚本を書き換えたと言います。これによって、後述のマクマーティン保育園事件に端を発するモラル・パニックをなぞるような、よりリアリティのある脚本になっています。

 

マッツ・ミケルセン(左、ルーカス、離婚歴のある42歳の幼稚園教師)

 

トマス・ボー・ラーセン(テオ、 ルーカスの幼なじみの親友)

 

アニカ・ヴィタコプ(クララ、ルーカスの幼稚園に通うテオの娘)

 

ラセ・フォーゲルストラム(マルクス、ルーカスの別れた妻と同居する息子)

 

スーセ・ウォルド(グレテ、 ルーカスが勤める幼稚園の園長)

 

アンヌ・ルイーセ・ハシング(左、アグネス、テオの妻、クララの母)

 

アレクサンドラ・ラパポート(ナディヤ、ルーカスの同僚で恋人)

 

ルーカスへのバッシングは、必ずしも田舎の小さな村だから起きたものとは言えません。実は似たことが世界規模で起きたことがあります。1983年にカリフォルニア州で、マクマーティン保育園の保育士によって自分の息子が性的虐待を受けたと、ある女性が警察に届け出ます。メディアは、1984年の春までに60人を超す幼児の虐待が行われたと報道、これが保育園などで性的虐待が一般的に行われているのではないかという社会的な恐怖を引き起こし、保育園関係者に対する魔女狩り、モラル・パニックに発展、保育園や幼稚園などの施設の経営者や職員らが親たちに相次ぎ告発されました。アメリカに始まったパニックは、カナダ、ニュージーランドやヨーロッパ諸国に広まり、保護者の間や地域社会でヒステリックな告発によって、多くの保育園や託児所が閉鎖に追い込まれました。告発の内容は、職員らが子供たちの性器に触れた、拷問した、性的な行為を強要したなどといったものでしたが、後に児童による虚偽記憶の問題が浮上し、この問題で逮捕されたり、有罪判決を受けた人の多くは釈放されました。特に史上最悪の児童虐待事件と言われたマクマーティン保育園の事件は史上最悪の冤罪事件となり、裁判では親たちが偽の記憶を作ったと非難されました。

 

余談になりますが、有名な映画監督のウディ・アレンにも、養女に対する性的虐待の疑惑があります。

  • 1992年、女優のミア・ファローウディ・アレンと12年間にわたり事実婚の関係にありましたが、彼がファローの養女スン・イー(当時20歳)と交際をしていることを知り、実子一人、養子二人の子供の親権を争う裁判に発展します。この中で、彼女は養女のディラン・ファロー(当時7歳)が、アレンに性的虐待を受けていたと訴えます。しかし、コネチカット州で調査の陣頭指揮を取った医師は、ディランはリハーサルに基づいて話しており、演じたい彼女にミアが虚偽の話を誘導した可能性があるとします。
  • 1993年3月、ミアが証拠として提出したディランの証言テープに関して、エール大学・ニューヘイブン病院の心理学専門家パネルは「子供の想像か、誰かの誘導によるもの」という臨床評価報告を提出します。
  • 1993年6月、コネチカット州の裁判所は、アレンを「利己的で、信頼できず、無神経な父親」とし、ミアに三人の子供の親権を認めます。さらに、エール大学・ニューヘイブン病院の報告に疑義を呈し、虐待の有無に関わらず、「アレンのディランに対する言動は、極めて不適切」とします。
  • 1993年9月、コネチカット州検察は、アレンに性的虐待疑惑は残るが、法廷で証言するというトラウマをディランに味あわせることを避ける為、起訴しないと発表します。
  • 1993年10月、ニューヨーク福祉局は14ヶ月間に渡る調査を終え、「ディランが虐待を受けたという信頼に足る証拠はなく、事実無根と結論する」と報告します。
  • 1997年12月、ウディ・アレンとスン・イーは、ベネツィアで結婚します。

 

刑事事件にはなりませんでしたが、この問題は禍根を残します。2014年、ゴールデン・グローブ賞で長年のハリウッドへの貢献を表彰されたウディ・アレンに対して、実子のローナン・ファローが「7歳の養女に性的虐待をするような男がそんな賞を?」とツィート、それをミア・ファローが「爆弾発言!」とフォロー、さらにディラン・ファロー自身が、「父ウディ・アレンは幼い養女に性的虐待を犯した男。ハリウッドは彼を蔑んでいい。」という趣旨のアカデミー会員に宛てた公開書簡をニューヨーク・タイムズに発表、社会的制裁を喚起します。一方、もう一人の養子、モーゼス・ファローは「ディランが言っているのはデタラメだ。お母さんであるミア・ファローによって洗脳されて植え付けられた記憶なんだ。」と主張します。

 

ウディ・アレンミア・ファローの関係は特別でした。事実婚の関係になった後も同居せず、ミアは先に離婚したフランク・シナトラとの関係も続けており、アレンの実子とされるローナン・ファローも実はシナトラの子供かもしれない、彼女が最も愛したのはシナトラだったと、語っています。うまく行っている時は自由な関係で構わないのですが、うまく行かなくなった時は、子供たちを最優先に考える必要があるでしょう。アレンとスン・イーは法的に親子関係になく、スン・イーもアレンを父親と思ったことはないと語っていますが、ミアはスン・イーとアレンの交際を知った時、自殺をほのめかすほどの衝撃を受けたと言います。これを機に、ディランへの性的虐待があったのではないかと疑心暗鬼になっても不思議はありません。しかし、実証できないディランへの性的虐待疑惑を、親権を守りたいが為にあわてて法廷に持ち込んだのは良かったのかどうか、もし、その過程でディランが動搖する母親の鏡となり、偽装記憶を持ったとしたら、それはディランにとって大きな悲劇になります。また、疑いはあるがディランを慮って起訴しないという検察の対応にも、興味深いものがあります。

 

もちろん、児童虐待を肯定するものではありませんが、何を重視して問題解決を図るかは非常に重要です。こうした問題は、子供の記憶が往々にして不確かなものであることとともに、問題の対処にあたっては子供への影響を深慮する必要があることを示唆します。本作も、主人公の冤罪という視点だけではなく、それぞれの登場人物がどのようなスタンスでクララに接しているかという視点で見てみると、非常に興味深いものがあります。

撮影地(グーグルマップ)

 

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関連作品

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  「遙か群衆を離れて」(2015年)輸入版、日本語なし

 

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  「アフター・ウェディング」(2008年)

  「ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮」(2012年)

  「偽りなき者」(2012年)

  「メン&チキン」(2015年)

 

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  「バベットの晩餐会」(1983年)

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