夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「婚約者の友人」:第一次大戦後の独・仏を舞台にフランソワ・オゾン監督の刺激的な物語りとパウラ・ベーアの演技が味わい深いドラマ映画

婚約者の友人」(原題:Frantz)は2016年公開のフランス・ドイツ合作のドラマ映画です。エルンスト・ルビッチ監督の「私の殺した男」(1932年)を翻案、フランソワ・オゾン監督・脚本、パウラ・ベーア、ピエール・ニネら出演で、第一次世界大戦後のドイツとフランスを舞台に、戦死したドイツ兵の謎めいた友人と残された婚約者の関わりを描いています。第73回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を争い、パウラ・ベーアが新人賞を受賞、第42回セザール賞では11部門にノミネートされ、撮影賞を受賞した作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:フランソワ・オゾン
脚本:フランソワ・オゾン
原案:モーリス・ロスタン作の戯曲「私の殺した男」(1930年)
   エルンスト・ルビッチ監督の映画「私の殺した男」(1932年)
出演:ピエール・ニネ(アドリアン
   パウラ・ベーア(アンナ)
   エルンスト・シュトッツナー(ハンス・ホフマイヤー博士)
   マリー・グルーバー(マグダ・ホフマイヤー)
   アントン・フォン・ラック(フランツ・ホフマイヤー)
   ヨハン・フォン・ビュロー(クロイツ)
   シリエル・クレール(アドリアンの母)
   アリス・ドゥ・ランクザン(ファニー)
   ほか

あらすじ

1919年、ドイツのクヴェードリンブルク。アンナ(パウラ・ベーア)は、第一次世界大戦のフランスとの戦いで婚約者のフランツ(アントン・フォン・ラック)を亡くし、悲しみの日々を送っていました。そんなある日、アンナがフランツの墓参りに行くと、見知らぬ男が花を手向けて泣いています。アドリアン(ピエール・ニネ)と名乗るその男は、戦前にパリでフランツと知り合ったと言います。アンナとフランツの両親は、彼とフランツの友情に心を動かし、心を癒されます。やがてアンナはアドリアンに「婚約者の友人」以上の想いを抱き始めますが、アドリアンは突然、自らの秘密を告白します・・・。

レビュー・解説

第一次大戦後のドイツとフランスを舞台にモノクロ映像で描かれた本作は、フランソワ・オゾン監督の刺激的なストーリー・テリングと主役の内に秘めた想いの変化をナチュラルに表現するパウラ・ベーアの演技が魅力の、味わい深いドラマ映画です。

 

ストーリーテリングと主演女優が素晴らしい

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原作の視点を変え、後半を新たに創作

本作は、フランスの劇作家モーリス・ロスタンの戯曲、及び、それを映画化したエルンスト・ルビッチ監督の映画「私の殺した男」(1932年)を翻案した作品です。ドイツ出身のエルンスト・ルビッチ監督は、第一次世界大戦後の1922年に渡米、1935年にナチス・ドイツによってドイツの市民権が剥奪されています。反戦主義、理想主義のルビッチ監督が渡米後に制作した「私の殺した男」は、罪と贖いをテーマにフランス人青年の視点で描かれており、ハッピー・エンディングで締めくくられています。贖罪よりも嘘という視点でこの作品に興味を抱いたというフランソワ・オゾン監督は、フランス人青年ではなく、青年と出会うドイツ人女性の視点で本作を描いており、またドイツ人女性がフランスを訪れる後半は戯曲、及びルビッチ版の映画にはないオゾン監督のオリジナルで、フランス人青年がドイツを訪れる前半に対して鏡像のような構成になっています。

フランソワーズ・オゾン監督の巧みなストーリー・テリング

舞台の1919年は、第一次世界大戦勝利者である連合国と敗戦国のドイツとの間でヴェルサイユ条約が結ばれた年です。この講話条約はフランスによるドイツへの報復といった色彩が強く、重い賠償と領土の喪失を余儀なくされたドイツに大きな不満が燻り、後の国粋主義ナチスの台頭に繋がったと言われています。本作にもそうした不穏な世相が反映され、ドイツ、フランスともに国粋主義を感じさせる場面があります。イギリスのEU離脱アメリカ大統領戦でのトランプの勝利と、自国第一主義的な兆候が見られる昨今ですが、フランス、ドイツでも国粋主義勢力が台頭して世論を揺るがしており、1919年という古い時代設定ながら、本作には現代に通ずる緊張感が感じられます。古い話を題材に視点を変え、鏡像のような独自の二部構成で展開、モノクロ映像ながらもぐいぐいと観る者を引き込み、ドイツの田舎町の無垢な女性が厳しい体験を通して強く成長するプロセスを描くオゾン監督は、観るものを飽きさせない、実に巧みなストーリー・テリングを見せています。

 

因みに戦士したドイツ人青年フランツのドイツ語の正しい綴りは Franz ですが、本作の原題は「Frantz」となっています。これはフランス人が犯しやすいミススペルだそうで、ドイツ人が面白がるのでそのままタイトルにしたそうです。厳密な正しさよりも面白さを追求するオゾン監督らしい、嘘をテーマにした本作に似合う洒落た原題です。

パウラ・ベーアのパフォーマンスも成功の大きな鍵

もうひとつ見逃せないなのが、物語が進むにつれて内に秘めた心情が徐々に変化していくアンナを、撮影時、弱冠二十才のパウラ・ベーアがものの見事に演じている点です。ドイツ語、フランス語の二ヶ国語で展開する本作は、彼女にとっては初めてのフランス語劇ですが、そうした事情を感じさせないほどの堂々とした演技です。第73回ヴェネツィア国際映画祭では彼女が本作で新人賞を受賞しましたが、本作の成功の鍵のひとつになった素晴らしいパフォーマンスです。

ドイツでオーディションをして、大勢の若手女優に会いました。パウラには悪戯っぽい煌めきとともに、ある種の物悲しさがありました。撮影当時はまだ20歳でしたが、演技はとても成熟していました。少女の無垢さと女性の強さの両方を表現することができました。彼女は感心するほど演技の幅の広く、素早く役に命を吹き込む能力がありました。カメラ映りも抜群です。(フランソワ・オゾン監督)
https://julianwhiting.files.wordpress.com/2017/06/english-language-press-kit-to-frantz.pdf

因みに相手役のピエール・ニネも本作が初めてのドイツ語劇で、パウラが吹き込んだドイツ語のセリフを聞いて練習したそうで、さまざまな言語が併存する欧州ならではのエピソードです。ドイツ語劇への出演がメインのパウラは、ニーナ・ホスの後を追えるくらいのポテンシャルを持っているのではないかと期待していますが、ドイツ語劇だけでは日本で見られる機会が限られので、是非とも英語劇にも挑戦して欲しいと思います。

モノクロ映像の意外な理由

一部のシーンを除いて本作はモノクロ映像で構成されていますが、ノスタルジーやクラッシックなスタイルを狙ったというよりは、リアルな現実感に引き込まれる映像です。

 「婚約者の友人」では独自のスタイルを狙う意図は全くありませんでした。むしろそれとは逆に、舞台をリアルに表現する必要がありました。多くの写真や映画が数多く残されている理想的な時代設定でしたが、必要な歴史的正確さを実現するには予算が足りなことに気がつきました。プロダクション・デザイナーのミシェル・バルテレミとともにとロケハンをし、面白い場所がたくさん見つけましたがが、どれも費用がかさむ修復が必要でした。そんなある日、私はロケハンで撮った写真を白黒にしようと思いついたのです。奇跡的にもどのロケ地も美しく生まれ変わり、皮肉なことにより高度なリアリズムと真実性を表現することができました。あの時代の記録映像はすべて白黒ですから、むしろ白黒の方がもっともらしく見えるのです。プロデューサーはあまり乗り気でありませんでしたが、予算面でも芸術面でも妥当な選択で、最終的に実利を得ることができたと思います。(フランソワ・オゾン監督)
https://julianwhiting.files.wordpress.com/2017/06/english-language-press-kit-to-frantz.pdf

 

モノクロにすることによってリアルに見えるならばそれでいいという、完璧なリアリズムよりも実利を重視するオゾン監督ならではの選択ですが、それにしても今の時代にモノクロを映像を使用することで費用を削減できるというのは、目から鱗でした。また、いたずらにモノクロでスタイルを貫くことなく、カラーを効果的に使うという柔軟な発想も、オゾン監督らしい演出です。

モノクロ映画への初挑戦には興奮しましたが、それは同時に心苦しいことでもありました。色味や鮮やかな色彩を強調することは私にとって自然なことで、特にドイツのロマン派の画家カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの絵に触発された湖に向かって歩くシーンなど、いくつかのロケ地やシーンでは色を諦めることはできませんでした。そこで私は、フラッシュバックのシーン、嘘をつくシーン、幸せなシーンなどで劇的な要素として色を使い、喪に服する灰色の時間の中に血の通う生の時間を描きました。血が血管を流れるように、白黒の映画に色が行き渡るのです。(フランソワ・オゾン監督)
https://julianwhiting.files.wordpress.com/2017/06/english-language-press-kit-to-frantz.pdf

血管を通して体に血が染み渡っていくように、モノクロから徐々にカラーに変化していく画像の遷移が素晴らしいです。

マネの「自殺」に「生きる力が湧く」意味

本作には一枚の絵が何回か出てきます。戯曲ではクールベの、頭を後ろに投げ出した男の絵(恐らくは「傷ついた男」)に言及していますが、オゾン監督はマネの絵の中からよりインパクトの強い「自殺」を使用しています。

 

マネの「自殺」

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<ネタバレ>

マネの「自殺」は第一次世界大戦以前に描かれたものですが、本作ではアドリアンとフランツの悲劇、何百万人もの死者を出した第一次世界大戦のトラウマで自殺に向き合うことになった人々の悲劇の象徴として使用されています。「この絵を見ると生きる力が湧く」と、本作のエンディングでアンナが言います。「自殺」の絵を見て「生きる力が湧く」というのも解し難いのですが、これはアイロニカルな表現です。文字通り血なまぐさい自殺の絵が、直接、アンナの生きる意思を掻き立てているわけではありません。実は、この言葉の背景には三者三様の生と死があります。すなわち、

  • フランツ:平和主義者故か、無抵抗で射殺される。消極的な自殺と言える。
  • アドリアン:トラウマに病み自殺を試みるが失敗、生死を選択できずにいる。
  • アンナ:真実を知り自殺を図るが救われる。悲劇を乗り越え生きることを選ぶ。

「この絵を見ると生きる力が湧く」というのは、実はフランツとアドリアンの悲劇を乗り越え、力強く生きようとするアンナの強い決意を反映した、逆説的表現です。

<ネタバレ終わり>

 

ピエール・ニネ(アドリアン

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ピエール・ニネ(1989年〜)は、フランスの俳優、劇作家、舞台監督。父親はドキュメンタリー映画の監督、映画学校の教授、母親は造形作家。11歳で初舞台を踏み、2006年に長編ドラマでテレビ・デビュー、2010年にフランス最高峰の国立劇団コメディ・フランセーズに史上最年少の21歳で準座員となる。伝記映画「イヴ・サンローラン」(2014年)で主役のイヴ・サン=ローランを演じ、セザール賞最優秀男優賞を受賞している。オゾン監督も絶賛する才能あるフランスの若手俳優で、今後のさらなる活躍が期待される。

 

パウラ・ベーア(アンナ)

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パウラ・ベーア(1995年〜)はドイツの女優。ドイツでは、10代の頃から映画「Poll」(2010年)知られていたが、本作のアンナ役で第73回ヴェネツィア国際映画祭の新人賞を受賞、世界に名を知られるようになった。今後のさらなる活躍が期待される女優。

 

エルンスト・シュトッツナー(ハンス・ホフマイヤー博士)

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エルンスト・シュトッツナー(1952年〜)はドイツの俳優。1983年以来、60作以上の映画に出演しているベテラン俳優である。 本作ではフランツの威厳ある父親役を演じている。

 

マリー・グルーバー(左、マグダ・ホフマイヤー)

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マリー・グルーバー(1955年〜2018年)はドイツの女優。1980年以来、100本以上の映画に出演したベテラン女優。本作では母性あふれる母親を演じている。2018年、62歳で病没。まだまだ現役で活躍できそうな年齢だけに残念。

 

アントン・フォン・ラック(右、フランツ・ホフマイヤー)

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アントン・フォン・ラック(1989年〜)はドイツの俳優。母親が写真家、映画監督、父親が映画カメラン。演技を学んだ後、2015年から舞台に出演している。本作が映画デビュー作。

撮影地(グーグルマップ)

 

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  「まぼろし」(2000年)

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「危険なプロット」(2012年)

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婚約者の友人(字幕版)

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