「彼は秘密の女ともだち」:女装する男性と女性との関係を描く事により、現代の性のあり方を浮かび上がらせる、寓話的ヒューマン・ドラマ
「彼は秘密の女ともだち」(原題: Une nouvelle amie、英題:The New Girlfriend)は、2014年公開のフランスのドラマ映画です。ルース・レンデルの短編小説「The New Girlfriend」(おんなともだち)を原案に、フランソワ・オゾン監督・脚本、ロマン・デュリス、アナイス・ドゥムースティエらの出演で、幼なじみの親友を失った女性が「特別な女ともだち」と出会ったことで、生きる刺激と喜びを得る姿を描いています。
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目次
スタッフ・キャスト
監督:フランソワ・オゾン
脚本:フランソワ・オゾン
原案:ルース・レンデル「The New Girlfriend」(女ともだち)
出演:ロマン・デュリス(ダヴィッド/ヴィルジニア)
アナイス・ドゥムースティ(クレール)
ラファエル・ペルソナス(ジル)
イジルド・ル・ベスコ(ローラ)
ほか
あらすじ
幼い頃からの無二の親友ローラ(イジルド・ル・ベスコ)を亡くたクレール(アナイス・ドゥムースティエ)は、ローラの夫ダヴィッド(ロマン・デュリス)と生まれて間もない娘が気になり、二人の家を訪ねます。そこで、ローラのワンピースを着て娘をあやすダヴィッドを目の当たりにしたクレールは、「女性の服を着たい」とダヴィッドに打ち明けられ、戸惑います。彼を「ヴィルジニア」と名付けたローラは、「男に許されない事を全てやりたい」と着飾った「彼女」と過ごすことに刺激と歓びを感じるようになり、女友達として絆を深めていきます。クレールは夫のジル(ラファエル・ペルソナ)に嘘をつきながらも、ヴィルジニアとの密会を重ねますが・・・。
レビュー・解説
「彼は秘密の女ともだち」は男性の女装を描くコメディでもありますが、同時に女性との関係を描く事により、「性」と「らしさ」など現代の性のあり方を浮かび上がらせる、寓話的なヒューマン・ドラマです。
一般に、我々は
- 男=肉体的に男+男性らしい
- 女=肉体的に女+女性らしい
と、無意識のうちに認識しています。従って、
- 肉体的に男+女性らしい
- 肉体的に女+男性らしい
を見ると違和感を感じ、場合によっては強い偏見や、差別が生じます。
ともすればロマン・デュリスの女装やメイクに目がいってしまいますが、この映画の醍醐味はむしろ、クレールの意識の変化にあります。クレールは地味で言葉少なく、時に自分を偽ります。女性なら彼女の変化に敏感に気づくかもしれませんが、男性は思わず見過ごしてしまうかもしれません。いずれにせよ、上記に注目しながら、クレールの変化に目を凝らして観る必要があります。
クレールはローラの影響を強く受ける女性です。一緒に踊りに行ってローラが相手の男性を見つけると、自分も見つける、ローラが結婚すると、自分も結婚する、そんな女性です。ローラが病で亡くなると、クレールはショックを受けて食事も喉を通らず、仕事も休んでしまうほどです。ところが、「男に許されない事を全てやりたい」というローラの夫ダヴィッドの女装に刺激を受けて、クレールは立ち直り、明るく、女性らしくなっていきます。ローラ亡き後、女装したダヴィッド(ヴィルジニア)に影響を受ける様になるのです。
劇の中盤、ダヴィッドとクレールはクラブにショーを見にいきます。ここで女装した男がニコール・クロワジールの「あなたとともに」*3のステージ・パフォーマンスを見せます。この曲は「女、女、あなたとともに生きる女」と強く歌い上げる曲で、感動的なパフォーマンスです。映画のひとつの見どころですが、さらに終盤にクレールが同じ曲を口ずさむという粋な演出がなされています。ダヴィッドの影響で、より女性らしく、自分らしく充実していくクレールの姿を象徴しています。
<ネタバレ>
女装の志向があるものの、男性ではなく女性が好きなダヴィッドは、クレールに恋をしてしまいます。自分をより女性らしく充実させてくれるヴィルジニア(ダヴィッド)に強く引かれるものの、クレールはヴィルジニア(ダヴィッド)が肉体的に男であることを受け入れることができません。二人が破局した直後、ダヴィッドは交通事故で昏睡状態になり、クレールはローラに続いてヴィルジニア(ダヴィッド)も失うのかと、沈み込みます。大好きな女装をさせれば目を冷ましてくれるのではないかと、クレールは意を決し、「女、女、あなたとともに生きる女」と歌いながらダヴィッドを女装させます。あるがままのヴィルジニア(ダヴィッド)を受け入れて7年の後、ダヴィッドと子供を迎えに行くクレールは、妊娠しています。
ところで、映画ではクレールの子供の父親が誰なのかを明確に示していません。ジルが父親でクレールとヴァルジニアとその子供で共同生活しているとのだという解釈もあるようですが、フランソワ・オゾン監督は次のように語っています。
For me, actually, Virginia is the father! Virginia is the father and she’s split with Gilles, but I realise maybe people want to have a kind of community and that’s good for me, you know? I like to have a happy ending and an open ending and to let people have the freedom to interpret as they want and the film goes on in their minds, so it’s good.
実のところ、僕はヴィルジニアが父親だと思ってるんだ。ヴィルジニアが父親でクレールはジルと別れたんだけど、人々が映画と連帯感を持ってくれることは嬉しいんだ。僕はオープンでハッピーなエンディングにしたいし、人々の自由な解釈で映画が心に残って欲しいし、だからいろんな解釈があっていいんだ。
<ネタバレ終り>
やや荒っぽいストーリー展開ですが、これは「性」と「らしさ」、そして自分らしく生きることについて示唆する、現代の寓話です。
フランソワ・オゾン監督は、1967年、フランスのパリ生まれ、パリ第1大学映画コース修了後、国立の映画学校で学び、数々の短編が高評価を得て「短編王」の異名をとります。長編第一作「ホームドラマ」(1998年)がカンヌ国際映画批評家週間で話題となり、ミュージカル「8人の女たち」では、カトリーヌ・ドヌーヴをはじめとする出演した8人の女優達に対して2002年のベルリン国際映画祭銀熊賞が贈られます。その後も多種多様な作品を発表、ゲイであることを公表しており、作品の多くで同性愛を扱っています。
この映画の原案となった「The New Girlfriend」(女ともだち)は、イギリスの女性作家ルース・レンデルの短編小説で、1984年にエドガー賞短編賞を受賞しています。小説では、ある女性が友人の夫の女装趣味を知り、彼は彼女の女ともだちになりますが、彼が彼女を愛していると告白、セックスをしようとした為、彼女は彼を殺してしまいます。オゾン監督は20年ほど前にこの作品を読み、原作に忠実な脚本を書きましたが、資金や適切な配役が得られず、お蔵入りとなりました。この短編がずっと心に残っていたオゾン監督は、女装を描いた映画には、仕事の為など必然的な外的要因が設定され、観客が受入れやすい工夫をしていることに気づきました。そこで彼は、子供をあやすため女装せざるを得ないという設定を加え、映画化を実現しました。
今やフランスのトップスターのひとり、ロマン・デュリスを相手に、地味で言葉少なく、時に自分を偽るクレールの変化を、表情とたたずまいで見事に演じたアナイス・ドゥムースティは、1987年、フランスのリールに生まれ、7歳から演劇を学び、12歳で映画デビュー、2000年以降、40本以上の映画に出演するなど、精力的に活動しています。セザール賞有望若手女優賞にもノミネートされた若手で、「映画と人生に対する貪欲さはカトリーヌ・ドヌーヴに通じるものがある」とも言われ、レア・セドゥに続く、今後が楽しみなフランス女優です。
余談になりますが、オゾン監督が試みた観客が受入れやすくなるような工夫は、他のゲイを描いた名作にも見られます。「ミルク」(2008年)のガス・ヴァン・サント監督は、単にゲイの世界を描くのではなく、弱者の権利の為に闘う姿、公私の狭間で悩む人間的な姿を通して、より幅い広い層の共感できる様に描いています。「キッズ・オールライト」(2010年)のリサ・チョロデンコ監督も同様で、ゲイのカップルを通して家族を描く事により、幅広い層の共感を得ています。フランソワ・オゾン、ガス・ヴァン・サント、リサ・チョロデンコはいずれもゲイであることを公表していますが、自分たちが苦労したからこそ、どうしたら共感が得られるのかよく知っているのかもしれません。
アナイス・ドゥムースティ(クレール)
動画クリップ(YouTube)
「あなたとともに生きる」〜「彼は私の女ともだち」
「女、女、あなたとともに生きる女」と強く歌い上げるニコール・クロワジールの「あなたとともに」は、後にクレールが口ずさむことにより、この映画の意味を強く象徴します。
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関連作品
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新エドガー賞全集 アメリカ探偵作家クラブ傑作選(14)
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「キッズ・オールライト」(2010年)
「海をみる」(1998年)
「まぼろし」(2000年)
「8人の女たち」(2002年)
「スイミング・プール」(2003年)
「しあわせの雨傘」(2010年)
「婚約者の友人」(2016年)
「スパニッシュ・アパートメント」(2002年)
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「キリマンジャロの雪」(2011年)