夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「夜明けの祈り」:ソ連占領下のポーランドで兵士の暴行で妊娠した修道女達とフランス人女医の実話に基づく過酷で美しく感動的なドラマ

「夜明けの祈り」(原題:Les Innocentes)は、2016年公開のフランス・ポーランド合作のドラマ映画です。第2次世界大戦直後のポーランドの実話に基づき、アンヌ・フォンテーヌ監督、ルー・ドゥ・ラージュら出演で、赤十字で医療活動を行う若いフランス人の女医と、ソ連軍による占領下のポーランド修道院ソ連兵に襲われて身ごもった7人の修道女の物語を描いています。第42回セザール賞で、作品、監督、脚本、撮影の4賞にノミネートされた作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:アンヌ・フォンテーヌ
脚本:サブリナ・B・カリーヌ/アリス・ビヤル/アンヌ・フォンテーヌ
   /パスカル・ボニゼール
撮影:カロリーヌ・シャンプティエ
出演:ルー・ドゥ・ラージュ(マチルド)
   アガタ・ブゼク(シスター・マリア)
   アガタ・クレシャ(マザー・オレスカ)
   ヴァンサン・マケーニュ(サミュエル)
   ヨアンナ・クーリグ(シスター・イレーナ)
   カタジーナ・ドンブロスカ(シスター・アンナ)
   ほか

あらすじ

  • 1945年12月、ポーランド。ひとりの修道女が修道院を抜け出し、町の孤児たちの案内で赤十字の施設に辿り着きます。修道女は、フランス人女性医師のマチルド・ボリュー(ルー・ドゥ・ラージュ)に診察を頼みますが、マチルドはフランス人以外は助けられない決まりなので、他の施設へ行くようにと答えます。数時間後、マチルドは雪の降り積もる中で祈り続けている修道女の姿を見ます。心を動かされたマチルドは、修道女とともに軍用ジープで遠く離れた修道院へ向かいます。苦しんでいる妊婦を診察し、帝王切開で出産させたマチルドは、翌日、傷口の状態を診るために再び診察に行き、他の7名の修道女も妊娠していることを知ります。修道院長のマザー・オレスカ(アガタ・クレシャ)からソ連兵に襲われたことを聞いたマチルドは専門家による診察を提案しますが、「修道院が閉鎖され、恥を晒す」と、修道院長は外部の人間が関わることを拒否します。
  • 人の命を救うという使命感に突き動かされたマチルドは、ひとりでこの事態に対処しようと、赤十字の仕事の合間に危険に冒して修道院に通い続けます。ある日、敵兵を捜索するソ連軍の小隊が修道院に乗り込んで来ますが、マチルドの機転で追い払います。修道女たちの信頼を得たマチルドは、彼女らの希望となっていきます。ソ連兵に襲われ身ごもるという過酷な現実と、純潔であらねばならないという戒律の狭間で苦しむ修道女たちの姿にマチルドに当惑しますが、シスター・マリア(アガタ・ブゼク)は「信仰は24時間の疑問と1分の希望」と吐露します。やがて、マチルドは赤十字の上官から任務終了によるポーランドからの撤退を通告されます・・・。

レビュー・解説

第二次大戦後、ソ連軍占領下のポーランドで兵士の暴行により集団で身ごもった修道女たちと、それを救ったフランスの女性医師の実話を基にした、過酷ながらも美しく感動的なドラマ映画です。

実在の女医マドレーヌ・ポーリアックがモデル

本作は、実在のフランス人の医師、マドレーヌ・ポーリアックという勇敢な女性をモデルにしています。パリの病院の気管切開の専門医であった彼女は、1939年、27歳の時にレジスタンス運動に参加します。1945年、彼女はポーランドワルシャワにあるフランス赤十字のチーフドクターに任命され、第2次世界大戦後のポーランド全土とソ連の一部地域でフランス軍兵士の帰還任務の為、女性で構成された赤十字のボランティア部隊を指揮します。このボランティア部隊は通称「青い騎兵隊」と呼ばれ、トータルで4万キロを走破、強制収容所を含む200以上の収容施設を回りました。彼らは、昼夜となく一日平均700キロを走り回り、あちこちではぐれたフランス人を救出しましたが、時にはソ連軍の病院にいるフランス人を奪還したり、ソ連軍に捕まって監禁されたりと、非常に危険な任務でした。そうした中、ポーリアックはソ連兵によるポーランド人女性への暴行事件の数々を知ります。彼女は被害に遭った女性たちを心身共に助け、その中には修道院に暮らす修道女たちもいました。本作はその修道女たちの救済を描いたものです。

純潔を誓った修道女の葛藤

カトリックでは、婚外性交渉はタブーです。人工妊娠中絶も殺人とみなされ、厳禁です。不幸にも婚外子を妊娠してしまった場合は、映画「あなたを抱きしめる日まで」(2013年)に描かれるように、人目を避けて修道院に収容され、生まれた子供は養子に出されました。ある意味、よくできた社会システムでしたが、修道院という閉鎖された社会で世間一般の意識とは乖離したことが行われたのは、「あなたを抱きしめる日まで」に描かれている通りです。

 

修道女は母として生きることを捨て、神に使える為に生涯の純潔を誓います。そんな修道女が侵略して来た外国の兵士に襲われ、妊娠してしまうというのは、本当に大変なことです。自分の意志とは裏腹であっても、純潔を誓った修道女が妊娠してしまうのですから、これはたいそう人目をはばかる話です。本作で、外部の人間による妊娠した修道女の診察を修道院長が渋るのは、その為です。このようなカトリックの中世的世界観を現代化しようとバチカンが動き出したのは1962年以降ですから、この修道院長を一概に責めるわけにもいきません。一方、まだ若い修道女たちは、意にも、信仰にも反した妊娠に不安になりながらも、お腹の子供が育つにつれて信仰に生きるか、母として生きるか、葛藤し始めます。修道女の三つの誓いのひとつである「純潔」は、本作の信心深い修道女らの葛藤の源であり、本作の原題(Les Innocentes)となっています。

女医と修道女の絆が生み出す変革を描く

映画では描かれていませんが、マドレーヌ・ポーリアックは救護活動中に頭蓋骨を骨折、何度も手術を受けます。治療の為に病院に向かう途中に交通事故に遭い、1946年、彼女は33歳でその短い人生を閉じました。事故の原因は車がアイスバーンで滑って木に激突したとも、地雷を踏んだとも言われています。女医さえ珍しい時代に、自らの危険を顧みずに人の命を救い続けた彼女には本当に頭が下がる思いですが、実はこの作品では彼女は事故死せずに、任務を終えてポーランドを去るという展開に脚色されています。

 

父親が教会のオルガン奏者というカトリックの家庭に生まれ、二人の叔母が修道女という環境で育ち、この映画の為に実際に修道院での生活も体験したというアンヌ・フォンテーヌ監督は、本作をポーリアックの伝記を超えたものとして描いています。フォンテーヌ監督は、マチルドを無神論者の共産主義者と設定、同僚との自由恋愛を楽しませるなど、信心深い修道女たちとの差を際だたせるように脚色しています。修道女が修道院の厳しい戒律を破り外部に助けを求め、女医のマチルドが業務の規律を破って修道女を助けることにより、信心深い修道女たちと進歩的なマチルドが互いに絆を深め、信念の異なる者同士がひとつの必然として修道院の変革を生み出す様を描いたのです。

 

修道女たちにとっては過酷な状況ですが、経験豊富なカロリーヌ・シャンプティエが撮影した緊張感のある映像は静謐で美しく、暗さとは異なったトーンを醸し出しています。特に、雪の中に黒い修道服を着た修道女が映るシーンは、優れた構図と相まって素晴らしい出来映えです。また、画家のジョルジュ・ド・ラ・トゥールの光の捉え方を参考にしたという室内のシーンも、自然光をうまく使いながらコントラストがつきすぎないように美しく撮影されています。修道院の中は採光が必ずしも十分ではなく、ともすれば暗い映像になりがちですが、女性ならではの美しいトーンが主役の女性たちやテーマと良く馴染んでいます。

バチカンポーランドの聖職者の温度差

本作はバチカンでも上映され、「教会にとってセラピー効果がある、重要な映画」と評されました。しかし、ポーランド聖職界の重鎮は、修道女や一般の信徒がソ連兵に殺されたり、レイプされたという事実を認めながらも、映画で修道院長がとる行動については「そのようなケースは知らないし、既に証人もなく、確かめようもない」とコメントしています。カトリック教会が閉鎖的であった時代の話で、何があっても不思議ではなく、またフォンテーヌ監督も撮影前にポーランド歴史学者ととともに現地調査と事実確認を行っていますが、ポーランド聖職界の重鎮であるシスターはある意味、当事者であるだけに真に事実であるかどうかが、気になったようです。なお、映画の内容に関するポーランドの聖職者たちの事前の反応もあまり良くなかった為、撮影は現存する修道院ではなく使用されていない教会で行われています。

余談:戦争犯罪と宗教の世俗化

フォンテーヌ監督は、「戦争のある場所ではどこでもこうした性犯罪は起こっています。この映画は70年前の出来事を描いていますが、過去のことだと言えないのです。」と語っていますが、イラク戦争時の2006年にアメリカ兵が14歳のイラク人少女を暴行殺害した事件を、ブライアン・デ・パルマ監督が「リダクテッド 真実の価値」(2007年)で描いています。また、2012年のイスラム過激派のマリ共和国侵攻を題材にした「禁じられた歌声」(2014年)では、イスラム過激派組織に略奪婚(実質レイプ)された女性が描かれています。このように映画になるのは、恐らく氷山の一角でしょう。

 

余談になりますが、私が子供の頃は、修道服を着たシスターはそれほど珍しいものではなかったのですが、最近では修道服は閉鎖的な印象を与えると公の場では私服を着るシスターが増えているそうです。本作で久しぶりに修道服を見たのですが、ふと、ヒジャブなどイスラム教の衣服と似ていると思いました。これらのルーツが聖母マリアの時代の衣装にあるとすれば、似ていても不思議はありません。また、衣装と関連性があるかはどうかは定かではありませんが、カトリック同様、イスラム教でも婚前交渉はご法度です。「裸足の季節」(2015年)では夫の親族に身の潔白を証明する為に、少女が病院で処女検査を受けるシーンが出てきます。また、「灼熱の魂」(2010年)では、イスラム教徒の女性と婚前交渉を持った異教徒の男性が女性の家族に殺されます。家族の名誉を守るための名誉殺人ですが、女性は辛くも母親に命を救われ、生まれた子供は里子に出され、女性は遠く離れた都会の叔父に預けられます。

 

そんな厳しい面があるイスラム圏ですが、比較的女性の解放が進んでいるイランではヒジャブを着用しない女性が少しずつ増えており、直接的な反体制活動でない限り、政府も黙認しているようです。一方、500万人と欧州最大のイスラム教徒を抱えるフランスでは、治安維持や人々の共生を難しくする恐れがあるとして、公共の場所での顔を隠す服装を禁ずる、通称「ブルカ禁止法」が2010年に成立、2011年から施行され、一部のイスラム教徒や人権団体が信教の自由の侵害だと反発しています。民族主義、宗教的アイデンティティのアピールと言えば聞こえが良いし、また宗教的な衣装を見る機会が減るのは寂しくもありますが、閉鎖的な印象を与えぬようにと公の場では私服を着るというキリスト教のシスターの配慮は、さまざまな価値観の共存という点では正しいような気がします。イスラム圏には出生率の高い地域が多く、2100年までにイスラム教は世界最大の宗教になるとも言われます。勢いがあるだけに排他的なイスラム教徒もなかなか主張を曲げないのではないかと思いますが、様々な価値観の共存の為に、是非とも世俗化が進んで欲しいものです。

 

ルー・ドゥ・ラージュ(マチルド)

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ルー・ドゥ・ラージュ(1990年〜)は、ボルドー出身のフランスの女優。2009年、コスメブランドの広告に起用されてデビュー。TV、映画、舞台と活動の幅を広げていき、2016年に若手女優の登竜門ともいえるロミー・シュナイダー賞を獲得。「呼吸 友情と破壊」(2014年)などに出演している。実在のマドレーヌ・ポーリアック医師がポーランドに赴任した時は32〜33歳だったが、本作では背伸びをせずに20代後半くらいの設定で演じている印象。

 

アガタ・ブゼク(シスター・マリア)

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アガタ・ブゼク(1976年〜)は、ポーランドの女優、モデル。2010年、ベルリン国際映画祭でシューティング・スター賞を受賞している]。「ハミングバード」(2013年)に出演、アンヌ・フォンテーヌ監督の目にとまり、本作に起用された。なかなかの演技派女優である。

 

アガタ・クレシャ(マザー・オレスカ)

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アガタ・クレシャ(1971年〜)は、ポーランドの映画、テレビ、舞台で活躍する女優。2008年、ポーランド版「ダンシング・ウィズ・スターズ」のシーズン8で優勝、賞金をチャリティに寄付し、マスメディアで幅広い人気を得る。「イーダ」(2013年)などに出演している。フォンテーヌ監督は当初、クレシャは修道院長役にセクシーすぎると考えていた。クレシャがヴェールを被り、ポーランドの作品の一部を演じてみせて、フォンテーヌ監督は考えを変え、彼女を起用した。キャリアが豊富な実力派女優である。

 

ヴァンサン・マケーニュ(左、サミュエル)

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ヴァンサン・マケーニュ(1978年10月19日)は、フランスの俳優、映画監督、舞台演出家。「ソルフェリーノの戦い」(2013年)、「やさしい人」(2013年)、「EDEN エデン」(2014年)などに出演している。個性的な演技で観客の記憶にしっかりと残る俳優である。

 

ヨアンナ・クーリグ(中央、シスター・イレーナ)

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ヨアンナ・クーリグ(1982年〜)は、映画、舞台、テレビで活躍するポーランドの女優。「イーダ」(2013年)などに出演している。妹も女優。

 

カタジーナ・ドンブロスカ(シスター・アンナ)

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カタジーナ・ドンブロスカ(1984年〜)は、ポーランドの女優、歌手。演劇学校を卒業後、ポーランド国内で数々の歌のコンテストに入賞する。現在はワルシャワの劇場の女優。

撮影地(グーグルマップ)

 

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関連作品

マドレーヌ・ポーリアックの伝記本Amazon

  Philippe Maynial著「Madeleine Pauliac : L'intrépide」

 

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「Comment j'ai tué mon père」(2001年):輸入版、リージョン2,日本語なし

  「恍惚」(2003年)

  「ココ・アヴァン・シャネル」(2009年)

 

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  「マグダレンの祈り」(2002年)

  「大いなる沈黙へ グランド・シャルトルーズ修道院」(2005年)

  「神々と男たち」(2010年)

  「汚れなき祈り」(2012年)

  「イーダ」(2013年)

  「あなたを抱きしめる日まで」(2013年)

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