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夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「ウェイバック -脱出6500km-」:酷寒のシベリアからインドまで、装備も食料も持たずに過酷な大自然を歩く、壮大な叙事詩的スペクタクル

アメリカ映画

「ウェイバック -脱出6500km-」(原題: The Way Back)は、2010年公開のアメリカのドラマ映画です。元ポーランド兵士スラヴォミール・ラウイッツが1956年に発表した書籍「The Long Walk」(邦題:脱出記 シベリアからインドまで歩いた男たち)を原作に、ピーター・ウィア監督、 ピーター・ウィアー/キース・クラーク共同脚本、ジム・スタージェスら出演で、第2次大戦下、シベリアの強制労働収容所から脱出し、1年かけてインドへと辿り着いた主人公と国籍の違う仲間たちの過酷なサバイバルを描いています。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:ピーター・ウィアー
脚本:ピーター・ウィアー/キース・クラーク
原作:スラヴォミール・ラウイッツ著「脱出記 シベリアからインドまで歩いた男たち」
出演:ジム・スタージェス(ヤヌシュ)
   エド・ハリス(ミスター・スミス)
   シアーシャ・ローナン(イリーナ)
   コリン・ファレル(ヴァルカ)
   マーク・ストロング(カバロフ)
   グスタフ・スカルスガルド(ヴォス)
   アレクサンドル・ポトチェアン(トマシュ)
   セバスチャン・アーツェンドウスキ(カジク)
   ドラゴス・ブクル(ゾラン)
   ほか

あらすじ

  • 1939年、ナチス・ドイツとソビエト連邦による分割占領下のポーランドポーランド人兵士のヤヌシュ((ジム・スタージェス) は、ソ連占領下の地域でスターリン批判とスパイ活動の容疑で逮捕されます。ソ連の将校に尋問され、罪を認めなかったものの、20年の懲役を宣告されたヤヌシュは、妻(サリー・エドワーズ)をポーランドに残して、1940年にシベリアの強制労働収容所へ送られます。収容所は夏は暑く、冬は身を切るように寒く、食事も粗末なで、囚人たちが次々と死んでいくのを目にしたヤヌシュに、収容所に長くいるロシア人俳優カバロフ(マーク・ストロング)から脱獄話を持ちかけられます。同じく収容所生活が長いアメリカ人地下鉄技術者ミスター・スミス (エド・ハリス) に、カバロフの話を本気にしないよう言われますが、本気なら付いていくとも言われます。
  • ヤヌシュは、画家志望のケーキ職人トマシュ(アレクサンドル・ポトチェアン)と夜盲症の若者カジク(セバスチャン・アーツェンドウスキ)のポーランド人二人、ラトビア人牧師ヴォス (グスタフ・スカルスガルド) とユーゴスラビア人会計士ゾラン (ドラゴス・ブクル) を仲間に入れ、脱出計画を練ります。収容所から脱出できても、西にはソ連の領土が果てしなく広がり、東は太平洋に行く手を阻まれるという地理の中、逃げ出す為には南へ行くしかありません。収容所から500km離れたところにあるバイカル湖に沿って南下すれば、モンゴルとの国境へ出ることができます。ヤヌシュは脱出直前に、借金が嵩んで命が危うくなった犯罪集団ウルキのメンバーで、ナイフを隠し持つロシア人のヴァルカ (コリン・ファレル)に、仲間に入れるよう強要されます。
  • 国籍も事情も背景もバラバラな寄せ集めの7人は、猛吹雪の夜、真冬のシベリアに飛び出し、追っ手を撒いて南を目指します。森を抜けた彼らは、食料も装備も不十分な上、位置も不確かなままひたすら歩きます。なんとかバイカル湖へ到着した7人に、集団農場から脱走した少女イリーナ (シアーシャ・ローナン) も加わります。イリーナのおかげでギスギスとした男たちの関係が和らぎ、それぞれの境遇を打ち明けて、絆が生まれていきます。モンゴルとの国境を超え、ソ連を脱したのを喜んだのも束の間、そこはソ連と密接な関係をもつ共産主義国家だと彼らは知ります。モンゴルも、その南の中国も安全ではありません。それならばと、わずかな希望を頼りに灼熱のゴビ砂漠ヒマラヤ山脈を越え、自由を求め、生きる為に、彼らはイギリス領インド帝国を目指して歩き続けます・・・。

レビュー・解説

酷寒のシベリア強制収容所からインドまで、装備も食料も持たずに厳しい大自然の中を歩き通す脱出劇は、過酷な状況下で人間の本質を描き出すピーター・ウィアー監督の壮大な叙事詩的スペクタクルです。

 

酷寒のシベリアから、ゴビ砂漠ヒマラヤ山脈を超え、インドまで、一年かけてユーラシア大陸を徒歩で縦断する、スケールの大きな脱出劇です。大まかなルートは、

で、景観が変化していく様が、凄まじいです。道中の殆どが、人ひとりいないような広大な大自然です。若い頃にオーストラリアの広大な砂漠を旅し、人気の全くない、空漠な大自然に大きく影響を受けたという、オーストラリア出身のピーター・ウィアー監督ならでは自然観かもしれません。また、地続きで歩いているうちに、景観のみならず住む人々、文化、言葉が大きく変わっていくというのも、なかなか日本では得られない感覚です。

 

ピーター・ウィアー監督は、「マスター・アンド・コマンダー」に見られるように人間を過酷な状況に置き、その本質を描き出すのを得意とし、

  • 「刑事ジョン・ブック 目撃者」(1985年) アカデミー監督賞 ノミネート
  • 「いまを生きる Dead Poets Society」(1989年)アカデミー監督賞 ノミネート
  • 「グリーン・カード Green Card (1990年)アカデミー脚本賞 ノミネート
  • トゥルーマン・ショー(1998年)アカデミー監督賞 ノミネート
  • マスター・アンド・コマンダー((2003年) アカデミー監督賞 ノミネート

と、5度もアカデミー賞にノミネートされている名匠です。

 

原作の「The Long Walk」(邦題:脱出記 シベリアからインドまで歩いた男たち)は、スラヴォミール・ラウイッツから聞いた話をロナルド・ダウニングがゴースト・ライトした本で、イギリスで1956年に発表され、世界25ヶ国語に翻訳され、50万部も売れた作品です。しかし、1942年に恩赦で釈放、カスピ海を渡ってイランの難民キャンプに移送されたというラウイッツ自身の手書き文書を、BBCが旧ソビエトの記録からレポートし、ラウイッツはこの脱出劇に参加し得なかったことがわかりました。BBCは次いで2012年に、

1942年にコルカタでイギリスの諜報部員が、シベリアからインドまで歩いて脱出してきた、やつれ果てた男たちを尋問したことがわかった。さらに、ポーランド人技術者がコルカタでこの悲惨な生存者たちの尋問を通訳したという知らせが、ニュージーランドから入ってきた。

とレポートしました。セカンド・ソースの情報であり、決定的な証拠にはなりませんが、以前より

  • 著者スラヴォミール・ラウイッツの本名は秘密
  • スラヴォミール・ラウイッツは脱出した多くのポーランド人を代弁

と言われており、ピーター・ウィアー監督は人物を特定できないものの、「The Long Walk」の中には本質的な真実があると確信しました。

 

ウィアー監督は、タイトルや主人公の名を原作から変え、新たなキャラクターも加えて、フィクションとして「本質的な真実」を描き、それをヒマラヤから出てきた無名の生存者たちに捧げることにしました。映画の冒頭の献辞、

In 1941 three men walked out of the Himalayas into India. They had survived a 4000 mile walk to freedom. This film is dedicated to them.

1941年、三人の男が徒歩でヒマラヤ山脈を超えてインドに入った。彼らは自由を求めて4000マイル(約6500キロ)を踏破した。この映画は彼らに捧げられたものである。 

には、そんなウィアー監督の思いが込められています。

 

「The Long Walk」に触発され、フィクションとして制作された本作ですが、モスクワ、シベリア、ロンドンに住む強制労働収容所からの生存者や、ロンドン在住のポーランド人へのインタビューを通して、歴史や事実の裏付けをとっています。また、ノンフィクション「Gulag: A History (Doubleday)」(邦題:グラーグ--ソ連集中収容所の歴史)で2004年にピューリッツァー賞を受賞したアン・アップルバウムを歴史コンサルタントに迎え、何度も脚本をチェックしてもらうとともに、彼女が紹介した生存者やスタンフォードの歴史家にも脚本を送り、徹底的に検証、しっかりと時代考証したリアリティのある脚本に仕上げています。また、実際に「The Long Walk」と同じルートを踏破したフランス人冒険家のシリル・デラフォース・ギアマンをテクニカル・アドバイザーに迎え、樹皮の虫除けの話など彼が経験したことを脚本に折り込む一方で、俳優のコーチも頼み、毎日の撮影にも立ち会ってもらっています。

 

原作は、収容所に送られる前や、収容所での過酷な生活にもかなりの分量を費やしていますが、本作ではそうした政治的な背景よりも大自然の中で自由を目指す脱出行に重点が置かれています。ウィアー監督は、様々なサバイバルを耐え抜いた10数人の生存者に「何があなたを進めさせたのか?」とインタビューも行っており、彼らが求めたものを浮かび上がらせています。

それはある種の希望だった。家族のもとに戻りたいという願望だったんだ。そして面白いことに彼にはユーモアのセンスもあった。「ユーモアのある人間に生き残るチャンスがあった」と話してくれたんだ。

「でも、彼らは自由な人間として死ぬだろう」というセリフが好きなんだ。それは間違いなく賭けだが、私自身もその道を進んだだろうと思いたい。(ピーター・ウィアー監督)

 

脱出劇というと男性的な印象で、実際、ジム・スタージェスエド・ハリスコリン・ファレルといった男臭い俳優が演じているわけですが、この映画ではそんな彼らに女性が一人、合流します。最初は意外に思いましたが、これは原作のプロットにもあり、よく考えてみると当時には女性を収容する施設もあったわけで、そこから脱走した女性が身の安全確保する為に彼らと合流したとしても不思議はありません。この女性イリーナを演じているのが、当時15歳、撮影期間中に16歳になった個性派女優のシアーシャ・ローナンです。彼女は年齢からは想像できないような天才的なプレゼンス、パフォーマンスを発揮しています。

 

ジム・スタージェス(ヤヌシュ)

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イギリスの俳優。1994年に映画デビュー、2007年公開の「アクロス・ザ・ユニバース」や翌年公開の「ラスベガスをぶっつぶせ」で注目を集める。

 

エド・ハリス(右、ミスター・スミス)

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ニュージャージー州出身の俳優、映画監督。ウィアー監督の「トゥルーマン・ショー」(1998年)でゴールデングローブ助演男優賞を受賞している他、「アポロ13」(1995年)では助演男優賞、自ら主演・監督した「ポロック 2人だけのアトリエ」(2000年)では主演男優賞と、それぞれアカデミー賞にノミネートされている。本作では、強制労働収容所に送り込まれたアメリカ人技術者を演じている。

多くの人は知らないが、恐慌の最中、数千人のアメリカ人がソ連に働きに行った。エド・ハリスのキャラクターのように、特に自動車産業やモスクワの地下鉄現場で働いたんだ。仕事があったし、ソビエトが産業先進国として雇用を提供していたからね。ほとんどの場合、彼らが入国すると、パスポートを取り上げて返さなかった。だから彼らは戻れなくなった。そして、矯正労働収容所に送り込まれたんだ。(ピーター・ウィア監督)

 

シアーシャ・ローナン(イリーナ)

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ニューヨーク生まれ、アイルランド育ちのアイルランド人女優。9歳の時に子役としてアイルランドのテレビなどに出演、2007年、13歳の時に映画「つぐない」でアカデミー助演女優賞にノミネートされ、世界に注目された。「ブルックリン」(2015年)ではアカデミー主演女優賞にノミネートされている。

名前のSaoirseはゲール語で「自由」を意味するが、発音が難しく、ゴールデン・グローブ賞のノミネーションの際にも司会のデニス・クエイドに誤って「シーシャ」とコールされた。本番の授賞式では正しくコールしてもらえるようにと、テレビ番組エレン・デジェネレス・ショーで「Hello, my name is SUR-SHA(サーシャ)」と書いたプラカードをプレゼントされ、本人も覚えてもらえるようにと「サーシャ」と発音しているが、アイルランドでは「シアーシャ」と発音される。*3

父親も俳優という彼女は、本作では15歳、撮影期間中に16歳になったという年齢からは想像できないプレゼンスとパフォーマンスを発揮しており、天性の才能を感じるが、彼女は他の俳優にも影響を与えたとウィアー監督は言う。

イリーナはまだ性的な問題のない年齢で、そんな女優を探さねばならなかったが、それがシアーシャだった。彼女が加わって俳優たちが柔らかくなった。わかるだろう?プロの俳優だから問題は起こさないが、男臭い連中ばかりだった。彼女は、まさに脚本に描かれているようにその中に入って行ったんだ。女性的な感性が男たちを洗練し、郷愁を呼び起こし、母親、姉妹、娘、恋人など彼らの生い立ちの記憶を呼び起こすようにね。男たちの間に女性がいる、撮影しながらその作用に思いを巡らすのは楽しかった。シアーシャのクォリティが高く、その影響が顕著に現れたんだ。彼女は典型的な女優ではない。彼女は面白く、ヘマをやるし、ショービジネス・タイプではないが、精神的に大人なんだと思う。物語と同じように、俳優たちはみんな彼女と仲良くなったんだ。(ピーター・ウィアー監督)

 

コリン・ファレル(ヴァルカ)

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ハリウッドを中心に活躍するアイルランド人俳優。本作ではちょっとアブナイ囚人ヴァルカを演じている。胸に見えるのはレーニンとスターリンの入れ墨で、これをからかわれたヴァルカは「二人は偉大な男だ」と言い返すが、実は当時、レーニンやスターリンの像を汚すのは違法だったので、こうした入れ墨を入れておけば銃で撃たれることがないと囚人たちが考えていたことに由来する。実際の処刑は後頭部を銃で撃つので、胸のレーニンやスターリンの像を汚すことはないのだが・・・。

脱出劇のルート(グーグルマップ)

酷寒のシベリアからゴビ砂漠、ヒマラヤ山脈を超え、インドまでユーラシア大陸を縦断

 

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関連作品

ピーター・ウィアー監督作品のDVD(Amazon

  「刑事ジョン・ブック 目撃者」(1985年)

  「いまを生きる」(1989年)

  「グリーン・カード」(1990年)・・・脚本のみ

  「フィアレス」(1993年)

  「トゥルーマン・ショー」(1998年、アメリカ)

  「マスター・アンド・コマンダー」(2003年)

 

シアーシャ・ローナン出演作品のDVD(Amazon

  「つぐない」(2007年)

  「ハンナ」(2011年)

  「グランド・ブダペスト・ホテル」(2014年)

  「ブルックリン」(2015年)

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