読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「ぼくたちのムッシュ・ラザール」:担任の自殺に傷ついた子供達と、深い悲しみを背負った移民の中年教師の交流を描くヒューマンドラマ

カナダ映画

「ぼくたちのムッシュ・ラザール」(原題:Monsieur Lazhar)は、2011年公開のカナダのヒューマン・ドラマ映画です。エヴリン・ドゥ・ラ・シェネリエールの戯曲を原作に、フィリップ・ファラルドー監督・脚本、フェラグらの出演で、モントリオールのとある小学校で自殺した女性教師の代わりにやってきたアルジェリア系移民のバシール・ラザール教諭が、傷ついた子供たちと心を通わせる姿を描いています。 第84回 アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた作品です。

 

 「ぼくたちのムッシュ・ラザール」のDVD(Amazon

 

目次

スタッフ・キャスト

監督:フィリップ・ファラルドー
脚本:フィリップ・ファラルドー
原作:エヴリン・ドゥ・ラ・シェネリエール「Bashir Lazhar」
出演:モハメッド・フラッグ(バシール・ラザール)
   ソフィー・ネリッセ(アリス)
   エミリアン・ネロン(シモン)
   ブリジット・プパール(クレール)
   ダニエル・プルール(ヴィアンクール校長)
   エヴリン・ドゥ・ラ・シェネリエール(アリスの母)
   ほか

あらすじ

モントリオールの冬の朝、牛乳当番のため小学校に早めに登校したシモン(エミリアン・ネロン)は、担任の女性教師マルティーヌが教室で首を吊って死んでいるのを見つけます。シモンから事態を聞いた教師が全校生徒を校内から退出させるが、シモンの同級生アリス(ソフィー・ネリッセ)もその現場を見てしまいます。事件から1週間、学校はショックを受けた生徒たちの心のケアや後任探しの対応に追われます。そんななか、アルジェリア系移民の中年男性バシール・ラザール(モハメッド・フラッグ)が代理教師の募集広告を見て応募してきます。採用されたラザールは、温和な性格から早々に子どもたちと打ち解けますが、その授業のやり方は決して洗練されたものではありませんでした。円形に並んだ机を直線に並べ替えたり、子どもには難解なバルザックの古典小説の口述筆記を課したり、古い文法用語を使ってフランス語の授業を行ったりします。子どもたちはラザールの授業に戸惑いつつも、徐々に以前の生活を取り戻していきます。なかでもアリスはラザールの母国アルジェリアに真っ先に興味を持ち、写真を集めるなど、誰よりも積極的に新しい環境を受け入れようとしますが、マルティーヌ先生の死を忘れることができませんでした。そして、その現実を遠ざけようとする学校側の姿勢に疑問を持ち、先生の死を気にしていない振りをするシモンに苛立ちます。一方、ラザール自身も、愛する人々の死を乗り越えなければなりませんでした・・・。

レビュー・解説 

担任教師の自殺に傷つきながらも官僚的な学校の対応に癒えることのない子供たちと、移民の中年教師との交流を描く「ぼくたちのムッシュ・ラザール」は、深い悲しみを心に秘めた移民教師の素朴で優しい人間像を伝えるだけではなく、現代の教師と生徒の関係のあり方を問う、感動的な作品です。

 

カナダは移民の国ですが、新参の移民に対する壁が全く無いわけではないようです。深い悲しみを背負った移民の中年男が一人で生きていくのは容易ではないでしょう。でも、子供達は違います。ラザールの難解なバルザックの古典小説の口述筆記や、古い文法用語を使ったフランス語の授業に文句を言いながらも、子供たちはラザールを受け入れます。ラザールの母国アルジェリアに興味を持ち、写真を集めたり、愛読書を交換する生徒もいます。

 

子供のように純粋なラザールの目も印象的です。また、

  • 教師は子供たちに触れてはならないこと
  • 子供たちのカウンセリングに担任は同席してはならないこと
  • 何故か担任教師の自殺の原因が追求されないこと・・・

など、故国アルジェリアと勝手が違うのか、ラザールには理解しがたいことも少なくありません。

 

担任の自殺に傷ついた子供たちに学校がカウンセリングを繰り返しても、子供たちが癒えることはありません。それは学校が手を尽くしているという保護者へのポーズにこそなれ、子供たちの心には届きません。「傷ついているのは大人たちだ」と喝破する生徒もいます。愛する担任教師を失い傷ついた子供たち、特に自分が先生を自殺に追い込んだのでは無いかと責める生徒は、深い悲しみを背負うラサール自身の反映でもあります。他人にあからさまにすることはありませんが、彼は深い悲しみを知るからこそ、優しくなれるのかもしれません。彼は授業の中で生徒が気持ちを吐き出せるように試み、子供たちも徐々に心を開いていきます。しかし、彼はあまりに無防備でした。心ない保護者たちに責められてしまいます。

 

原作はエヴリン・ドゥ・ラ・シェネリエールの戯曲「Bashir Lazhar」。ラザールの人物描写に惚れたフィリップ・ファラルドーが映画化を決意、原作が一人芝居の為、他のキャラクターを描きながら原作者に見てもらうことを繰り返し、2年半かけて脚本を書き上げたそうです。原作者もアリスの母役で映画に出演しています。

 

大家族で家畜と暮らしていた頃、子供たちは否応無しに愛するものの死に遭遇し、その悲しみとともに生きる術を学びました。しかしながら、都市化核家族化が進むにつれて学ぶ機会がなくなり、老いた親は施設に送られ、子供たちは死から隔離され、葬いは専門家に任され、心の癒しをカウンセラーを求める時代になりました。子供たちは周囲の人々や出来事から学ぶ機会がありましたが、高度に分業化された時代は体面や責任、決まりといったものが大人の都合で重視されかねません。大切なのは心が通うことではないか、分業化によって心の触れ合いが希薄になっているのではないか、そんなことを感じさせる映画でもあります。

 

<ネタバレ>

最後の授業で、「不公平」をテーマにラーザル自身が寓話を書き、それを生徒がたちが添削します。

 

木とさなぎ バシール・ラザール作

不公平な死に何も言う事はない
そのわけを話そう
オリーブの木にエメラルド色の小さなさなぎがいた
明日、繭から出て蝶になるだろう
木はさなぎの成長を喜んだが、もっと一緒にいたいと願っていた
木は不安だった、さなぎを風から守り、アリから守ってきた
だが蝶になれば敵や荒天にさらされる
その夜、森で火事が起き、さなぎは蝶にならなかった
明け方、冷めた灰の中に木は立っていた
心は黒焦げだった、火と悲しみに傷ついていた
それからは鳥が休みに来ると、木は目覚めぬさなぎの話をする
心に描くのは、羽を広げ空を飛びまわり、蜜と自由に酔い、
私たちの愛を知る大切な者の姿だ

 

ラーザルが朗読し、生徒たちは嬉々として添削しますが、これは彼とその家族の死を描いた寓話でした。アルジェリアで教師をしていた妻が書いた政策の批判本が原因で、彼の妻と子どもは放火によって殺されたのでした。ラザールが、カナダに救いを求めて亡命の手続きをしている最中の事件でした。ラザールの深い悲しみ、そして悲しみとともに生きる意味を察した生徒の一人は、教室に一人残ったラザールに歩み寄り、彼を抱きつきます。

<ネタバレ終わり>

 

モハメッド・フラッグ(バシール・ラザール)

f:id:DaysLikeMosaic:20160709034641j:plain

フラウスで活躍するアルジェリア出身の俳優、コメディアン、脚本家。原作者のエヴリン・ドゥ・ラ・シェネリエールがフィリップ・ファラルドー監督に紹介、監督がフランスまで会いに行って出演を決めた。一見、冴えないが、実は深い悲しみを心に秘めた中年男を、見事に演じている。

 

ソフィー・ネリッセ(アリス)

f:id:DaysLikeMosaic:20160709034650j:plain

フランス系カナダ人の流れを汲む女優。クリエイティブ・アーティスト・エージェンシーに見出され、コマーシャル出演の仕事をしていたが、本作が映画デビューとなった。撮影時10歳の彼女は、顔立ちが人形のように愛くるしいだけではなく、理知的だが人の気持ちを察するのが上手なアリスを見事に演じている。本作で高い評価を得、その後、「やさしい本泥棒」(2013年 )、「完全なるチェックメイト」(2014年)などに出演しており、将来が楽しみな女優。

 

エミリアン・ネロン(シモン)

f:id:DaysLikeMosaic:20160709034701p:plain

小学校の頃から劇やピアノ、歌、踊りなどの芸術を学び、9歳からコマーシャルに出演、舞台にも立ち、本作は映画出演2作目。ちょっとひねた感じシモンを見事に演じている。担任の自殺の原因が自分ではないかと心情を吐露するシーンは、大人顔負けの迫真の演技で、しかもワン・テイクで撮ったというから驚きだ。もっとも、当日は気分がすぐれない彼に監督が気が揉むなど、安定しない子供相手ならでは苦労はあったようだ。

 

ダニエル・プルール(ヴィアンクール校長)

f:id:DaysLikeMosaic:20160709034711j:plain

カナダの女優。舞台、映画、テレビをこなすベテラン女優。本作では円熟、安定した演技で、作品を締めている。

 

ブリジット・プパール(クレール)

f:id:DaysLikeMosaic:20160709034727j:plain

カナダの女優。舞台中心に活動しているが、テレビ出演で名が知られている。本作では、移民の先輩格で、ラザールに親切な先輩教師を演じている。

 

エヴリン・ドゥ・ラ・シェネリエール(アリスの母)

f:id:DaysLikeMosaic:20160709034739j:plain

カナダの女優、劇作家。本作の原作者。アリスの母役で出演している。

撮影地(グーグルマップ )

学校の撮影が行われたSt. Joseph School

 

 「ぼくたちのムッシュ・ラザール」のDVD(Amazon

関連作品 

「ぼくたちのムッシュ・ラザール」の原作本(Amazon

  Évelyne de la Chenelière "Bashir Lazhar"(フランス語)

 

フィリップ・ファラルドー監督作品のDVD(Amazon

  グッド・ライ~いちばん優しい嘘~(2014年)

 

ソフィー・ネリッセ出演作品のDVD(Amazon

  「完全なるチェックメイト」(2014年)

 

移民を描いた映画

dayslikemosaic.hateblo.jp

 

関連記事 

dayslikemosaic.hateblo.jp