「あの頃ペニー・レインと」:駆け出しの音楽ライターだった70年代を慈しむような、音楽映画としても評価が高い心温まる半自伝的作品
「あの頃ペニー・レインと」(原題:Almost Famous)は、2000年公開のアメリカの半自伝的コメディ&ドラマ映画です。15歳で「ローリング・ストーン」誌の記者になり、レッド・ツェッペリン、ニール・ヤングなど、数多くの伝説的ミュージシャンへのインタビューに成功したキャメロン・クロウ自身の体験を基に、キャメロン・クロウ監督・製作・脚本、パトリック・フュジット、ケイト・ハドソンら出演で、音楽ライターをめざす純粋な少年の成長と初恋をみずみずしく描いています。第73回アカデミー賞で、助演女優賞(ケイト・ハドソン、フランシス・マクドーマンド)、脚本賞にノミネートされ、脚本賞を受賞した作品です。
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目次
スタッフ・キャスト
監督:キャメロン・クロウ
脚本:キャメロン・クロウ
出演:パトリック・フュジット(ウィリアム・ミラー)
マイケル・アンガラノ(少年時代のウィリアム)
ケイト・ハドソン(ペニー・レイン)
ビリー・クラダップ(ラッセル・ハモンド、ロックスター)
フランシス・マクドーマンド(エレイン・ミラー、ウィリアムの母)
ジェイソン・リー(ジェフ・ベイブ)
アンナ・パキン(ポレキシア・アフロディシア)
フェアルザ・バルク(サファイア)
ノア・テイラー(ディック・ロスウェル)
ズーイー・デシャネル(アニタ、ウィリアムの姉)
フィリップ・シーモア・ホフマン(レスター・バングス)
テリー・チェン(ベン・フォン・トーレス)
ほか
あらすじ
1973年、大学教授の母(フランシス・マクドーマンド)と暮らす知的で陽気な15歳の少年ウィリアム(パトリック・フュジット)は、姉アニタ(ズーイー・デシャネル)が教えたロック音楽の魅力に取り憑かれ、学校新聞などにロック記事を書いています。やがて、伝説のロック・ライターでクリーム誌の編集長、レスター・バングス(フィリップ・シーモア・ホフマン)に認められ、さらにローリングストーン誌からも声がかかり、ウィリアムが愛する新進バンド、スティルウォーターのツアーに同行取材をすることになります。そして、このバンドを追う少女たちの中にいた、ペニー・レイン(ケイト・ハドソン)に恋心を抱くようになりますが、彼女はスティルウォーターのギタリスト、ラッセル(ビリー・クラダップ)と付き合っています。ウィリアムは、ツアーの刺激的な毎日を楽しみますが、ニューヨークでラッセルの本命の恋人が現われ、ペニー・レインは睡眠薬で自殺を図ります・・・。
レビュー・解説
俳優たちの素晴らしいパフォーマンスに支えられた「あの頃ペニー・レインと」は、監督自身が駆け出しの音楽ライターだった1970年代の体験を慈しむように作り込まれた心温まる映画で、音楽映画としても非常に評価が高い作品です。
薄黄色のノートパッド上にに鉛筆で書かれる手書きのアップ、鉛筆が走る音がサラサラと流れるオープニングで映画の幕が開きます。ノートパッドは主人公が取材の際に使っているもので、キャメロン・クロウ監督自身が文字を書いているこのシーンは、アナログ感覚に溢れとても暖かく、フランシス・マクドーマンドのスペルを、Francis と書いてから、i を消し、e に書き直すなどユーモラスな演出も成された、CDではなくビニール・レコードだった時代を描く本作のトーンを示す素晴らしいオープニングです。続く本編も、音楽やバンドが大好きな主人公、ロックを教え込んだ主人公の姉、主人公が心配でたまらない母親、主人公が取材するバンドやそれを取り巻く女の子たち、執筆を依頼、アドバイスする編集者たちの様子を暖かく、慈しむように描いています。
幼い頃から音楽好きだったキャメロン・クロウ監督は、16歳で「ローリング・ストーン」誌の記者となります。22歳の時に書いた小説「初体験/リッジモント・ハイ」がベストセラーとなり、映画化の際に脚本を担当、1989年に映画監督としてデビューして、次々と評価の高い作品を生み出します。
- 初体験/リッジモント・ハイ(1982年)脚本
- セイ・エニシング(1989年)監督・脚本
- シングルス(1992年)監督・脚本
- ザ・エージェント (1996年)監督・脚本
- あの頃ペニー・レインと(2000年)監督・脚本
- ・・・
彼の作品は若い世代を暖かな眼差しで描いたものが多いのですが、彼の代表作と言って良い本作では、彼自身の体験を基に音楽ライターをめざす純粋な少年の成長と初恋を描いてアカデミー脚本賞を受賞しています。
この映画の原題は「Almost Famous」ですが、オープニング・クレジットでは「Untitled」と書かれています(「Almost Famous」は後に追加されたもの)。本作はキャメロン・クロウは4作目に当たり、これはレッド・ツェッペリンの4枚目のスタジオ・アルバム「レッド・ツェッペリンIV」が無題だったことにちなんだものですが、スタジオ側の意向により、主人公が取材したメジャー一歩手前でもがいているバンド「スティル・ウォーター」に因んだ「Almost Famous」に変更されました(彼らのツァー用のバスに「Almost Famous - Tour 73」というプレートが掲げられている)。邦題はビートルズ・ファンには音楽との関係を印象づけますが、ビートルズが直接関係する映画ではありません。ビートルズに詳しくない人には、むしろラブ・ストーリーの印象を受けるかもしれません。原題は音楽(バンド)寄りの印象ですが、実際、本作は両方の要素を持っています。
「Untitled」→「Almost Famous」→「あの頃ペニー・レインと」(邦題)とタイトルが大きく変遷していますが、邦題の核となっている「ペニー・レイン」は、主人公が思いを寄せる女性が名乗る名前です。「ペニー・レイン」は元々、1967年にビートルズが発表した14枚目のオリジナル曲*3で名前で、リバプールにあるペニー・レインという通りの名前の響きを気に入ったポール・マッカートニーが過ぎ去りし日々を思い出し作曲したものですが、女性の名前としても通る為、ロックファンの彼女がビートルズの曲であることを踏まえて名乗っているわけです。実は彼女は、ペニー・レイン・トランブルというキャメロン・クロウ監督の友人で、1970年代に「The Flying Garter Girls」というバンドをプロモートするグループを結成、有名なバンドに同行して全米を回っていた、実在の女性をモデルにしています。
1990年代の後半、キャメロン・クロウ監督は「衝撃を受けたライブ」というテーマで、10代の時に母とともに行ったプレスリーとエリック・クラプトンのライブの記事を寄稿しようとしますが、文字数を大きくオーバーしてしまい、これを断念します。しかしながら、この原稿を書くうちに、彼自身と、彼の母と、彼が駆け出しの音楽ライターだった頃の話を脚本にすることを思いつき、後にこれを実現したのが本作です。本作には彼の体験が色濃く反映しており、実際にあった様々なことも織り込まれています。
- 引っ越しする姉が主人公に残すレコードは、キャメロン・クロウ監督自身のコレクション
- ウィリアムに執筆依頼するローリング・ストーン誌の中国系アメリカ人は実在の人物(ベン・フォン・トレス)
- ウィリアムにアドバイスする伝説のライターは実在の人物(レスター・バングス)
- キャメロン・クロウ監督が最初にツァーに同行したのはポコ、次がオールマン・ブラザーズ(スティル・ウォーターというバンドが実在したが本作とは無関係で、許可を得てバンド名を使用している)
- スティル・ウォーターのギタリスト、ラッセルのモデルはイーグルスのグレン・フレイ
- キッスのエース・フレーリーがコンサート中に感電した
- レッド・ツェッペリンのロバート・プラントがホテルのバルコニーで「I am a golden god!」と叫んだ
- エディ・ヴェダーにステージ演奏の前にバンド仲間と組む円陣に引き込まれた
- ザ・フーのツァーの際に同乗した彼らの飛行機が不時着しそうになった
パトリック・フュジット(ウィリアム・ミラー、主人公、記者としてツァーに同行)
ユタ州ソルトレイクシティ出身、アイルランド系アメリカ人の俳優。11歳の頃より演技をはじめ、テレビや舞台にいくつか出演した後、本作の主役に抜擢されて映画デビュー。「Mushman」というバンドでも活動している。出演作はそれほど多くないが、最近では「恋人はセックス依存症」(2012年)、ゴーン・ガール(2014年)などに出演している。
マイケル・アンガラノ(少年時代のウィリアム、飛び級するほど優秀な少年)
ニューヨーク出身、イタリア系アメリカ人の俳優。7歳でテレビ、8歳で映画にデビュー、以降、コンスタントにテレビや映画で活動している。クリスティン・スチュワートと交際していたことがある。
ケイト・ハドソン(ペニー・レイン、バンドを囲む女性、ウィリアムが思いを寄せる)
ロスアンジェルス出身のアメリカの女優。母は女優のゴールディ・ホーン、父は歌手のビル・ハドソンだが、両親は本人の幼少時に離婚、その後母が同棲している俳優のカート・ラッセルとを父親として公表している。本作でゴールデングローブ賞助演女優賞を受賞、アカデミー助演女優賞にもノミネートされている。「10日間で男を上手にフル方法」(2003年)など、ロマンティック・コメディ作品のヒットが多い。ペニー役は当初、サラ・ポリーで、彼女は主人公の姉役だったが、サラの都合がつかなくなり辞退したため、クリスティン・ダンストと競って、ペニー役を勝ち取った。
ビリー・クラダップ(ラッセル・ハモンド、スティル・ウォーターのギタリスト)
ニューヨーク出身のアメリカの俳優。1995年にブロードウェイデビュー、2007年にはトニー賞を受賞、最近では、「スポットライト 世紀のスクープ」(2015年)に出演している。ラッセル役は当初、ブラッド・ピットが演じる予定だった、十分に役を理解できないと降板、ビリーが起用された。彼をはじめとするバンドメンバーの俳優は、本物のバンドらしく見せるために一晩4時間のリハーサルを、週5日、6週間続けた。
フランシス・マクドーマンド(エレイン・ミラー、ウィリアムの母)
シカゴ出身のアメリカの女優。イーサン・コーエン監督の妻。「ファーゴ」(1996年)でアカデミー主演女優賞を受賞、「ミシシッピー・バーニング」(1988年)、本作、「スタンド・アップ」(2005年)でアカデミー賞助演女優賞にノミネートされている他、エミー賞、トニー賞も受賞している。本作では彼女の役の解釈がぶれないようにと、キャメロン・クロウ監督は彼女と母が会わせないようにしたが、二人は撮影初日に一緒に昼食をとっていたと言う。駆け出しの10代の息子を心配する母親を、彼の女独特のユーモアを醸し出しながら見事に演じている。
ジェイソン・リー(ジェフ・ベイブ、スティル・ウォーターのボーカル)
ロスアンジェルス近郊出身のアメリカの俳優。「チェイシング・エイミー」(1997)など、ケヴィン・スミス監督の作品に出演することが多かったが、最近ではアニメ映画の声優を務めることが多い。本作では、ポフリー&バッド・カンパニーのリードシンガーであるポール・ロジャースの動きを真似、パロディにならないように努めたと言う。
アンナ・パキン(右、ポレキシア・アフロディシア、ペニー・レインの仲間)
カナダ出身のニュージーランドの女優。「アナ・パキン」とも表記される。11歳で映画初出演した「ピアノ・レッスン」(1993年公開)でアカデミー助演女優賞を受賞している。ローグ/マリー・ダンキャント役で「X-MEN」シリーズ(2000年〜)に出演している。本作では、ペニー・レインの仲間を演じている。
フェアルザ・バルク(サファイア、ペニー・レインの仲間)
カリフォルニア州出身の女優。父親はペルシャ系のミュージシャン、母親はベリー・ダンサーで、「フェアルザ」とはペルシャ語でターコイズの意味で、彼女の青い目を象徴している。サンフランシスコ、バンクーバー、ロンドンで育ち、1985年。10歳の時にディズニー映画「オズ」のドロシー役に抜擢された。映画中心に活動している。本作では、ペニー・レインの仲間を演じている。
ノア・テイラー(ディック・ロスウェル、スティル・ウォーターのマネージャー)
ロンドン出身のオーストラリアの俳優。「シャイン」(1995年)で若き日のデイヴィッド・ヘルフゴットを演じて注目された。「プロポジション -血の誓約-」、「チャーリーとチョコレート工場」(いずれも2005年)、「サブマリン」(2010年)、「オール・ユー・ニード・イズ・キル」、「プリデスティネーション」(いずれも2014年)などに出演している。本作ではバンドマネージャー役を演じ、休憩時間中も役に入ったままだったという。
ズーイー・デシャネル(アニタ、ウィリアムの姉、ウィリアムにロックを教える)
ロサンゼルス出身、フランス人の血を引くアイルランド系アメリカ人の女優、歌手。名前のズーイーはJ・D・サリンジャーの著作「フラニーとズーイー」に由来。父親はアカデミー撮影賞に何度もノミネートされている映画カメラマンのキャレブ・デシャネル、母親は女優のメアリー・ジョー・デシャネル、姉のエミリー・デシャネルも女優。1999年に映画デビュー、本作への出演で評価が高まる。「グッド・ガール」(2002年)、「エルフ 〜サンタの国からやってきた〜」(2003年)、「テラビシアにかける橋」(2007年)、「(500)日のサマー」(2009年)などに出演している。本作では主人公の姉を、コミカルに演じている。
フィリップ・シーモア・ホフマン(レスター・バングス、伝説の音楽ライター)
ニューヨーク州出身のアメリカの俳優。「カポーティ」(2005年)でアカデミー主演男優賞を受賞、「チャーリー・ウィルソンズ・ウォー」(2007年)、「ダウト〜あるカトリック学校で〜」(2008年)、「マスター」(2012年)で助演男優賞にノミネートされている。素晴らしい俳優だったが、残念ながら、2014年に急逝、薬物の過剰摂取が原因と見られている。本作の出演部分は4日間で撮影されたが、風邪をひいている中、彼ならではの素晴らしい演技を見せている。
テリー・チェン(ベン・フォン・トーレス、ローリング・ストーン誌の編集者)
カナダ出身の映画、テレビ俳優。父親は台湾、母親は中国の出身。1999年に映画デビュー、本作での好演が俳優としてのキャリアのブレイクスルーになる。
サウンドトラック
ほとんどの映画の音楽予算は150万ドル以下と言われる中、本作では350万ドルをかけて豪華なサウンドトラックを実現、第43回グラミー賞で最優秀編集サウンドトラック・アルバム賞を受賞しています。
「あの頃ペニー・レインと」サウンドトラック(Amazon)ー リンク先で試聴できます
- America - Simon and Garfunkel
- Sparks - The Who
- It Wouldn't Have Made Any Difference - Todd Rundgren
- I've Seen All Good People: Your Move - Yes
- Feel Flows - The Beach Boys
- Fever Dog - Stillwater
- Every Picture Tells A Story - Rod Stewart
- Mr. Farmer - The Seeds
- One Way Out - The Allman Brothers Band
- Simple Man - Lynyrd Skynyrd
- That's The Way - Led Zeppelin
- Tiny Dancer - Elton John
- Lucky Trumble - Nancy Wilson
- I'm Waiting For The Man - David Bowie
- The Wind - Cat Stevens
- Slip Away - Clarence Carter
- Something In The Air - Thunderclap Newman
撮影地(グーグルマップ)
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関連作品
「初体験/リッジモント・ハイ」 (1982年)・・・脚本のみ
「ザ・エージェント」 (1996年)
「あの頃ペニー・レインと」(2000年)