夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」:乳母をしながら素晴しい作品を残した、無名のストリート写真家の素顔に迫るドキュメンタリー

「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」は2013年公開のアメリカのドキュメンタリー映画です。ジョン・マルーフとチャーリー・シスケルの共同監督により、その生涯のほとんどをシカゴの多くの家庭の乳母と家政婦として過ごしながら、常にカメラを携えて撮影、作品を人に知られることなく2009年に亡くなったフランス系アメリカ人の女流写真家、ヴィヴィアン・マイヤーの素顔と作品を追っています。第87回アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にノミネートされた作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト 

監督:ジョン・マルーフ/チャーリー・シスケル

出演:ジョン・マルーフ
   フィル・ドナヒュー
   マリー・エレン・マーク
   ジョエル・マイロウィッツ
   ティム・ロス
   ほか

あらすじ

2007年、シカゴ在住の青年がオークションで大量の古い写真のネガを手に入れ、その一部をブログにアップしたところ、熱狂的な賛辞が次から次へと寄せられます。この発見を世界の主要メディアが絶賛、発売された写真集は全米売上No.1を記録します。ニューヨーク・パリ・ロンドンでいち早く展覧会が開かれるや人々が押し寄せます。撮影者の名はヴィヴィアン・マイヤー。すでに故人で、職業は元乳母。15万枚以上の作品を残しながら、生前1枚も公表することがありませんでした。乳母をしていた女性がなぜこれほど優れた写真が撮れたのか?なぜ誰にも作品を見せなかったのか?ドキュメンタリーは、ヴィヴィアン・マイヤーの作品と素顔に迫っていきます・・・。

レビュー・解説 

孤独で謎に包まれた無名の写真家ヴィヴィアン・マイヤーの作品と素顔を、数々の魅力的な写真や映像とわかりやすい展開で描き、見る者をグイグイと引き込みつつ、様々な示唆を与えてくれる、素晴しいドキュメンタリーです。

 

何よりも、ヴィヴィアンが撮った写真の数々が素晴しいです。個々の作品については、ジョン・マルーフが運営するヴィヴィアン・マイヤーのサイトを参照頂ければと思います。

Vivian Maier Photographer | Official website of Vivian Maier | Vivian Maier Portfolios, Prints, Exhibitions, Books and documentary film(Maloof Collection Ltd.)

 

いわゆるストリート系の写真が多いのですが、これは街に出れば簡単に撮れるというものではありません。着眼点や映し出す瞬間、被写体との間合いのとり方が素人離れしています。ドキュメンタリーでは、ストリート・フォトグラファーのジョエル・マイロウィッツが、彼女と彼女の作品を次の様に評しています。 

  • 初めて見た時、喜びを感じた。まさに降ってわいたサプライズだ。埋もれていた作品が世に出たのだからね。見応えがあるよ。目のつけどころがいい。人間やストリート・フォトの本質をよくわかっている。こういう才能は少数派だ。私は毎日、多くの写真を見ているが、ハッとさせることはほぼない。でも、ヴィヴィアンの写真にはそれがあった。人間を理解し、包み込み、遊び心を添える。彼女は真の写真家だ。
  • 写真家が被写体を通して映し出すものは、個々の人間への理解だ。彼女の写真が表すのは優しさ、鋭く感じ取った災いに至る不穏な気配、ゆったりと甘いひととき。彼女は驚くべき洞察力と思いやりを持っていた。だからこそ、乳母の仕事に就いたんだろう。
  • 彼女は被写体にどれだけ迫れるかを見極め、それからシャッターを切っている。つまり彼女は赤の他人とある空間を共有する時、相手が身構えない距離を保つ。そして、ここぞという瞬間に誘うのさ。自分と被写体、ふたつの存在が共鳴する瞬間をね。そして去る。
  • 死の間際、彼女は思ったかも、「なぜ、作品を発表しなかったのかしら。」これは性格のせいだ。作品を世に問う為の最後の一押しができない。彼女は声高に叫ばず、ただ写真を撮った。ある基準が定まると、次に出て来た者は常に亜流と評される。ただ、彼女の作品は違う。新たな基準となりうる何かを、見るたびに感じるんだ。

 

ヴィヴィアンの作品を見いだし、この映画の共同監督を務めたジョン・マルーフは、映画制作者、写真家、歴史研究家で、2007年、地元シカゴの歴史の本を執筆している時に、その本に掲載する古いシカゴの街並みの写真を探して、地元のガラクタや中古家具などを扱うオークション・ハウスに出かけます。そこで、写真のネガでいっぱいの箱をひとつ競り落としますが、それが本に使われることはありませんでした。しかし、子供の頃からフリーマーケットや貸し倉庫などでの売買経験が豊富な彼は、それをキープします。2年後、そのとき買った写真が20世紀最高のストリート・フォトグラフの発掘の始まりとなり、彼はこの素晴らしい写真を撮った人物を探す旅を記録して、映画にすることを決めたと言います。

そのネガは、ヴィヴィアン・マイヤーという女性のものだった。僕は彼女の遺品と大量の奇妙な所有物を手に入れて、彼女のことをもっと詳しく調べ始めた。僕は、マイヤーがどういう人物なのかを解き明かしていく過程を映画にしたいと思ったのだ。彼女の残した証拠物件は僕を、彼女を知る人物から人物へ導いていった。しかし、さらなる事実を発見すればするほど、疑問が湧いてくるのだった。彼女は僕がやっていることをどう思うだろうか? なぜ彼女は自分の写真と私生活を、他人の目に触れないように したのか?一体全体、どういう女性なのだろう?彼女がだんだん神話上の人物のように思えてきた。すっかり取り憑かれた僕が集めたインタビューと、世界中に散らばった彼女にまつわる奇妙な物語のライブラリーができた。僕たちはおよそ100人程度の、ヴィヴィアン・マイヤーと接触のあった人々を見つけ出した。映画の中では、彼らの好きなように話してもらった。僕はこの物語が正直で純粋なものであるとともに、ただのミステリアスなアーティストの物語ではなく、写真の歴史を変えた物語となるこ とを望んでいる。(ジョン・マルーフ) 

 

その素晴しい写真とは裏腹に、彼女を知る人を通して浮かび上がって来た彼女の素顔は、孤独、変人、自分の事を話さないといったものでした。ドキュメンタリーの後半では、彼女の暗い側面も浮かび上がって来ます。共同監督を務めたチャーリー・シスケルは次のように語っています。

アーティストとしてのマイヤーはアウトサイダーだった。ゆえに被写体に進んだ世の中からはじき出されたような人々に共感することができた。しかし、その芸術を追い求めるひたむきさのために、高い代償も強いられた。マイヤーは自分のことを、冗談めいてこう呼んだ―ミステリー・ウーマン。激しくプライバシーを守り同居している人々のブルジョワ的な価値観から独立することを強く主張した。しかし、本当は、密かに家族の絆に飢えていたのかもしれない。乳母としてすぐ近くで何十年も見てきた、そして自身の子供時代にはすでに失われてしまっていた絆に。この映画では、マイヤー本人が他人に見せたくなかったかもしれない暗部を見ることになるだろう。すでに彼女について明かされてきたことよりも暗い部分だ。しかし、これはただの一遍の物語にすぎない。彼女の作品はすでに写真界の歴史の一部となり、まぎれもない宝物となっている。マイヤーの作品群の発見は、彼女の物語に結末を与えただけでなく、それなしには、物語もまたなかったのである。

 

1952年に彼女は最初のローライフレックスを購入しました。以降、彼女の使用したカメラは、

などです。いずれも超一流のカメラです。ローライフレックスは6cmx6cmという大きなフィルムを使う中判カメラで、腰の高さに構え、上から覗いてフォーカスを合わせて撮影するカメラです。様々なローライフレックスを使い回すなど、機材へのこだわりも感じます。

 

乳母の安い給料を、すべて機材やフィルムにつぎ込んでいたのでしょう、老後の為の蓄えもなく、晩年は貧困を極めたようです。彼女が育てた子供たちがお金を出し合って住む場所を提供しましたが、食べるものにも困っていたようです。もし生前に作品を発表していれば幸せな晩年を過ごせたのではと思うと残念です。

 

ヴィヴィアンが愛用していたローライフレックスは、その後、製造会社が経営難に陥り、何回かリストラを繰り返しましたが、昨年、解散しました。ブランドは残っていますが、時代の流れを感じます。

 

ヴィヴィアン・マイヤーが使用したものと同型のカメラ

  Rolleiflex ローライフレックス3.5F(Amazon

 ライカIIIC(楽天市場

 

ヴィヴィアンの母の生まれ故郷で撮影された写真

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ヴィヴィアンは、生涯に2度、アルプスの麓にある小さな村を訪れていた。その際に撮影されたスナップの教会の尖塔の形から、その村がフランスのサン・ボネという小さな村であり、そこがヴィヴィアンの母の生まれ故郷だったことが分かった。

撮影地(グーグルマップ) 

サン・ボネでヴィヴィアンがスナップを撮った場所

 

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関連作品 

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  「VIVIAN MAIER: STREET PHOTOGRAPHER」

  「VIVIAN MAIER: SELF-PORTRAITS」

 

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dayslikemosaic.hateblo.jp

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