「オール・イズ・ロスト 〜最後の手紙〜」(原題:All Is Lost)は、2013年公開のアメリカの海洋サバイバル&ヒューマン・ドラマ映画です。J・C・チャンダー監督・脚本、ロバート・レッドフォード独演で、大自然の猛威にさらされる中、海上でのサバイバルを余儀なくされた男の姿をスリリングに描いています。多くの映画賞を受賞しながらも、レッドフォードがアカデミー主演男優賞のノミネートから漏れたことが問題となった作品です。
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目次
スタッフ・キャスト
監督:J・C・チャンダー
脚本:J・C・チャンダー
出演:ロバート・レッドフォード(男)
(監督・脚本、出演がそれぞれ一人と小規模ながら、17人ものプロデューサーがついた、画期的な作品です)
あらすじ
- スマトラ海峡から3150キロ沖。「すべて失った……すまない」と男がつぶやきます。 ことの起こりは8日前、インド洋をヨットで単独航海中に水音で目覚めまた男は、船室が浸水していることに気づきます。海上を漂流するコンテナに衝突し、ヨットの船腹に穴が開いています。航法装置は故障し、無線もPCも水浸して使い物になりません。
- 雨雲が迫り、雷鳴がとどろき、やがて暴風雨が襲いかかります。嵐が去った後に、男は過酷な現実に直面します。ヨットは決定的なダメージを受け、浸水はもはや止めようがありません。ヨットを捨てる覚悟をした男は、食糧とサバイバルキットを持って救命ボートに避難します。
- 食料確保の為に魚を釣るもサメに襲われ、飲み水も底を突き、ギリギリまで踏ん張ったものの、望みは断たれようとしています。 運命に見放され、男は初めて自分自身の気持ちと向き合います。大切な人に向けた手紙に、男は偽りのない気持ちを綴り始めます・・・。
レビュー・解説
インド洋を航行中に遭難、自然の脅威に黙々と対処する老ヨットマンの孤独な戦いを、登場人物ひとり、セリフなしの削ぎ落とされた脚本で描く本作は、ヘミングウェイばりのスケール感を感じさせるダイナミックな演出と、ロバート・レッドフォードの円熟のパフォーマンスにぐいぐいと引き込まれる秀作です。
手紙から始まる75歳の男の物語
ニューヨークで長編映画デビュー作「マージンコール」(2011年)の編集をしている時、チャンダー監督はロード・アイランド州のプロヴィデンスに住んでおり、ニューヨークまで東海岸の海べりを走る列車で約3時間かけて通っていました。線路沿いのいたるところに船置き場があり、映画の仕事で生計を立てて家族を養っていけるか見通しが立たず、ストレスを感じていた彼には、冬の間中、何の役に立つこともなくそこに置かれている船が、馬鹿げて、虚しく、悲しいもの見えました。こんな風景を見ると、努力することの虚しさを感じるものです。数百年前まで人類が探検の道具として使い、今では遺物となってしまったこれらの船に心惹かれるものがあった彼は、次の映画を考え始めようと、列車の中で手紙を書きました。
ナレーション:すまない。いまさら悔やんでも遅いが、本心だ。努力はした。それらは君らも認めてくれるだろう。私は誠実で強い人間、思いやりと愛に満ちた正しい人であろうとした。でも違った、君らには見透かされていた。すまない。すべて失った。かろうじで残っているのはこの魂と肉体。そして半日分の食料。もう言い訳はできない。素直に認められずにいたが、私は自信過剰だった。戦い抜いた。悪あがきだとしても、最後まで諦めなかった。いつも皆の幸せを祈っていた。寂しくなる。すまない。
この手紙は映画の冒頭に読まれるものですが、当時はどの様な映画になるか当てもなく書いたものです。未だ人生にやり残したことがあり、後悔の念とともにこの手紙を書く75歳の男の映画について、彼はその後、数ヶ月間、想いをめぐらせました。10月になって全ての船が陸に上げられる頃に、男の人物像が見えてきました。男は自分の人生を変えようとヨットを買い、船旅で何かを見つけようとしているのです。単独でインド洋を航海するような男は、未だ何かを自分自身に証明しようとしている男です。チャンダー監督は男の長所や欠点については考えましたが、子供が何人いるかとか、妻と離婚したのかどうかといったことは全く考えませんでした。最初の16ページから最終的に32ページになった脚本を持って、彼は「マージンコール」のプレミア上映の為にサンダンス映画祭に出かけました。
脚本に惚れ込んだロバート・レッドフォード
サンダンス映画祭でロバート・レッドフォードの講演を聞いたチャンダー監督は、主人公をレッドフォードが演じたら面白いと考え、レッドフォードのエージェントに脚本を送ります。「マージンコール」がプレミア上映されたとは言え、取り上げるメディアもほとんんどなく、彼はレッドフォードの反応もさして期待していませんでしたが、数日後にエージェントから電話があり、レッドフォードに会いに出かけます。脚本に惚れ込んでいたレッドフォードは、彼の説明を十分も聞かないうちに映画化と自らの主演の意思を示しました。
セリフの色付けなしこの孤独な男を演じることに、私は完璧に惹きつけられた。沈黙が観客を惹きつけ、男の体験を共有することができると考えた。(ロバート・レッドフォード)
実際、不要なものがことごとく削ぎ落とされた脚本でチャンダー監督が狙ったものは、見る者の共感を得ることでした。
私が望むのは、観客がこの人物に自分自身の姿、せめて自分自身の一部を見出すことなんだ。希望や懸念、夢、悩み、恐怖といった人間的な特徴を体現する人物としてね。(J・C・チャンダー監督)
リアルでスリリングな演出
両親がセーリング好きで、子供の頃、週末には両親とともにセーリングに出かけていたというチャンダー監督は、セーリングの基本的なことについてよく知っていましたが、映画が描くのはセーリングではなく、沈没でした。彼はこの為に、徹底的にヨットを研究しました。
ヨットで出来うるあらゆることをやりました。我々はヨットを沈め、再び引き上げました。セーリングに出て激しい嵐に遭遇させ、ひっくり返し、再び沈めました。ヨットがどのように作動して進み、沈むのかについて深く理解力することが不可欠でした。物語を牽引する、海で遭遇する様々な自然の猛威を理解するのと同じくらい重要な要素です。(J・C・チャンダー監督)
登場人物、セリフ、舞台背景など、徹底的に削ぎ落とされた本作ですが、追求すべきところを徹底的に追求しており、これが大自然の脅威にじわじわと追い込まれていく孤独な男の、メリハリの効いたリアルでスリリングな舞台となっています。
因みに、撮影時77歳だったレッドフォードはほとんどのスタントを自身でやっていますが、彼が最も消耗したのは、毎日のように繰り返される水に浸かるシーンだったといいます。実際、この作品には水浸しのヨットの中のシーンが良く出てきますが、本来の居住空間が水浸しといういうのは思いのほか陰鬱で、男の置かれている心理状態をじわりと表現しています。また、男のシーンの多くは手を伸ばせば届くほどの距離で撮影されており、セリフがなくても男の表情が読めるように演出されています。
人間は殺されるかもしれないが負けはしない
<ネタバレ>
非常用の発煙筒を使い果たした男は、救命ボートの上で火をおこし近くを通る船に助けを求めますが、火は救命ボートに燃え移り、男は海に落ちます。やがて力尽きて沈んでいく男の目に、救援にかけつけたボートのサーチライトが見え、男は最後の力を振り絞って浮かび上がります。チャンダー監督は、このシーンを実際の救援、神の迎え、いずれにも見えるように撮ったと言います。この時点で男は自らの運命を受けて入れていることから、監督自身は神に迎えられたと感じていると語っています(ちなみに、サウンドトラックの曲名は Amen になっている)。
サーチライトを目にするまでに、男がかなり深くまで沈んでおり、助かるのかな?という疑問はありますが、なんとか現世に踏みとどまるか、力を尽きて来世に迎えられるかはさして重要でない気もします。じわじわと絶望的な状況に追い込まれる中でただ黙々と戦う老ヨットマンの姿は、「人間は殺されるかもしれないが負けはしない」、「俺は死ぬまで闘うぞ」と言うヘミングウェイの「老人と海」の漁師、サンチャゴを彷彿とさせます。男の生死もよりも、その戦う姿に本作の真骨頂があります。
<ネタバレ終り>
ベビーブーマーへのレクイエム?
チャンダー監督の長編デビュー作「マージンコール」が金融危機を描いたものであることから、
- 海上を漂よう中国のコンテナが遭難のきっかけとなるのは、アメリカを脅かす中国経済を象徴している
- 男がサバイバルキットで釣った魚を鮫が掠め取るのは、弱者が強者に搾取されることを象徴している
- 何隻もの巨大貨物船が小さな救命ボートに気づかず通り過ぎていくのは、拡大する格差を象徴している
と解釈する人がいます。脚本執筆の経緯を見る限り、本作はそうした寓意を込めることを最重要視したものとは思えませんが、チャンダー監督は男をベビーブーマーと想定したことを明かしています。ベビーブーマーは第二次世界大戦後に生まれた世代で、「権威に疑問を持つ世代」としても知られ、次の特長があると言われています。
- 大恐慌後の金融引締めの恩恵を受け、かつてない雇用と教育の機会を享受した
- 楽観的な姿勢を持ち、創造性を高く評価する
- 型を破ろうと試み、冒険が大好きで、リスクを厭わない
- 自己充足感で達成度を評価する
- 離婚率が上昇、新しい形の家族を生み出す一方で、新たなストレスにも直面する
- 定年退職後の新生活に向けた金銭的余裕と時間がある
- 退職後も新たに挑戦したり、学ぶことに前向きで、従来と異なる機会に躊躇しない
こうした特長を踏まえると、男がインド洋を単独航海していた理由を想像しやすくなります。
因みに、ベビーブーマーが恩恵を受けた金融引締めはその後、いつ果てるともない金融緩和の流れに転じ、サブプライム・ローンの破綻と世界金融危機を引き起こします。この世界不況の爪痕は深く、ヨーロッパでは高い失業率や国家レベルの財政危機などが深刻化、未だ世界的な景気回復の実感が弱く、先行き不透明で、今後も予断を許さないとも言われています。そんな時代背景から見れば、親の世代による金融引締めの恩恵を受けて繁栄を謳歌したベビーブーマーたちは、金融緩和の挙句にバブル破綻の爪痕を残したまま人生の終焉を迎えることになります。破綻の責任を彼らに帰するものではありませんし、そもそも経済的視点から見る必要もないのですが、本作を次世代に繁栄を引き継ぐことができないベビーブーマーのレクイエムと見ることはできるかもしれません。
J・C・チャンダー監督について
J・C・チャンダーは、アメリカ脚本家・映画監督で、15年にわたってコマーシャルやドキュメンタリーでキャリアを積んだ後、「マージン・コール」(2011年)で長編映画デビューし、第84回アカデミー賞オリジナル脚本賞にノミネートされるなど、高い評価を得ています。監督2作目の本作では、登場人物ひとり、セリフなしの海洋サバイバル映画という斬新なスタイルで高評価を得るとともに、レッドフォードの好演が多くの映画賞を受賞するもアカデミー主演男優賞のノミネートから漏れたことが問題となる話題作にもなりました。第3作目の「アメリカン・ドリーマー 理想の代償」(2015年)も40もの賞にノミネートされるなど、高い評価を得ています。
ロバート・レッドフォード(男)
ロバート・レッドフォード(1936年〜 )は、サンタモニカ出身のアメリカの俳優、映画監督、プロデューサー。1959年にブロードウェイで舞台デビュー、1962年に映画デビュー、長年の下積みを余儀なくされたが、アメリカン・ニューシネマの傑作「明日に向って撃て!」(1969年)で一躍スターダムに上り詰める。「スティング」(1973年)でアカデミー主演男優賞にノミネートされ、初めて監督した映画「普通の人々」(1980年)でアカデミー監督賞を受賞する。1981年、サンダンス・インスティテュートを設立、優秀なインディペンデント映画とその製作者を世に送り出すためにサンダンス映画祭を開催する。1994年に「クイズ・ショウ」でアカデミー作品賞、監督賞にノミネートされ、2001年にアカデミー名誉賞を受賞、2016年には大統領自由勲章を受章している。
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01. Excelsior 02. All Is Lost 03. Virginia's Dream 04. The Infinite Bleed 05. The Invisible Man 06. Pulse of the Weight |
07. Dance of Lilies 08. The Instincts of Boredom 09. Somewhere in the Midnight of Summer 10. Excelsior and the All Day Man 11. Amen |
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