「Mommy/マミー」:機能不全の家族愛を描き、人物描写、映像表現、音楽の選択にグザヴィエ・ドラン監督の瑞々しい感性が光る
「Mommy/マミー」は、2014年公開のカナダのヒューマン・ドラマ映画です。グザヴィエ・ドラン監督、アンヌ・ドルヴァル、アントワーヌ・オリヴィエ・パイロン、スザンヌ・クレマンら出演で、「発達障害児の親が経済的困窮や身体的、精神的な危機に陥った場合は、法的手続きを経ずに養育を放棄し、施設に入院させる権利を保障」された近未来のカナダで、夫を亡くした母と障害を抱える息子の深い愛情と葛藤を描き出しています。第67回カンヌ国際映画祭ではパルム・ドールにノミネート、審査員特別賞を受賞した作品です。
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目次
スタッフ・キャスト
監督:グザヴィエ・ドラン
脚本:グザヴィエ・ドラン
出演:アンヌ・ドルヴァル(ダイアン・デュプレ)
アントワーヌ・オリヴィエ・パイロン(スティーヴ・デュプレ)
スザンヌ・クレマン(カイラ)
ほか
あらすじ
とある世界のカナダでは、2015年の連邦選挙で新政権が成立、2ヶ月後、内閣は公共医療政策の改正が目的とするS18法案を可決します。中でも特に議論を呼んだS-14法案は、発達障害児の親が経済的困窮や身体的、精神的な危機に陥った場合は、法的手続きを経ずに養育を放棄し、施設に入院させる権利を保障した法律です。未亡人のダイアン・デュプレ(アンヌ・ドルヴァル)の運命は、この法案によって大きく左右されることになります。喜怒哀楽が激しく、おしゃべりで、いつもケバケバしいファッションに身を包んでいるダイアンは、掃除婦としてギリギリの生計を立てながら暮らすシングルマザーです。15歳になる息子スティーヴ(アントワン=オリヴィエ・ピロン)は、ADHD(多動性障害)という発達障害を抱え、攻撃的な性格です。平静なときは極めて知的で、いたって素直な、どこにでもいるような純朴な少年ですが、情緒不安定な時は他人を罵ったりケンカをふっかけたり、女性とみれば誰かれ構わず触ってしまうクセが抜けないまま大人になりつつあります。スティーヴは入居している施設で放火騒ぎを起こして強制的に退所させられ、ダイアンは自宅で問題だらけの息子の面倒をみることになります。感情の起伏が激しいスティーヴの衝動的な行動にダイアンが頭を悩ませる中、隣家の休職中の高校教師カイラ(スザンヌ・クレマン)が彼の家庭教師を買って出ます。精神的なストレスからか吃音に苦しむカイラでしたが、スティーヴと友情を育み、カイラ自身も快方に向かいます。3人で互いに助け合う生活の中、生きる希望を取り戻すダイアンでしたが、スティーヴの放火で火傷を負った施設の入居者から治療費を支払うよう訴えを起こされ、生活は困窮していきます・・・。
レビュー・解説
機能不全の家族の愛を描いた「Mommy/マミー」は、人物描写、映像表現、音楽の選択など、公開時25歳のカナダの若き監督・脚本家、グザヴィエ・ドランの瑞々しい感性を感じさせる秀作です。本人は年齢のことばかり聞かれると閉口しているようですが、20代の半ばでこのような素晴らしい映画を作ってしまうのは驚きです。今後、どのようなフィルモグラフィーを重ねていくのか、楽しみです。
人物描写
若い監督にもかかわらず、ADHDのスティーヴはもとより、母親のダイアンや隣人のカイラなど、女性の人物描写も巧みなことに驚かされますが、その秘密はグザヴィエ・ドラン監督の生い立ちにありました。
子役のときから大人に囲まれて仕事してきたし、シングルマザーだった母やその友人とともに過ごすのが僕にとっての日常だった。だからダイアンとカイラは僕が子供の頃に周りにいた人たちさ。友達がいなかったから、僕は同年代の子たちとは遊ぶこともなくて、母や大叔母、父の妹ら女性たちに育てられたんだ。人が会話しているのを見たり聞いたりするのが好きで、笑い方や泣き方まで細かく真似していたよ。僕はとにかく大人を観察してばかりいる子だったんだ。(グザヴィエ・ドラン監督)
こうした経験が彼の類稀なる人物描写力を生み出したのは間違い無いのですが、ダイアンを演じるアンヌ・ドルヴァル、カイラを演じるスザンヌ・クレマンが見事にそれに答えています。
スザンヌ・クレマンやアンヌ・ドルヴァルといったすばらしい役者たちは、とにかくクリエイティヴな人たちだから、くどくど説明しなくても、脚本のページに書いてあることを自分なりに咀嚼して、すぐにその雰囲気の中に入り込めるんだ。それこそが役者のもつ「勘」だよね。スザンヌとアンヌは、決して同じタイプの女優じゃないけど、ふたりがセットにいるだけで、その場がすばらしい緊張感に包まれるんだ。最高な役者だよ。(グザヴィエ・ドラン監督)
母と息子の関係はグザヴィエ・ドラン監督の作品の一貫したテーマです。当時、彼の周囲にADHDの人はいませんでしたが、本作は彼の母親にインスパイアされ、制作したミュージックビデオを通じて主演のアントワーヌ・オリヴィエ・パイロンの演技力を見出した事により具現化しました。「発達障害児の親が経済的困窮や身体的、精神的な危機に陥った場合は、法的手続きを経ずに養育を放棄し、施設に入院させる権利を保障した法律」という架空の法案は、グザヴィエ・ドラン監督が「どこかの州で母親が法律に、従い子供の保護を州に移管した」という記事に触発されたそうです。また、彼の母は教師ですが、彼女の教師としての側面はおそらくカイラにも投影されているのではないかと思われます。この映画のすべてではありませんが、彼が経験した人生の断片、観察した人生の断片がこの映画には巧みに生かされています。
脚本に関しては過去の苦しみがモチベーションになることがある。癒えた傷はインスピレーションになったりするんだ。
(映画には)自己表現もあるかもしれないけれど、そういう考えは自己中心的だと思うんだ。映画作りにはほかの側面もあるからね。パーソナルな部分もあれば、みんなと共有する部分もある。共有することで、題材や物語を皆に楽しんでもらえるか、またそれを理解してもらえるか知ることができるんだ。映画を通して僕の一部を人の人生に少しでも残せたらうれしいと思っているよ。シーンだったり、感情だったり、教訓だったり、セリフだったり、一瞬でも良いので作品から自分のことや他人のことを理解するヒントを受け取ってほしいんだ。(グザヴィエ・ドラン監督)
多くの子供にとって母親は絶対的な存在ですが、大人になるにつれて母親の弱さを見たり、守らねばならないと思ったりしているうちに、一人の人間として見るようになっていきます。スティーブはADHDという病を抱えていますが、美しく気っぷの良い母ダイアンも、吃音症を患うカイラも完璧な人間ではありません。この映画は、そんな不揃いな人間たちの間が織りなす物語です。
この物語は、大人と子供の話じゃなくて、実はふたりのティーンエイジャーのぶつかり合いの話なんじゃないかな?母親のダイアンは明らかに子育てには向いてない。見た目は立派な大人だけど、この母親は内面はまるでティーンエイジャーだろう?生活のために仕事はもっているけど、基本的に無責任だし、母親としての意義も見いだせてない、そして母親としてのスキルも道具も持ち合わせてないんだ。一方で息子のスティーヴは、母親を守るという理想を持っている。母親の面倒を見るのは自分だという自覚があるんだ。やり方はとても衝動的だし、いちいちぶつかるし、暴力的だけどね。一体だれが世帯主なのか?まるでわからない関係性だよね。ダイアンが母親として息子をケアするときもあるし、スティーヴが息子として母親をケアすることもあって、この親子はいつも対等な関係性なんだ。だから、隣に住むカイラはふたりのライバルになりうるんだよ。同時にふたりにとって救世主にもなっている。あの家庭の中では、カイラが唯一「まともな存在」なんだ。ルールを作らなければいけないのはカイラだけど、彼女自身は、この家族のクレイジーな状況に多少なりとも刺激を受けるんだ。自分がしっかりしないといけないと自覚する役割さ。」(グザヴィエ・ドラン監督)
アンヌ・ドルヴァル(ダイアン・デュプレ)
スザンヌ・クレマン(カイラ)
映像表現
さらに彼は、インスタグラムでお馴染みの1:1の正方形の縦横比で構成される、映画としては珍しいフォーマットで撮影しています。このフォーマットで俳優の半身を撮ると、ほとんど俳優しか映りません。さらに彼は、背景をアウトフォーカスにして、俳優を浮き上がらせています。
僕がイメージしているのは、ポートレイトの絵画なんだ。すばらしい肖像画って、だいたい人物が正方形に収まってるでしょ?今回僕は、「家族の肖像」を描きたかった。特に人間の不可欠な部分を強調したかったんだ。「Mommy/マミー」に出てくる登場人物たちに不可欠な要素をね。1:1の比率を使うことで、その画面に映ってる人物に強く焦点があたる。そうすると観客は画面の中の真ん中にある、登場人物の目をみるようになるんだよ。僕はその切り取り方がすごく気に入ってるんだ。特に「Mommy/マミー」では、キャラクターたちの内面にぐっと近寄りたい、そのためには、画面の真ん中にあるものに、焦点をあてるべき。そう思ってこの比率を好んで使ったのさ。(グザヴィエ・ドラン監督)
このフォーマットでは、否応なしに被写体に目が行き、観客は緊張の連続を強いられますが、何度か開放的なシーンを通常のフォーマットで短く挿入し、緊張を和らげる構成が見事です。また、二時間を超える長尺を、多彩な表情を見せることにより、観客を飽きさせることなく演じきった俳優たちも見事です。
三人でセルフィを撮る
さりげなく新鮮な色使い
スティーヴが押し広げる形でフォーマットが変わる!
サウンドトラック
デュプレ一家が車でカリフォルニアに旅行した時に彼らが聴いていた曲という設定で、グザヴィエ・ドラン監督自身が2000年代のヒットソングを中心に選曲しています。一部、クラッシックが使われるなどノン・ジャンルで、スティーヴは音楽の夢を持ち、母親が息子の将来を空想するシーンは音楽からインスパイアされるなど、グザヴィエ・ドラン監督と音楽の関わりが感じられます。サウンド・トラック・アルバムがリリースされていないのが、残念です。
- CHILDHOOD - Craig Armstrong*2
- BUILDING A MYSTERY - Sarah McLachlan*3
- Le Quattro Stagioni "L'estate": III. Presto - Antonio Vivaldi*4
- WHITE FLAG - Dido*5
- PROVOCANTE - Marjo*6
- COLORBLIND - Counting Crows*7
- ON NE CHANGE PAS - Céline Dion*8
- BLUE - Eiffel 65*9
- WONDERWALL - Oasis*10
- DON'T FALL - The Reel*11
- WELCOME TO MY LIFE - Simple Plan*12
- VIVO PER LEI - Andrea Bocelli et Girogia*13
- PHASE - Beck*14
- EXPERIENCE - Ludovico Einaudi*15
- BORN TO DIE - Lana Del Rey*16
予告編(本編では使われていない)
撮影地(グーグルマップ)
- 冒頭の交通事故のシーン
- ダイアンの住む家
- カイラの住む家(ダイアンの住む家の向かい)
- スティーヴが歩道橋を渡りロングボードに乗って通る道
- ロングボードのスティーヴと、自転車のダイアン、カイラが通る道
- 三人が車で立ち寄った川岸
動画クリップ(YouTube)
- "Indochine" by College Boy
このミュージック・ビデオを制作し、グザヴィエ・ドラン監督はアントワーヌ・オリヴィエ・パイロンの演技力に気づきました。 - "Experience" by Ludovico Einaudi
息子に訪れることのないシーンを母親が空想するシーンは、この曲にインスパイアされています。
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関連作品
グザヴィエ・ドラン監督 xアンヌ・ドルヴァルのコラボ作品のDVD(Amazon)
アンヌ・ドルヴァル出演作品のDVD(Amazon)
「あさがくるまえに」(2016年)
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